完遂
翌朝。
ヴェーラ宅で早目の朝食を取り終えると、エスター達と合流し、まずはヴェーラが村長宅へと出発を告げ戻ってくる。
昨夜は特に異常らしい異常はなかったとの事だ。が、ネージュはすぐに昨日の時点ではなかった筈の足跡を見付けた。数日前に被害のあった丸イモの畑の辺りだ。
「偵察には来てたらしい……ね。」
足跡はやはり森へと入っている。最初に被害のあった養鶏場と同じ方角だ。
プルルはヴェーラの母親に預けることになった。馬の体躯で碌に手入れもされていない森の中では思う様に動けないと判断したためだ。
最悪の想定として、馬を囮に逃げるという考えもあるにはあったが、満場一致で無事却下された。
ゴブリンも、そして想定される狼も基本的には夜行性だ。この時間帯なら寝静まってる確率の方がが高い。
先頭を行くのは当初の予定を覆してのネージュだ。
前を行くと言うネージュに他の全員が難色を示したが、足跡を辿れると言うのが彼女だけだったのであきらめた。アデルもエスターも《狩人》として山で狩りをする際など、ある程度の足跡の見分けと痕跡の追跡は出来るが、飽く迄探知の補助としてである。足跡の状態からだいたいどちらに向ったか程度はわかるが、足跡を辿ると云うところまでは行かない。
「意外な特技と言うかなんというか。まあ、動くものに対する注意は俺達で受け持つとしよう。」
山狩りに馴れている筈のアデルとエスターは少々面目を潰されながらもそれを受け入れた。
今回の活躍を加味されるなら、ネージュに《狩人:4》か《斥候:3》の能力が認められそうではある。
ネージュが足跡を辿ると程なくしてに獣道――動物などによって背の低い草が蹴散らされ、土が踏み固められている部分を見つける。
先頭をネージュ、その後ろにアデルとヴェーラが進み、そのすぐ後ろにフォーリとヴェルノ、殿に探知能力のあるエスターが後方を警戒する。
そんな感じで緊張しつつ小一時間ほど森の中を進むと数メートル四方程の木がない開けた場所に出る。そして、それはそこにあった。
「洞穴……?」
注意深くエスターが様子を確認する。
「ねぐらっぽいなー。足跡沢山残ってる。」
どうやら目的地のようだ。
「見張りとかもいないのか……」
周辺に動くものの気配を探すが見つからない。
「まだ意外と規模が小さいのかも。」
アデルの呟きにネージュがこっそりと耳打ちする。どうやら数十規模の群れにならないと24時間の警備体制は難しいようだ。
「思いの外狭いな……」
入り口を見つめアデルは苦い表情をした。洞穴は高さ1.5m、幅も2m程度。少なくともネージュ以外は腰をかがめる必要がある高さだ。
また、得物が片手用とは言え槍であるアデルにはかなり厄介な場所となる事も確かだ。
「中に入るにゃ不利過ぎるよな……」
「待ち伏せするかおびき出すか?」
アデルの呟きにヴェーラが答える。
「落ち葉が多い時期なら燻り出すってのもありだけど、季節じゃないしね……」
「よくスラスラ出てきますね……」
彼らのやり取りを見ていたフォーリが感心するように漏らす。特にネージュに対しては感心を通り越して呆れている様な印象さえ受ける。
(これはまずいかな?)
