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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
62/373

戦果と評価と欲と裏

 オーレリア軍の夜襲をなんとか凌ぎきった後方陣地は一晩中、蜂の巣をつついた様な喧騒が続いた。

 戦闘に関しては、陣地で取れる範囲の中で『完全の迎撃態勢敷いて奇襲で迎え撃った』という、上部が聞けば意味不明な状況が出来あがったことにより、30分も待たずに完勝となった。

 ただし、完勝と言っても大局的な意味の完勝であり、それ相応の損害はでている。敵軍の沈黙を確認してすぐに救護活動が開始され、当然これにはロゼたち神官団先遣隊の他、アデルの許可が出たアンナもフル稼働で参加した。それでも十数名の死者、多数の負傷者を出し、限られたソースの中では負傷者全員の治療も出来ていない。死者こそ、比較的少ないとされたが、300の防衛部隊の内の、50人弱が戦闘不能状態となると、24時間体制の配備が求められる防衛陣地としてはその機能が大きく損なわれるのは避けられない。

 反面、最大の役割と言える、兵站の物資的な損失は軽微なものとされた。放たれた火矢の数が少なく、引火した物資も延焼が始まる前に消火されたためである。もちろん延焼が免れたことに対し、事前に可能な限りで移動できたことも大きい。

 そして、日付が変わって少ししたところに、次の騒ぎが陣地を見舞った。

『童女が複数の首を馬に下げて戻ってきた。』という情報が走り抜けたのだ。そしてその十数分後には『どうやらその中に大将首が含まれている。』という情報が追加され、夜を徹して活動していた兵員その他が騒然となったのである。

 突撃の失敗と目標地点から上がった火の手の弱さを確認し、失敗を悟りすぐに引き返したのか5名の騎士が北西へと走ろ去ろうとしたところを始末したとのことだ。当初は『成否確認の斥候と思った。』との事だが、もどったのち軍の者が確認をしたらかなりの大物だった様だ。なお、童女は首を引き渡した後、『もう眠いから戻って寝る。』といって姿をくらましたらしい。

 


 

 そして、日が明けて翌朝。陣の指揮所となる天幕の中に一人の冒険者が呼び出されいた。なんとなく渋い表情を浮かべているのが周囲の人間にもわかる。

 アデルである。

「む?君1人だけかね?」

 その天幕の上座に座る人間に声を掛けられた。兵站部隊責任者であるグラトン・グノー。グノー男爵家の嫡男、ローザの義兄である。

「すみません。俺と――妹2人で細々活動してる冒険者パーティでして……妹たちは昨晩一睡もできませんでしたので、今完全に寝込んでます。」

 アデルがそう答えると、グラトンは伝令に目配せをする。伝令が何か説明すると、納得したように頷いた。

「そうか。ご苦労だった。君は……隊には属して居らぬのか?」

「神官団先遣隊の護衛兼御者としてここに来ています。軍との直接の関係はありません。」

「そうであったか。君達の活躍は聞いた。随分と派手にやってくれたようだな?」

 ガストンは手元の用紙を見ながら言葉の割には笑顔で言う。

「いえ、精一杯自分たちと依頼主を守っただけです。」

 一方のアデルは緊張の面持ちというよりも、明らかに渋い顔で返答する。

「……ほう。敵部隊のいち早い察知、正確な初動。“何故”か警備部隊への指揮。神官団の避難――は、その依頼の内として……戦闘に於いても光源の確保や敵の足止め、救護活動。ひいては放火を狙う敵騎兵30騎に敵将2。軍属なら下級兵から一発で小隊長どころか中隊長相当になれそうな戦績なのだがね?」

