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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
6/373

村の勇者

「おかえりなさい。“勇者”様。」

 見張りの青年の言葉にアデルは目を丸くしていた。ネージュは“勇者”という言葉を理解できなかったものの、周囲の微妙な雰囲気を感じたかきょとんとしている。

「ただ今戻りました。僕は一度村長のところまで荷物を届け、彼らの紹介をしてきます。」

「わかりました。よろしくお願いします。」

 一瞬だけ固まっていたものの、ヴェーラはすぐに言葉をつなぎ、見張りの視線をプルルの背の荷物とアデルに誘導する。ネージュは恐らく馬番と思ったのであろう、一瞥しただけで特にこれと言った反応は示さなかった。

「先に村長のところへ行ってくる。ヴェルノは先に家に戻って冒険者2人と馬が客としてやってくると母さんに伝えておいてくれ。明日の相談もあるし、エスターとフォーリもあとで合流してくれ。」

 ヴェーラの言葉にヴェルノたちは了解の意を伝えそれぞれの自宅へと戻っていく。

「アデル達はこのまま村長宅まで来てくれ。そこで荷物を下ろして紹介させてもらう。」

「あいよ。」

 少々というか、かなり気になる単語を耳にしたが場を察してか口にはせず、短く了解の言葉を返す。

 そのままプルルを引いて村の中央付近の他より若干大きい家へと向かった。


「ヴェーラよご苦労だった。荷物はそこに降ろしておいてくれ。後で倉へ運ばせる。」

 村長宅前にて、見張りに到着を告げると、中から初老と呼ぶにはまだ少し早いくらいの小柄な男性が現れてヴェーラにそう声を掛けた。

(村長宅前に見張りなんかいるんだ……)

 アデルは口には出さずそう思うと、荷物を下ろすのを手伝う。

「こちらが今回の冒険者の方か?」

「はい。アデルさんと……妹のネージュさんです。荷物が多かったため、妹さんは馬番としてついてきてくれました。」

「そうか。それはご苦労だった。して、討伐にはすぐに動いてもらえるのか?」

 村長がアデルを見上げる。アデルの身長は180cm付近でこの世界平均より若干高めになる。

「奴らの塒は分かっているのですか?」

「いいや。この近くにある筈ということしかわかっておらぬ。」

「……ではその探索からになりますね。日没後の探索は不利になりますので、今日のうちに被害の現場と状況を調査して明日の早朝から探索をしようかと思いますが?」

「確かに。奴らは暗くても人より物が見えると聞く。出来るだけ速やかに当たってくれ。ただ、もし先にあちらから現れた場合には手を貸してくれ。」

「それは勿論です。」

「一人……二人だけで向かうのかね?」

「え?」

「僕たちが一緒に向かいます。冒険者の店のマスターの計らいで、僕らも冒険者として認めてもらいました。もちろん試験には全員合格してきています。」

 村長の問いにヴェーラが答える。

「そうか…………ふむ。」

 村長は一瞬驚いた表情を見せるが、納得したのか大きく頷く。その口元が微妙に吊り上がったのに気付けたのは――下から村長を見上げる形になっていたネージュだけだった。

「では早速ことに当たってくれ。被害は……ヴェーラが分かっているな?」

「はい。では早速向かいます。」

「うむ。頼んだぞ。」

 そう告げるとヴェーラは目と手でアデル達を促し、村長宅から離れる。


「3000も積めばもう少しまともなのが来ると思ったのに……足元見やがって……だが……」

 村長の漏らした言葉を聞いた者はいなかった。



(さて、どうしたものかね。特に“勇者”の下りが非常に気になるんだが……本人に聞いてもダメそうだよなぁ。)

 アデルは討伐とは全く関係ない筈のことを考えながらぼんやりとヴェーラについて行く。プルルはネージュがきっちりと手綱を引いて連れてきてくれている。

(お喋りそうなのは……あの妹あたりか。それとなく聞き出してみようかな。村自体は……うちの村より雰囲気はいい感じだな。税率の違いか、それとも規模が大きい分一人当たりの負担が軽いのか……)

 アデルが周囲を見回しながら無言で考えを巡らせていると、すぐにヴェーラの自宅に到着した。

 すでに話がついていたらしく、彼らの母親と思しき女性がネージュに馬留の場所を伝える。

(そう言えば、馬がえらく少ないな。都市部まで近いからか?それでも村の規模からすればもう少し馬がいてもいい気がするが。)

