生きる術と生き残る術
アデル達とミリアは朝食を取るとすぐに出発をした。
出発の直前に支所長から、
「国境以外で身分提示を求められたら、入国許可証よりもギルドカードを提示する方が良い。」
とアドバイスを受ける。そういえばコローナとグランは少なくとも冒険者ギルドのカードの規格は統一されていたんだってな。と、いうことをアデルは最近知った。グラマーに入る時もアデルは入国許可証と冒険者ギルドカードを提示したところ、逆に余計な質問を受けた様な気がする。
「わかりました。それでは……お気をつけて。」
アデルは礼を述べると、出発する方の身だが、相手に“気を付けて”と言ってしまう。そう遠くない内に戦争に巻き込まれるだろう事情を知っているためだ。
「何かあればお嬢にすぐ連絡するさ。そもそもこの町も最近はラパロ公爵――内務大臣の一派が大分幅を利かせる様になってきちまったからなぁ。」
そう言って肩を竦める。旅人を送りだす言葉が、いつものカイナン商事――いや、フィーメ傭兵団のそれに戻っていた。もしかしたら支所長も争いの臭いに気づいていたのかもしれない。
アデルの後ろにミリアを、プルルはネージュが手綱を握りアンナを後ろに乗せている。
当初はミリアがアデルの後ろに乗るのを嫌がったが、ネージュが、アデル達がネージュの後ろにミリアを乗せるのをそれ以上に嫌がったため、結局ミリアが折れることになった。
「言ったでしょ?こっちも少々“ワケアリ”でね。ミリアが応えてくれたらこっちも応えるよ。ただ、馬を飛ばせばコローナ王都までは10日も掛らないだろう。何事もなければ……だけどね。短い付き合いになるだろうし、嫌なら嫌でお互い知らんふりして過ごしてもいい。」
「…………」
アデルの言葉にミリアが沈黙する。
まずは最初の関門、グラマーの門を出るところからだ。まだ相当に早い時間なので、門を通ろうとする者は多くない。すぐに呼び止められて、身分証の提示を求められる。
「随分と早いな。」
「目的地が遠くてね。今日のうちに出来るだけ距離を稼いでおきたいので。」
衛兵とそう言葉のやり取りをしながら手綱を握るアデルとネージュがギルドカードを提示する。
「え?嬢ちゃんも冒険者なのかい……え?コローナの……《暗殺者:21》!?そりゃあ、また……」
ネージュのカードを確認した衛兵が驚きと呆れと半々の声を上げる。ネージュはここぞとばかりに口元を釣り上げるが、ここでドヤるあたり本来の暗殺者とは程遠い気がする。しかし衛兵に与えるインパクトは充分だったようだ。
「そりゃお見逸れしてわるかったね。よし行っていいぞ。」
ネージュとアデルにそう声を掛けて衛兵は外へ送り出す。1年も戦争に出て戻ってくればだいたい戦士としてレベル15くらいにはなる。だが、前線と程遠い町の衛兵だとせいぜいレベル10程度だろう。尤も《戦士》と“兵士”は別物であるため、同じ土俵で比べる訳にもいかないのだが。
彼らはミリアには殆ど気に留めずに送りだしていた。確かに、大体は出るよりは入る時の方がチェックは厳しいのであるが。
無難にギルドカードのみで町を出ることに成功したアデル達は早速にプルルの速歩で速度で移動を開始する。
「野営の経験は?」
「あるわけないでしょ……」
馬を走らせながら、後のミリアに声を掛けると、さも当然と言うように否定の声が返ってくる。
「デスヨネ。どうします?町に向いますか?」
「……任せるわ。あまり町には立ち寄りたくないけど……今のグランで野営なんてして大丈夫なの?」
ミリアは治安の悪化を気にしているだ。
「中途半端な村の方が狙われやすそうだけど……流石にミリアとアンナがいたら変な気おこす賊は出るかもなぁ……」
「どういうこと?」
「俺やネージュだけなら……まあ、馬を持っている時点で狙われるか。俺やネージュが歩いてたぐらいだったら無理に危険を冒してまで奪うものを持ってる様には見えないだろうなと。」
「私とアンナがいたらというのは?」
「そりゃあ、美女・美少女は山賊どもの大好物ですぜ?――尤も、アンナは一度攫われてた事があるから大声で言わないでやってくれ。」
「他人事みたいに……妹なんじゃ……」
「あの髪色見て本気でそう思うんだ?」
「それじゃ……」