「いや、それ3人の合算で俺一人でやったわけじゃないですし?」

「討った敵将の一人はオーレリア白国、コローナ侵攻戦にもかなり重要な役割を持っていたとされるヤルヴィ子爵だったそうだが?」

「オーレリアの事は一切わかりません……」

「そうか……」

 露骨に距離を取ろうとするアデルに少々辟易したか、ガストンはそこで言葉を飲み込みため息をつく。

「何か希望はあるかね?」

「いえ、別に。本当に依頼の延長線の様なものという認識ですので……」

 周囲が少しざわつくがその理由はアデルにはわからない。

「はぁ。欲がないと言うか……単純に軍に興味がないという事はよくわかった。ヤルヴィ子爵の首はどうするつもりかね?」

「価値があるようでしたら差し上げます。ああそうだ、希望ですが……その報奨金で純ミスリルの長剣は買えますか?」

「は?……まあ、そうだな。首の褒賞として下賜するなら丁度いいくらいだが。」

 どうやら、敵有名将軍の首から名誉を引くと純ミスリルソードと同等くらいの価値になるらしい。

「ではそれで。」

「そうか。わかった。手配しよう。ただここは前線だ。すぐにとは言えんが?」

「構いません。コローナ王都のブラーバ亭にガストン様のお名前で届けて頂ければ幸いです。」

「わかった。約束しよう。下がってよいぞ。」

「では失礼します。」

 アデルは恭しく頭を下げると天幕を出る。

「ヤルヴィ子爵の首がミスリルソード一本とは……笑いが止まらんわ。部外者は一切信用しておらんが……無知な冒険者というのは、存外使い様があるかもしれんな。」

 アデルが立ち去った後、ガストンは周囲の者達と顔を見合わせほくそ笑んだ。それを見た者たちが多数同調して笑う中、眉を寄せ、不快な顔をした者が2名いたことに気付いた者は、恐らくその表情を無意識に浮かべてしまった本人たちも含めて誰もいなかった。



 アデルが馬車に戻ると、アンナとロゼがキャリッジの幌の中で休んでいた。アデルの気配を察知したか、ネージュもガバっと起き出す。

「どうでした?」

 ロゼが心配そうに声を掛けると、アデルは少し肩を竦めて言う。

「喜べ。純ミスリルのソードが貰えるらしいぞ。」

「ほほう。」

 アデルの言葉にネージュがあくびをした後に興味を持った。

「あの……それなんですが……」

 ところが、少し言いにくそうにアンナが言葉を発する。

「ん?どうした?お前用のつもりだったんだが?」

「いえ、昨日の戦いを見てたら……私も槍を習いたいなと……」

「「ほほう。」」

 今度はネージュに続きアデルも興味を持つ。

「それならそれを素材に打ち直してもらおう。お揃いに出来ると良いが素材がきついか。まあ、戻ったらアルムスさんに相談しよう。」

「はい。」

 アデルが同意し、さらにお揃いの槍が良いと言うと、アンナは少し顔の表情をほころばせた。

「よう。聞いたぜ?」

 そこへ3騎の馬が到着した。確認するまでもなくラウル達だ。

「おや?どうした?お前らは最前線にいた筈じゃ?」

「兵站が夜襲を食らったとあっちゃ良くも悪くもじっとしてはいられないさ。被害状況の確認と補強を兼ねて一部が引き返して来たんだ。俺達はそれについて来ただけだが……随分とやらかしたらしいな。」

