翼の国2
ドルンの冒険者の店での情報収集を諦めたアデルは、その足でカイナン商事のドルン事務所を訪れていた。
事務所にはヴェンの他、ちょうど戻っていたナミがおり、交渉の途中経過を聞く事が出来た。
曰く、カイナン商事の交易開始はほぼ認可された様だが、取り扱う品目や量、それに商売を始めた時の税や書類、手数料のなどについてはまだまだ協議が必要な様だ。
工業国であるドルケンに必要な物は主に、食料、塩、香辛料等であり、ドルケンから輸出したいものは各種鉱石、魔石・魔具等であるそうだ。山岳部を中心に魔物が多いため、魔石に関しては余るほどあるらしい。反面、魔具の技術は最先端を行くベルンシュタットやオーレリア、それに近年急速に成長してきているコローナよりも進んでいない様で着火器や灯り程度の汎用的な物はともかくとして、乗り物や兵器類はまだまだの様子だ。主要な食料品に関してはいままで国を支えてきた国内の業者を保護したいらしく、そのあたりの認可の見通しは立っていない。ナミとしては、グラン交易で強みとなっている塩、香辛料あたりを輸出し、魔石の輸入をしたいようだが、魔石は軍事的な影響も大きくなるため持ち出しはかなりの制限か或いは税を掛けられそうだ。尚、いつも風呂を沸かすために借りている魔具のサイズの魔石ならサイズ的にも、また、目的もはっきりしているためそれほどの審査はなく持ちだせそうだが、その程度の物なら魔具としてドルケンで買っていってくれとのことになりそうである。
当初の目的である温泉が不発に終わる様なら、それを購入して帰ればネージュも少しは納得するかな?とは思いつつも、現状、旅先の宿を除けばブラーバ亭の自室以外で風呂に入る機会はないので、現状のままでも大差ないかとも思う。要は値段次第だ。3年で元を取れるようなら買って帰ってもいいのかもしれないとアデルは考えた。
そんな話をついでに聞かされた後、アデルはナミに何の用事で来たのかと尋ねられる。
アデルも当初の予定を思い出し、鍛練まにあのネージュさんのフラストレーション発散の為に、ワイバーン狩りの話でもないかと冒険者の店に覗きに行ったが、結局なかったと伝える。
「ワイバーンか。“はぐれ”や若い番1~2体ならうまくやれば狩れるかもしれんが、この辺りはだいたい4~5体纏まって行動してるしな……下手に火を吐かれて山林火災を起こされても困るし……冒険者の仕事としては滅多にないだろうねぇ。」
ナミが対魔物的な観点から意見を言うと、
「ワイバーンの皮で作った革鎧はレザーアーマーの中でも高級品ですしなぁ。聖騎士のミスリルプレート程ではないが、この界隈でワイバーンのレザーアーマーは装備しているだけでかなりのステータスになる。軍の金脈だしそうそうワイバーン狩りがそうそう野に降りてくる事はないだろうな。」
と、今度はヴェンがワイバーン退治の依頼が出回らない人的裏事情の理由を述べる。結論を述べるなら、“冒険者の仕事として出回る事はまずない。”である。
「そうですか……ちなみに、1~2体を相手にするにはどれくらいのレベルが要るんですか?」
「キマイラと同程度じゃないかね?キマイラ程賢くないから準備をしっかりすればもう少し下でもいけるか。ただ、キマイラもそうだがあんた達はともかく、通常の冒険者なら戦士系の技能だけじゃなく、射手や狩人、魔法などのそれなりの対空手段が必要になるけどね。」
というのがナミの見立てだ。“通常の冒険者”と分けたのはアデル達にそれが当てはまらないことを承知しているからだ。アデル達を引き立てると同時に、今現在、ナミ自身がその部分を当てに考えているというのもある。
「なるほど。あとはグリフォン?」
「おい、馬鹿なこと言うな。」
アデルがこの町で得た魔物の情報からそう質問すると、ナミに止められる。
「グリフォンはこの国……というか、現王家だな――の守護獣だ。下手な事言うとしょっ引かれるぞ。」
「グリフォンから襲ってくることはないんですか?」
「こちらから仕掛けなければない。竜には勝てないだろうが、ワイバーン数体なら余裕で狩れるだろう。実際、繁殖力が強めのワイバーンが大発生しないのはグリフォンが間引いてくれているという要素が大きい筈だ。」
