前線の噂
ざわめきと共に人垣が割れた。そしてその開かれた奥からやってきたのは3騎の騎馬だ。内、先頭の1騎は後ろに人を乗せているのが分かる。
「おや?……こんなところで再会とは嬉しいじゃないか。」
先頭の騎士の言葉に周囲が一気に静まる。
「ああ、やっぱり来てたのか。大活躍の3騎の冒険者ってのは……」
「さあ、どうだろうな?」
アデルの言葉にそう返しつつもにやりと笑ったのはラウルだった。後ろにはブランシュを乗せている。となれば続く2騎は当然……ブレーズとジルベールだ。
「随分とかわいい子を連れてるじゃないか。」
ブレーズがそう声を掛けてくる。
「こちらは今回、国からの要請で派遣された神官団の神官だよ。俺らはその輸送と護衛で来たところさ。初日からてんてこ舞いで大分お疲れのご様子でな。」
「そうか。ようやく王都から本格的な後方支援が来始めたか。」
「ん?今まではいなかったのか?」
「フォルジェ市の神官が数人来てくれたくらいだ。」
「そうか……国と神殿じゃ組織が違うか。」
アデルがそう呟くと、ブレーズが肩を竦める。
「前線には出ないのかい?」
「護衛だよ。帰りの分も込みでな。それに柄じゃないし。」
ラウルの言葉に今度はアデルが肩を竦めた。
「そうか。残念だ。だが、この剣には命を助けられたよ。」
そう言いながらラウルが剣を抜く。以前交換してもらったミスリルソードだ。
「おや、何かあったのかい?」
「いや、最初の頃、つい調子に乗って敵を深追いし過ぎちまった時があってな。2人の武器がボロボロになって折れちまった時もこいつは無傷だった。おかげでなんとか退路を確保して生きて戻れたってわけだ。」
「流石、純ミスリルってところだな。役に立ったなら何よりだ。」
アデルはロゼを抱え歩きながらラウル達に言葉を返す。この時、アデルはラウルを見て屈託のない笑みを浮かべているネージュに気付けていなかった。アデルはロゼを馬車の幌の中に運ぶと、枕になる物を適当に探して寝かせた。
「そっちの子も神官?」
ジルベールがアンナを示す。
「いや、こっちは正式なうちのメンバー。――グランでの話だけど、賊に捕まってたのを連れだしてきた。」
その言葉に、ブランシュが顔を上げる。
「覚えていて下さったんですね?」
『賊に囚われ、慰み者にされた女性に生きる道を』
以前ブランシュに言われた言葉を思い出す。
「残念ながら……全員とは行かなかったけどね……」
「そうですか……元々この考えは女性の守り神であるレア様の教えの中だけの様ですからね。他国だと中々理解されないのかもしれません。」
実際は、言葉を覚えてはいたが、彼女らと話し合う時間を得られなかったのである。一部の囚われた女性たちが介錯を望む中、アデルはナミに裏に呼び出され『翼人取り逃がし問題』で譴責されていたためである。
押し黙るアデルを見て、勝手にアンナを同類と見たのか、ブランシュは馬から降り、
「つらい目に遭いましたね。私もまた、同じです。地母神レア様は傷ついた女性の味方です。いつでも神殿にお越しください。」
布教を始めていた。
「あ、はい……」
困惑と言うか困ったという表情でアンナがアデルを見上げるが、アデルは小さく首を横に振り、アンナの代わりに応対する。
「今回、レア様の神殿の方と一緒にいることが多そうですし、追々話を伺おうと思います。」
「そうですか。」
アデルが、それとなくアンナを引き寄せると、ブランシュもそれ以上は続けようとはしなかった。
ブランシュが馬から降りてしまったので、他の3人も馬から降り、近くに座ろうとしたところで――
「暇そうね?」
屈託のない笑みでネージュがラウルに声を掛ける。知らぬ者なら釣られてにんまりしそうなローティーンの無邪気な笑みである。だが、知る者にとっては――
「ああ、暇だぜ?ここ数日膠着状態だったからな。」
ラウルはその意味を正確に受け取り武器を取った。アデルは渋い表情を浮かべる。
「約半年か。レベルはいくつになった?」
「ん?21。」
ラウルの問いにネージュは武器に手を掛けながら素直に答えると、周囲――ラウルとアデルのパーティを除いた周囲だ――が驚きの表情を浮かべる。アデルの表情が益々渋くなる。
「そうか。それならこれが終わる頃には逆転してそうだなぁ?」
「ほほう。」
単純な冒険者レベルなら、正月に会った時はネージュが19、ラウル16だった筈だ。《暗殺者》も《騎士》も共に上級クラスである。だが、そのレベレアップのハードルは《騎士》の方がやや高い。それが追い抜くとなれば……この戦で相当の評価を得ている筈だ。
