神官隊と軍隊と
王都を出発して3日目のお昼前、アデル達は最初の目的地であるフォルジェ領の城下町へと入った。
当初、アデル達の実力を疑問視していたロゼ以外の神官達も、最初の夜に彼らの中でも一番の武闘派というモンクにネージュが完勝して以降その手の視線はなくなっていた。また、予定より大分早いペースで到着できたこともありアデル達の《騎手》としての能力も認められていた。こちらはおそらくアンナの魔法の効果が大きかったと思うが。
それ以降、特にネージュが夜の見張りに出ている間、アンナが必要以上にアデルに張り付きたがるが、アデルは夜闇に怯える妹に対する感じで接している。その前後でネージュとアンナが何かしらの目配せをしてるのが少々気になるところだが……
アデルは街に入った当初何か不思議な感覚に襲われていた。そして程なくそれが既視感である事に気づく。
この街は先日、遺跡探索の前に訪れた街、つまりはローザの親である子爵が治める町であったようだ。
フォルジェ子爵は、ノーキンス辺境伯を盟主・寄り親とする北部貴族連合に属しており、ノーキンス辺境伯のノール陥落以降は前線・中継基地として機能しているとのことだった。
伝え聞くところによると、ノールの難民の他、負傷兵の受け入れ、王都からの援軍や物資、傭兵・冒険者の調整、斡旋それに支援等でこの数カ月でかなり存在感が増したと言われているそうだ。
フォルジェ城を中心に北部戦力を再編成し、形勢が逆転した今は反攻とばかりにオーレリア軍を攻めたてるべく主力部隊を前線に送りだしたところだと言う。どうやらフォルジェ子爵は文官肌らしい。あれ?娘は……勿論そんな事を口に出せようはずもない。
神官団先遣隊の隊長である司祭が領主の元へ“挨拶とお見舞い”へ向かう。当初の予定だと到着が夕過ぎで会談は明日の予定であったが、両者、今は早ければ早い方が良いという思惑が一致し、今日の午後に会談の場が設けられることになった。その間、司祭の警護には例のモンクが付くそうだ。
ロゼによると、他言無用ですが……との前置きの後、神官団がここに立ち寄ったのには、対オーレリア、北部の戦力、難民の拠点となっているこの街の現状や、必要な支援の程度を視察し、軍や貴族とは別のルートで王都……王宮と王都の神殿に伝える役割もあったためらしい。
(軍や諸侯による水増し請求を防ぐ目的か……しっかり出来ている)
アデルは内心でそんな感心をしていた。
司祭が会談を行っている間、アデル達は神殿の一室で待機することになった。
アデルとネージュはプルル他、今回扱っている3頭の馬を労い、ブラシを入れて手入れする。アンナも一緒に何か魔法を使っている様で、その効果を実感しているのであろうか?どの馬もアンナに目いっぱい文字通りの意味で擦り寄った。
馬の世話を終え、貸与された部屋に戻るとロゼが待ち構えていた。曰く、王都到着以後のアデル達の冒険の話を聞きたいとのことである。
アデルは快く、されど「外に出せる」範囲で「王都到着以降」の話をした。まずは初回のグラン行き、これに関しては交易品や天馬の話をしつつ、交易もどきで利益を上げた事は伏せておいた。ロゼは天馬の方に興味を持ったようだ。次に遺跡探索、遺跡の場所は契約条件の為明かせないとしたが、やはり未探索だった遺跡がまだ国内にあった事に少々驚いている。地形の変化か天災か、地下に完全に埋まっていたとだけ教えると、それなら過去の文献を参考に探せばまだ見つかるかも知れない。と言う。ちなみにディアスたちの引っ越しの件は敢えて触れずにおいた。当人たちから『秘密にしろ』とは言われていないが、様子からするとしばらくはゆっくりと過ごしたいだろう、ロゼが貴族とつながっているとみると彼らの所在が明らかにされかねない。それと、引退のきっかけである竜人の死亡に関しては巡り巡る恐れがあるのでやはりアデルとしても外に出したい情報ではなかったと言うのもある。
そして話が2度目のグラン往復の話になり、山賊討伐の話になる。2人で別行動をして賊拠点を強襲してのけた事にロゼは驚いたが、そこでアンナを見つけたと言った時にロゼが別の心配をする。
