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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
60/373

最前線と支援部隊

 アデル達が前線陣地に到着した翌日。大規模な行軍が開始された。

 昨日の時点で既に大まかな予定は決まっており、ガストン隊の補給物資の到着を確認されればすぐにでも動くつもりであったらしい。

 その話をアデルは司祭とラウルから別々に聞いていた。

 神官団はガストン隊と共にこの陣地に残るとのことで、アデル達もそれに倣う事にする。

 ラウルたちは当然の如く、前線部隊と共に出撃するとの事だ。前線部隊が約3000人、陣地にはガストン隊500の内の300が残って陣地と物資を守るということになった様だ。残りの200は伝令や遊撃、緊急時の補給人員として別の役割を当てられた。

「ここからはほとんど平原だからな……双方、下手な動きをすればすぐに察知される。まあ、滅多なことはないだろうが戦場だしな。せいぜい油断しないでおけよ。」

 ラウルはアデル達にそう言うと馬に乗り込む。

 ラウルとしては、ここにアデル達がいるいならと、ブランシュにアデルやネージュと一緒に留まるように促したのだが、当のブランシュが強く拒否した。ブランシュは言い出したら聞かないからと他の3人はすぐに諦めると乱戦地帯には出ないという条件で同行を認めた。昨日の巻き込み説教の件と言い、ラウルが尻に敷かれつつあるのか、ブランシュが思いの外我が強いのか、アデル達には量りかねるが外野からどうこう言っても仕方ないのでそれを尊重する。

 各部隊、簡素な朝食の後に愈々最初の決戦となるノール城奪還に向かっていく。後方から眺めるだけなら3000人超の行軍はなかなかの見ものだ。騎兵が1000程。あと1500が歩兵、更に500が荷馬を扱う輸送隊。その行軍速度はまちまちで、ほどなくしてかなり長めの隊列になる。

「あれ、上から見たら隙だらけなんだろうなぁ。」

 ふとアデルが呟くと、ネージュとアンナが、『ちょっと上から見てみたい』などと言い出したが、流石に止めた。妹sの飛行能力は攻め時にしろ逃げ時にしろ奥の手だ。無駄に見せる手札ではない。

「攻めるなら、側面に騎兵かね?」

「これだけ見晴らしがいいと、余程の間抜けじゃなきゃ接近を許さないと思うけど……」

「そうなると……野戦があるとしたら正面衝突か。まあ、あいつらなら大丈夫だとは思うけどな。」

「うちは乱戦専門だからねぇ……」

 アデルとネージュはまるで他人事のように前線部隊を見送った。




 前線部隊が去った後は後方部隊のお仕事時間である。神官団は昨日のうちに治療できなかった者たちを再度状態別に分け治療を始める。彼らの治療のお陰で完治した者は、即時部隊復帰する者と、一度離脱ししっかりとした治療を受けるため、一度フォルジェへ下がる者と半々だった。肉体的な外傷は神聖魔法で回復したとしても、精神的なものはそう簡単には癒えないようだ。国軍の新兵を中心に、離脱者が多いようだ。

 アデルとアンナは馬の世話をしつつ、ロゼを始め、休憩に訪れる神官に軽食やら飲み物、さらには疲労回復の魔法を振舞う。話を聞くと、ロゼも昨日よりは魔力配分の勝手が分かってきたようで、適切に休憩をとりながら活動しており、昨日のように寝込むような心配はなさそうだ。

 それでも治療を待つ者はかなりの数に上り、全員忙しそうにしている。彼らの応対がうまいのか、今のところ大きな混乱は起きていない。順番待ちに関して、割り込みやら喧嘩やらのトラブルもない。


 つつがなくその日の活動が終わると、神官団は全員馬車に戻ってくる。大型テントには彼ら用のスペースも確保されているが、命に係わる怪我ではないとはいえ、自分たちの治療が追いつかない怪我人のすぐ横でゆっくり休むことは憚れるようで、なんだかんだと馬車が彼らの休憩所となっていた。

「明日の昼前には大きな野戦があるでしょう。そうなれば運び込まれてくる者も少なくない筈。明日の午後からはこちらも更に忙しくなるでしょう。」

 司祭がそう言う。どうやら司祭は今後の作戦予定を聞かされているようだ。その言葉を聞いた神官たちは不平不満を漏らすこともなく、力強く頷いて返した。


 夜が更け、神官たちが自分たちのテントへと戻ると、アデル達のテントの中からネージュが姿を現す。ネージュは昼過ぎから夕暮れまでテントで仮眠をし、暗くなった頃を見計らってノール城の偵察へと向かうのだ。