「フッ」
「!?」
ラウルが楯を背中から降ろし左手に持った瞬間を狙いネージュが蛇腹剣を伸ばしながら振り降ろす。
不穏な静寂が広がるそのエリアに、金属同士が激しくぶつかる音がした。アデルは目まいを覚えた。
「また妙なものを……ミスリルのショートソードはどうした?」
「使い分け。あれはあれでちゃんと使ってるけど……」
「けど?」
ネージュは一旦武器を収め、数メートルの距離を取る。
「こっちはまだ練習不足。そもそも練習相手がいない!」
ネージュが一気に加速した。アデルは頭を抱えた。
「なんだあれ?」
ジルベールがアデルに問うと、
「武器屋だ。武器屋が悪い。」
などという意味不明な供述を始めた。
「うおっ!?」
ラウルは、以前試合以後に訓練として何度か相対した時の様に加速からは跳躍か横の潜り抜けの2択かと踏んで構えたのだが、今回のネージュはそのどちらでもなかった。
飛ぶかと思った辺りで急減速からの突きで蛇腹剣を伸ばす。通常の剣ならあと3~4歩は踏み込まねば届かない位置からの突然の攻撃だ。武器の見た目の長さからはなかなか回避の難しい一撃である。
だが、そこは戦場のエースだ。愛用の楯で難なくそれを受ける。が、反攻するには少々距離があり、また、危険である事も踏まえまずは相手の次の行動を捉えようとする。
(下か。)
突きは飽く迄牽制だ。突きを受けるべく楯を掲げたため、死角となる位置、角度からネージュが本気の加速をする。横を抜けつつもう一発来る。ラウルは楯の死角で殆ど見えない相手の動きを捉えた。脇を通る機動とタイミングを読み、突きを仕込む。楯が視界の邪魔をするのは相手も同じだ。
(ディアスさんと同じ対処だな。)
それを見たアデルは何となくそう思った。受けるだけでなく、こちらの手の内を隠す楯の使い方。
「うおっ!?」
今度はネージュの方が驚く番だった。潜ろうと思った剣が思いの外低い位置にあり、また払うと思っていた動作が突きに置き換わっていた。ネージュはとっさに横っ飛びでその剣を避けと、苦し紛れに蛇腹剣を伸ばし足を払おうとする。
「ぬおっ!?」
直前まで意識していた筈なのにラウルは蛇腹剣のリーチを忘れていた。慌てて飛び退こうとするがそれ以上に伸びてくる蛇腹剣に片足を取られる。
「「お?」」
「「「え?」」」
ネージュはそのまま引き倒そうとしたが、戦争装備のラウルは思いの外重く、逆に剣がすっぽ抜けてしまう。しかし、その反動でラウルの方も転倒してしまった。
「ヒャッホウ」
転倒を確認したネージュは腰からショートソードを取り出し飛びかかろうとする。
しかし、そこは流石ラウルだ。とっさに楯を構え、ハリネズミの針の様に己の身体を守るべく剣を突き伸ばす。
「あっぶな!」
なんとかそれに気付けたネージュは身体を捻って辛うじて剣が待ち構えている場所への着地を回避し、楯を踏み台にして横へと回避した。
「…………うむ。マイッタ。」
「「ほう……」」
ネージュがミスリルのショートソードをしまい、両手を上げると、意外そうにアデルとラウルが息を漏らす。
「アンナ、ラウルの足の治療だ。」
アデルがそう指示を出した時には、すでにブランシュがラウルの足元に駆け寄っていた。
「あなた達は!どうして!本物の武器を使って戦おうとするんですか!?」
ラウルの足に巻き付いた蛇腹剣を回収し、足の治療を行った所で、ネージュとラウル、そして何故かアデルまでがブランシュに怒鳴りつけられていた。
「武器屋だ。武器屋が悪い。」
アデルは先ほどからの意味不明な供述を繰り返すのみだ。
「どうしてそうなるんです?怪我をしたら、怪我をさせられたら武器を作る人が悪いって言うんですか!?」
「いや、そういう訳じゃなくてだな……こんな複雑な機構と挙動の武器を作っておきながら練習用の物を用意しない武器屋が……」
「そう言う問題じゃありません!」
さらに怒鳴られてしまった。
「寸止めとかそういう技術があるのは知ってます。知ってますが、確実と言う訳じゃないんでしょう?手が滑る、足元が滑るとかあったらどうするんですか!大怪我で済めばまだいいですけど、あなた達の場合それで済む気がしません!」
このあと3人は無茶苦茶怒られてしまった。
ノール城解放戦前線陣地に新たな噂が三つほど生まれたのである。
1つ。救護団護衛の幼女強い。
2つ。やっぱりラウルは強い。
3つ。ボスはブランシュ。
この三つだ。