「浄めは受けられましたか?尤も、これはコローナの中でも地母神レアの神殿のみで行われることですが……」
と。
「浄め」の意味をアンナは理解できなかったようだ。それもそのはず。その慣習というか処置があるのは、あらゆる女性の守り神とされる地母神レアの教会のみで、他の神の信仰ではあらゆる命は尊重されるべきなどと言われ、特にテラリアでは禁忌とされているらしい。ある意味、グランで迂闊なことを言わずに済んでよかったのかもしれない。
(あらゆる命を尊重(人格を尊重するとは言っていない)とはまたテラリアらしい話だ。尤もテリアの教えとテラリアの現状が必ずしも一致しているとは言い難そうではあるが。)とアデルは内心で思う。
被害を受けたアンナに、直接的に伝えるのもどうかと、アデルとロゼが言葉を選びそれとなく伝えると、アンナは首を振った。
「あ、幸い私はそこまでされていませんので……」
「「え?」」
アンナの言葉にアデルとロゼが驚いた。賊などの無法者に連れ去られた女性の末路は大方予想がつくが、アンナはその予想の外にあったらしい。
「私は……高く売れるらしいので……鞭を打たれて色々させられましたが、そこだけは大丈夫でした。」
当時を思い出したのか、泣き出しそうな顔になりながらアデルに身を寄せる。
「そうか……ならもういい。大丈夫だ。忘れてしまえ。」
アデルがそう言いながら頭や背中を撫でると、アンナは腕の中で静かに目を伏せた。
ロゼは少し申し訳なさそうな表情をすると、改めて治安の悪化に対する懸念を表した。
程なくして司祭が戻ってくると、司祭はまずアデルの所に来てアデルを呼び出す。その際にロゼにも自分たちの部屋に戻る様にと指示を出した。ロゼは今夜くらいは……と言ったが、流石に司祭が許可しなかった。他の2人とそんなに折り合いが悪いのかとアデルは心配したが、そうではないと言う。
とにかく、司祭が用事があったのはアデルだったようだ。明日朝からの行程に、北部貴族連合の軍の一部が同行する事となったらしい。見張りや夜警からは解放される様だが、アデルにしてみればあまり有り難い話ではなかった。なるべく、正規の軍とは距離を置きたかったのだが、ここで口にすべきではないと黙って受け入れた。
「それだと……進行速度は下がると思いますよ?」
「それは……そうなるでしょうな。ですがこちらとしては問題になりません。」
「そうですか……」
依頼主がそう言うのだからそうなのだろうとアデルは思う事にした。
翌日から、8人+3人だったグループが、520名の大所帯になっていた。
軍を率いているのは、フォルジェ子爵の親戚となるグノー男爵家の嫡男であるガストンだそうだ。伝え聞くところによると、フォルジェ子爵の次女の夫だそうで、つまりはローザの義兄である。勿論、アデルの方から接近する事はないし、そもそもローザと知り合いである事を表に出すつもりもないのだが。
ここしばらくの間、平和が続いていた北部方面では実戦の経験など機会もなく、彼も23歳にして今回が初陣らしい。ちなみにローザの姉である夫人は男爵領で留守を預かっているそうで、目にする機会はなさそうだ。
出発前の合流の折りチラと目にした限りでは、《騎士》としての“レベル”はおそらくラウルやローザよりも低そうだ。というのがアデルやネージュの見立てだった。
ただ、軍の統率や士気は明らかに高い。行軍も隊列はしっかり整っており、その兵士たちの表情はやる気に満ちている。いきなり騎士になるのは無理としても、兵士たちにとっても実戦はまたとない昇進・出世の機会である。
(平民の兵卒が気張った所で……な。)
そんな兵士たちをアデルは冷めた目で見つめていた。
ガストン軍はどうやら兵站を任されたようで、歩兵の他にいくつかの馬車、そして多数の荷車を伴い行軍する。
アデル達の馬車は軍の後を行くことになる。立場等を考えれば仕方のない事であったが、半日ほどでネージュが苛立ち始める。
「……遅い。」
「無茶言うてやるなや……」