 幌の中でアンナに“不可視インヴィジュアブル”の魔法を掛けてもらうと、強烈なダウンウォッシュだけを残して北へと向かう。戻るのは日付が過ぎてからになるだろう。

 部隊の大半が出払ったとは言え、今朝まで大軍が待機していた陣地だ。広範囲に柵が巡らせてあり、各所に見張りと物見櫓が立っている。少し休んでも罰は当たるまい。そう思いアデルはテントではなく、馬車の幌の中で仮眠をとることにした。しかし、その仮眠は予想外に早い段階でキャンセルを余儀なくされる。



「お兄!緊急事態。敵軍がこっちに向かってきてる。」

「何っ!?」

 予想外に早く到着したネージュの言葉は正に予想外の話であった。

「方角と数は?」

「騎馬百数十ってところ?方角はあっち。」

「増援?いや、こちらの動きを察知して本隊を迂回したのか?とにかく分かった。俺は物見櫓に行ってくる。お前らは馬車をすぐ動かせるようにしておいてくれ。」

「りょ。」

 ネージュの話を聞いてアデルはすぐ行動を始める。暗視の兜をかぶり、魔法を発動させるとまずはネージュが示した方角を担当する物見櫓へと走る。

「なんだ!?どうした?」

「敵が来てるかもしれん!」

 櫓の下には2名の兵士がいたが、アデルは一言だけ告げ、兵士が静止の構えに入る前に槍を潜り抜け櫓の梯を一気に登った。

「おい!?」

 見張りの見張りと言えばそこはまだ実戦不慣れな新兵だ。力づくで止めようという発想がすぐに出てこなかったようで、アデルはものの数秒で櫓の上に到着する。

「何だお前は?」

 物見の兵士2人が予定外の来訪者に疑問を投げかけるが、アデルは同じ対応をする。

「敵が来ているかもしれん。まあ、ぶっちゃけるとあっちから実際来てるんらしいんだがな……」

「なんだと!?」

 アデルは暗視状態でネージュの示した方角を確認するが……その気配はないように見える。

「見えんな……見間違えってことはないと思うが……」

「見えるわけないだろう?」

 アデルの独り言に兵士が声を掛けてくる。

「ああ、この兜暗視魔法が付与されてるから。」

「何!?」

 アデルは兜を脱ぎ、驚く兵士に貸してやる。

「お?おおおっ!?」

 何気なく手渡された兜を流れで被ってみると物見が感嘆の声を上げる。そして――

 望遠鏡を覗くと、何かを捉えたようだ。

「……マジか……来てるぞ。あれは何だ?」

「見えるのか?俺は騎馬百数十って聞いている。」

「何処の情報か知らんが……そんな感じだな。おい。鐘を鳴らせ。西北西から敵、推定騎馬百数十!」

 暗視の兜をかぶった兵士がそう告げると、もう一人が鐘を鳴らし始める。見張りに立つ者はやはりそれなりの経験と訓練を積んでいるのだろう。下の新兵とは動きが違う。

 カンカンカン、カンカンカン――

 短くも甲高い音が周囲に響きわたる。夜襲は全く想定していなかったのか、周囲が騒然としだす。

「悪いが返してもらうぞ。俺も自分の仕事があるからな。」

「仕事?お前さんは……神官の所の冒険者か。」

「おう、店から失敗は許されんて言われてるからな。奴らは……松明か何か持ってるのか?」

「そんな感じだ。」

「数的に……狙いは物資だろうな。火を投げ込まれては面倒だ。その辺も注意していてくれ。」

「あんたは?」

「馬車を移動して……神官団に知らせる。騎兵相手じゃ、逃げるのもままならんだろうなぁ。」

「数はこっちの方が勝っている。逃げる必要は――」

「ってことは、やっぱり物資を燃やすのが目的かね?奪うつもりならもっと人数を寄越すだろうし。すぐに対処を。」

 兜を取り上げるとアデルはその兵よりも先に梯子を滑る様に降りる。

 物見櫓を降りると警報の出所だけあってそこはもう騒然としていた。そして、櫓を真っ先に降りて来たアデルに兵士が何事かと詰め寄ってきた。

「相手は騎馬百数十。狙いはおそらく物資の焼却でしょう。物資や馬を陣の中央東側へ、特に燃えやすい物はなるべく防御柵より後ろへ下げる様に。距離はまだある。馬防柵は……無理か。長槍兵を西方面へ、数は優勢だから正面を防ぎつつ、側面を囲むかつつくかすれば引くと思うが……とにかく火矢には気を付けて。先ずは指揮所に連絡か。その辺は軍に任せます。」