 ぼんやりと考え事をしている中、アデルは自分の名前を呼ばれたことに気付きとっさに意識を戻す。名を呼んだのはヴェーラの母だ。

「何か気になる事でも?」

「いえ、村の大きさの割には少々馬が少ない気がしまして……」

「なるほど。この辺りでは元々馬は種類にかかわらず高価だったのですが、ここ半年ほどで値段が高騰しているらしくて。

 この村にも少し前に買い付けが訪ねてきまして、今までの倍近い値段で引き取るという話に、多くの家が最低限の数を残し売ってしまったようです。うちには元々1頭しかいないので売るわけには行きませんでしたが。」

「なるほど。そんなことが……」

(村が潤っているように見えるのはそのせいか?馬が相場の倍で売れたならこの辺りでなら一財産だろう。だが、推定ゴブリンの被害が出始めているというにはいささか暢気すぎるんじゃないか?)

 心の中でのみそう呟く。

「それではアデルさん。うちの子たちをどうぞよろしくお願いします。」

 そう言って母親は深めに頭を下げた。どうやら、アデルはヴェーラたちの先輩であると紹介されたようだった。

「こちらこそ。しばらく御厄介になります。」

 滞在中1部屋貸してもらえるということなのでアデルの方も頭を下げる。

「よし。それじゃあエスターたちが戻り次第調査に向かおう。詳しい予定はその後で。」

 ほんの少し遅れてやってきたエスターとフォーリが合流すると、一行はまず直近の……村の敷地内で初めて略奪事件が起きた養鶏の現場へと向かった。


「お?こちらが冒険者さんかい?よろしく頼むよ。」

 ヴェーラに連れられてきた、アデルとネージュを見て鶏小屋の主人らしい人物が声を掛けてくる。小屋と言っても高さこそないものの、建物の長さは30m弱。それが2棟向き合うように並んでいる。

 そのうち左手側の一番奥の部分の網が何かによって切り開かれ、中が空になっている。

 発覚からすでに7日、中は綺麗に片付けられてしまっているが……

「今のところ被害はここだけ?」

 そう尋ねたのはネージュだ。

「え?ああ。そうだね。被害が出てからは毎晩明るくして見張りも立てているからね。」

「数は?」

「10羽くらいだな。たぶんこの場で絞めて持って行ったんだろう。当日は羽もだいぶ散らかっていた。」

「ふーん。血は?」

「いや、血痕のようなものはなかった筈だが。」

「なるほど。」

 ネージュは返事をすると、小屋の造りと網を観察する。

「網は縒って頑丈にした糸。引きちぎるのは無理そう。刃物を持っているとしても、それで仕留めた形跡はなしと……」

「お、おう……」

 ネージュはちらりとアデルをみて確認するように聞いてくる。困惑するアデルを目を細めてを面白がるように一瞥するとネージュは次に小屋の向こうのある村の囲いを観察する。

「柵というよりはただの囲い。お兄ちゃん達なら余裕で乗り越えられるし私ならその気になれば下をくぐれる。」

 囲いの高さはアデルの胸付近だが、中くらいの太さの支柱に3枚の板を渡して釘を打ち付けただけの簡素な造りだ。地面からは30cmほど空いたところに一番下の板を渡しており、ネージュの言葉通りアデルやヴェーラなら乗り越えられるし、潜ろうと思えばなんとか潜れる。

「雨は降った?」

「いや。このところ雨は降ってない筈だ。」

「足跡は期待できそうもないね。ただ侵入はここから。柵の下を潜ったみたいね。数までは分からない。」

「鶏以外の被害は?特にここの被害のあとに起きたヤツ。」

「畑の野菜が何カ所かやられたらしいが?」

「草だけじゃそんなにお腹は膨れない。芋の類は?」

「おお。そう言えば2~3日前に丸イモの畑が荒らされていたらしいな。」

 ネージュと養鶏農家のやり取りを最初は感心しながら見ていたアデルだが流石にこの辺で頭痛を覚えた。エスターやヴェルノはネージュの考察にしきりに感心をしているようだが、ヴェーラとフォーリは少々険しい表情で見守っている。