「やらかしたって……まあ、ある意味やらかしだわな……」

 ガストンと同じ言葉を受けアデルは少々後悔を覚えた。

「ただ残念なことに……」

「ん?」

「噂になっているのはネージュとアンナのようだぞ?幸い名前までは売れてないみたいだがな。」

「そうか……」

 懸念が徐々に膨れ上がる。

「敵の有力将校の首と、夜襲を覆す広範囲の光、敵工作隊の殲滅。特に救護所で火傷の治療を受けた奴らはアンナを女神だと崇めてたぞ。」

「「うわぁ……」」

 ラウルの情報にアデルとネージュが辟易とした声を上げた。当のアンナはただひたすら困惑するのみだ。

「まあ、敵とぶつかった隊を中心にあんたの噂もちらほら聞くけどな。他の2つが派手すぎたな。」

「まあ、そうなるか……少し反省だな。」

「本来なら反省どころか誇るべきなんだがな?」

「……そうだな。ラウル、ちょっとこっち来てくれ。」

「む?」

 アデルはネージュに目配せをした後にラウルにそう声を掛けると、馬車から少し離れた位置へとラウルを促した。

「俺だけか?」

「今回はそう頼む。」

「……わかった。」

 アデルの表情からして、パーティリーダー同士の何かがあるのだと察し、他の者は言われたとおりその場を動かなかった。

 少し離れた所で、アデルはラウルに1枚の大きめの紙を手渡す。サイズとしてはB4くらいだろうか。

「どこまで信じるかはお前次第だが……これを持って行ってくれ。好きに使ってくれて構わんが出所だけは絶対に伏せる様に。」

「ん?これは?…………おい、何だこれ?いいのかこんなもの?」

 なんだこれ?とは言いつつも、これが何であるかは一目で理解したようだ。

 今回もネージュが作成したノール城下、及び周辺の布陣、配置図だ。

「どうやってこんなもの……」

「うちの斥候が優秀でな。それ以上はノーコメントだ。」

「……もしかしたらと言っていたが……」

「もしかしたら?」

「ネージュは本当に竜人なのか?」

「……誰がそんなことを?」

「ブランシュだ。角の位置が鬼子とは違うと。」

「色々博識だな……あの子、ほんとにただの村娘か?」

「……何とも言えん。本人が何も言わないからな。」

「そうか……まあ、否定はしないでおく。どう使うかはお前が決めてくれ。」

「……いいのか?これこそ、これがあればコソコソ魔石集めなんてする必要なくなるんじゃないか?」

「……“青き竜騎兵”って知ってるか?」

「ん?知ってるも何も――」

「知ってるも何も?」

「俺達は彼らに憧れて冒険者になったんだ。うちの領地も随分と世話になった。その頃はまだ彼らも今ほど有名じゃなかったけどな。俺らに“守る為の戦い”を教えてくれたのが彼等だ。」

 ディアスとラウルにも意外な接点があったらしい。

「そうだったのか……そのパーティに亜人がいたのは知ってるか?」

「知っている。」

「その亜人の種族は?」

「……知っている。」

「そうか……彼らが引退した理由だけどな……」

 そこで、アデルはディアスとマリーネの、彼らのパーティの活躍とそれに伴う弊害を、そして彼のパーティが最後にアデルに言った言葉教えた。

「そうか……そうだったのか。」

 憧れだったパーティの早すぎる解散・引退の事情。それを知ったラウルは複雑な、否、それを通り越して泣きそうな表情にまでなっている。アデル達とは比にならない程本当に憧れていたのだろう。

「“守る為の戦い”を繰り広げた結果、一番守りたかったものを亡くした。ルベルさんとソフィーさんはともかく、俺が初めてあった時はディアスさんは完全に抜け殻状態だったからな……この所大分マシになってきたようだが。」

「それで魔石集めか?」

「いや、魔石は貯蓄――保険に近いか。魔具ギルドの後見を貰う以外でもっと良さそうな案件を模索しつつ、いよいよになったら魔石供出ってところか。」

「アンナはそれでいいのか?」

「……どうだろうな。冒険者にしろ町勤めにしろ、少なくとも独り立ち出来るようには育てるつもりだが。まあ、なんとかなるだろう。」

「そうか。」

「どちらにしろ軍に入るつもりはないよ。集団生活じゃ種族は隠しきれないし、バレたらバレたで首輪をつけられて斥候をやらされるだけだろうしな。その内交易でも覚えるつもりさ。」

「そうか……それならこれは有難く使わせてもらおう。出所に関しては明かさない事は約束する。」

「おう。うまく使ってくれ。ローザに――どちらかというとミシェルさんか。にドヤ顔されるのも癪だしな。」

「ミシェル?」

「緋色の花だっけ?赤い聖騎士パーティのお付の騎士だ。以前会った事があってな。役に立たないクズだかゴミだか言われたわ。」

 元々嫌われていたようだが、例の白い長剣を“吸収”してからより露骨になった側近騎士の言葉を思い出す。

「……本当に貰っちまっていいのか?鼻を明かすどころじゃない価値があると思うが。」

「一時鼻を明かして清々しても、そのあと首輪を付けられたら堪らんよ。役に立ったら後日何か別の物で返してくれ。」

「わかった。」

 ラウルはそう言い、懐に地図をしまった。

「俺が二つも借りを作ったのは初めてだぜ……後が怖いし、完済するまで死ねないな。」

「まあ、利子は相場付近に設定しておくさ。」

「“時価”ほど怖い物はないんだぜ?」

「……知ってる。」

 最後はお互いに笑って右腕をぶつけ合う。アデルとラウル、出自も目標も全く違う2人の同期の“冒険者”の道が大きく分かれようとしている。それが再度交差する時が、コローナの、テラリア大陸西部の歴史の大きな転換点になろうとは誰一人知る由もない。


評価やBM有難うございます。

年明けとともに次章にいける様に!

そんな年の瀬。ケーキ美味しい。

追記:敵将の所属をオーレリア黒国からオーレリア白国に訂正しました。攻めてきたのはオーレリア白国です。

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