「なるほど。竜は……まあ、別格ですよね?」
「別格だな。まだ若い竜が相手だとしても、飛竜騎士で100超、珠持ちの竜人でも4~5人は掛かるだろう。」
どうやら一般の兵1000≦飛竜騎士100強≦珠持ち竜人5≦若い竜1<<<<<<成竜 とのことらしい。
「うーむ。何か丁度いい狩りとかないですかねぇ?」
「山に行けば色々いるかもしれんが……悪いが今回は大人しくしててくれ。なるべく早く温泉施設を一件保有できるように頑張るからさ……」
「ワイバーンの入荷って難しいですか?」
「騎乗用か?交渉次第で数体程度なら買えるかもしれんが……相当な金額になるだろうな。小さい頃から育てて騎乗用に調教・訓練したものとなれば飼育費用だけでも馬鹿にならんだろうし、仮に購入できたとしても、その維持にどれくらいかかるか……まあ、話のタネ程度に聞いておいてやってもいいけどね。」
「まあ、参考程度に……お願いします。」
興味深い情報は得られたが、実利的な収穫は何一つなくアデルは宿へと引き返すことになったのであった。
話を持ち帰ったアデルを迎えたのは――呆れ顔のネージュさんだった。お兄ちゃん的には不満顔をされるよりも精神的に来るものがある。とはいえ、いくつかはネージュも興味を持つ話もあった様で。
「ワイバーンの皮売ってないの?あと湯沸し器。」
「まあ、そこだよな……」
興味を持つポイントはアデルとほぼ同じだったようだ。
「ワイバーン素材はドルケンの軍が独占してる様だから、末端に流通してくるころには相当のお値段になってるそうだ。そうなると、土産に出来そうなのは加熱魔具くらいか。いや、魔石が余るくらいならこの際、着火具くらいは持っておいた方が良いな。午後は魔具や魔石の店でも覗きに行くか。」
「折角だから武器・防具屋も見たい。」
こうして午後の予定が決まった。
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店主の話を聞き終えたネージュの目がキラキラと輝いていた。
昼前の不満はどこへやら。その眩しい輝きにアデルは若干の眩暈を覚える。
場所はドルンの商業区の片隅にある魔具店だ。コローナなら1000ゴルトはしたであろう着火具、所謂ライターが300ゴルトと破格のお値段であった。300ゴルト、ネージュたちのレザースーツ1着とほぼ同じ値段で、恒久的に使える携帯ライターが買えるとなれば、冒険者として買わない理由はない。
しかし、ネージュが目を輝かせているのは――急速湯沸かし器1000ゴルトの方である。
ブラーバ亭で有料で貸し出される湯沸し器が、風呂桶1杯分のお湯を適温までに沸かすのに、1回5ゴルトで約15分掛るのに対し、こちらの魔具は半分程度の時間で済む。しかも、1000ゴルトで無くすか壊すかするまで恒久的に使えるというからお買い得だ。200回、外に出る機会も多いが、1年で元が取れる金額となればこちらも買わない理由はない。とは思うものの――
『無くすか壊すかするまで』ブラバドの話によると、壊れる事はまずないらしいが、それは信頼のある店から購入した物であるからだろう。一見の観光客相手にどれほどの保証があるのかは未知数だ。
とはいえ、ネージュの反応を見る限り、また彼らの懐事情を鑑みる限り、買ってもまあ大損はないだろうとアデルは判断した。急速湯沸かし器と着火具2つを少しまけてもらい1500ゴルトで購入した。
次に武器屋に寄ったが、こちらは素材こそ良い物の、目新しい物もなく――アルムスの商品が尖りすぎているためそう感じただけなのだが――冷やかすだけで後にする。
そして最後に防具屋だ。鉄鉱石や石炭が豊富で鉄鋼業が発達しているお蔭か、量産型の鋼鉄製のプレートメイルはコローナと比べれば大分値段が下がる様だ。単純な鉄製と比べると、ある程度薄くても充分な硬さをを確保できる為か、ガチガチの防御力重視の物から、取り回しのし易さとのバランスを考えた物など、一言で量産型プレートメイルと言っても何種類か種類があり、好みや必要に応じて選べる様だ。中には騎乗を前提としたフルプレートもあったが、こちらは山岳地帯が多い上に、近年周辺国との大きな戦の気配すらないドルケンでは騎兵用のフルプレートはあまり需要がなく、不良在庫だから安くするぞ?とまで言われてしまった。
