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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
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別れ道

 結局、その後王都までは特に何事もなく到着した。行きの道程を考えれば馬の割り振り的にネージュとアンナが確定、本来なら自分がアデルの後ろに座れていた筈だとロゼが少々がっかりしていたのはロゼとアンナにしか知りえない話だ。帰途に着く前日の夜、テントの中で2人だけで過したアンナは、ロゼの内心と家の事情を聞いてロゼへの警戒心(?)を薄めていた。いずれ自分の気持ちに関係なく、親が選んだ相手と結婚することになる。その運命をロゼは受け入れていた。アデルはロゼにとって初めて興味を持った異性らしい。まあ、それって所謂アレだよね。と日付が変わる頃まで話をしていたのだ。

 そう思っていた矢先、ぽっと出のヒルダがアデルの背中を占拠してしまったのだ。戦場で利き腕を失った上に、仲間からあっさりと見捨てられたという話に、多少の同情はあるとしても、彼女らの内心は穏やかではなかった。

 2人乗りのプルルのペースに合わせたため、到着は日が沈んでからとなった。王都に到着すると同時にまずはヒルダと分かれる。彼女は彼女の登録している店に戻り、パーティから外れたことを申し出、その後について話をしなければと言う。

 ロゼは神殿に戻るかと思いきや、騎手ギルドに馬を返した後も一緒にブラーバ亭へと来ていた。

 予定よりも大幅に早い帰還にブラバドは驚くと同時に眉を寄せたが、ロゼがいたことで何か問題があったわけではないと悟ったか、彼らの話を聞いた。最初にアデルから顛末を聞き、続いてロゼから神殿の――依頼主である司祭からの書状を受け取る。内容を確認して納得する。

「少々複雑ですが、正直助かりました。まさか、神官団が軍の後方部隊に組み込まれる形になるとは思っていませんでしたので。」

 アデルがそう言う。途中からグノー軍と合流し、後方陣地に滞在し、剰え戦闘があったなどというのはブラバドにしても想定外だった。しかし、後方とは言え戦場は戦場、それくらいのことがあっても不思議はないだろうとグランの山賊退治の時の様に抗議などをするつもりはないらしい。

 報告を終え、アデル達が久しぶりの部屋に戻ろうとしたところで、複雑な表情でブラバドが言う。

「すまんが、他に部屋が空いてない。その……何だ……。」

「よろしくお願いします。」

 ブラバドの言葉を待たずにロゼが割り込み頭を下げた。

「ちょっと待って下さい?うちらの部屋、2人部屋を無理に3人で使ってるんですよ?」

「今夜だけです。あと、変な期待はしないでください。」

「ああ、そうですか。」

 先ほどの内にブラバドと話をつけていたのだろう。それと最後の言葉に現実に戻されたか、アデルが醒めた感じでそう受け入れたが……今回はアンナでなく、ネージュの方が少々嫌そうな顔をしたが、まあ、一晩だけだから、風呂から出て裸で部屋にでてこなきゃ大丈夫だろうとアデルがネージュに言う。

 ロゼと泊める代わりに、と食事に若干色を付けて部屋まで届けてもらうようにして手を打ち、久しぶりの我が部屋へと戻る。そこでアデル達兄妹3人はほぼ同時に一つ息を吐くと、互いの無事の帰還を喜び合った。

 ネージュは早速風呂の準備だ。アンナはロゼと共に何か会話をして座り寛ぐ。数日前までかなり嫌がっていた筈だったのに随分と変わったものだ。と、アデルは先日のテントでの一幕を思い出し苦笑する。自分が話のタネになっていたなんてことは知る由もない。

 アデルも一通り荷物の整理と武具の手入れをして腰を落ち着けると、アンナが質問してくる。

「ヒルダさんでしたっけ?どうするつもりなんですか?」

「本当に試験に来るようなら、ちゃんと応えるよ。でもまあ、結局は色んな意味で本人次第だな。全く戦力にならないようなら論外として、それ以外なら状況と本人によりけりだ。今までの技能をすぐにフルに発揮するのは難しいとしても、任せたい役割はあるにはある。あの状況で卑屈になってたならお断りだがね。あとはどこまで信頼できるか……かな。どちらにしろ、アンナも格闘技能よりも《騎手》技能と《精霊使い》技能を優先してもらうことになるだろう。少なくとも馬には乗れるようになってもらわないとな。できれば馬車も扱えるようになってもらいたいところだが。」

「ガンバリマス。」

「まあ、こちらも手伝える所は全力で手伝うがね。精霊魔法なぁ……なかなか見つからない様だし、時間見て本でも探して覚えるしかないかね。ロゼはこの後どうするつもりなんだ?また北に戻る?」

