生還と帰還
コローナ北部方面隊の物資拠点を離れ、フォルジェに向かうアデル達は、ただ黙々と南へと馬車を走らせた。馬車の中には今回の戦闘で手足を失った者達が乗り込んでいる。会話が弾もう筈もない。
ロゼも、キャリッジには居た堪れないらしく、傷口が開いたり、痛みがでたらすぐ言うようにと伝え、御者台に避難してきている。
アンナはネージュと共にプルルの上だ。アデルも、下手な事を言って後ろに聞こえて変な解釈をされたらたまらないと、完全に口を閉ざしてる。出発前に、馬3頭と各負傷者に“強自然治癒”の魔法は掛けてあるのだが。
キャリッジの中も同様に、立場が違う兵士が混在している為か、やはり会話はない様子だ。
傍から見れば、大局的に見れば“勝ち戦からの帰還兵”と讃えられる存在なのだが、当の本人たちには全くそのような感覚はない。戦死者よりも、敗残兵よりもいくらかマシと言ったところが本音だろう。
途中、いくつかの問題にぶち当たりながら、最初の夜を迎える。
特に問題になったのは、右手や足を失った者の排泄である。この問題は、今後の彼らに野外活動と言うものを絶望させるに十分な問題だった。この部分に関しては、比較的穏やかな表情だった国軍の兵士にも重くのしかかったようだ。結局、男性はアデルしか介助できる者がいなかったため、アデルが手伝うことになったが、この教訓はアデルにも重くのしかかったのである。
唯一の女性負傷者も、欠損箇所が右腕の肘のすぐ下あたりであったので、そちらにはロゼが付いた。視線を遮る幕を持ち、少し離れた場所に移動して用を足す。戻ってくる時の兵士とロゼの気恥ずかしさとやるせなさの表情には言葉が詰まる。
「昔、欠損も直せるみたいな話を聞いたんだけど?」
アデル、負傷者から少し離れた場所で、小声でロゼに尋ねた。
「私ではまだ無理ですが、上位神官になれば、切り落とされたくらいであればつなぎ直す事も出来るそうです。ただ、落された部位を持ち帰っていないとそれもできませんので……恐らくは、乱戦で失った部位を持ち帰れなかったのでしょう。」
そうだった。落した腕なりを持ち帰らなければダメだと以前どこかで、おそらくはディアス達のパーティだろう、から聞いていたことを思い出す。
とりあえずの食糧を配布し、静寂の中全員で食べる。食べて内臓が動き出すと改めて催してくるのか、片足を失った1人と、右腕を失った1人が申し訳なさそうにアデルに申し出る。
流石に慣れたと言うか、諦めがついたと言うかで、アデルは特に表情を変えずにそれらに応じた。その帰りだ。
「妹さん?達の装備だが、あれはどこで買えるんだ?」
右腕のない兵士――装備的に国軍の新兵だろう、が、アデルに声を掛けた。
「装備?あのレザースーツですか?」
「そうだ。あれ、鎧と違ってちゃんと……排泄の事も考えられてるんだろう?」
このご時世、ファスナーはまだまだ高級品である。それが無意味に、或いは飾りとして股間についている訳でもないだろうと考えたそうだ。どこを見てるんだコイツはとは思いつつも口には出さない。
「そうですね。特注品ですが……しっかりそこまで考えて作ってくれたみたいです。作ったのは王都のアモール防具店の店主さんですよ。」
「そうか……片手で着替えが出来ると思うか?」
「…………そうですね。少々時間は掛るでしょうけどいけると思いますよ。あとで実物をお見せしましょう。」
兵士の意図が分かると同時に、ネージュやアンナが身に付けている所を見せる訳にはいかないと、予備を見せる約束をする。
馬車に戻ってネージュに話したところで少し不審な顔をされたが、予備ならいいかと荷物袋から取り出してくれた。
「干すだけで洗ってないけど……」
「基本、ハードレザーだしなぁ。」
普段はそんなところを気にしたことなどない筈なのだが……異性の他人に見せるのには抵抗を覚えたか?愈々お年頃か?ネージュにはネージュの意図があったのだが、その辺はアデルは見抜けなかったようで勝手な解釈をした。まあ、些細な話だ。
「この背中は……わざとなのか?」
兵士は大きく開いた背中が気になったようだ。
「いろいろと都合がいいので。冬はまた別のを考えます。」
冬も共用なのだが、そこは敢えて言わない。
