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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
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故郷は遠くなりにけり

 アデルの目論見通り、グランの時間外越境は叶った。

 国境到着時には既に門が閉ざされていたが、まずは山賊に襲撃により時間が遅れたと警備兵の仕事に抗議、その幹部格の賊を捕え引渡すこと、更にナミから預かっている正式な入国許可証に加え、隣国の外交使者の正式な書状と聖騎士の存在を考慮し、特例的に門が開けられた。グランの警備隊長の方からコローナの警備隊長の方に直接事情説明が行われるとコローナの方でもそれが認められ、晴れて当日中の入国が叶ったのである。

「さて、どうするかね?」

 アデルはまずミリアに尋ねる。

「どうするとは?」

 いつもなら――まだ数日しか一緒に行動していないが――この手の相談を受けるのは専らネージュであるため、急に話を振られたミリアは困惑してしまった。

「いや、ここならまあ、グランの平原よりは安全だろう。ここで野営していくか、今夜は一気に次の町まで走り通すかの2択かな?まあ、馬の事を考えると休んでいきたい所かもしれんが……」

 そこでアデルはチラッと少し離れた所にいる聖騎士一行を示す。

「私は野営で構いませんが……何か事情が?」

 ミリアにはネージュの素性を知らせていないので、ネージュと聖騎士、テラリア民が相容れないという事を知らないミリアは怪訝な顔をする。ミリアにしてみれば皇国の聖騎士ともなれば、単純に秩序を守るスーパーエリートと言える存在なのである。

「いや、俺がちょっと……聖騎士って苦手でね。」

「……何かワケアリなのですね?」

「……いや、単純に……なんて言うのかな、気に入らないと言うか……まあ、田舎者の僻みです。それじゃとりあえず、今夜はここで野営という事で。警備兵と聖騎士たちに一応連絡してきます。ネージュ。今の内に警備や他の旅人の邪魔にならない場所を見繕っておいてくれ。」

「りょ。」

 アデルの指示にネージュは的確に従う。国境前の広場だが、そこに駐屯する警備兵の邪魔にならないよう、そして自分たちの見張りがしやすいよう、更には暗殺者が差し向けられている事を踏まえて余り森には近づかないような場所で、テントを張り易そうな所を探す。

「ミリアは馬を、アンナはミリアを頼む。じゃ、説明?行ってくるわ。」 

 アデルの言葉にミリアが少々不快な表情をしたが大人しく従う。

 アデルはまず、警備兵に今夜はここで野営をさせてもらうと伝えると、警備兵は『さもありなん』というような反応を示す。まあ、越境の審査機関が終業している時間に到着したために翌朝までここで待つという旅人は少なくない。各国国境の門の前にある広場はその為でもあるのだから。

 同様にルイーセにその旨を伝えると、ルイーセ達も同様の措置を取る様だ。ただルイーセ達の方からは、『それなら何で業務時間外に無理に国境を越えたんだ?』と問われたが、『地元だしこちらの方が安心できるし、警備隊の信頼度が違う。』と答える。すると、『警備隊の信頼度?』と聞かれるが、グランの現況を伝え、正規兵崩れの山賊もいると伝えると流石に少々憤りを見せる。

 そこでアデルはに問いかける。

「そう言えば……帰りも同じルートを戻る予定ですか?」

「む?そのつもりだが……?」

「そうですか。だったら用事は急いで済ませた方が良いでしょうね。」

「どういうことだ?」

「フィンがグランに対する野心を捨てきれていない様で……また懲りずに兵を集めているという噂があるようです。」

 アデルが持っているのは既に大規模軍招集中の確定情報であるが、その辺りはナミからまだ極秘だと言われているので相当に話を薄めてそれとなく伝える。

「そうか……」

 ルイーセは小さく呟く。

「……クーン領西端の蛮族は駆逐されたんですか?」

 今度はアデルが問い掛けるとルイーセは表情を固くする。

「……あんまり良くないんだ。」

 その表情からアデルは察した。

「お前は……その我が領西部の村の者だな?」

「……ええ。2年ほど前までは。」

「フラムを……いや、あの件を知っているという事は……ヴェイナンツ様の事も知っているな?」

「知ってるのかと聞かれるなら知っていると。ただ今はどこにいるのかは全く知りませんがね。」

「そうか。ヴェイナンツ様はどうされたのだ?」

「先ほども言いましたが……ウィリデさんの奥さんと、娘の“素性”が明るみになったせいで村を追いやられました。2人の“素性”はご存じなのでしょう?ウィリデさんがいればあの程度の襲撃で村が壊滅する事はなかったんだろうけど……まあ、自業自得と言えば自業自得ですかね。」

「一緒ではないのか。将軍は今コローナで活躍されていると聞かされていたのだがな。」

「……そちらは初耳です。尤も、俺がコローナにたどり着いたのもそんな前じゃないですがね。」

「なぜコローナに?」

「それも先ほど言いました。……東に希望が持てなかったからと。治安の維持と安全の保証と言いながら、決して少なくない量の税を毎年徴収して行ったに関わらず、村に派遣されたのは私兵2小隊のみだ。いや、その人たち、特にヘラルト隊長には感謝もしているけど……結局村は潰れ、何年も掛けて開拓した土地も放棄。何のための税だったのやら。クーンの町も俺らが西の開拓村の人間だと分かるとすぐに足元を見るような話し方をしましたしね。一般人どころか、商人までも。そんな場所で何を期待しろと?」