口にこそ出さないものの、アデルもアンナも、そして他の神官達もそう思っていたようだ。それほど重装備ではないものの、戦争装備の、しかも物資満載の荷車を引く歩兵の隊列のペースに合わせるのだ。ここまでのペースの半分以下の速度となっていた。これでは逆に馬のペースを抑えるのが大変なくらいである。どういう経緯で一緒に行くことになったのかはわからないが、先遣隊の役割に軍の監察が含まれている事を聞いているので仕方ないと言えば仕方ないのも事実だ。
そしてあっという間に夜を迎え、野営となる。さすがにこの集団の目に留まるところで鍛練などする気も起らず、アデル達は自分たちのテントに閉じこもる事になった。幸い夜警は軍の兵士がエリア全体をまとめてみてくれることになったのでテントの中で川の字ではなく小の字になって夜を過ごす。こんな事なら何か軍隊や精霊魔法に関係する本でも用意してくればよかったとアデルは後悔していた。
何となく息苦しい道程の末、アデル達はついに北部戦線の現在の本陣となっている平原に辿り着いた。
神官先遣隊は今回も隊長の司祭が北部軍司令部に挨拶に行くと、その帰りを待たずにすぐに救護用テントを2棟とも立ち上げ活動に移った。
救護テントが立ち上がると、次々と要救護者が運び込まれてくる。救護テントは、重体・危篤者用の緊急棟と、軍や自分たちによる応急処置では少々追いつかない重傷者用の二つに機能を分けられた。緊急棟には熟練の神官3人と戻ってきた司祭が入る。一方ロゼはまだ《神官》としてのレベルが低いのか、重傷者用の方に配属されていた。
また、司祭たちもいくら高レベルの神官とはいえ、無制限に魔法を使えるわけではない。緊急用に何回か分の魔力を残し、それ以外の部分でけが人の状態を見ながら治療を行う。また、派遣された先遣隊以外からも、フォルジェやその近辺から先に手伝いに来ていた神官や狩人、薬師等の他、軍の救護兵やら衛生兵やらもそれぞれの実力に見合った救護テントへと入り、治療活動に参加する。
到着して1時間もしない内に救護所はどちらも超満員となっていた。観察するとそのほとんどが国軍の一般の兵士である。
ここでアデル達にも一つ問題が発生していた。
テントの設営を手伝った後はやる事がないのである。司祭に話を聞こうにも司祭は緊急棟での対応に手いっぱいだ。司祭が魔力切れでも起して休憩に入らないと近づく事すら出来そうもない。
そこでアデルは情報を集めることにした。主に、重傷者を運び込んでくる仲間の兵士に邪魔にならない程度に尋ねて回るのだ。兵士の方もアデル達が神官団を乗せて来たのを見ていたのか、神官団の関係者と見てくれている様で邪険に扱われることはなかった。
集まってきた情報を纏めると、
最初の襲撃でノール市でかなりの数の兵士と住民が犠牲になったこと、フォルジェ領で反攻勢力がまとめられ反攻に出た事、この場所からノール市まで約10キロメートルということ。反攻の際にも1000人近くの兵が既に犠牲になっている事。これまでの反攻戦、特に野戦に於いて最も活躍しているのが冒険者の一党であること。等だ。
前半の話を聞きながらアンナが苦い顔をし、後半の話を聞きながらネージュが目を輝かせる。そして、最後の情報が出た時に、アデルとネージュが「ほほう。」とだけ呟いた。
冒険者の情報を集めていくと、どうやら先行して戦果を挙げていたのが、《騎士》3人のパーティらしい。彼等だけで累計ですでに数百人を討っているのでは?という話だ。次にここ1ヶ月程で頭角を現したのが、女性ばかりの4人組。内2人はやはり《騎士》であり、特にエースの振るう槍は激烈を極め、現時点で既に多数の敵将官を討ち、また《魔術師》の扱う魔法は強力で破竹の勢いで敵兵を蹂躙しているという。今では敵のみならず味方からも恐れられ、彼女らの近くで戦おうとする者はいないとのことだ。
ここでも、ネージュは「ほほう。」と目を光らせたが、逆にアデルは渋い顔になった。妹たちが「どうかしたの?」と尋ねてくるが、アデルは微妙に心当たりが……と言葉を濁す。
ネージュさん。あんた一緒にいたでしょう……いや、待て。《魔術師》だと?