勿論、どれもアデルの装備しているものよりもかなり重くなる。村を焼け出されて以降の、何かしらの良縁とそのコネのお蔭ではあるが、特殊素材でオーダーメイドとなるアモールお手製の防具とは比べようがなかった。それでも立ち寄ったのはやはりワイバーンレザーの質と値段を見てみたかったというのがある。
結論からすると、レザーアーマーとしてはかなり高価であるが、フルプレートやミスリル製の品物と比べれば安いとはいえる。上半身用のレザーアーマーで調整料含めて2000ゴルト。下半身用の物で1500ゴルトであった。通常のハードレザーが500ゴルト、総革製のレザースーツが300ゴルトであることを考えると、事前の情報と比べると意外と現実的なお値段ではあった。
アデル達が金属鎧よりもワイバーンレザーに興味があると分かると、まず店主はネージュたちのスーツに目を付けた。ドルンでも珍しい――というか、初めて見るそうだ。
ネージュを《斥候》として紹介し、その機能性をざっと説明するとかなり興味を引いた様だ。特に急峻な山が多いドルケンでは崖も多く、そこに生息する植物を採取することを生業としている人達がいるそうで、動きやすさ、保温、滑落時の防護と、かなり役に立つのではないかとの話を聞けた。予備があるなら一着譲ってほしいと言われたが、そちらは『防具づくりに何十年も携わっている職人さんが目一杯の工夫を凝らしてのハンドメイドなので勝手なことは出来ない。』と丁重にお断りしたが、『今度来る時にまでに確認し、許可が出る様なら最初に持って来る。生計のために崖に挑む人たちの保護と言う目的であるなら彼なら恐らく快諾するだろう。』と言うと、是非そうして欲しいと言われた。その話の中でアデル達がドルケン国内からの訪問客でなく、コローナの商会の護衛だと分かると、ハンカチサイズのワイバーンレザーの見本を2枚持たせてくれた。一つは商会の担当に、もう一つはその防具職人にとのことで、この辺りは流石商売人である。
アデル達の方もいくつか質問すると、ワイバーンレザーの特徴として、牛や鹿の皮よりも厚く丈夫で、熊の皮よりも弾力があり千切れにくい。また、ワイバーンの鱗の方も素材としては優秀で、竜とは比べ物にはならないだろうが、スケイルメイルに加工すれば、鉄の鎧よりもはるかに軽量で強固な鎧が出来ると教えてくれた。但しこちらは加工の手間がレザーアーマーの比ではないそうで、軍でも一部の飛行隊の将校クラスでないと装備できない代物らしい。
なんだかんだと防具屋店主との話は弾んでしまった。アデルの好奇心と職人に対する態度は職人受けがいいのかいろいろな話が聞けた。半ば放置され気味のネージュとアンナは品物の物色にも飽きると、椅子に座って適当に寛ぎ出しているが、自分たちの為になる話をアデルにしてもらえているので特に文句は出ない。基本的にネージュは武器屋と、アデルは防具屋との相性がいいようだ。
特にアデルの鎧とそのの素材に話が及ぶと、ドルケンならまだいくつか未踏の遺跡があるかもしれないという話になる。そこから更に温泉の話になると今度はネージュが割り込んでくる。店主は「お嬢ちゃん、いい趣味してるね。」と笑いながら秘湯の情報をくれた。魔物や猛獣は出ないのかと尋ねると、ドルン周辺は常に警備隊飛行団が常に目を光らせているらしく、人的な被害はほとんどないと言う。“全くない”ではないところがミソではあるが、それでも他の地域よりはかなりの安全度だ。次回までに通行手形か許可証などが入手できれば必ずや訪れたい場所となった。
最後にアデルが、「ペガサスの羽根って需要ありますか?」と尋ねると、少々驚かれたが、「数枚ではどうにもならない。グリフォンの羽根なら1枚でもかなりの価値になるんだけどなぁ。」と教えてくれた。勿論、防具素材としての価値ではないのだが。
この日はアデル達にとって、ドルケンで唯一観光らしい観光ができた一日となった。