 ここで言ったところでどうにもならないと分かってはいるが、当事者に促されたことにより積年の不満――最早恨みに近い物だ。が、ついつい溢れ出してしまう。

「…………」

 ルイーセ達は顔をしかめつつもそれを無言で聞いていた。驚いたことに、ルイーセ達6人はすべて女性だ。良くも悪くも“男女平等”の名目の為、女性の聖騎士は特別珍しいという訳ではないが、聖騎士1人で中隊を1つ動かすくらいの力を持っており、それが6人一緒に行動しているというのが異常事態だ。外交使節団と考えればあり得るのかもしれないが、それだと“伯爵令嬢”程度の肩書では少々役者不足ではなかろうかと思う。そう考えるとルイーセ達は外交使節団の先遣隊か事前交渉団と言ったところなのだろうか。

「今頃は後からやってきた国軍が何食わぬ顔で占拠してるのかと思ってたんですがね。」

「正直言って我が領西部の状況は厳しい。竜人と……蛇人と……我が領は既に4分の1が蛮族共の支配地域となってしまっている。」

「うわぁ……」

 ルイーセの言葉に2つの意味でアデルは引き気味の声を漏らす。

「流石にそこまで侵攻されれば、中央の連中も対策を講じるのでは?」

「……講じると思うか?」

「流石にそこまでになれば……まさか?」

「そのまさかだ。陛下の――いや、中央、皇族は今それどころではないと言った所でな。」

「西部領の4分の1を蛮族に取られる以上の事ですか。ソリャアタイヘンダ____」

 後半部分は思わず棒読みになってしまう。その露骨な揶揄にルイーセ始め数名の聖騎士が眉を寄せる。

「…………で、コローナに東伐の出兵依頼か何かと言ったところですか。オーレリアとのやり取りに苦心しているところなんですがね。コローナとオーレリアの戦争の話は聞いていますか?」

「いや、そうなのか?」

「そうなんです。いくら西の田舎農家国と侮ってるのか知りませんが、それすら知らずに良くその手の話を持ち込もうとしましたね。」

「父上の苦肉の策だ。」

「……わからないでもないですがね。書状は陛下か太政大臣辺りが書いたものですか?だとしたらあまりいい予感はしませんね。」

 アデルの言葉にルイーセが一層苦い顔をする。

「期待は出来ぬか?」

「覚悟はしていった方が良いでしょうね。コローナも北とは戦争中、物価も徐々に上がりつつあります。さらに、南もどんどんきな臭くなってきている。そうなると国内でもいろいろ厳しい状況になるだろうし。蛮族相手に他人事と言うのは少々難があるかもしれませんが、矛先が向いてこない以上は敢えて戦火を拡大することはないんじゃないですかね。確かにコローナの一部には皇国の権威に憧れている貴族もそれなりにはいるようですが、それを焚き付けてもすぐに東征という話にはならないでしょう。まあ、物資か資金の協力ならしてくれる貴族もいるかもしれませんが。」

 ルイーセは完全に沈黙した。

「とりあえず、明日の日の出と共に俺達は出発しますので。ここまでくれば街道を北西に進みながら町で少し話を聞けば迷うことなく王都には行けるとは思います。必要と言うのであれば先導しますがね。今のところ5~6回通っていますが、コローナの街道で賊に襲われたことはないので大丈夫だとは思いますよ。」

「……わかった。出発前に知らせてくれ。」

「わかりました。」

 思わぬ形でテラリアの思わぬ状況を知る事が出来た。知ったから何だと言う話でもあるのだが、それでもテラリア……しかも、昔住んでいた領の4分の1が蛮族の手に落ちているという状況は驚きである。その一部の矛先でも西に向かってくるなら、アデル達はどう立ち回るだろうか?漠然とそんなことも考慮しつつアデルは妹たちの待つ場所へと戻ったのである。

 アデルは彼女らに今の話を聞かせてみるが、ネージュを含めてあまりピンとこないのか、あまり興味を示す様子はなかった。

「お兄様はあの聖騎士ともお知り合いなのですか?」

 突然のアンナの問いにアデルは首を横に振る。

「“知り合い”てほどじゃないな。話をしたのもさっきが初めてだ。今も邪険にされてきたところだよ。まあ、先導はしてほしいらしいがね。」

 アデルはそう言いながら肩を竦めた。




「状況は……お聞きの通りです。如何なされますか?」

 ルイーセはすぐ隣にいた聖騎士にそう声を掛けた。

「如何も何も……ここまで来たらもう行くしかありません。あまり良い結果を出せないと……ますます苦しくなりそうですね。自分たちの苦し紛れに、他国にも一緒に苦しめというのも傲慢なのでしょうけど。」

「皇国がヤツらの……いや、さらには蛮族どもの手に落ちかねないという状況は何があっても避けなければなりません。」

「我が国にも、コローナとグランくらいの絆があればまた違うのでしょうけれど……」

「今何を言っても仕方のない事です。何としても、コローナを東に、魔の森に引き摺りだしませんと。」

「…………」

 聖騎士たちは一斉に表情を暗くした。



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