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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
61/373

夜襲を奇襲

 アデルが陣地西側に到着すると、そこには即応の防御陣が出来上がっていた。

 アデルの指示か指揮官の指示か、長槍兵80人が正面に構え、その後方に30人くらいの弓兵が控えている。そして陣に一騎だけ騎士が控えていた。恐らく指揮官だろう。

「そろそろ見えますか?」

 アデルがその騎士の背後から声を掛ける。

「この闇の中でか?見える訳ないだろう。」

 その騎士は険しい表情でアデルを一瞥した。安そうな馬、場違いなレザーアーマー、それでいて妙に高価そうなミスリルの兜。

「君が例の冒険者か。」

「例の?」

「敵の襲来をいち早く察知したのは冒険者だと聞いている。暗視の兜を持っているそうだが……」

「ああ、その例だと確かに俺になりますね。敵の察知は俺じゃなくて、うちの斥候なんですが。」

 アデルが兜を外す。闇の向こうで何かがチラチラと光っている気がする。しかしそれが敵軍が持つ松明であるとは言われなければわからないだろう。まだ距離は相当有りそうだ。

 兜を外したアデルに騎士が声を掛けてくる。

「思いの外若いな。最初の指示は君がしたものだと聞いたのだが。」

「最初の指示?」

「長槍兵の招集と物資の避難だ。」

「なるほど。まあ、騎兵が接近してくるって聞きましたので。定石を述べたまでですよ。敵の数的に、強奪よりも焼却を狙ったものだろうというのは勝手な予想でしたが。」

「この距離での奇襲の察知と、正確な数の把握は十分驚くに値するんだがな。他に何か意見はあるかね?」

 この言葉をアデルは意外に思った。正騎士、規模的に中隊長だろうか?が、年少の冒険者であるアデルに意見を求めたのだ。

「そうですね……アンナ。光は用意できるか?ってもすぐに発動しなくていいぞ?」

「光ですか?ある程度は?」

「目いっぱい広げると範囲はどれくらいだ?」

「そうですね……」

 そこでアンナはボソボソと何かを言う。恐らく精霊語なのだろう。

「事前に召喚して具現化すれば半径で50メートルくらい、指向性を持たせれば100メートルくらいはいけるそうです。」

「すげーなそれ。今まで初級魔術師の“灯明ライティング”しか見た事ないからかもしれんが。」

「いや、半径30メートルでもかなりだと思うぞ……」

 アデルの呟きに騎士が答えた。

「そうなると、こっちの状況をあっちに教える必要はなさそうですね。こちらの松明を少し減らしましょう。こちらが長槍ですでに待ち構えているとは思ってもないでしょうし。」

「そうだな……」

 騎士がにやりと笑う。どうやら話ができる騎士の様だ。

「合図から発動までのタイムラグは?」

「10秒ほど。ですが、先に召喚しておいて合図を教えておけばもっと短くなるかと。」

「わかった。迫ってきたら2段階で合図を出そう。弓隊の攻撃開始の合図は騎士様にお任せします。灯りは弓の最初の斉射の後でいいかと。」

「わかった。そちらの合図は君に任せよう。」

「わかりました。では『光』とだけ短く叫びます。目が眩まないように気を付けてもらってください。」

「わかった。」

 騎士はその手はずを伝令申し付けた。

 あとは時を待つのみだ。




「弓兵構え!まだ撃つなよ。合図するまで引き付けろ!」

「アンナ、召喚だ。」

 敵兵が持つ松明の灯りが300メートル付近に迫った所で騎士とアデルがそれぞれの合図を出した。大量の蹄鉄が地面を蹴る音が徐々にはっきりしてくる中、弓の弦が引かれる。そしてアデルの、実際にはアンナの周囲が一瞬白く光ると、そこには透明の羽根を持つ大型の妖精、おそらく光の精霊なのだろうが姿を現す。

 その幻想的な光景に、アデルと騎士、それに周辺の数名が一瞬見とれてしまった。精霊は何となくアンナに似ている気がする。とアデルは思った。精霊も状況を聞かされているのか、光ったのはほんの一瞬だ。すぐに光を潜ませ、周囲はもとの明るさに戻る。

「放て!」

 距離が100mに差し掛かった所で騎士が合図を出すと、弓隊は45度~50度と射角を強めにつけて矢を斉射する。揺れる灯りを参考に馬の速度を見極め、矢の着弾点を調整し放つ。暗闇に撃つので命中率は大したことはないだろう。それでも、闇の中、先頭の付近の数体を転倒させることができればそれなりの効果が見込める。

