暗殺者 vs《暗殺者》
警戒すべきは賊。そう思っていた時期が彼らにもありました。
場所は街道から離れた平原、多少の草は生えているが見晴しは悪くなく、火を灯せばかなり遠くから旅人の存在が知れるだろう。そうなると警戒すべきは賊と判断したアデル達は、ミリアがテントで眠りにつくと同時に火を消した。しかしその状況でも真直ぐに、確実に、そしてひっそりと接近してくる者達がいた。
時間は午前3時前。見張りの担当が前半のネージュから後半のアデルに引き継がれて程なくした頃だった。
アデルは微かな異音に気付くと、兜を被り暗視モードを入れる。まず草に身を顰めつつ、“ダルマさんが転んだ”の要領で、少しずつ接近してくる者を1人発見する。アデルはすぐ隣で毛布にくるまって寝ているネージュとアンナを起す。
幸いというかなんというか、ネージュとアンナはすぐ近くで一緒に毛布にくるまって寝ていたのだ。
と言うのも、それぞれがミリアと共にテント内で過すのを“遠慮”したためである。その辺はアンナがうまく対応した。本音は“遠慮”でなく、“警戒”であり、“嫌った”のであるが。ここで怪訝に思うだけでなく、“遠慮”に対して遠慮することもなく、堂々と一人でテントを占有したのは流石は元大貴族令嬢と言ったところだろうか。まあ、ある意味でwin-winなのではあるが。
先に動いたのはネージュだ。小さなあくびだけをすると、起された事に何の疑問も挟まずに、すぐに周囲の気配を探る。
「2人?」
「2人?あと一人どっちだ?」
ネージュの問いかけにアデルが逆に声を潜めて問う。その時に指で既に見つけている方の方向を示す。
「あっち。」
ネージュも同様にすぐ近くでしかわからないように方向を示すと、アデルは首を回して確認する。
「あれか。アンナ……」
「はい?」
アンナはまだ少し眠そうである。
「テントに入ってミリアを起して、少なくとも寝袋から引きずり出しておけ。で、合図があるまで外に出てこないようにしろ。」
「……わかりました。」
若干嫌そうな表情をするが、アデルが立ち上がり、手を引いてテントの所まで送ると指示通りテントの中に入っていった。
「さて……」
こちらが行動をした所為か、招かざる来訪者たちも動きを速める。距離は30mくらいか。
「とろそうな方、先に片付けてくる。」
「この状況でああ動くとなるとあっちも暗視持ちだろうな。油断はするな。」
「りょ。」
ネージュは立ち上がるとおもむろに屈伸をして……片方の来訪者の方へ一気に加速した。やはり見えているのだろう、2体の影も同時に動き出す。30m程の距離の内、20mを2秒で詰めたネージュはその勢いのままに跳躍する。すると、アサシン1も流石は専門家と言うべきか、冷静にその姿を追うと正確に暗器を投げつけてくる。
「チッ……見えてるっぽい……ね?」
一方その頃、テントを挟んだ反対側でアサシン2は護衛の楯を叩いていた。
標的は妙な貿易商の受付嬢の小娘1人だった。意外と隙のない店の上、娘がなかなか外出しない為、少々手間取ったが、今朝、標的に動きがあると知らされ追跡する。恐らく冒険者だろう、護衛が3人を付けて、西へ向かう様子だ。しかし、その護衛はまともに戦えそうなのは男の《戦士》1人だけ。支援要因なのか魔術師なのか量りかねるが他の2人はまだ年端も行かない娘。一体どこの無能な店の所属か知らないが、俺たちの標的の護衛になるとは運のない奴らだ。いや、最近のグランの経済状況を考えれば、安易に冒険者になるというのもわからないでもないが……身の程を知らずに安易に危険な稼業に手を出した自業自得ともいえるか。標的以外の娘は攫って帰ればいい臨時収入になるかもしれない。
標的たちはグラマーを出ると程なくして街道を外れ、想像以上の速さで馬を走らせたため、追いつくころには未明に近い時間になっていた。襲撃を予想していたのか、標的たちは灯りを消した状態で見張りを残しテントで休んでいた。もしかしたら自分たちの様に暗視の魔具を持っているのかもしれない。そう注意して慎重に接近を試みたが、相方がどうやら気づかれてしまったらしい。
見張りがそちらに向かって飛び掛かっていったが、《斥候》技能者か。《戦士》の方は、手堅くテントから離れることはなかった。
相方はまだ新人だが腕は俺よりもいい。ギルドに加入してまだ1年足らずだが、すでにいくつもの仕事を成し遂げている。もちろん、俺の指導のお陰であるのだが。少々生意気だが、あいつと組むようになって仕事の効率が上がった。俺の作戦と、あいつの腕があれば小娘数名くらい造作もないだろう。とりあえず護衛を俺に引き付けておこう。アサシン2は余裕を見せながらショートソードを振るっていた。
キン――っと、甲高い音がした。
ネージュは正確に自分の顔面に向けて飛翔してくる暗器を左手に持ったマンゴーシュで叩き落とす。やはり暗器は叩き落とされる前提で目くらましとして投げつけていたようで、暗殺者は着地予想地点でカウンターを食らわせるべく細身のレイピア……むしろ大きめの針ともいうべき刺突武器を構えていた。このまま慣性と重力に従って跳躍を続けたら間違いなく喉元にレイピアが突き刺さっていただろう。
「先読み能力は悪くないとは思うけど……」
ネージュはそう呟くと、暗殺者の3メートルほど手前の中空で“静止”した。
「!?」
着地の位置とタイミングを完璧に予測したアサシン1であったが、そこに勘の悪い獲物がやって来ることはなかった。突然の強風と共に、獲物が空中で止まったのだ。
(魔術師か!?)
アサシン1はそう思ったが、そんなことはなかった。本体の代わりに自分の所に迫ってきたのは、細切れになりながら伸びてくる剣だ。
「!?」
1.2メートル程度の剣と思っていた相手の剣は3メートルくらいの距離から振り下ろされるとしなるように伸びてくる。すぐさま回避行動をとるが、剣に意識を取られすぎたのが命取りなった。本来の位置よりも1メートルほど右にずれた、普通ならあり得ない位置に相手が着地すると同時に、左手のマンゴーシュが首を襲う。
「不測の事態には追い付けないみたいね。」
ドサッと何か重さのあるものが地面に落ちた音がした。
(やったか?)
護衛の戦士と標的のいるテントにより死角となっていた方向から鈍い音、不運な獲物が頭部を失い倒れるよく聞く音を聞いたアサシン2は相方がまず1人始末したのかと考えた。死んだのは護衛のオマケの小娘のうちのどちらかだろう。あわよくばお持ち帰りと思ったが最優先は標的の首のみだ。守りに徹した護衛の楯はなかなか突き崩せなかったが、挟み撃ちにすればどうにかなるだろう。そう考えた時、すぐ上から死を呼ぶ颶風が頭上から打ち付けられた。
「とりあえずアンナ、出てきてくれ。」
アデルの合図でアンナがテントから外に出てくる。
「ネージュに“不可視”の魔法を。恐らく、暗殺の成否を確認するやつがどこかで見ている筈だ。だが、この平原なら――」
あとはわかるな?
兄の言外の言葉に妹たちは静かに頷いた。
「どうせ吊るしても大した情報は出てこないだろうしな。」
足元の首から来訪のお土産としてゴーグルを剥ぎ取りながらアデルは呟いた。
狩りが始まった。




