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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
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からの直上

 2日目以降も旅は順調に進んだ。

 出来事と言えば夜営時に、ネージュとアンナの鍛練に混じったデレシアがネージュに10連敗×2日を喫してすっかりしおらしくなってしまったことくらいだろうか。クラスとレベルを考えれば順当なのだが、年齢的にネージュの倍近い筈のデレシアにしてみればかなり堪えたようだ。しかもそこに、本来の実戦用の武器じゃないのにと蛇腹剣のひと振り披露して煽る事を欠かさないのがネージュさんが人としてまだまだ未熟な所だろう。ちなみにその蛇腹剣にはずっと無口だったコニーが興味を持ったようだ。使いこなせれば勿論強いが、奇襲手段としても使える点、さらにネージュは思いつかなかった――これは必要性がないからだが――が伸ばした状態で突き刺してそれを縮める力と己の身軽さを併せて高所に上ることが出来ないかと評価されたようだ。その辺り猫人組は“軽戦士”といった要素が強い。

 アデルもアントンに1日1回挑まれたが、ほぼ問題なく返り討ちにしている。アントンとバートは片手剣と大楯の所謂タンカーのスタイルであった。せっかくだからとアンナもバートンに挑んでみるが、地上戦ではやはりまだまだ手が出ない。どちらかと言えば、剣より槍の方が惜しい場面を作りだせていたようだ。




 そんな感じでドルン出発から4日目、麓の町を出て3日目となる。そろそろ南側の国境を管理する町が見えてこようかと言うところで“それ”は現れた。

 最初に気づいたのはデレシアだった。不意に馬を止めさせ周囲を窺う。

「むむむ……上か!?」

 空気の流れを感じたのか、上を見上げたところでデレシアが硬直する。

「あれは……まさか……」

 そこにいたのは大型の魔獣。正面から見ると獅子の頭の様に見えるが、その脇に恐らくは山羊だろう、の頭が見える。キマイラだ。

「まじかよ!?キマイラだ!来るぞ!獅子の頭は口から火を吹く、気を付けろ!コニーとデレシアは馬を退避させろ!」

 アントンが叫びながら馬を飛び降りる。

「ここでかよ……」

 アントンの叫びにアデルは苦々しく呟く。一度戦ってみたいとは思っていたが、別パーティ、しかも馬がいる所での戦闘は望んでいなかった。

 しかし、アデルの思惑などつゆ知らず。むしろ知ってたとしたら敢えて人の嫌がる事をするのがキマイラである。キマイラは悠然と高度を20m程まで下げると、三つ頭の内の獅子の頭が大きく口を開く。

 槍を投げるには少々遠い距離だ。炎を発せられる直前、アンナの声と共にアデル達の周囲を一瞬光がつつむ。恐らくはダメージを軽減する魔法なのだろう。光が消えると同時に、獅子頭の口からアントンに向って火球が吐き出される。

「熱っ!」

「ぬおぉ……」

 アントン達の苦悶の声が漏れる。火球の直径は1m程度だったが、着弾と同時に炸裂し周囲数メートルを高温が襲う。わずかな時間だがアントンとバート、さらにまだ距離が取れていないコニー達と馬を焙る。

 直撃は楯で防ぎ、更に保護魔法で軽減されているとはいえ馬鹿にはできないダメージだ。特に体の表面積が大きい馬にはそう何発も食らってほしくない。

 キマイラはさらに接近してくるが、高度を下げる気配はなかった。身体正面に張り付いている獅子頭と山羊頭の表情が嘲笑うように歪む。こちらが飛び道具を持っていないと知ったか、キマイラは高度を下げずに空から一方的になぶり殺しにするつもりのようだ。馬の足なら全力で逃走を計れば辛うじて逃げ切れるかもしれないが、その間に何発か炎を浴びることになるだろう。