 数秒のタイムラグを置いて矢が降り注いだのか、先頭から少し奥に行ったところの松明が次々と大きく動いた。数体は転倒したであろうことが光の動きでわかる。

「光ィィィィ!」

 アデルが叫ぶ。その後1秒、精霊から正面に向けて、つまりは迫りくる敵騎兵に向けて強烈な光が襲いかかる。これが、矢の斉射との相乗効果で結果として多数の敵騎兵を転倒させることになった。

 連絡の通り、アデルの叫びと共に目を閉じ、そして細く開き光の調整がうまくできたコローナ兵の目の前に体勢を崩した敵騎兵たちが姿を見せる。

「弓兵、乙矢(2の矢)放て!」

 完全に虚をつく夜襲の筈だったのに自分たちが虚を突かれてしまった形となった敵騎兵は一瞬怯んだ物の、その勢いを殺せる訳もなくそのまま突っ込んでくる。そこに数はさほど多くないとはいえ、弓隊の2回目の斉射の矢が降り注ぐと更に数騎が転倒する。混乱が激しいのか、そのまま馬に踏まれ、蹴られる敵兵もいたようだ。

「槍隊、構えろ!一騎も通すな!弓兵は撃ちまくれ!

 正面部隊の数は80人程度と、数的には不利な物の、対騎馬に備えての長槍で固めている。さらに、敵騎兵に向けて真直ぐに光が伸び、全体とまではいかないが、敵の中心部の姿を浮かび上がらせている。コローナ兵は雄叫びと共に突撃を開始する。

「後続は見えるか?」

 騎士がアデルに問う。アデルの情報は元々はネージュが空からもたらした情報であるため、いくら暗視があると言えど、正面の敵の背後の情報は空に上がれないアデルでは確認のしようがない。

「分かりません。ただ後方の敵の一部が、こちらの正面を迂回しますね……20~30位かな?向かって左へと進路を変えました。」

「む。」

 夜襲の失敗を悟ったか敵騎馬隊の一部がこちらの長槍部隊との正面衝突をさけ、迂回する様に向かって左に進路を変えた。光を追う迄もなく、兜の能力でそれをいち早く察知したアデルが騎士に伝える。

「弓を……持ってる?火矢でも放つ気かな?正面部隊は元々陽動なのかも?」

 おそらく弓騎兵の部隊なのだろう、ある程度は退避させているとはいえ、急襲にすべて対処しきれるわけではない。移動しきれなかった物資を狙うつもりのようだ。尤も、あちらが、こちらの物資の一部が既に陣地奥へ避難してある事は知る由もないのだが。だが、何かおかしくないか?アデルは不意に何か違和を感じたが、それが何かはわからずまずは次の行動に移る。

「アンナ、精霊は独立して動けるのか?」

「できません。私からそれほど離れられない様です。」

「この光はどれくらい持つ?」

「四半刻くらいは持つかと。」

 この世界の四半刻は日本の江戸時代とは違い15分のことだ。単純に、1時間の4分の1である。

「大丈夫ですか?」

 おそらく話を聞いていたであろう騎士に確認をする。

「無論だ。こちらとしてはこの光がサービスみたいなものだしな。」

「わかりました。こちらはお任せします。アンナ、いくぞ。」

「え?はい?」

 アデルはアンナに一方的に告げると、プルルの右腹を蹴ってプルルを駆けださせる。しかし、残念なことにプルルには暗視能力がない。

「そりゃこうなるか。」 

 平原故足元の障害物はないが、走る目標が少し離れた所にある揺れる灯りのみである。さらに、中間にはプルルでは飛び越えるのが少々困難な高さの柵まで設置されている。それで昼間の様に走れと言っても無理だろう。仕方なく、通常の半分程度の速度で進ませる。これでは普通にアデルが走ったほうが少々早いのだが、維持できる体力、そして最終段階の一気に詰め寄る際の加速力は段違いである。アデルは今のうちにアンナに依頼し、疲労回復の魔法をアデルとプルルに掛けてもらう。

 アデルは柵の隙間から陣地の外に出た。進路を変えた敵を追跡する形になるので、アデルは難なく敵騎馬隊の後方に付くことが出来た。

「どこを狙う気なんだ?」

 そう思いながらも、アデルは手綱を緩めない。速歩でプルルを走らせる。

「あと魔法はどれくらい使えそうだ?」

「精霊を具現化させたので魔力はほとんど残っていません。」

「精霊はあとどれくらいそうしていられるんだ?」

「あと三分の一くらいかと。」

「と、なると今までの時間の半分くらいか。攻撃魔法は?」

「ありません。あったら習ってます……」

「なるほど……」

 恐らくは光の精の中でも回復特化型の精霊なのだろう。そうであれば今のアンナが扱える魔法の種類も理解できる。

 アデルは少し速度を落とし、作戦を考える。相手はすぐに使えるようにするためか左手に弓を握っている。弓の大きさから考えるとそれほどの距離は飛ばせないだろう。敵兵はまだこちらに気付いていけない。一気に接近し乱戦の持ち込めれば短い時間だが一方的に行動できそうだ。問題は接近だ。相手も20騎分の蹄の音を響かせているとはいえ、別の方向から馬の走る音が聞こえれば気づくこともあるだろう。

