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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
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受付嬢が御令嬢

 グラマーに無事到着したアデル達は、まず先にと何度か訪れているカイナン商事のグラマー支所に向かう。

 支所で待っていたのは、初めて見る受付嬢だ。受付嬢なのだが……何となく場違い感をいうか違和感を覚える。

 雰囲気が受付嬢のものではなかったのだ。受付嬢と言うよりはどこかのご令嬢。金髪碧眼、少し彫の深めの顔立ちは本来のロゼを更に磨き上げた様な整い様で、平服を纏っているが雰囲気は貴族モード時のローザ以上の気品とローザにはない色気を持っており、アデルは逆に気圧されてしまった。

「えーっと、あなたは初めまして。ですね。ドルケン出張中のナミさんから緊急の手紙を預かってきた冒険者ですが……支所の代表の方はいらっしゃいますか?」

 女性の雰囲気に飲まれたか、店の受付相手としてはアデルはいつになく丁重に取り次ぎを願う。その様子を、アンナは目を細めながら、ネージュはにやにやして眺めていたが、どちらもアデルの後ろにいたためアデルはそれに気づけなかった。

「かしこまりました。」

 女性はそう言うと一度奥に入っていく。そして今度は顔に見覚えのある人が出てくる。

「ああ、アデル君だっけ?君だったか。書状とは?」

 アデルはその男性の名前を知らない又は覚えていなかったが、男性の方がアデルの名前まで知っていたようだ。思わず恐縮する。

「こちらです。」

 手渡された書状を一読すると、男性の表情は一気に険しくなる。それはそうだろう。そう遠くない内に仇敵が本気でここに攻めてくると言うものなのだから。

「ミリア、それにアデル君たちも……ついて来てくれ。」

 男性はそう言うと、代わりの受付係を呼び座らせると、4人を伴って簡素な応接室へと促した。

「アデル君は目的は分っているね?護衛対象はこの子だ。」

 そう言うと男性がその受付嬢――ミリアと呼んでいたか。を示す。

「どういうことですか?」

 護衛という、ある意味不穏な言葉にミリアは怪訝な表情をする。

「これを読みたまえ。」

 男性がアデルによって届けられたナミからの書状を見せる。

「…………そんな……どうして……いえ、しかし……何故私だけ……でも……」

 その内容に衝撃を受けたか、先ほどまでの凛とした表情とは打って変わりかなりの動揺ぶりを見せる。

「お嬢の情報だ。間違いはないだろう。すぐに仕度をしなさい。アデル君。出発は明日の朝で構わないかね?」

「こちらは。とにかく可及的速やかにとの話ですので。」

「わかった。馬は預かろう。今夜は申し訳ないが……うちの空き部屋に泊まってもらうということでいいかい?」

「わかりました。」

「すぐに手配する。詳細はまた後で伝えるから。」

 男性はミリアを少し落ち付かせると、仕度を促すべく連れ出す。程なくして代わりの者がアデル達の今夜の部屋を教えると言って入ってきたのでまずはそれに従った。

 部屋は宿ほどではないがしっかりと整った4人部屋だ。廊下に同じような扉がいくつも並んでいたところをみると、従業員用の寮の様な物なのだろう。部屋の番号を確認しながら鍵を受け取ると、今度は馬を預かるというのでアデルは同行を求められた。勿論断る理由もないのでそれに従う。ネージュとアンナには先に部屋の様子を確かめて休んでいろと指示をする。この時、アデルは“部屋の設備を確かめて”と言う意味だったのだが、ネージュは“不穏な物がないか確認しておけ”と受け取っていたのは些細な擦れ違いである。