「お兄……」

 ネージュが目を細め、呻くように言う。

「少しだけ待て。俺が槍を投げたら反撃開始の合図だ。もし一人でしんどい様なら“釣れ”。アンナは良く観察し、フォロー出来そうならフォローだ。」

「りょ。」

「わかりました。」

 アデルは妹たちにそう指示を出すと、肯定の意思が返ってくる。

「アントン、ドルケンの冒険者にも守秘義務くらいはあるよな?」

「守秘義務?そりゃ勿論、あるにはあるが。どうする。町まで逃げるか?厳しいとは思うが、もしかしたら途中で警備隊が気付いてくれるかもしれん。」

「背中を見せるのは最後だな。それよりここから先は守秘義務だ。何を見ても他人には言わないでくれよ。」

 そう言いながらアデルが馬から降りると槍と楯を構える。だが、ここでアデルは一つの見落としをして失敗をしてしまう。

 今回アデルが借りていたのは戦闘用の“戦馬ウォーホース”でなく、単なる移動用の“ホース”である。アデルが手綱を離すと、己自身の危険回避を優先して逃げ出そうとしてしまう。

「ちょっ!?」

 ここへきてアデルはレンタルホースの、“馬”と“戦馬”の違いを思い知り、料金が違う理由を思い知った。決して重装騎手を乗せる体力の違いだけではないのである。

 幸い、逃げ出そうとした馬の手綱は素早く反応したコニーが引き戻してくれた。今回、アントンのパーティは馬を2頭借りただけだったが、全員が《騎手》技能持ちであったので助かったのだ。

「申し訳ない。少し見ててくれ。」

「何をする気だ?」

 コニーが尋ねてくる。

「ヤツが次に火を吐こうとした時に一気に反撃する。」

「反撃?どうやって……」

 今度はアントンが熱を帯びた楯を構え直しながら顔をしかめる。

 楯を構えるだけのこちらの様子に気を良くしたか、あざける様に距離を詰めてくる。しかしきっちりと10m程の高さは維持しているのが憎たらしい。

 そしてキマイラの獅子頭が大きく息を吸い込みだす。恐らく次の火球を撃つ予備動作だろう。山羊頭はただ嘲笑うだけだ。

「行くぞ。」

 ネージュにそう声を掛け、アデルは楯を正面に構え、楯で槍を隠すように走り出した。武器を大きめの楯で隠すのはディアスやラウルから教わった戦術だ。普通に構えたらキマイラの様に知能がある生物ならアデルが槍を逆手に握っているのを見て投擲を予測するかもしれない。

 獅子頭の口が一層大きく開き、火が球を形成していく。球のサイズが1mに届きそうになったところでアデルは槍を投擲した。

 しかし、やはり予測したのであろうキマイラは火球を吐き終えると同時に回避行動をとり、アデルの槍を避けた。

 そして火球の方はしっかりとアデルに浴びせかけられる。やはり楯を構え直撃は防ぐが、アデルの楯の大きさよりも火球の方が大きく、さらに炸裂するため、高熱がアデルに容赦なく襲う。

 しかし、本来ならここで嘲笑ったであろうキマイラは予想外の二つの点に予定外の行動を取ってしまう。

 予想外一つ目は、アデルが投げた槍を柄の尻についたチェーンを手繰り引き寄せようとしたことだ。キマイラはそれに気づくと、武器を手放している内にアデルを処理しようと急降下を掛けてくる。

 予想外二つ目は突然、何もない筈の真下の空間から剣を突き立てられたことだ。

 火球を吐く直前の段階で唯一行動をしていたアデルに気が向き過ぎたか、そもそもその場所から攻撃されるとは予測すらしていなかったのか、大きな胴体の死角となる腹の真下にミスリル製のショートソードを突き立てられたのだ。無論ネージュの仕業である。

 ネージュはアデルが大いに注意を引いた隙にパーカーを脱ぎながら死角となる真下に走り、一気に跳躍と飛翔で高度6~7mといった地点に到達し、剣を突き立てるとぶわっと空中でのバックステップの如く一旦下がると、再度羽ばたき、キマイラよりも高い地点に浮かび上がり、蛇腹剣を山羊頭の首に巻き付け、一気に締め上げる。

