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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
81/373

既知との遭遇

 厄介は避けたつもりが付いてくる。

 暗殺者の襲撃から丸2日。全力で北西へと馬を走らせ、国境まであと少しと言うところでそれは待ち構えていた。

「前方――賊?様子がおかしいな。」

 アデル達2騎の内前方を行くアデルが真っ先に気づく。

 時刻は夕暮れ。所謂“賊”が一番動きやすい時間帯だ。国境目前という所で街道に入り、周囲に見覚えのある森が見えてきた辺りで50人くらいの者が街道を塞いでいるのに気付く。50人の内7~8騎の騎馬が見えるが……争っている?

「争ってるみたい。お取り込み中?」

 ネージュが半疑問形でアデルに確認する。今の処こちらに気づいている様子はない。アデル達は速度を少し下げ接近しつつ観察するに、どうやら6騎の騎馬をその他大勢が襲撃している最中の様だ。

「どうする?」

「ここじゃ迂回もできんしな。後方でふんぞり返ってる賊の方の騎兵だけ始末して強行突破かな。」

「助けないのですか?」

 アデル達のやり取りにミリアが口を挟む。

「本来は警備兵の仕事です。まあ、今どれくらいの給料が出てるのかは知りませんが……うちらの仕事はあなたをコローナ王都まで生きて送り届けることです。物事には優先順位ってものがある。わかりますね?」

「…………」

 ミリアが押し黙る。少なくとも半年前まではその警備兵を管轄する軍務大臣の娘であったのだ。賊を放置し剰え襲われている者たちを無視と言うのは抵抗があるのだろう。しかし、自身もまたつい先日、命を狙われたところである。

 ミリアが黙ったところで作戦承認と受け取ったか、アデルは次の指示を出す。

「不意を突いてあっちのリーダーっぽいのを潰します。うまくいけば賊は潰走するでしょう。ただし、向こうに弓持ちがいるかもしれません。なるべく姿勢を低くして、しっかりと掴まっていてください。」

 ミリアにそう告げる。

「先行して奇襲を掛ける。抜ける時のフォローを頼む。最悪目くらましもありだ。」

「りょ。」

「わかりました。」

 アデルが方針を告げると、ネージュとアンナはすぐに自分の役割を確認する。

「行くぞ!」

 声を上げ、ミスリルヘルムの面貌を降ろして暗視付与の合言葉コマンドワードを唱えると、アデルは馬の腹を蹴り一気に加速した。


 賊たちも襲われている方もまだアデル達に気づいていない。だがその間に状況は徐々に変わりつつあった。襲われている方が優勢になりだしたのだ。それにネージュも気付く。

「お兄、なんか形勢逆転してない?」

「してるな。襲われているのは騎士か……まあ、方針は変わらん。但し目くらましはなしだ。」

「わかりました。」

 自分たちが抜けるだけなら目くらましが一番効率が良さそうなのだが、下手に騎士たちの邪魔をするとあとが面倒になりそうだ。

「こっちは急ぎだ!邪魔するぜ!」

 アデル達が20メートル付近にまで接近してもお取り込み中の両陣営は誰1人アデル達に気付けていなかった。そこでアデルは大声を上げると、突然の闖入者に戦闘中の者たちの視線が一斉に集まる。一瞬、戦場の時間が停止したところでアデルは賊のリーダー格であろう、騎兵の1人に向って槍を投げつける。

「なっ!?」

 戦場に突っ込んでくる騎馬がいきなり槍を投擲してくるとは予想だに出来なかったか、賊騎兵2人のうちの1人はあっさりとその槍で腹を貫かれ、馬から落ちる。

 アデルはすぐに左腕を回転させ、チェーンを左腕に巻き付けて槍を回収すべく引き寄せる。勿論、この状況で手元にまで回収できるとは思っていない。ただ強行突破するに当たり、チェーンさえ落さなければあとでいくらでも回収できる。

