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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
56/373

御令嬢と《修道僧》

 翌朝。指定の6時より少し早い時間に神殿に向かうと、先遣隊は既に準備を整えていた。その辺は流石、日頃から模範的な修業生活をしている神官といったところだろうか。一方、アンナは見るからに眠そうだ。過酷な環境にいたせいかネージュの方は意外にもシャキッとしている。アデルも多少は眠たそうだが、その辺はパーティのリーダーとして締める処は締めている。

「朝早くからご苦労様です。それではお願い致します。」

 司祭がそう挨拶をすると愈々出発だ。神官達が馬車に乗り込み、アデルが御者台に、ネージュがプルルの手綱を握り、そのすぐ後ろに寄りかかる様にアンナがネージュの背中に顔を埋めようとしている。

 ちなみに乗り込む直前に、疲労回復の魔法をプルル含む馬3頭にかけてもらった。これでどれくらい変わるかも気になる所である。

 最初の目的地は王都とノーキンス領とのちょうど中間付近にある貴族領の都市だそうだ。街道沿いに丸3日ほど移動した所でその街に立ち寄り、物資の補給を行うとのことであった。

 アデルとしては初となる、北の馬車通用門を出たところでネージュたちが少し前に出る感じの隊列となる。王都を出て程なくしたところで御者台にロゼがやってきた。

「ん?まだ先は長いし中でゆっくりしててくれてもいいんだよ?」

「うーん……実は他の皆さんとあんまり話が合わなくて……」

 アデルの言葉にロゼが少し困ったように眉を寄せて答える。

「普段から神殿にいる訳でもないんだ?」

「ええ。家の都合もあって。神殿には週に3回通えればいいところですね。」

「で、今回は2ヶ月間フルでなんだ?」

「ええ。神官として、戦争の後方支援に、負傷者の治療に行きたいと申し出たら、前線には絶対に出ない事を条件に許してもらえました。」

「まあ、予想はしてたけど……」

「はい?」

「普段なかなかに神殿に通えないのにその条件で許されるってことは、やっぱり騎士か貴族の家の人?」

「あ……ええ。そうなりますね。」

 ロゼはしまったという表情で口元を押さえる。

「意外と鋭いんだ……」

 毒づくというほどでもないが、小さなロゼの呟きをアデルは辛うじて聞き取っていた。

「まあ、跡取りって訳ではないのでしょ?」

「ええ……うーん。」

 そこでロゼは少しの思案の後、

「お願いがあるんですけど……」

「なんでしょう?」

「せっかくですので、髪色が同じの間だけでも、私も妹として接してもらいたいなと……」

「おう?」

「ほう。」

「ぇぇ……」

 アデルが少々驚いた感じの声を上げると、いつの間にか近くまで寄っていたネージュとアンナも反応する。

「『お兄ちゃん』ときて『お兄様』と来たら……次は『兄上』?」

「……それだと、あまり変わらないような……」

 ネージュの提案にロゼが難色を示す。

「ってゆーか、お前のその辺の知識は何処から来てるんだ?」

 アンナに『お兄様』と呼ばせてみたりと、どこかでその手の知識を仕入れてきた様子である。尚、最近『お兄ちゃん』が『お兄』に略されていることが多いことにアデル懸念している。

「そうなると、『兄貴』か『兄者』か……どっちも印象と違うなぁ。」

「普通に『兄さん』でいい気がするけど……うーん。アデルさんの方がやっぱり年上ですよね?」

 ネージュの提案はやはり受け入れにくいらしい。

「さあどうだろう。暦のない田舎育ちだから、正確な年齢なんてわからん。思えば、一昨年に成人祝いぽいことをされたから、多分17なんじゃないかなと思ってるけど。」

「ならきっとそうなんでしょう。と、なると同じ年ですね。私もつい先日17になりましたので。」

「そうなんだ。何月?」

「私は5月です。」

「ってことは、多分俺の方が少し早いかな?」

「アデルさんは?」

「だいたい3月くらいに祝ってたね。細かい日付まではわからないけど。」

「なるほど……もう少し上かと思ってたんですけどね。うーん。それなら妹じゃなくていいか。まあ、期間中こんな感じでお願いします。」

「後が微妙に怖いんだけど?」

「大丈夫です。私もそうしてもらった方が色々都合がいいですので。」

「ほう?」

「まあ、いろいろと……」

 ロゼはそこで意味ありげに笑うと、頭をアデルの肩に預けた。

(意外と押しが強いようだ。どこかのお嬢様然とした普段も綺麗だけど、やっぱり俺はこっちの方が好きだな……。いや、外見だけならローザの方が……)

「ないない。」

 アデルは肩と左腕に掛かる重さと感触を感じながらそう呟くのであった。

「むむむ……」

 その様子を見ていたアンナが何か言いたそうにアデルを見る。

「ん?どうした?」

「いえ、別に。」

 それに気づいたアデルの問いかけにアンナはぷいっと前に向き直り、ネージュの背中に顔を埋めた。

「ネージュの翼硬い……」

「知るか……」

 頭一つ分小さい筈のネージュの背中に眠たそうに埋もれる様子は、出来た妹にちょっかいを出すダメ姉の構図にしか見えなかった。



 その後、人馬とも数回の休憩を取りながら最初の夕暮れを迎えた。アデルと司祭がそれぞれ思っていたよりもペースが速く、予想地点よりも大分北へと進めた様である。これなら、3日で半日分くらいの時間を詰められそうだ。恐らく、アンナの疲労回復の魔法が功を奏したのだろう。馬たちも消耗は通常通りにするが、休憩を取ると随分と早く回復した様子だ。休憩時間が普段より何割か短いにもかかわらず、速度の方も幾分早いペースを維持できていた。