「なるほど。確かにこちらの方が着替えやすそうだな。これなら一人でも1日生活できそうだ……」
裏表よく観察して、股間部分のファスナーを実際に動かしてみて兵士が感心すると、後からネージュの蹴りが飛んだ。
「ああ、ごめん。悪かった。他意はないんだ……ただ、今後の生活を考えると……こういうのもありなのかもなと……」
実際他にも足を失った2人も興味深そうに観察している。片足欠損だと……恐らく車椅子と補助杖生活を余儀なくされるだろう。車椅子も現代の様に折り畳みやら、静粛性やらの高機能は備わっていない。すわり心地も余り良くない様子なので、尻の部分だけでも硬めのレザーと言うのもありかも知れない。
結局、その後は夜が更けるまで今後の生活の心配や必要な物の話が続いた。ただ、誰一人として愚痴や不平を口にしなかったのは大したものだとアデルは感じていた。
翌朝からそれ以降、それ以外の問題は発生せずに、夕暮れ直前にはフォルジェの町に到着する。そのまま言われた通り、彼らを神殿まで輸送し、ロゼが説明して引継ぎは終了になる。筈だった。
そこで予定外の行動を取る者がいたのだ。
「私は……冒険者なんだ。すまないが王都まで連れて行ってもらえないだろうか?頼む。」
苦しそうな表情でそう懇願したのは、右腕下半分を失った女性兵士――言が本当なら冒険者だ。
ロゼや神殿の神官が「心配いらない」と説明するが、頑なに王都帰還を望んでくる。ロゼと神官が困ったようにアデルを見ると、アデルは女性冒険者に声を掛ける。
「申し訳ないのですが、いくつか問題が出るんです。少々待ってもらえますか?」
「む?」
アデルの言葉に女性はとりあえずは静かにする。
「えーっと、ロゼ、乗馬の経験は?」
「乗馬くらいならありますよ?」
「……流石お嬢様だ。」
「えぇぇぇ……」
問題は速攻で解決した。しかし、この発言を10分後、ロゼは激しく後悔することになる。
「ふむ。問題の一つが解消されたか。次、俺達は依頼主である司祭から、あなた達をフォルジェの神殿へ送り届ける様に言われています。聞いていましたね?」
「ああ。聞いていた。」
「まあ、神殿まで届けたというのは、こちらの神官さんや他の兵士さん達が証明してくるでしょうけど、それでも一応伺います。その依頼を曲げてまで王都に行く理由は?」
「…………」
理由を聞かれると女性冒険者は黙ってしまう。
「少々下世話に聞こえるかもしれませんが、それを叶えると、俺達としても依頼の外の部分で、必要のない経費が掛かる事になります。勿論ちゃんとした理由があれば誤差程度のものですが、何もなしにただ、『王都まで連れて行け』ではパーティとしても困りますし、冒険者さんならその辺の事情もお判りでしょう?」
「移送料と取ろうと言うのか?」
女性冒険者が睨んでくる。そして歯噛みする。アデルの言う事も理解はできるのだ。
「そこまでは言いません。ただ神殿でしばらくお世話になれば暫くは何の心配もないでしょうに、何故敢えて王都へ行くと言うのか気になったのです。ロゼにも追加で手を煩わせることになりますしね。」
アデルの言葉に、ロゼは慌てて首を振る。
「別に私はその程度構いませんが?」
それに対して女性が口を開いた。
「……私は冒険者だ。国軍はもとより、私軍の兵よりも今後の期待はない。それに……」
そこで言葉を詰まらせる。
「私は“捨てられた”。」
今後の期待というのは、国からの保障や、所属した貴族からの見舞金の事だろう。国からの保障はそれなりに手厚いし、貴族も自分の懐の広さを示したり、或いは他の貴族よりも待遇が良いところを示すために、従軍により重度の障害を負った者には多少の見舞金を出すのが通例のようだ。だが、冒険者にはそれがない。
「さんざん頼っておきながら、腕を失ったら、もう戦力にならなくなったと、ポイだ。」
そんなことがあり得るのだろうか?少なくとも、今迄出会って来た他のパーティなら……
あ、一件だけ心当たり有るわ。アデルはそこで思考を止めた。
「で、戻る理由?」
「店に、正式にパーティ脱退の手続きをしたい。あいつらが何かやらかして私まで責任を問われることになったら冗談じゃない。どうせ、報酬は私の処に来ないだろうしな。実際クビ宣告されたわけだし……」