 山羊の首は細長く見えて意外と逞しいようで、ネージュの腕力ではまだ千切る事は出来なかった様だ。血を吹き上げながら苦しそうな表情を浮かべると、口が動き出す。

「気を付けろ!魔法が来るぞ!」

 アントンの声がした。山羊頭は火を吹くことはないものの何かしらの魔法を使うようだ。そう言えばキマイラの予習はしてなかったな……いつかは戦いと思いつつ、その辺を疎かにしてしまっていたことをアデルは反省する。

「ネージュ、引き千切れないならいっそ、全力で下に叩きつけろ!」

「いえ……」

 アデルの言葉にネージュが反応するより早く、アンナが山羊頭の口に槍を捩じ込んでいた。こうなってはもはや山羊頭にできる事はない。そのままぐったりと首が垂れる。しかし、ここで終わらないのがキマイラの厄介な所だ。

 怒り狂った獅子頭がアンナに噛みつこうとする。さらに胴体も腕を振り上げアンナを薙ぎ払うべく空中で跳躍する。

「きゃっ!?」

 アンナは構えた円楯でしっかりと薙ぎ払いを受け止めたが、腕力はあちらの方が上らしく空中で跳ね飛ばされ楯を落してしまう。

「一気に降りろ!釣れば十分だ!」

 アンナに追撃すべくキマイラが一気にアンナとの距離を詰める。アンナはもう一度飛び退こうとするが、翼の大きさの違いか空中での速度はキマイラの方が速そうだ。

「!?」

 しかし、キマイラの追撃は叶わなかった。獅子頭がアンナに全力で怒りを向けた所で、背後に回ったネージュが翼を蛇腹剣で今度こそ引き千切ったのだ。

 片翼を失い、キマイラは大きく姿勢をくずし、また高度を維持できずに堕ちようとする。しかしそこは凶獣として悪名高いキマイラだ。尻尾に当る蛇頭がネージュに向って毒液を吐き出す。

「熱っ!?」

 突然の背後からの攻撃に対応しきれなかったか、翼とレザースーツの一部が溶ける。ネージュはキマイラの胴体を踏み台にして上方に距離を取ろうとしたが、それが別の方向に幸いした。

 ネージュに踏みつけられたキマイラは、その勢いで落下速度が増し、剣が突き立てられた状態のまま腹から地面に落ちる。

「UGUOOOOO!?」

 胴体を共通している為か、獅子頭と蛇頭が同時に悲鳴を上げる。その隙を見逃す手はない。

 アデルは獅子頭の額に回収した槍を突き立て、ネージュは仕返しとばかりに蛇腹剣を蛇頭の長い首――蛇の胴とも言えるか。に螺旋状に巻き付け一気に締め上げる。

 そしてキマイラは完全に動きを止めた。

「見事だ……というかあんたら……」

 アントン達が駆け寄ってくる。

「実のところ“人間ヒューマン”は俺だけなんだよなぁ……あ、この辺りが守秘義務ってことで。」

「……分かった。」

 アントンがやや呆れる様に言うと同時に、アンナが声を上げる。

「先に治療を、翼をやられたようだけど……」

「毒?酸?やられた。お願い。」

 ネージュがアンナに負傷箇所を見せると、アンナは即時に見合うレベルの回復魔法を施す。レザースーツは戻らないが、翼の小穴はすぐに修復された。

「次は上着とアントン達だな。そっちはアンナに頼む。」

「わかりました。」

「そういえば魔物討伐した時の分配は決めてなかったなぁ……」

「いや、倒したのは誰がどう見てもあんたらだろう?」

「最初の初撃を受けてくれた事とアドバイスがなかったらもっと苦戦していただろう。俺らとしては……まあ、見ての通り魔石は譲ってほしいんだが、他は割とどうでもいい。キマイラの素材ってどうなるんだ?」

