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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
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ドルケン王都

 飛竜騎士団と遭遇した後は、特にトラブルが起きる事もなく王都であるドルンへと到着した。

 途中、いくつかの町を通過したが、その時はヴィークマン伯爵領の時の様にナミとヴェンが領主又は渉外担当に挨拶をし土産を手渡しに行ったが、特に長く滞在することもなく進んだ。

 町で夜を迎えられるときはそれぞれ宿を手配されたが、アデルは王都に近づくにつれ亜人の数は増えていくことに気が付く。

 種族は主に、猫人、狼人、他に犬人やみんなの憧れ、兎人等だ。残念ながらアデルと縁の深かった“狐人”とは会うことはなかった。当然、“竜人”も、である。尤も“狐人”は他の獣人族よりも変化能力に優れており、“人間”と同じ姿に変身出来るため、すれ違う程度では“狐人”の存在に気づくことは出来なかっただけかもしれない。

 事前に情報を仕入れていたか、カイナン商会の者たちは誰一人亜人に動揺する様な事はなかった。アデルやネージュもまた然り。基本的に大人しいアンナも自分から亜人に関わろうとしたり、また彼らを見下し揶揄する様な真似はしない。

 ドランに到着したのは昼過ぎだった。まずはナミが数名を連れて今回の交渉の窓口であるダールグレン侯爵の所へと向かう。それ以外はヴェンの指揮の元、すでに確保されているカイナン商事のドラン支店へと向かうことになった。支店といってもまだ事務所と小さな倉庫程度の物らしく、特別な建物がある訳でもない様だ。

 予定としては明日から数日間、ナミが予備交渉に入り、その結果次第で全員帰還するか、ナミを残し交渉を継続しつつ、ヴェンが情報を持ち帰るということになる様だ。少なくとも1週間はドルンに滞在することになる。アデルとしては、なるべく目立たないように温泉と精霊の情報を集めることが急務となりそうだ。

 ドルンに到着以降、通行人は勿論、何人かと会話をしたが今のところアンナを例の目で見てくる者はいなかった。とは言え、時折遠目から見とれてみたり、すれ違いざま2度見するように振り返る者もいる。つい先日まで、“妹”、仲間と言うよりは家族で保護対象という目で見ていたアデルも、改めて意識するとちゃんと身形を整えたアンナは充分に目を引く存在だ。一人で町を歩かせたらひっきりなしに声を掛けられかねない。治安の悪い場所ならそのまま攫われる危険性も否定はできないだ。

 尤も、一番危険性のある貴族とは無縁かつ、あちらも滅多に街には姿を見せないし、次に危険地帯と思われる酒場や冒険者の店にも敢えてこの町で立ち寄る必要はない。酒の土産が欲しいとしても、酒場ではなく酒屋に行けばよいだけの話だ。

 アデルが宿の店主や給仕に、温泉の話を聞いてみると、だいたいが王都内の温泉施設の紹介をする。町の外で秘湯はないかと尋ねると、いくつか答えが返ってくるが、近場は人が多く、遠いところは本当に険しい山の中となるようだ。また、現時点で通行手形をナミしか所持していない為、町の出入りが不自由と言う問題も存在した。これにはネージュも不満の様だ。

「やばい。これ1週間、ちょー暇になる展開?」

「予習と認識が足りなかったなぁ……まさか、自由に町から出れない上に飛龍騎士団なんて奴らが空中警邏してるとは思いもしなかった……」

 部屋に入った最初の言葉がこれだった。部屋以外で言ったら不審者扱いを受けかねない。

「どうするんですか?」

 アンナの問いかけにアデルは困ったように唸る。

「うーむ。下手に町から出られないし、不可視を掛けて空から抜けようとしても、あの翼竜ってのが結構敏感らしいし……今回は土産だけ探して大人しくしてるか?出来れば精霊がいそうな所も調べて見たいところだけど。」

「身体鈍りそう……」

 ネージュが不満そうに言う。全員、依頼を受けていないオフの日でも、最低2時間~半日は何かしらの鍛練を欠かしていなかったが、流石にこの部屋でトレーニングは出来ないし、闘技場の様な所で下手な野試合をして目立つわけにも行かない。

「あの倉庫、中身空っぽだったらいいんだけどな……確認してみよう。」

 アデルはカイナン商事の支店というか支所にあった倉庫に目を付ける。もしまだ業務に使われておらず、中が空いているならその中で簡単な鍛練を出来ないかと思ったのである。

「ちょっと確認してくるか。とりあえずお前らは無暗に部屋を出るなよ?」

 先日あんなことがあったばかりだ――とまでは言わなかったが、言外の言葉を妹たちはしっかり汲み取ったようだ。そうであればネージュがいれば余程の相手が来ない限り大丈夫だろう。そう言うとアデルはヴェンの元へと向かった。