 おかしな話ではあるが、アデルの言葉を受けて兵士達が一気に動き出す。なんだかんだとガストン隊は初の実戦である。急襲を知らせる鐘にパニックに陥りかけていたところに、落ち着いていて、且つ、自分たちでも少し冷静に考えれば納得出来る指示に反応したのだ。

 軽装備の伝令らしい者が指揮所へと向かい、他の兵も槍だ物資だあれやこれやとアデルの指示が広がっていく。

「あんた……冒険者だよな?」

「おう。だからここから先は神官団優先に動かせてもらうぜ?」

「あ、ああ。」

 アデルの落ち着いた行動に、ようやく降りてきた物見兵は曖昧な返事をするのみだった。


 アデルの方も暢気にはしていられない。先ずは馬車をより安全な場所へ移動させるべく行動を開始する。アンナにも馬車を動かせるようになってもらった方が良いかな?などと思うものの、今どうにかなる訳でないので頭を切り替える。

 馬車ではすでにネージュとアンナがそれぞれの準備を終えていた。

 アデル達のテントは既に畳まれ、馬車の中に投げ込まれている。先だってのオーガ戦の教訓だろう、ネージュが速やかに対応したようだ。

「アンナはネージュに再度“不可視”の魔法を掛けたら、プルルを引いて馬車の後ろについてこさせてくれ。ネージュは……味方に見つからん程度に好きにしろ。」

 アデルの言葉に、ネージュは不敵に笑うと頷く。それを見てアンナが“不可視”の魔法を掛けるとその姿が闇に溶けた。

「街に戻ったら、昼用と夜用の上着を見繕うか……」

 アデルは闇に向ってそう呟くと、既に動き出すばかりとなっていた馬車の御者台に座り、馬車の移動を開始した。


「アデルさん!」

 アデルが馬車を動かしているのを見つけ、ロゼと、例の修道僧モンクが声を掛けてくる。

「ネージュちゃんは?」

「別行動。あいつにはあいつの本来の業務を任せた。」

「本来の業務?」

 アデルの言葉に疑問を投げかけたのはモンクだ。

「あれ、まだ聞いてませんか?アイツのクラスは《暗殺者アサシン:21》なんですが……

「なぬ!?」

「暗殺ってもしかして……」

「特に指示は出さなかったけど、隙があれば何かしらを狙うでしょう。」

 そうこうしている間に、だんだんと地鳴りのような音が迫ってきていた。敵の騎馬兵だ。暗視付与の兜をしているアデルにはそれらが巻き上げる土煙がうっすらと見えてくる。

「数ではこちらが勝っています。すぐにどうこうはないと思いますが、ヤバいと思ったら早めに全員馬車に集めてフォルジェを目指してください。馬車を扱える人はいますか?」

「ポールのやつが使えたはずだが……お前さんらは?」

「時間稼ぎをします。愈々になったら俺らも逃げますから。愈々になったらか……そうだな。アンナ、ついて来い。“伝令”を頼むことになるかもしれん。」

「わかりました。」

 アデルはそう言いながらプルルに騎乗すると、上からアンナを引っ張り上げ、後に乗せる。

「馬車は任せます。敵の狙いはおそらく物資でしょうから……燃えやすい物は余り持ち込まない方がいいかもしれません。」

「わかった。」

「私は?」

「ロゼは……救護所に現状の連絡を。あと、そのポールさんとやらを馬車――ここへ呼んできてほしい。あとは司祭の指示に従ってくれ。」

「わかりました……」

 馬上のアデルとアンナを見上げ、少々不満そうに眉を寄せるが、自分にできる事、しなくてはいけない事を理解しそれに従う。

「お願いします。」

 アデルはモンクにそう告げると、プルルを反転させ、西へと向かった。




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