「どうでしょう?家次第ですね。今回の報告もしなければなりませんし……多分、忙しくなるので前線に戻るは時間はなくなると思います。神殿に行く時間もどうなるかわかりません。そうなると、アデルさん達と会う機会もほとんどなくなってしまうかと。」

「あらら。そりゃ残念だ。そんなに忙しいのかい。」

「これから忙しくなると思います。」

「そうか……あ、じゃあ髪の色戻しとかないとまずくない?」

「そうでした……そうですね。お願いします。」

 ロゼは何とも寂しそうな表情でそう言った。その言葉のアンナがすぐに応える。

 ロゼの髪色が本来の色に戻る。こうなるとやっぱりこの安部屋には不釣合いに見えるから不思議だ。そこに一つの衝撃が走る。

「「「え?」」」

 ネージュが下着1枚で風呂から上がってきたのだ。当然、翼もそのままに。

「おい……」

「口封じをどうするかはお兄に任せる。」

「なんだそれ……」

 ネージュはそんな物騒な言葉を口走るが、その表情は柔らかい。風呂でリラックスしすぎて注意を忘れたのかと思ったがそう言うわけでもない。ネージュはここぞとばかりにアデルの膝を占拠する。

 そのぶっ飛んだ行動に、ロゼは勿論、アンナでさえ完全に硬直している。

 最初に立ち直ったのはやはりアデルだ。

「はぁ……まあいい。わかった。とりあえず風呂には客人を先にお通ししたいところだが……アンナ、先に行ってこい。」

「え……わかりました。」

 アンナは一瞬黙り込むが、恐らくロゼと話があるのだろうとアデルの指示に従う。ただし置き土産のつもりか、ネージュに対する答えか、それともロゼに対する友誼の証か、自身もその場でパーカーを脱いでスーツも脱ぎ去って浴室へと向かう。

「年頃の娘が何やってんだ!」

 アデルが翼のことではなく、そちらを怒ったことに何故か気を良くし、笑顔で“あかんべ”をし、浴室へと消えた。

「はぁ……俺が男と意識してないのかね……兄妹ってそんなものなのか。」

(むしろ逆にすごい勢いで狙われてますよ……)

 アデルのため息に、少しだけ我に返ったロゼが内心でそう突っ込んだ。

「……随分と信用されたみたいね。」

「そうなんですか?」

 アデルの言葉にロゼが困惑して返す。

「こいつらが自分から翼を見せたのはロゼが初めてだよ。」

「そうなんですか……」

 ロゼは同じ言葉をニュアンスだけ変えて呟く。

 “ロゼを信用して”というのは2人とも共通していた。しかしその思惑は真逆であった。

 アンナは単純にロゼを友人と認めたからだった。一晩じっくり、恋バナやらお悩みやらを相談しあえば仲も良くなるだろう。その上でロゼの人格を認め、更に自分の恋路の障害にならないと分かれば猶更だ。

 尤も、翼を見せることに対する危険度は、亜人、特に敵性種であるネージュと比べれば格段と軽い物ではあるのだが。

 一方ネージュの方は打算があった。ロゼのアデルに対する気持ちと、アデルのロゼに対する気持ちを察したうえで、彼ら二人がお互いの不利益となる行動はしないだろうと踏んで、それなりの家格であろうロゼを取り込もうという腹だ。誤算はロゼの家の家格を実際よりも低く見積もってしまったことだが、この時点でそれは致し方ないのかもしれない。

ここまで来て「兄妹でしたよね?」という突っ込みは流石に野暮かと、ロゼは口にしなかった。相手は子供だ。アデルの膝にまるで1人掛けのソファーのように座り、寛ぐネージュを見て、秘密を自ら明かしてくれたことに少し喜びを感じつつ、今後も真っすぐに育つことを地母神に祈った。

 程なくしてアンナが浴室から出てくる。こちらはしっかりと上下共に肌着を身につけて出てきている。まだ膝を占拠しているネージュを捕まえ、上から強引に上着を着せると、風の精霊に頼み自分とネージュの鳶色の髪を乾かせる。

(兄妹か……)

 リラックスして背中からはみ出している翼さえ気にしなければ本当に仲の良い兄、姉、妹に見える。その様子をロゼは少し寂しい気持ちを感じながら見守った。

「良かったら、お先にどうぞ?」

 アデルがそう声を掛ける。

「お借りしますね。」

 ロゼは柔らかに笑うと、浴室へと消えていった。




 翌朝、まだ早い時間にロゼが起き出してアデルを起こすと、「色々お世話になりました。」と告げ、神殿へと向って行った。

 アデルは嫁に行く娘かよ!?と思わず突っ込みたくなったが、その真剣な、凛とした美しい顔をじっと見てその気がなくなってしまった。なんとなくだが、本当に今生の別れになる様な気がしたのだ。ロゼとはやはり住む世界が違う。そう直感した。漠然だが、ローザともまた違う何かを感じた。