何かやらかすようなパーティだったのだろうか?まあ、言い分は理解出来る。自分がその立場だったら、同じ気持ちにはなるだろう。まあ、その立場になる事はないだろうが。
「まあ、同業者としては理解はしますがね。」
「金か?移送料?護衛料?手持ちはこれだけだ……足りないと言うのなら夜伽でも何でもやってやる。」
「「HA?」」
最後の部分でアンナとロゼが『馬鹿か?』と言わんばかりの声をあげるが、当の本人は自分で何を口走っているのか理解出来ていない様だ。
「まあ、そこまでの覚悟があるなら、なんとかなるか。神殿の方で良いってなら、考える。」
アデルはそこで神官を見ると、困りきっていたのか、どうぞどうぞと押しつけてきた。
「わかりました。王都まで送りましょう。その後の事は――まあ、その後に考えてもらいます。少なくともうちでは何の責任も負いませんから。」
アデルが淡白にそう告げると、冒険者は安堵の表情を、ロゼとアンナは、薄目でアデルを睨む。ネージュは、その様子から何か別の事を考えているのだろうと察したのか、特に何も言わなかった。
「では、馬車を返してきます。宿はまあ、わかるので今日の分はいいでしょう。本来なら1頭借りるだけで済んだのですが……2頭借りなければいけなくなりましたね。」
アデルの言葉を、アンナ以外の全員が正確に理解した。
冒険者とネージュは、王都到着後に何か要求があるであろうこと、ロゼは、本来ならアデルの背中を丸1日占拠できたであろうにそれをみすみす逃したことだ。
「乗れないって言っておけば良かった……」
ロゼは誰にともなくそう漏らしていた。
コローナ国内ならどこでもOKという騎手ギルドに馬車を返却し、また翌朝必要となる2頭の予約をして以前、ローザにあてがわれた宿へと向かう。
フォルジェの町は、難民や兵士、それらを相手にしようとする商人などで以前とは比べ物にならない程混雑していたが、宿は無事に確保できた。安宿はほぼ満杯だったのだが、ローザの依頼の時の記憶をたどって訪ねた宿が少々値が張る宿だった為、空いていただけだったのだが。その辺、ローザはしっかり配慮してくれていたようだ。ただの見栄である可能性もそれなりに考えられるが。
宿は4人部屋を一つ借りることにした。宿の主人は、男1人、女4人(内1人は女児)という構成にニヤリとしたが、その内の1人の片腕がない事に気づき、茶化すような真似はしてこなかった。
なお、敢えて風呂はついていない部屋を選んだ。ネージュは不満そうにしたが、「部外者がいなけりゃそっち選んだけどな」と耳打ちしたところでその不満を大人しく引っ込めた。
食事を部屋に運んでもらうように頼むと、いよいよアデルの“事情聴取”が始まる。
アデルが女性の依頼――報酬は発生しないから頼みと言うべきか。を受け入れた理由がこれだ。
「さて、聞きたいことが結構あるんですが?」
「答えねばならんことなのか?」
「何にせよ情報は貴重ですからね。それで、諸経費含めて移送は無料としますが?」
「……わかった。」
「それじゃ、まずお名前、年齢、職業、冒険者歴と所属の店から?」
「なんだそれは……名前はヒルダ。年は21。冒険者技能は《戦士:20》《斥候:12》《騎手:15》、冒険者歴は4年だ。所属の店は、王都の“青いそよ風亭”だ。」
「所属していたパーティは――まあ、もうどうでもいいか。いや、経験談だし聞いておこうかな。名称とかはいいから、クラスとレベル構成だけでも。」
「パーティ名は決まっていなかった。今のパーティになって2年くらいか。構成は《戦士》4人、《魔術師》1人、《斥候》は私が、《狩人》は別の戦士が補助的に習得している。」
「レベルと男女比は?」
「私が20、他が18だ。私を含めて、男3、女2、魔術師が女だ。」
「おや?一番上の《斥候》持ちをを真っ先に切ったんだ……」
「デリカシーと言うか遠慮と言うか、何もないんだな?」
「その為の無料奉仕ですから。」
アデルが涼しい顔で言ってのけるとヒルダは苦々しく歯噛みする。
「まあ、そうなるな。実際利き腕を失くしたら戦力として役に立たんのも事実だ。」