当初浮かんだ心当たりにはいなかった筈の話が混じっている。人数的な増減はない筈だが……まあ確かに気にはなるが、結局それを確かめようと言う気にはならなかった。
そうこうしているうちに、救護テントの中からロゼが出てきた。魔力切れかかなりぐったりしている様子で、足元も若干ふらついている。
「お疲れさん……」
何とも言えないという顔でアデルが声を掛けると、ロゼはふらふらと近寄ってきてそのままアデルに倒れ掛かった。
「少し、休ませてください……」
「そりゃ、休むしかないだろうよ……アンナ、魔力切れには効果ないかもしれんが、一応例の魔法を掛けてやってくれ。」
アデルがそう言うと、アンナは秘伝(?)の疲労回復の魔法を掛ける。すぐに効果が現われる魔法で無いため効果の有無は確認できないが、何もしないよりはマシだろう。
初の戦地での実務に疲弊した所に、アデル達を見つけて安心したのか、ロゼはアデルの腕の中で静かに寝息を立て始める。アンナに渡した魔力回復の香油を使わせようかと思ったが、これからロゼが扱う回復魔法の総量を考えると、焼け石に水と判断し口には出さなかった。
「うーん……私も手伝ってきた方がいいんでしょうか?」
アンナが複雑な表情でそう申し出るが、アデルは首を横に振る。
「やめとけ。それがあてにされるようになっても困る。ただ、ここまで一緒だった神官さん達には例の魔法を掛けつつ、ロゼは馬車で少し休ませると伝えて来てくれるか?」
「わかりました。」
アデルの指示を聞き、アンナが一度救護テントに入ると、程なくして司祭と共に、先ほど以上に渋い顔をして戻ってくる。
「アンナさんのお心遣いに感謝を。ロゼ様のことはお願いします。彼女も今迄に何度か重傷者の治療は行ってきていた筈ですが……規模が違う初の戦地はさぞかし堪えた事でしょう。」
「俺達はこの後どうすれば?」
「我々もすぐには動けません。近いうちにノール城奪還戦が行われるそうです。そうなると前線部隊は動くでしょうが、我々はこの本陣からでることが無いので少し時間ができるかもしれませんね。アデルさん達には申し訳ないですが、しばらく待機して頂けると。もし、一仕事して来たいと言うのであれば止めはしませんが……帰りの護衛も務めて頂けないと報酬は満額お支払できませんよ?」
「ハハハ。それは困りますね。ま、前線にはそんなに興味ないので……馬車でも守ってますかね。」
「そうですね。時々我々の休憩場所として馬車を使わせてもらえると有り難いですな。馬の世話をする手も足りませんし。」
司祭が静かにそう言う。馬車は自動車とは違う。使わない間でも、馬に食事を与え、適切な世話が必要なのである。そのことはアデルは当然として司祭も承知している。
「……ですが、無理にとは言いません。もし外に出ることがあるなら私に一声かけて下されば認めましょう。」
「わかりました。」
アデルにそう言うと司祭はロゼの額に手を当て、何か祈りを捧げて緊急棟へと戻って行った。
「馬車でゆっくりしてるか……」
アデルが馬車に向き直ろうとした時、周囲にざわめきが起こり、その人垣が綺麗に二つに割れたのであった。