「また機会があったら……是非温泉にでも行きましょう。」

 アンナが別れを惜しむ様に声掛けると、少しだけ表情を緩ませて頷く。ネージュは特に声を掛けるでもなく、ロゼを見送った。

 兄妹一同、なんとなく二度寝の気にはなれず、久しぶりにブラーバ亭の裏庭で槍の鍛錬を始めた。

 2時間後、じっとりと汗をかいた彼らは、アンナには短槍&楯が似合うか、長槍両手持ちが似合うかで揉めていた。

 その後、久しぶりにゆっくりと昼食を味わった彼らは、行きつけの防具屋と武器屋を巡ることにした。

 アモールも予定より早い来店に少々驚いたようだが、ざっと話を聞き、そうか。とだけ言う。アデルの鎧は仕上げ段階ではあるがもう少し時間が掛かるとの事だ。しばらくゆっくりするなら、そのうちサイズを量りに来いという。一方アデルの方は、フォルジェに置いてきた四肢欠損の負傷兵の話をし、もしかしたらこのスーツに関して問い合わせが来るかもと伝える。アモールは、紹介あんがとよ。と笑うと同時に、その場合はどんな素材がいいだろうなぁ?でもそれ、防具じゃないよなぁ……うちで売るのか?などと思案を始めた。

 そしてアルムス武器店。

 扉を開け中に入ると、見知った顔が二つ並んでいた。

「よう。ふざけた武器屋にようこそ。」

「oh....」

 人の口に戸は立てられないとかもうそんなレベルの話ではない。アデルは思わず苦笑した。

「量産型を作れとは言わないけど、修練まで含めて実用的な物が出来上がったら撤回を検討する。」

((どこでそんな言葉を覚えたんだ……))

 ネージュの発言に対し、アデルとアルムスが微妙に眉を寄せ同じようなことを考えた。これは過日、グランからアデルを残して先行して戻った折、クールキャラを気取ろう購入した辞書のせいなのだが、相談されたアンナ以外は知るべくもない。一足早い中二病と言うやつだ。事情を知るアンナは「うわぁ……」という感じの表情を浮かべた。

「まあ、そのうちなんとかするさ……ちーっと……やりたいことが見つかっちまってなぁ。」

 アルムスが苦笑した。

「やりたいこと?」

「元はお前たちが言い出したんだろう。」

 アデルが尋ねると、アルムスが隣にいたもう一つの見知った顔を示して言う。ヒルダだ。

「今後に大きく関わる話だからね。早速訪ねてみたのさ。そしたら、条件付きで作ってもらえることになってね。」

「義手ですか?条件?」

「ああ、開発を手伝ってもらう代わりに、ヒルダの分は無償で作ってやろうってな。もしかしたら今後こんな目に遭う人が増えるかもしれん。全てを助けることはできんだろうが、それでも俺の技術で人を救えることになるならそれは良い事だと思う。まあ、実物見せて国に相談すれば補助金か注文かくら取れそうな案件だしな。」

「そういうことになったので、悪いが“試験”は受けられなくなった。」

「あら。そうなのか。それは少々残念ではありますが……」

 ヒルダが少し申し訳なさそうに言う。昨夜の話は捕らぬ狸の皮算用となってしまったようだ。元々即答しなかった自分のせいでもあるのだが。

「だが……絶望のどん底から希望の光を見せてもらったことには感謝している。いずれ私にも手伝えることが出来たらなんでも言ってくれ。」

「そうですね。でしたら、まずは腕と戦力を取り戻さないと……かな?」

 ヒルダの腕と表情を見ながらアデルは言葉を返した。フォルジェで見せた表情を思えば、憑き物が落ちたといわんばかりの表情を浮かべている。

「それに、まだ大きな戦が残っているとなれば必要とする人はもっと増えるでしょうね。野戦一回で10人近く出たみたいですし、今までの戦いでも少なからず必要とする人が出てるかも。完成すれば需要は大いにあるんじゃないですか。武器は仕込むんですか?」

「あー……いずれオプションで組み込めるようにしたいとは思っている。」

「標準装備じゃないんだ……」

 アルムスの言葉にネージュが意外そうに言う。

「量産武器と比べりゃ必要とされる数は少ないのだろうが、必要とする人には何にも増して必要なものだろうしな。必要部分を最優先する。とは言えうちは武器屋だからな……」

 最後の方は弟と同じようなことを考えて悩み出す。

 これを機に、この二組の兄妹(兄弟)の話は徐々にコローナに、大陸西部に広がっていくことになるのだが、それはまだ大分先の話である。



邂逅編終了です。邂逅編と言いつつ別れて終わりとなりますが。

フラグは立たせたまま回収せずに終る模様。

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