 支店内のヴェンは少々忙しそうにあれやこれやと商会員に指示を飛ばしていたが、アデルが恐る恐る声を掛けるとしっかりと応対してくれた。

「……体が鈍る。か。まあ、やる気のある冒険者ならそう考えるわな。」

 アデルが事情を説明し、倉庫を借りられないかと尋ねると、残念ながら倉庫にはすでにいくつかの物資が持ち込まれていて、組手が出来るほどのスペースはないらしい。何が置いてあるのかと尋ねると、ドルンの特産品となる鉱材や翼竜の皮など、話が通り次第すぐにコローナへ輸入する為の商材だそうだ。全ては無理としても、予備交渉の段階でも一部は恐らく持ち出し可能だろうと踏んでいるらしい。

 アデルが「駄目だったら?」と尋ねると、手間賃は無駄になるかもしれんが、それならそれでここで処分できる範囲だとヴェンは言う。その辺の在庫管理というかリスク管理は流石と言ってもいいのかもしれない。

「まあ、身体が鈍る心配は俺達だって同じだ。町の外に出る機会が取れるようなら必ずお前たちにも言うから、数日は待機していてくれ。問題を起さない程度に町を見て回ってくれても構わんが。」

「個人で購入した物も持ち出しできないこととかありますかね?」

「いや、それはない筈だぞ。持ち出し不可の様な物は通常の店頭には並ばないだろうしな。」

「なるほど……」

 ドルンを目指す目的の半分も解決しなかったが、とりあえず無駄足になる事はなさそうだとアデルは考えた。尤も、そもそも護衛依頼として同行しているのだから、その時点で無駄足と言うのはおかしな話なのだが。


 ヴェンの弁を持ち帰ったアデルは、妹達にそれを伝えると、予想通りの反応が返ってきた。

 ネージュは不満げに「え~」と吐き出し、アンナは静かに「そうですか。」と返すのみだ。ロゼならきっと慰めの言葉の一つくらいは出てきただろう。そういうところだよ、君達。

「外へ出る機会って言ってもねぇ……別に集団行動したい訳じゃないし?」

「鍛練はどこ行ったよ?」

「その後のお風呂の重要性をお兄はまだ理解していない。」

「あー、うん。そうね。アレがあると違うよね。」

「それにより鍛練の効率が大分違うという事をお兄はまだ理解していない。」

「お、おう………」

 ネージュの意味不明な熱の籠った抗議にアデルは適当な相槌を返すのみだ。ネージュ的には、惰性の鍛練よりもその後の風呂を期待して本気で動き回る訓練の方が身が入ると言いたかったのだが、流石のアデルもそこまでは意を汲めていない。

「うーん。困りましたね。何となく町には出たくない感じですし。コローナではこんな感じになった事はなかったのですが。」

「人の行き来の数が全然違うしね。国柄か人の出入りがそれほど多くないみたいだから、見慣れない人間は余計目を引くのかも。」

「うーん。」

 アンナはただ困惑するのみだった。扱いが確定していた山賊を除き、今迄町中等でこのように注目される機会がほぼなかったためだ。手当たり次第の山賊共も、翼を含めた全身に価値を見出していたようで、実際に山賊の相手をさせられた回数を鑑みれば自分よりも、ほぼ同時期に連れてこられた少し年上の女性達の方がご指名の数もかなり多かったはずだ。

 もしかしたら記憶の限り、今ほど人の多い場所で過した事がなかったと言うのもあるかもしれないが、アンナとしてはあまり嬉しくない“モテ期”と言えた。

 以前と変わった事といえば髪が少し伸びた事、あとは以前よりも栄養状態が良いお蔭か、それとも年頃か、若干肉付き――もしかしたら筋肉かもしれないが――が良くなった事くらいだろうか。しかしそちらは就寝時以外はほとんどネージュと同様、厚手のレザースーツとパーカーを纏っている為、体のラインが露骨に出る事はない筈だ。残念ながら胸のラインもネージュとほとんど差がないのがここ数日の悩みの一つでもある。

「とりあえず数日は筋トレメインになるな。俺は一応特産品やら精霊絡みの情報を集めてみるけどな。とりあえず今日は馬を労って……街に出るのは明日の早めの時間でいいな。」

 アデルはそう言うと宿に併設されている厩舎へと向った。今回は馬車キャリッジを借りていない為、2頭の馬のみである。先にギルドの馬の手入れをし、後回しにしたプルルはその分少し丁寧に手を入れた。ワイバーンとの遭遇以降は馬たちはほぼ緊張し通しのようでなかなか寛げないでいたようだ。手入れが終わり、自分たちが安全な場所にいると感じた馬たちは膝を折ってようやくちゃんとした休息を取れたようである。