 遠慮するアントンにアデルはそう告げた。

「山羊頭は少々傷がでかすぎるかな。皮がそれなりの素材になる筈だ。」

「なるほど。それなら皮はそちらに譲るから魔石はこちらってことでいいかな?」

「充分だ。本当にそれでいいのか?」

「うむ。口止め料込でそれで手を打とう。」

「わかった。コニー、すまんが解体を頼めるか?」

「任されよう。」

 その後、解体と治療を終え、結果的に何事もなかったように一行は夕前にはドルケン南の国境の町、メルに到着する。


 メルの町は、“南の不穏”を感じているのか、ドルケン内の他の町と比べて少々物々しい雰囲気を帯びていた。入る分にはそれぞれの正式な身分証のおかげで問題なく入れたが、町の中の雰囲気は少々険しい。アントン達も素材の換金は自分たちの店で行いたいとして特に寄る場所もなく厩舎対応の宿を探すとそこに入り、まずは細やかな祝勝会とお別れ会を催す。会費はアントンとアデルのリーダー二人の折半だ。

 酒には全く関心のないアデルのパーティは専ら食べる専門だったが、アデルは土産用にとアントンにお奨めの酒を尋ね、一杯頼んでみたが……思いの外、強く辛いので一杯どころか半分でパスしてしまった。

「騎乗戦闘は考えていなかったから普通の“馬”でいいと思ってたんだけど、次からはきっちり“戦馬”を借りないとなぁ。」

 グラス半分の酒で少々饒舌になったアデルは誰にともなくそう呟いた。

「まあ、そうなるな。アデルの場合は確かにワイバーンが欲しくなるのも分かる気はするがな。」

 アントンがそれに答えてくれた。基本的に、アデル達はアデルとネージュが前衛。特に最前列はアデルである。それが今回の様な事態になると、ネージュが最前、アンナが中衛でアデルが後衛どころか後方で待機するしかなくなってしまう。そもそも空中での戦闘を前提にいれるパーティもそうそう存在するものではないが。

「理想はドラゴンの子供だろうけどな。ドラゴンは“魔素マナ”の摂取だけで生きて行けるらしい。食うには食うけど、ワイバーンと比べれば遥に小食らしいぞ。」

「そりゃ意外だ……まあ、確かにあんなのが生きるために周囲の生物を狩るなんていったら世の中終わってるか。調達手段あるのそれ?」

 『あんなの』とはいうがアデルも実物は見たことはない。書物で何度か目にしつつも、今のところ縁はないだろうと詳しく調べたことはなかった。

「そう言う条件を付けて力比べをして勝てば約束は守ってくれるらしいぞ?尤も、負けたら死ぬし、子供とはいえ飛竜騎士の1中隊くらいは単独で相手できるらしいがな。」

「究極だな……」

「機会があれば戦ってみたいけど、まだ難しいだろうね。」

 アデルの呟きにネージュが物騒な事を言い出す。

「どこぞの“戦闘狂バトルマニア”みたいに、挑戦者歓迎で手加減までしてくれるならな……」

「今度コローナのギルドでどこまで調達できるか聞いてみるか。」

「ドラゴンをか?さすがにドルケンでもそれは無理だぞ?」

「いや、ワイバーン?買えても維持できんか。それなら貯金して魔具を買う方が現実的?」

「魔具に関してはあんまり詳しくないから何とも言えん。いっそ、ドルケンに来ちゃえばいいんじゃないか?魔石は貯めるなら悪くないと思うぞ。」

「それも楽しそうだけど、コローナの王都に慣れると中々他に行こうって気がしなくなってな……」

 流石に折角の奨めに「アンナが嫌がるから遠慮する」とは言えずにやんわりと否定する。

 その後も、アントン達と夕食を取りながらの歓談の後、彼等や店の主人にそれとなく“南”の情勢を尋ねてみる。

 ドルケンの王都を中心に活動するアントン達は余り関心がない様だったが、国境付近の町で店を構える店主の方はやはり気にしている様で、「戦争の疲弊と、内部情勢の不安定化であまり状況は良くない様だ」と教えてくれた。フィンの動向については全く触れられないあたり、本格的な戦争の話はまだまだ聞こえて来ていない様だ。

 名残惜しいとしつつも、アデル達は互いのパーティに感謝を述べあい、翌早朝にはアデル達が出立するとして別れを告げ部屋に戻る。ネージュたちは今回もきっちり入浴を済ませたようだが、アデルは不慣れな酒の影響か、いつもとは逆にお湯で身体を適当に拭いてもらったあたりで気持ちよくなって早めに眠ってしまった。

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