「囚われていたところを助けて、まともな身寄りもなさそうなんでそのまま引き取った。回復魔法に期待出来たからね。実際色々助かってる。そういえばその山賊退治も、予定外の所に、ナミさんと侯爵に捩じ込まれたんだったな……当時は完全に巻き込まれと思ったが今思えば感謝すべきか。あ、領民を勝手に連れだしたのは侯爵には内緒だから黙っておいてくれると助かる。」
「もう2度と会うことはないでしょう……」
アデルの言葉にミリアが忌々しそうにつぶやく。
「……まあ、そうか。俺は子供の頃に中途半端に町を知っちまってたからなぁ。田舎の貧しい生活に親を恨めしく思った事もあったけど……親としてはまともだったのかなぁ。」
「今は?」
「妖魔の群れに襲われて死んだよ。親父はそれなりに活躍してたな。当時の俺よりも多くの妖魔を倒してたな。生き残れなかったが。」
「そう……」
アデルの言葉にミリアは沈黙した。当初はアデルの後を嫌がったミリアだが馬が走り出すと、流石に腕をアデルの腰に回している。アデルも防具を装備して居なければ背中の感触も少しは味わえたのかもしれないが……残念ながらそうはいかなかった。
荷物満載の馬車なら2~3日は掛ったであろう距離を、アデル達は丸1日で駆け抜けた。そして最初の夕暮れを迎える。
場所は平原のど真ん中だ。今回も町を寄らないことにしたので、街道は無視。とは言えこの開けた場所なら夜に火でも起そうものなら街道からでも見つかるかもしれない。とはいえ、季節はもう11月を迎えようという所、流石に火なしで過すのは厳しい。
「……本気で言っていますの?」
4人用のテントの設営を終わった所でミリア嬢は御立腹だった。
「この状況で他に選択肢があるとでも?」
それに対し、アデル達は平然としている。アデル達にしてみれば普通である上に、他に手段がないのだから。
「入浴もせずに、殿方と同衾するなんて……」
「いや、同衾って……中は寝袋でそれぞれ別に……ってもしかして……」
「もしかして?」
「寝袋すらお持ちでないとか……」
「…………」
「準備っていったい何を準備してたんだ……」
ミリアの態度にアデルは呆れてしまう。つい先日までは侯爵令嬢だ。無理もないだろうとは思うがそれでもお粗末であると思うと同時に、支所長の言葉を思い出す。
「後ろ盾はともかく……生活能力もないままってこういうことか……」
「馬鹿にしないでくださいまし!」
アデルの呆れ声にミリアは益々怒気を増してしまう。アンナは苦笑し、ネージュはニヤニヤと二人のやり取りを見守っている。
「今から買いに出させるわけにもいかないし……俺の使うしかないのか。」
「嫌です。」
「なら毛布だけで寝る?毛布くらいなら貸せるけど。」
「む、むう。」
アデルの追撃にミリアが言葉を失う。
「お兄。どうせ見張りで半々だし、私の貸そうか?私はそれこそこれくらいなら毛布1枚で十分だし。」
「まあ、そうなるか。じゃあそうするしかないな。2晩くらいなら、テントに入らなくても平気と言えば平気だけど。」
「明日か明後日はどこかに立ち寄る?」
「ミリア。侯爵派と大臣派……いや、侯爵に近い町ってこの中にあるのか?」
アデルは地図を見せながらミリアに尋ねるが、期待する返事は来ない。
「わからないわ。そもそも私が政に関わる事もなかったし、多少は行き来した町もあるかもしれないけれど、それが侯爵寄りかなんて……情勢も私が見知ったころとは違うでしょうし。」
「まあ、そうなるか。……仕方ないな。多少無理してでもグランは早めに出るとしよう。10日ばかりとあきらめてくれ。」
「……ええ。」
ここで今更ごねてもどうにもならないと悟ったかミリアは大人しくなった。
定例のアンナの鍛練をぼんやりと眺めながらミリアが隣にいるアデルに尋ねる。
「あの子たちはなんであそこまで熱心に体を痛めつけるのかしら?」
鍛練を“身体を痛めつける”と言うあたりがご令嬢なのだろうか。
「生きる為に冒険者を選び、生き残るための術を身に着けようとしてるんだ。疎かにしたら、不意討ちや逃げ場がなくなったところで死ぬ。」
「…………」
既に身内が死亡している上に、自分もすでに敵を何人も殺しているので“死”というのが身近にある事を知っているアデルが簡単に言う。逆にミリアは“死ぬ”という言葉をしっかりと理解出来ていないのだろう。
「死ぬってどういうことなのかしら。」