「今だ!討てるだけ討て!」

 リーダーの一角を討たれ、動揺を見せる賊たちに向って騎士――のリーダーだろう。が、追撃の号を飛ばす。

「ちょ……」

 ここで面倒事が2つアデルを見舞った。

 一つは、決定的な機を得たとばかり一斉に反攻に転じた騎士たちがアデル達の突破の進路を塞いだこと。そしてもう一つは……騎士が纏う鎧に見覚えがあったことだ。

「横取りするつもりはない!通らせてくれ!」

 アデルがそう呼びかけるが騎士たちは動きを変えない。それどころか、騎士たちに追い立てられた賊共の一部が、武器を持っていないアデル達の方に向ってくる。

「俺もサブ武器は用意すべきか……」

 アデルがそう呟いた時、アデル達を守る為にネージュが馬を寄せる。その時にアンナが声を掛けてくる。

「お兄様。右手を開いてください。」

「む?」

 一瞬意味が解らなかったアデルだが、言われた言葉の通りにする。右手を開くとそこに氷の槍が現れる。

「おおお?」

 アデルが慌ててそれを握るとアンナが言う。

「強度は保障できませんが……何もないよりはいい筈です。壊れたらまた出しますので。」

 どうやら水の精霊に働きかけて、氷の槍――と言っても何のことはない、ただ先端が尖った氷の棒だが――を用意してくれたようだ。確かに何もないよりははるかにましだ。

「抜けたヤツは任せる。」

 ネージュはそう言うとプルルを減速させ綺麗に飛び下りる。

「ネージュ、“全ては見せるな”!」

 アデルの言葉にネージュは一つ舌打ちをするが、すぐに気を取り直し蛇腹剣を薙ぐ。

「なっ!?」

「うぎゃあ!?」

 蛇腹剣の存在に気づけなかった賊が4名崩れ落ちる。今回の賊は正規兵崩れではない。ただの賊だったようだ。従って装備は良くてレザーアーマー、悪いやつはただの服だ。ネージュがさらに腕を振り回すと、さらに5人の賊が倒れる。何も知らずに、そしてすぐに気づけずに無防備に突っ込んできた賊はたちまち蛇腹剣の餌食になる。

「おっと。」

 それでも運か勘か、或いは身のこなしか、が良かった2人の賊が大振りとなる蛇腹剣の軌道を躱して接近してきたがそれはアデルがきっちりと氷の槍で仕留める。

 こうなるともう突破は不要だ。少し奥の方でも総崩れとなった賊を騎士たちが次々と血祭りに上げていく。

「くそ!引け!引――」

 もう一人の賊騎兵が退却の合図を出そうとするが、それはアデルが許さなかった。最初の賊騎兵と同様に、今度は氷の槍を投げつける。

 しかし、今回は手に馴染んだ槍ではなかったせいか、それとも氷であるため少し滑ったか、氷の槍は賊の肩に突き刺さり、致命傷を負わすには至らなかった。しかし、馬上で大きくバランスを崩した賊はそのまま落馬するとそんな隙を騎士が見逃すわけもなく……

「待った!殺すな!」

「うぎゃああああ」

 アデルの声に騎士はとっさに剣の軌道を変える。賊リーダーを真っ二つに切り裂く筈だった剣は、その賊の負傷してない方の腕を斬り落とした。

「逃げろ!逃げろー!」

 リーダーを失った賊共は散り散りに逃げようとするが、その時には既に立場が逆転している。薄暗いとは言え馬を駆る騎士達の手から逃げられるものは多くなく、その大半が討ち取られた。

「深追いは無用!」

 騎士のリーダーの声に残り5騎の騎士はすぐに戻ってくる。森に逃げ込めた賊は最終的には片手で数えられるほどにまで減っていた。

「……御助勢感謝する。」

「……いや、俺らは通り過ぎたかっただけですんで。横取りしちまったみたいで却って申し訳ない。」

「……横取りという意味がいまいちわからないが……冒険者か。」

「はい。では我々は急ぎますので。」

「待て!改めて礼をしたい。グラン王国の冒険者だな?」

(面倒臭ぇ……)

 アデルは内心で毒づいた。アデルとしてはすぐにでも立ち去りたい理由が2つもあるのだ。

 1つ目は云う迄もなく、今日中に国境を越えてしまいたいというものだ。そして2つ目、先ほども述べたが、騎士達が身に纏っている鎧。それがローザが身に付けていたものとほぼ同型であること。つまりは、寄りにもよって《聖騎士》が6人も雁首をそろえてこちらを窺っているということだ。聖騎士が6人、どう考えてもただ事ではない。

「いいえ。俺達はコローナから、商会の幹部の移送・護衛を請け負ったコローナの冒険者です。何としても今日の内に国境を越えておきたいので……折角ですが、お礼などは不要です。どうぞお構いなく。」