「2~3日前となると俺達がエストリアで話を聞いた頃だな。ヴェーラたちも知らない一件か?」

「ああ、そうなるな。」

 ネージュのやり取りにアデルが割り込んで確認するとヴェーラは頷く。

「その現場も見せてもらおうか。すみません。場所を教えてもらえますか?」

 アデルの問いに養鶏農家は快く答えてくれた。

「有難うございます。この件は極力速やかに解決させますのでもうしばらくお待ちください。」

「ああ。よろしく頼むよ。」

 アデルは農家に礼を述べ挨拶するとヴェーラを促し、その現場へと向かう。その途中でアデルはネージュにしか聞こえないような声で問い質す。

「随分と詳しいな?」

「そりゃね。この手の潜入の偵察と見張りが主な仕事だったし。」

「専門家かよ……ちなみに規模はどれくらいの集団だったんだ?」

「全体で300くらい。私の班は20名くらいだったよ。」

(魔の森に竜人を含む300規模の蛮族集団があったのかよ……と、いうかこいつが言っていた作戦失敗した村って……)

 悪い予想が次々と湧き起こりそうになったところで、考えを切り替える。恐らくこの予想は大外れはしていないだろう。

 そんなことを考えている間に次の現場に到着する。

 ヴェーラが事情を説明すると、農家はすぐに応対してくれた。

「ここさ。夜の間に3畝きれいに掘り起こされててな。丸イモは全部もってかれちまった……」

 10m弱の畝が一晩で3つ掘り返されていたらしい。

「ゴブリンの仕業ですか?」

「……信じたくないけどな。これが柵の外だったら猪か猿の仕業なんだろうと諦めるんだが……」

「いや、猪でもこれくらいの柵を飛び越える奴はいますし、猿なら余裕で潜れますよねこの柵……」

「まあ、そうかもしれんが流石に奴らの足跡なら俺にもわかるさ」

「と、いうことはゴブリンの足跡が?」

「ゴブリンかどうかはわからんが少なくとも見たことのない足跡だった。忌々しくて耕し直してしまったが少し悪い事しちまったか?」

「そこは何とも。まあ大丈夫です。」

「柵の外を見てこよう?畑の土なら湿ってるし足跡くらい残ってるかも。」

 ネージュはそういうと、柵の前でジャンプし両腕を伸ばす。柵の上端に手が届くとそのまま勢いで半身を持ち上げ一度腰かけるようにしながら柵を乗り越える。

「くぐるんじゃないんかい……」

 アデルはそう呟きながらも同じように柵を乗り越える。アデルの場合は自分の背よりも低い柵だけあって難なくそれをこなして見せたが。それを見ていたエスターも同様に、やはり造作もなく柵を超えた。

「足跡。あっちに続いてる。」

 先に超えていたネージュが指で示す。そこには乾いた固い地表に浮かぶ柔らかい土の足跡が複数森へと向かってついていることに気付ける。人間の足跡を縦に長いと評するなら、この足跡は明らかに丸い。大きさはやはり人間の子供くらい。指の数や形がわかるところを見ると靴の類は履いていないようだ。

「もう少し違いが分かれば、数が推定できるんだろうけどな……」

 アデルは屈んで複数の足跡を凝視し比べてみる。が、アデルにはその足跡が何体分の足跡なのかはわからない。

「2……3くらいか?」

 横で同様に足跡を観察していたエスターが呟く。

「わかるのか?」

 アデルの問いにエスターはかぶりをふる。

「いや、畑を出てまっすぐに森へと向かったとするなら、間隔や歩幅からみて3対くらいじゃないかと思っただけだが……」

「悪くないね。ただ、それには見張りの数は含まれていないだろうけど。」

 エスターの探索をそう評するのはネージュだ。

「センパイの力を甘く見ないほうがいい。」

 得意げな笑みを浮かべてそう告げるネージュに、アデルとエスターは互いに視線を交わすとただ肩を竦めるだけだった。



 柵を乗り越えなおし、畑に戻ったアデルは残りの面子に報告をした。

 足跡がまっすぐ森へ向かっていたこと。足跡からしてゴブリンで間違いないこと。数は推定3体+見張り。全体の数までは分からないこと。

 以上の情報を持ち帰り、ヴェーラ宅で作戦会議を行うことになった。

 ゴブリンの能力を考えれば、こちらの前衛それぞれが、1対2以上でも十分に相手をできる。実際アデルは単独でそれ以上の数のゴブリンとそれ以上の相手であるオーガ、方向性は違うがさらにそれ以上の危険度とされるグリズリーの撃退をもやってのけている。十全の能力を発揮できるなら5体ほどのゴブリンならそれほどの脅威ではない筈だが、それは槍を振り回せる開けた場所で、護衛対象もなく弓等の相手の飛び道具を考慮しなかった場合だ。閉所、暗闇、足場、挟撃等の悪い条件が増えればその脅威度は累乗されていくことになる。