“不可視”の魔法を受けても、音は消せないのは判明している。

「アンナ、不可視じゃなくて、消音はできるのか?」

「ごめんなさい。その辺は多分、風の精霊の領分だと……」

 音とは空気の振動だ。確かに風属性というのが妥当なところだろう。

 と、なると気付かれたら光による目くらまし一回が現実的か。そうアデルが思ったところで、不意に不自然な風に襲われる。

 上から叩きつける風だ。アデルは何度となくこの風を浴びている。そして、己の進路を示す様にその風がアデルの前方へと移動する。

「上から俺らの動きを見ていたか、或いは見つけたか……」

 アデルはニヤリとする。そして作戦が決まる。

「アンナ。自分に“不可視”の魔法をかけて、空に上がってこっちを見失わない程度に距離を置いて待機だ。相手は弓兵だが、光を出さなければ狙い撃ちにされることはないだろう。」

「その後は?」

「状況を見て動いてくれ。一気に畳めそうならそれでよし。もし包囲を固められてやばそうだったら、合図とともに目くらましの一発を頼む。」

「わかりました。」

 自分の役割をしっかりと意識したか、アンナはすぐに行動に移る。アデルの背中にいるのでアデルからは確認はできないが、数秒後には背中からアンナの感触が消え、ふわっとした風が後ろ上方から吹き付ける。

「行くぞ。」

 アデルは灯り目指してプルルを駆けださせる。敵は右前方100メートル。そこで不意に敵部隊が移動を止めた。手綱を離すと、松明を持つ者数騎の所に集まりだす。どうやら火矢を用意する様だ。敵兵が狙うのはつい先ほどまで保存食が入った木箱が置かれていた場所だ。当座の分は本隊の輸送隊が持って行ったとは言え、三千余の兵員の兵站だ。この短時間に移動させられるものではない。そちらを見ると、かがり火の中、数十名の兵士が馬車に乗せ、或いは木箱をそのまま押して移動させようとしているのがわかる。

 敵騎馬隊が準備出来た者から次々に火矢を弓に番えたところで……

「火矢が来るぞ!馬車はすぐに出せ!楯があるやつは構えろ!」

 アデルが全力で叫ぶ。敵味方の全員が一斉にアデルの方を向くと、アデルは敵騎馬兵に単騎で突撃を仕掛ける。――実際は“単騎”ではないのだが。

 アデルの声に反応したか、積み込み途中であった馬車も慌ててその場を離れる。警備兵たちが大楯を構えたところで、敵騎兵の中心付近で血の旋風が巻き起こった。

「なっ!?」

 悲鳴らしい悲鳴すら上げることなく、数名の騎士の首から鮮血が迸り、その次の瞬間には数頭の馬が膝から崩れ落ちた。

「なんだ?何が起きた!?」

 敵騎馬隊が状況の確認をし出したころにはすでにアデルがあと数秒と言ったところまでで接近している。

「火矢を優先しろ!用意できている者は敵陣地に放て!」

 咄嗟の判断だったが、騎士の判断としては正しかった。数本の火矢が陣地の柵と、警備兵の楯を超えて木箱に着弾し、引火させる。これにより――彼らの無駄死にだけは避けられた。

 火矢を用意し、放った時点で誰一人近接戦の装備を手に取っておらず、最初の旋風で半分近くの戦力がそがれた状況では、暗視完備、準備万端のアデルとネージュのコンビに抗うすべはなかった。

 アデルの接敵からものの数秒で30騎いた騎兵は全滅していた。

「ネージュ、どこかに夜襲の成否を報告する伝令がいる筈だ。見つけて始末しろ!こっちは心配するな。」

「りょ。」

 その瞬間、幸か不幸か。間違いなく不幸であっただろう。落馬した騎兵たちは最初の血の旋風の正体を見た。

「少々申し訳ないのだが。」

 ゆらりと振り返るアデルの不穏な空気を感じたか、落馬した騎兵のうち数名が慌てて両手を上げる。

「あ、俺、軍人じゃないから。それに放火ってどこの国でも重罪だよな?まあ、結論としては――口封じって大切だよね。」

 アデルが野戦時用に伸ばした槍を握りなおす。ほどなくして敵騎兵の兜の奥から悲鳴と呪詛が響く。しかし、消火に必死なコローナ軍にそれが届くことはなかった。


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