などと、何とかはぐらかす方法はないかと思案するアデルを尻目にネージュはヴェーラに松明を要求する。
「害獣駆除は村生活の基本。掘ったような跡もないし、そんなに深い穴じゃないと思う。足跡からしていたとしてもせいぜい20いるかいないかくらいだと思う。松明でも深めに投げ込んでやれば慌てて出てくるんじゃない?」
この発言にアデルとヴェーラは唸り出し、ヴェルノは目を輝かせていた。直接戦闘をする以外の手段に大いに興味があるようだ。そしてエスターとフォーリは明らかに「お前何者だよ」と言わんばかりの表情を向ける。
(戻ったらまっ先に自重と云うものを教えないとだめだな……)
アデルはそう思いつつも、その案に賛成する。
「まあ、それで崩れりゃ崩れたでいいし、こっちにそんなデメリットもない。帰り道考えたら、わざわざ夜まで待つこともないだろう」
「まあ、そうだな。」
「山火事になったら大変だと思うけど……?」
ヴェーラの同意にフォーリが懸念を示すが、
「まあ、いざとなったら埋めちまえば大丈夫だろ。そんなに乾いてるわけでもないしな。」
エスターが賛成票を投げ賛成多数と認められた。
(埋めると言ったって、スコップもないしそれなりに大変だと思うけどな)
アデルは内心でそう突っ込みながらも、せっかくの同意票にケチをつける必要はないだろうと飲み込む。
「それじゃあ、松明と火種頂戴。投げ込んでくる。」
「火種といっても火打ち石しかないんだよな……」
ヴェーラがそう言うと荷物袋から松明と火打石を取り出しネージュに渡す。
「流石にここでカチカチ始めたら気付かれるか?」
「……かも。」
「動きを観つつ少し離れて準備するか。」
ヴェーラの案に全員が同意する。
一行は少し離れた場所に移動し、ネージュが木に登って洞穴を観察する。何か動きがあれば枝を投げて合図すると言う事だ。
「まずはある程度奥に火を投げ込んでもらって後は入口を出たところを前衛で固めるか。後衛は少し離れた位置で。早々抜けられることはないと思うが、2体以上が前衛ラインを抜けたらためらわずスリープを使ってくれ。」
ヴェーラが松明の用意をしている間にアデルが作戦を立てる。
「奥に火を投げ込んでもらうって……ネージュにか?」
「ああ、ネージュにだ。穴の大きさ的にも一番の適任だろう。」
(あいつ、暗くても普通に見えるしな。)
ヴェーラが困惑の表情で尋ねるが、アデルが答える。もちろん後半部分は口には出さないが。
噂はもともと聞いていたため以前確認をしたところ竜人は玉の有無にかかわらず夜間もある程度の見通しはできるそうだ。流石に昼間と同様には見えないが、それでも物の姿や足元の地形、壁や木などの障害物の有無程度はわかるらしい。
尤も、この世界に於いては夜間何も見えなくなる方が珍しい部類となるようだ。4種の人族の中でも“人間”と“翼人”のみが暗闇が苦手なだけで、“森人”や“地人”――人間至上主義のテラリア国内では、“耳長”“筋肉達磨”と揶揄されるや、竜人や各種獣人を含む亜人と呼ばれる者たちの大半は同程度の暗視能力を持っているらしい。単体の肉体の能力なら人間よりも獣人の方が大抵は上なのだ。
洞穴に動きが無い事を確認すると、アデルがネージュに先ほどの作戦を告げる。ヴェーラやフォーリの心配をよそにネージュはあっさりとそれを承知する。
「そんなに奥に行かなくても、驚かすなりで燻りだせれば十分だからね?」
「はーい。」
尚も心配そうな声を出すヴェーラにネージュは軽く答えてアデルと視線を交わす。アデル達前衛3人がそれを合図に目配せをし、武器を構え配置を確認して戦闘態勢に入るとネージュは小さくにやっと笑って奥に入っていく。
――30秒後。中からネージュの大声が響いてくる。
「どうした!?」
程なくしてネージュが走って中から出てくる。松明はきっちり投げつけてきたらしく手には何も持っていない。
「ちょっと脅かしてきた。すぐに出てくると思う。」
突然聞こえた大声に流石にアデルも心配したものの、当のネージュの方は悪びれる様子もなく軽く答えた。
そしてその言通り、ネージュが出て来てから数十秒後、先頭のゴブリンが3体、更に続くように火だるまのゴブリンが2体飛び出してくる。
先頭のゴブリンは待ち伏せに気付くと少し怯んだ様子を見せたが、火だるまの方はその余裕すらなくヴェーラに飛びかかって来る。