「……2週間も飲まず食わずしてりゃ体験できるんじゃないかな?」
「そんなの……」
「況してこれから戦争になれば多くの人間が簡単に死ぬ。死ぬのは下っ端の兵士からだろうけどね。」
「……」
ミリアは言葉を失う。
「うーん……まあいいか。ミリアがそれと無縁であることが、俺達の今の仕事だしな。」
「もうそんな事言っていられないわ。結局は私も今は平民なんだもの。」
「平民の全員が全員戦場にでるわけでもないから。グランは徴兵制あるんだっけ?」
「いいえ。今のところは……」
「ならまあ、平民でもなるべく死と縁遠い手段を探せばいい。食うだけならカイナン商事で手伝いをしてるだけでもなんとかなるんじゃない?」
「それならあなたたちだって……」
「あー、うーん。まあ、それこそ全員が全員、そんな商会で働けるわけじゃないし?てっとり早く稼ごうとその分危険な仕事に手を出そうってのが冒険者だからね。」
「あなたはともかく、あの子たちもそうなの?」
「アンナはまあ、望めばなんとかなるかもしれんが。俺とネージュは難しいかな。」
「……」
「まあ、ミリアはナミさんがなんとかするだろう。」
「どうして?今の私にそんな価値があるのかしら?私を助けた所で父が……多少は恩に感じるのかしらね?」
「その辺はなんとも。ただ、詳しい原因は聞いてないけど、本当に追放するつもりで追放したのかね?ナミさんはなんとなく、預かっているみたいな口ぶりだったんだけど……戦争を前に体よく国外に逃がそうとしただけかもよ?」
「父が?ないわね。父にとって……家にとって私はただの道具。もう壊れた道具程度にしか思ってないでしょう。」
『流石にそんなことはないだろう』と、言おうとしてアデルは言葉を飲み込んだ。今のミリアにそう言った所で気休めにもならないだろうから。
「じゃあ、アレかな。ナミさんのことだし、いずれ何かあったときに侯爵に恩を着せるために預かってるのかも?どちらにしろ、コローナに出ればこれ以上危険に晒されることはないと思うよ。」
「…………」
何度も転がされるアンナを見ながらミリアは口を閉ざす。
30分もしない内にアンナは土まみれになる。いつになく当たりが激しいというか、厳しい。
アデルもアンナも判っているのだ。ネージュさんの機嫌が麗しくない事に。ミリアの前では空中戦の鍛練が出来ないからなのだが、当然ミリアにはわからない。それでも土まみれになりながらも何度も立ち上がり向って行くアンナを、ミリアは思い詰める様に見つめていた。
鍛練の後、アンナがアデルに声を掛けてくる。
「折角ですので水の精霊にお願いして水を用意してもらおうと思います。暫くテントを一人で使わせてもらっても?」
「ああ、それがいいな。と、いうかそれならネージュと一緒でもよくないか?」
「あ、そうですね。ネージュがいいならそれで。」
「む?問題ない。」
アデルにそう尋ねたのは、“今からテントを占拠して体を拭いて来て良いか?”ということである。アデルがOKしたということは、ミリアに見せるか、或いはミリアをテントに入れないようにするかの判断をアデルが請け負ったと理解すると、アンナとネージュは水筒とタオルを持ってテントに入っていく。
アデル達の言動を理解できないミリアが怪訝な表情を浮かべると、アデルは意地悪そうに尋ねる。
「見たいの?」
「え?いいえ、そういう訳じゃないけど……」
「うん。じゃあテントはしばらく立入禁止ね。」
「え、ええ……」
ミリアがますます困惑する。
「事情を聞きたきゃ、そっちの事情も話してもらうよ?どうするかはあんた次第だ。」
「私の事情って?」
「立場を蹴落とされた理由と手段。俺らに直接関係するとは思えないけど、別の所で役に立つかもしれないし。」
「別の所で?」
「他人の失敗でも、その理由と手段を知っておけば自分たちが似た様な状況になった時とか或いはその予防に役立つかもしれないから。」
「……あなたにはどう転んでも関係ない事よ。似た様な状況なんて起こりえないわ。」
「でしょうね。なら“お互い関係ない”ことなんだよ。」
アデルの言葉にミリアは押し黙る。
アデルは何事もなかったかのように自身の武具の手入れを始めた。
「俺らが生き残るにゃ、これは欠かせないことでね。」
ミリアはただ黙るのみだった。