 馬を預け終え、戻ってきたアデルはネージュに「特に怪しい物はなかった。」と告げられ、思い切り疑問符のついた表情を見せたのだが、すぐに双方の誤解に気づく。

「ああ、風呂とかトイレとかちゃんとあるのか見とけ……って意味だったんだけどな。」

「ああ、そっち……」

 何故か呆れられてしまった。何故だ。

 そうこうしているうちに先ほどの支所長が1人でやって来る。

「少し説明をしておこう。」

「はい。」

「先ほどのミリアだが……察しの通り、ただの娘ではない。」

「でしょうね。」

「まあ、君ならすぐに気付くだろうが……あの子はファントーニ侯爵の娘だ。」

「侯爵の?それって……」

「元、王太子の婚約者だ。」

「「え?」」

 支所長の言葉にアデルとアンナが驚く。ネージュは関心がないのか、そもそも王太子の婚約者というものを理解していないかだろう。

「ファントーニ侯爵の失脚の遠因。どうやら謀略の類の様だが……そのせいで彼女は今、侯爵家から勘当されて追放されている。」

「そりゃあまあ大変だ。」

 アデルの少々気のない返事に支所長が少し眉を寄せる。

「ぴんとこないか……まあ、無理もないと言えば無理もないか。こう言えばいいか?彼女は今、後ろ盾も生活の当てもなく……これも、違うか。うーむ。まあ、いままでご令嬢として育てられてきたのが、いきなり何も持たずに着の身着のままで世の中に放り出されたのだよ。ほんの一度の失敗で何もかも失い、生活能力も持たないままな。」

「失敗って……何やらかしたんですか?」

「詳しくは聞いていないが……所謂醜聞だな。罠に嵌められたのだろう。王太子の婚約者でありながら別の男と怪しげな店から出てきたところを押さえられたらしい。本人は否定しているが、周囲の者――父親ですらそれを認めずに勘当だそうだ。私にはミリアがそのような事をするようには思えない。」

「なるほど……まあ、事情は分かりましたが……俺らは彼女をコローナの本店に送り届けるように言われただけですので。」

「ああ、そこはよろしく頼む。ただ、貴族から平民に落され、しかも醜聞で追放された娘など、風当たりは厳しいだろう。貴族のご令嬢など、町で顔を知っている者がそれほど多いとは思わないが、何かしらトラブルに巻き込まれる可能性は考えられる。速やかに、無事に送り届けてあげてほしい。」

「……わかりました。」

 と、いいつつアデルは目的である移送以外はあまり分っていなかった。醜聞で追放された娘が世間でどのように見られるか、況して相手が王太子となれば火に油のみならず、マグネシウム粉末でも投げつけるようなものだ。

「本当に大丈夫だろうか……むしろ、知らぬ方が周りから気づかれにくいのか……」

 アデルの様子に少々不安を感じる支所長であった。




 翌朝、夜明けとともにノックの音でアデル達は呼び起された。どうやら早い時間に出発させたいらしい。支所長がミリアと引き合わせると、ミリアは高級そうなバッグを一つ抱えて動きやすい服装で待機していた。

「えーっと……バッグはまあいいか。そう言えば俺、ナミさんから……えーとミリアさんだっけ?を“妹”として連れ出せと言われてるのですが……いくつか確認があるのですが。よろしいですか?」

 アデルの微妙な言葉遣いにミリアは眉を寄せるが、肯定の意を返す。

「どうぞ。」

「まず、俺より(年)上ですよね?」

「さあ?私は今年で15になりましたが。」

「「え?」」

 今回もアデルとアンナが同時に驚く。

「何か?」

「いえ……それならまあ、妹と言い張るのもありか……ありか?まあ、そこは置いておいて」

 ミリアの雰囲気からしてローザと同じくらいかと思っていたが、ロゼよりも下だったらしい。アンナもローザは知らないがロゼよりも少し上だろうと思っていたようだ。」

「国境を超える時の身分証みたいなものは?」

「……今はありませんわね。その辺りはそちらで用意しているのでなくて?」

「えーっと?」

 アデルは支所長に首を傾げて見せると支所長が、そこは入国時に君達が持っていたものを提示すれば問題ないという。念のため、ミリアにはカイナン商事の社員証を持たせるそうだが、なるべく自分から提示させないように振る舞ってほしいとのことだ。元々カイナン商事――フィーメ傭兵団がファントーニ侯爵と深い関係にあることを世間の多くが知っている。下手に国務大臣派の兵士と関わりたくないとの事だ。入国時の警告を考えればある程度は理解出来る。