体躯の割に中々の跳躍力を見せるがそれは悪手だ。既にスタンバイを終えていたヴェーラはその動きをしっかりと見切り、飛んだゴブリンの顔面を楯で引っぱたく。勢いを削がれ体勢を崩したゴブリンの腹を右手の剣で易々と突き刺すと、すぐに引き抜き、楯でそいつを吹っ飛ばして2体目のゴブリンを切りつける。
見事な手並みだとアデルは感心しつつも、火だるまのもう一体ゴブリンの首を槍で突き刺す。
残る2体も1体はエスターが仕留め、もう1体はネージュの足元で腹を押さえのた打ち回っている。アデルがそいつに止めを刺すとネージュが不満げに漏らす。
「うーん……やっぱり軽いな。私も武器を考えるべきか。」
「お前の細腕で魔物を即死させられるようなら、世の格闘家はとんでもない化け物になるぞ。」
「うーん……」
尚も不満げなネージュだが今は構っている場合ではない。続々と後続が巣穴から飛び出してくる。
尤もそれほど広い穴でも無いため、飛び出してくると言ってもせいぜい2体同時が関の山だ。そうなればヴェーラやエスターが易々と致命傷を負わせ、即死、瀕死を問わず穴の脇に蹴り飛ばす。
こうなるとあとはボーナスタイムだ。穴から湧いてくるゴブリンを出てきたところで後ろに抜けさせない様に包囲して始末し脇へ捨てるだけとなる。待ち伏せに対する警戒や自ら有利な洞穴内へ引き込もうと言う発想は起きないらしい。洞穴が緩やかな下り坂になっており、ゴブリンの視線では出口のすぐ脇の様子が見えないと言うのも幸いしているようだ。
さほどの時間もかからず、18体を始末したところで打ち止めとなった。
結局この時点でフォーリとヴェルノは何の仕事もしていない。フィールドの現れた敵増援を前衛が囲んで削っている間に踊り子同伴の非力なシーフやシューターがチクチク経験値を稼ぐという昔ながらの伝統漁法は現在も生きているのだろうか。少なくとも今回は前衛3+1によってすべて平らげられてしまっていた。
アデルはヴェーラにもう一本の松明を用意してもらうと、ネージュと共に洞穴の中の確認に向った。
ネージュを先頭にして前を窺いつつ、何かあったらその脇から槍を突き出せる態勢だ。その間にヴェーラ達には入り口脇で討伐証明部位であるゴブリンの右耳を切り取ってもらい、念のために首を落してもらっている。
「いないね……」
「あれで全部か。」
洞穴は一直線で奥にたどり着いてもこれ以上のゴブリンが出てくることはなかった。途中落ちていた、最初に投げた松明も回収し引き上げる。
「最初の大声は何だったんだ?」
「“妖魔語”で、『敵襲!起きろ!』よ。」
「そう言えば、竜人も人族の言葉話すのな?」
「大元は多分同じだったんだと思う。知らない単語は結構あるかもしれないけど。」
半月ほど共に行動した範囲だと、動物の細かい種類や固有名詞に関しては伝わらないことが多かったが、基本的な日常生活にはほぼ支障は無かった。「ほぼ」と言うのは、「敬語」や「丁寧語」と言ったものがないらしく、年上、目上の人間と話す時に相手に眉を顰められたり、「言う」と「仰る」や「来る」と「参る」、「言う」と「申す」の様に活用以上に言葉の形が変わる物についてはやはり伝わらないことが多いようだ。
そんなやり取りをしている間に穴の入口に戻ってくる。
アデルがこれ以上のゴブリンはいない旨を伝えると、ヴェーラは右耳の回収完了を告げる。
昼前にはヴェーラ達の村に戻り、右耳を見せ討伐完了を村長に報告する。更に念のため村の者2名を巣穴まで案内し討伐したゴブリンの死体と、洞穴のクリアニングの確認をしてもらう。そして夕刻には村長から依頼完遂の証明書を認めてもらい、こうしていくつもの幸運に助けられながらも、彼らは冒険者としての初仕事を成功させることができたのである。もちろん店へ報告して報酬を受け取ってこそ仕事の完了ではあるが。
塒の探索からと言う事でアデル達も村長たちももう少し時間がかかる物と覚悟はしていたがそれが思いの外早く終り、村長始め村人たちの機嫌も上々だ。
逆に、アデルやヴェーラ、エスターの方はこの部分に関してはネージュの能力によるものが大きかったと探索関連は今後の課題になりそうだと思い知ったのであった。裏事情を承知の上、今後も共に行動するであろうアデルに関してはネージュの評価を大幅に上方修正する程度で済む話だが。
結局その日の晩は、村からの謝意としていくらかの農産物を貰い、ヴェーラ宅で細宴を催し翌朝エストリアへの帰路に就くことになった。