アデルの対応に、ロゼとアンナが先ほどまでの感情とは裏腹にヒルダを気遣う表情をする。
「リーダーは他の人だったんだ?金銭的なトラブルでも?」
「リーダーは別の男だ。元々別々のパーティだったんだが乞われて合流した。金銭的なトラブルはなかった筈だが……」
「筈だが?」
「言わなきゃだめか?」
「念のため。」
「何の念押しだよ……相方だったメイジがリーダーと出来てな……それからしばらくして何となく他からも私が邪険にされるようになってたんだ。ここぞと体の良い厄介払いってやつだろうな。」
「そんなパーティもあるんだ……パーティ合併は慎重に判断するようにしよう。ヒルデさん個人の装備は?」
「短槍と楯。」
「ありゃ。俺と丸被りじゃないか……《騎手:15》ってことは騎乗戦闘も?」
「《騎士》のようにはいかないがそれなりに出来る。いや、出来たと言うべきか。」
「なるほど。」
これではまるで面接だ。そう言えばアンナの時もこんな感じだったな。とアデルとネージュそれにアンナも思った。どうやらそれはヒルダにも伝わったようで……
「合格出来そうか?」
半笑いというか、呆れ気味にそう聞いて来た。
「惜しいな……半月、いや2週間前なら即採用だったんだけど……」
「ちょっと待ってください?騎乗戦闘が出来るというなら、片手でも馬に乗れるんじゃ……」
「やったことがないのでわからん。出来れば遠慮したいところなんだが……まあ、今だから言おうか。もし断られていたら、適当に神殿を抜け出してそうするつもりだった。ただ、ギルドが馬を貸してくれるかはわからないがな。」
ロゼが口を挟むと、ヒルダはそう答えた。
即採用――というのは、アデルとしても本音だった。レベル的には問題のある差ではないし、騎手技能があるなら、共に移動することも問題ない。見た目も十分以上に好み……いや、これは置いておくとして。信頼できる人物なら、アンナのコーチ兼護衛としての採用も吝かではない。
「手持ちはあるの?」
そこでネージュがヒルダに問うた。
「手持ち?金か?正直心許ないな。2~3ヶ月は食うに困る所まではいかないだろうが……」
「そうか……」
「なにが『そうか』なんだよ……」
アデルがネージュに言う。ネージュもだいたいアデルと同じ様な事を考えているようだ。
「王都にアルムスってふざけた武器屋がいてね……」
「おい。」
本人が聞いたら泣くぞ?
「あの人ならその腕でも使えそうな武器を作ってくれそうな気はしたんだけど……」
なるほど。そっちか。アルムスさんなら……可能性はある。
「武器内包の義手か?専門外だろうけど、素材か資金があれば……確かに、可能性はありそうだな。」
「義手か……考えてもみなかったが……武器内包?」
「ああ、その武器屋、とんでも武器を作る事が趣味でな……逆に、武器じゃなければ興味がない。出来上がる武器も曲者揃いってレベルじゃないんだが……使いこなせればかなり使える。俺の武器もネージュの武器もその人の作だ。」
「なるほど……それがあれば、か。」
「いや、そもそも冒険者続ける気なのかい?」
「可能なら続けたい。と、いうか、私には他に出来るものがない。」
「戦場に立つくらいだったら兵士にでもなっとけばよかったのに……」
「今となってはそうかもな。だけど、腕を失くすことを考えて冒険者になる奴なんていないだろう?もともと軍には良いイメージがないしな。」
(それなら何で戦場に立ったよ?まあ、リーダーの意向もあるのか。)アデルは内心で突っ込み、そして自己完結する。
「まあ、今日はこれくらいにしときますか。明日中には王都に着きたいし、朝はかなり早く出るつもりです。」
「……採用はしてくれんのか?」
「もし本気で言ってるのなら、王都に戻った後、試験です。」
「…………そうか。」
この場で否定されるのが怖かったのか、ヒルダはそれ以上言葉を口にしなかった。
「さて、では4人部屋ベッドをどう配分するかなんですが……」
アンナが話を変える。
「そんなん、俺とネージュで一つ、それ以外で一つずつ。他に選択肢ないだろ。」
「そうですか……」
((このシスコンめ……))
2名ほど内心でそう呟いたところで、その夜はそこまでとなった。