 翌日以降、アデルは単身で情報収集に努めた。ネージュとアンナにはなるべく部屋にいる様にさせ、部屋内で出来る筋トレと気配察知のノウハウやら訓練やらをやらせている。宿代、宿内での食事代はカイナン商事持ちであるし、数日は部屋でゴロゴロしてるだけで良いのだが、その辺は新鋭の冒険者たちである。

 滞在3日目の夜、アデルは妹たちに経過報告を行った。

 ドルン周辺にはそれなりの数の天然の温泉が湧いていること。ドルケンの中でも最も高い山には竜が住んでいるという噂。ドルケンの守護獣はグリフォンで王家の紋章にも描かれていること。山奥へ行くとワイバーンが跋扈しており、下手に近づくと攻撃されること。ワイバーンは知性が低いため、うまく潜り込んで卵をくすねると騎獣として育てやすい事――この辺りだ。

「つまり……ワイバーンの縄張り付近の温泉を探せば他人はほとんど来ないと。」

 以上の点をネージュなりに要約するとこうなるらしい。無駄に熱量が高い情熱である。

「ワイバーンは狩りが認められているようだが……複数相手にして勝てるのか?」

「戦ってみないとわからない。」

 アデルの問いには正直な答えが返ってくる。相変わらずの脳筋――もとい。戦闘部族的な考えだ。

「冒険者の店でその手の話をきいてみようかね。」

 翌日はドルンでは敢えて近づかない様にしていた冒険者の店に立ち寄ろうとアデルは決めた。




 翌朝、アデルは宿の主人に「人の出入りが多い、食堂を兼ねた冒険者の店はないか?」と尋ねた。

 主人は少々不思議そうな顔をしたものの、それなら~~と1軒の冒険者の店の名前と場所を教えてくれた。

 アデルは教えられた店に到着するとドリンクと軽食を注文する。その店は、カウンターで注文をして支払いをすると、出来合いの軽食やらが提供される形の店の様だ。所謂一つの朝〇ック。

 アデルは一枚の皿に乗せられた注文の品を受け取ると、依頼の掲示板に近い席に座ってゆっくりとそれらを口に運びながら掲示板にある依頼の見出しを確認していく。

 残念ながらワイバーン討伐の依頼はないようだ。

(依頼があれば、受注可能な冒険者レベルとランクから難度がわかるかと思ったんだけどな……)

 当てが外れる形でこの場での用がなくなったアデルは、今度は食べる速度を速めて適当に胃に流し込むと食器を片付けるべく立ち上がる。その時だ。一人の男がアデルに声を掛けてくる。

「よう、兄ちゃん。あんまり見かけない顔だな?仕事を探しているのかい?」

 声を掛けてきたのは店の関係者ではなく、どうやら冒険者のようである。長剣を腰に下げ、体は高級そうな革鎧をまとっている。見た感じ、年は30前半、レベルはアデルと同等か少し上くらいか。レベル20台後半、中堅の域に達しようかという感じだ。

「いえ。ワイバーン絡みの依頼がないかと眺めてたんですけどね。残念ながら今はないみたいですね。」

「ワイバーン絡み?そりゃないだろうよ。ワイバーン退治は基本軍の仕事であると同時に収入源だ。田舎の小さな町ならともかく、王都にそんな依頼はないだろうよ。王都は初めてか?いい仕事があるんだがどうだ?」

 男はそう言うとニヤリと笑う。嫌味な感じはないが、何となく裏で別の事を考えていそうな感じの笑いだ。

「いえ。まあ、王都が初めてなのは確かなんですが……実は護衛としてきたんですけど、依頼主がこちらの用事を済ますまで数日暇が出来てしまったので、何かないかなと。」

「それでワイバーンをか?腕に自信があるようだな?」

「いえ……ちょっと興味が湧いたので……どれくらいのレベルが必要なのか参考にしようと思っただけでして。」

 アデルはそう答えてちらっと掲示板を、そして周囲に目を泳がせる。雰囲気がおかしい。数名の冒険者がこちらを遠巻きに、あまり良い感じではない視線で見ている。

(関わっちゃいけない人っぽいな。)

 周囲の空気からアデルはそう察し、適当な理由を付けてあしらおうと考える。しかしそれは杞憂に終わった。

「チッ。そんなんじゃチャンスも掴めねーぜ?」

 アデルが“仕事”の部分に食いつかない、周囲の空気を見て取ったと悟るや否や、男は文字通り手のひらを返しながら足早に去っていった。

(なんだったんだ?)

 アデルが再度男の姿を確認しようとすると、すでにその気配はどこかに消えていた。

(あれだけの装備をしていてもう気配がない?《斥候スカウト》か?)

 そう思ったと同時に、先日聞いた盗賊ギルドの話を思い出す。

(やっぱりあまり長居はしないほうがいいかもしれないな。)

 アデルはそう思うと返却口に皿と食器を戻すと、足早のその店を後にした。


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