 だが、アデルのすぐに離れたいアピールは不発に終わる。否、不発と言うよりも完全にあらぬ方向へと暴発してしまう形となった。

「コローナの?それは都合が良い。我々もコローナ王都へ向かう所だったのだ。馬もある様だし、是非ともご同行願いたい。」

「え?ええええ……」

 騎士の言葉にアデルは困ってしまう。さらに悪いことに、色の良い反応を見せなかったアデルに他の聖騎士たちが険しい視線を向ける。

「我々はテラリア皇国の聖騎士だ。決して足手まといにはならん。」

(見ればわかるんだよなぁ)とは口に出せずにアデルは少し言葉を考える。

白金しろがねの鎧、お噂はかねがね聞いております。愚かな――無知とも言うか。な、山賊もいたもんですねぇ……」

 どこか他人事という口ぶりで言葉を濁す。

「私はテラリア皇国、クーン領主ヘンドリクス伯爵の娘、ルイーセ・アウラ・ヘンドリクスだ。この度、陛下からある任務を与えられコローナ王都へと向かう途中、賊に絡まれたのだ。」

「なん……だと……?」

 今度はアデルの表情が急にいや、元々か。露骨に険しくなる。

「む?どうした?」

 テラリア皇国クーン領……その単語は忘れもしない。アデルの故郷である村があった場所だ。その領主の娘だと?

「クーン領主?ヘンドリクス伯爵?昇爵されたのですか?」

「む?知っているのか?」

 アデルの様子に気づいた聖騎士が怪訝そうな顔を向ける。

「ヘンドリクス子爵――失礼、伯爵でしたか。のご令嬢?……ということは、フラムの安い煽りに馬に乗ったはいいが、そのまま降りられなくなった娘さん?」

「なん……だと?」

 今度は聖騎士が先ほどのアデルと同じ様に言葉をひねり出し、同じ様に表情を険しくする。

「お前は……誰だ?」

「さて、誰でしょうね。とにかく我々は本当に先を急いでいますので。」

「待て、フラムを知って……あのことを……お前はあの時の黒髪の……悪いが名前までは覚えていないが……」

「こちらも……子爵にはフラムの同じ年の一人娘がいたとまでしか覚えていませんがね。」

「何故こんなところにいる?」

 聖騎士が厳しい口調で問いかけてくる。

「……何故と言われましても。村は妖魔に滅ぼされましてね。まあ、魔の森周辺の一番の辺境でしたしご存じないかもしれませんが。東に一切の希望を見出せなかったので西に逃れました。

「西に?魔の森を抜けたというのか?何故だ。いや――ヴェイナンツ様がご一緒なら可能か。」

 ヴェイナンツ……アデルの槍の師匠でありフラムの父であるウィリデさんの本来の姓だった筈だ。

「いえ……ヴィリデさんは村を去りました。と、いうか、おばさん――奥さんと娘の素性を知った村が追いだしたのですがね。」

「なんと……そうか。」

 聖騎士が心底残念そうな声を出す。

「後があるとするなら、話は後で。とにかく急ぎましょう。今ならまだ今日の内に国境は抜けられるはずです。先ほどの御礼の代わりに、その賊と馬の身柄を譲ってもらえますか?」

「む……そうだな。今日の内に抜けられるというならそれに越したことはない。しかしどうやって運ぶ。」

「ミリア、馬は扱える……よな?」

「ええ。乗馬くらいなら嗜み程度に。」

「悪いが、国境……いや、コローナ王都までその馬をお願いしたい。行ける?」

「先導さえしてくれれば。」

「そこは問題ない。アンナ、その賊の傷口だけ治療してやってくれ。腕を戻してやる必要はない。」

「え?ええ。わかりました。」

「ぐ……殺せ……」

 男の口からその言葉を聞かされてもアデルは何も感じない。

「殺すなら放置して鳥の餌にでもなってもらうがね。」

 そう言いながら、肩の氷の槍を引き抜く。そこからも血が溢れ出すが、それをすぐにアンナが治療する。」

「どうするんですか?」

「軍人崩れじゃなさそうだけど、あれだけ組織的な賊だ。情報提供として国境の警備兵にくれてやる代わりに、今夜中の越境を認めてもらう。」

「なるほど。」

 アデルは賊の残った片腕を後ろ手に、両足は膝を曲げた状態で全身ぐるぐる巻きにして、馬の背中に括り付ける。

「急ごう。」

 アデルはネージュとミリアに声を掛け、賊から没収した馬の手綱を取ると速歩をさせる。ネージュとミリアもすぐにそれに続く。

「ルイーセ……お知り合いですか?」

 アデルとの会話中、脇に控えていた別の聖騎士がルイーセに尋ねる。

「知り合いと言うほどではありませんが……恐らくは守れなかった我が領の者かと。使えるかもしれません。」

 ルイーセは尋ねてきた別の聖騎士に小さな声でそう述べた。



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