「まずは塒を見つけないと始まらないか?」

 ヴェーラが切り出した。

「遭遇戦で何体か倒したところで依頼完遂とは言えんだろうな。」

「いっそのこと態勢が整ってるところに仕掛けてきてくれる方が助かるんじゃないか?」

「これくらいの規模の村に襲ってくるとなると、100近い数のゴブリンがいることになるけど?」

「……それはちょっと考えたくないな。」

「遅くとも、人が攫われないうちに何とかしたいところですね。」

 アデル、エスター、ネージュ、ヴェルノ、フォーリと参加者全員がそれぞれの考えを述べる。

 ゴブリンが一定以上の集団になると人を攫うようになるというのは有名な話だ。特に狙われやすいのが若い女性。ゴブリンの集団が村を襲い、生きたまま連れ去る者の内9割以上は若い女性だという。目的は繁殖用だったり食用だったり、玩具としてだったりと様々らしい。実際それなりの規模のゴブリンの巣が制圧された後、救出される者はそれなりの数に上る。生存者の話のまとめによると、抵抗の度合いにより苗床、見せしめ用の玩具、食用とされるようである。双方丸腰であったなら、女性でもゴブリンの1体くらいなら落ち着いて相対すれば勝てるらしい。但し残念ながら、縄による拘束や武器での脅迫によりそのような状況になることはまずない。抵抗すればするほど痛い目に、無残な目に遭うため多くの者が早めに抵抗を諦めてしまうそうだ。

 一方ゴブリンの方はと言えば、その強力な繁殖力により、ゴブリンの雄雌同士は勿論、他種族――人族や亜人等、二足歩行可能な種のほとんどと交配が可能であると言われている。尤もそこはゴブリンにも好みはあるようで、優先順位的に同族、人間、兎人族(亜人)、森人族(要するにエルフ)、犬人族、その他の人族、その他の獣人族、その他と狙われやすくなる。ゴブリンより二回りほど大きいオーク(豚人族)は人族の中でもとりわけ森人族が好みらしいが、コローナで森人族を見かけることは滅多にない。また、ゴブリンの雄にとってゴブリンの雌は高嶺の花らしく、ゴブリンの中でも頭一つ抜けた雄でないと相手にされず、結果として人間の女性を狙うとのことだ。

 それを考えると、フォーリとヴェルノを探索に連れて行くのはどうかと思えてしまうが、そこはアデルがこの場で口出しすべきところではない。

「アリオンさんなら状況からだいたいの数を推測できるんだろうけどなぁ」

 ヴェーラがそう呟くとエスターが声をあげる。

「センパイのご意見はどうよ?」

 エスターが声を掛けたのはアデルではなくネージュである。

「「「……?」」」

 『センパイ』の意味を理解しかねるヴェーラたちの表情が疑問符に変わるが、ネージュは得意げに話しだす。

「盗まれた食料の量を考えると、最低5~最大30と言ったところかな?店のマスターの言う通り、徐々に増えてると見て間違いないと思う。人間の女を攫えばそのペースが一気に増えるよ。」

 その言葉にネージュを除く全員が険しい表情になる。

「まあ30と言っても、巣穴や洞窟の中じゃなければお兄ちゃんだけで10、私で5体くらいは行けると思うけど?」

「その自信は一体どこから来るんだ……」

 アデルはそう呟くものの、先の一週間の狩りの時の動きを考えれば妥当な線だと思う。それに“聖壁”(プロテクション)や“催眠”(スリープ)の支援があれば勝機は十二分にある。さらに付け加えるなら、2体くらいならプルルが蹴り殺すこともできるだろう。

「お転婆ってレベルじゃねぇぞ……とは言え、森の中で狼の群れを相手にするよりはマシか?」

 ヴェーラの呟きにネージュが答える。

「10対10で遭遇戦なら狼が勝つだろうね。集団の規模は最終的にゴブリンの方が多くなるだろうけど。」

「ゴブリンは100単位になるっていうしなぁ。狼はせいぜい10~30くらいか?」

「ただ、ゴブリンは道具を使う、指揮に従うくらいの頭はあるから油断はしないほうがいい。」

 その後も結局基本的な情報の復習くらいの話題しか出てこなくなったため作戦会議はお開きとなった

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