「なるほど。気をつけます。言葉に関してはまあ、田舎者ばかりなのでご容赦を。と、いうか町に出ている間はなるべく俺らの方に合せてくれると助かります。」

「え?ええ……そうね。わかったわ」

 ミリアは少々困惑を見せるが同意はしてくれた。

「あとは……少し髪色の見た目を変えたいと思うのですがいいですね?」

「髪色?どういうこと?」

「アンナ。俺の髪色を一度解除して、改めて今の色にしてくれ。」

「わかりました。」

 アンナが小声でつぶやくとアデルの髪が本来の漆黒に戻る。

「え?」

「これが本来の俺です。じゃ、頼む。」

 アデルがそう言うと再びアンナが呟き、先ほどの暗めの鳶色に戻る。

「へぇ……」

 ミリアは呆気に取られていたようだがすぐに意味を理解する。

「それは、むしろ有り難いわね。“妹”って言うなら同じ色にするのかしら?」

「うーん……どうしましょう?妹と言い張るか、商人の小間使いとするか……まあ、ナミさんの要望に合わせておくか。」

「あれ?待って。ちなみに皆黒髪なの?」

「いや……まあいいか。アンナ。一度全員の髪を戻して見せてやってくれ。」

「わかりました。」

「「「「え?」」」」

「え?」

 詠唱が終わり、髪色変調の効果が消失した瞬間、全員がほぼ同時に驚きの声を上げる。

 ネージュの絹の様な白髪も珍しいが、アンナの本来の髪色をアデルとネージュも初めて目にしたのだ。

 アンナの髪は――淡い水色。光の加減ではそれが濃くなったり淡くなったりしそうだ。アデルとネージュが驚いたのに対して、やや遅れてアンナがそれに驚いたのである。

「アンナの本来の髪色、今初めて知ったぞ……」

「え?あっ……あー……」

 そこでアンナが「しまった」という表情をする。

「どうかしたのか?」

 それを怪訝に思ったアデルが尋ねると、

「実は……本来の髪色は誰にも見せるなって母から注意を受けていたのを忘れていました……」

「母って……捨てた母親かよ……」

「……はい。」

 アデルの言葉に、アンナと、そしてミリアが表情を曇らせる。

「今更気にする必要ないだろ?まあ、確かにその色は珍しそうだし目立つかもしれんが……」

「まあ、そうですね。」

「母親もその色だったのか?」

「さあ……そうなんじゃないかと思いますが。」

「母親も髪色を隠してたのか。まあ、目立つっちゃ目立つしな。いや、“種族”的な色なのか?まあ、悪かった。いつもの色に戻してくれ。ついでにミリアの分も。」

「わかりました……」

 力なくアンナが答えた。

「そうか、その手があるなら無理に早く出る必要もなかったかもしれんが……」

 出発前に微妙な雰囲気になってしまった所で支所長がそう言う。

「その手?」

「いえ、髪色がそこまで変わればミリアを知っている者もすぐには気付きますまい。」

「なるほど……確かに。」

 アデルの疑問に支所長が答えた。

「まあ、折角ですし準備ができたら出発しましょう。朝飯も保存食?」

「いや、簡単なものを用意させます。最後の確認をしておいてください。」

 とういうと支所長は部屋を出て行った。




「まあ、ワケアリなのはみんな一緒のようですね。」

 アデルの呟きにアンナとミリアが眉を顰める。

「ワケアリ?」

「お前が一番でかいんだけどな。」

 慣用句というか、俗語をうまく理解できなかったのか、ネージュが問うと、アデルが苦笑して返す。

「むう?」

 具体的な補足説明がされないのでネージュは首を傾げるのみだった。


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