 司祭が『今日はこの辺りまでにしましょう』と宣言すると、キャリッジにあった大型テントの一つが組み立てられる。アデルは初めて目にしたが、かなり大きい。横になるだけなら15~20人くらいは収容できそうである。尤も、野戦地のすぐ後方の救護所となるとこれでも全然足りないのであろうが。

 場所は街道脇の開けた場所だ。しっかり警戒していれば奇襲を受けることはないだろう。司祭によるとこのあたりなら賊の話は聞かないと言うし、北部で街から逃げ出した難民もここまではこないだろうとの話だ。

 逆に言うと、中継地よりも北に行くとその手の難民に救護を求められる可能性もあるようだ。その場合は重傷者のみの治療を行うと言う。その辺の線引きというか、ノウハウを司祭は持っている様子だ。

(まあ、普段お布施貰って治療してるが、戦地の救護所じゃそうはいくまい。となると、ここぞとばかりに便乗してくる奴もいるだろうしな。)

 その辺に関してはアデルが与り知る所ではないが気にはなる。

(そうなると、このテントで野営は逆に悪目立ちしそうだなぁ。神官団を強盗目当てに襲撃してくる奴はそうはいないと思うけど……それでも護衛が御者含めて3人と言うのはどうなんだろう?)

そう思いながらアデルは自分たちのテントの用意を始める。先日新調した4人用の物だ。3人+荷物が入るにちょうどいい大きさだったのである。ただ、実際はアデルかネージュのどちらかが見張りの為に外に出ることが多く、丸々使うことは少なさそうであるが。


 テント設置後は、各々で携行用の保存食を食べるなどして腹を膨らませ、夜を明かす事になる。

 アデル達は念のため神官団のテントの近くで馬車の番をしつつ周辺の警戒にあたる事にした。

 待機時間中、特にやる事もないため、アンナの剣の特訓を始めた。アンナの光の魔法を空間に掛け、直径10メートルほどの明るい空間を作る。まずは素振りからだ。アンナが素振りを行い、ネージュが色々と指摘する。アデルは本来の業務である周辺の警戒をしつつ、彼女らの鍛練を見守ることにした。

 20分程素振りを行うとその後ネージュとの手合せだ。訓練は練習用の刃の付いていない物で行うがそこは金属製である。剣戟の音にテントの中にいた数人が驚いて様子を見に出てきた。尤も、その音の出所を確認すると『驚かせないでくれ』といいつつなぜか見物を始める。

 ロゼもその中の一人だ。ロゼはアデルの所にやってくると、隣に腰を下ろした。

「アンナちゃんでしたっけ?《精霊使い(エレメンタラー)》じゃないんですか?」

「メインは……ね。まあ、何かあったら俺らが前に出てる時もあるかもしれんし、自分の身を守れるくらいにはなってもらおうかと。」

「華奢な見た目だと思ったけど中々熱心に取り組んでますね。」

「まあ、それを身に付けてなかったから酷い目に遭ってたからね。」

「え?」

「ああ……あー、グランで山賊のアジトに捕まっていたのを救け出してその際に回復魔法を見込んでネージュがうちに誘ったんだよ。」

「なるほど……」

 山賊のアジトに捕えられていた。その時点で“酷い目”の内容が浮かんでしまい、ロゼが眉を顰める。

「戦争が長引くと……コローナでもそう言うことが起きるのでしょうか?」

「まあ、起きたとしても何の不思議もないだろうね。いくらコローナと言えど、支援物資だって無制限て訳じゃないだろうし。実際、グランはフィンとの戦争に疲弊した村を、物資が足りなくなった国軍の兵士崩れが襲ったって話だ。」

「兵士が賊に?」

 ロゼが信じられないと云う感じで言う。

「あっちはまた事情が違うみたいだったけどね。戦争で疲弊した所に、王宮での権力争いが起きて軍のトップが入れ替わったとか。そのあと特に酷くなったらしい。」

「なるほど……」

 ロゼが改めて絶句した。

 妹たちの鍛練の方は……まあ、いつも通りだった。多少動けるようになったとはいえ、アンナがネージュから一本取ろうと言うのはまだ相当先になりそうだ。そんなところへ、神官団の男性の1人がアンナたちの所に寄っていく。

「む?」

 アデルが何事かと警戒すると、ネージュと何やら話し込んでいる様子だ。

「んん~?」

 アデルが更に様子を見ると隣でロゼが言う。

「暇つぶしに訓練でも付き合うつもりなのでしょう。あの方は私達の神殿でも指折りの《修道僧モンク》です。」

「ほほう。」

 ロゼの言葉にアデルは少し興味を持った。恐らくネージュの方もその人の言葉に同じような返事をしたに違いない。

 《修道僧》、神殿に所属する武闘派の神官だ。自分の手足を最大の武器とする格闘技、体術専門の《拳闘士グラップラー》と《神官プリースト》のハイブリッドクラスだ。ネージュとしても、今まで本業の《拳闘士》と戦った事はない筈だ。

 予想通り、ネージュとそのモンクの手合せが始まる様だった。アデルはネージュが練習用の剣を持っている事にまず一安心した。

 いつの間にか集まっていた神官の内の一人が審判を買って出たようだ。5メートル程離れた二人の中央に立ち、合図を行う。

 一本目はあっという間に終わってしまった。

 様子を見ようとしたモンクに速攻を仕掛け、“見せ”の振りを手甲でガードさせると一気に加速して背後に回って背中に強烈な蹴りを見舞ったのだ。

 その様子に、ギャラリーと化した神官たちがどよめき、隣にいたロゼも驚いた。

「そういえば、ネージュのクラスとかレベルとか教えてなかったよなぁ……」

 アデルのつぶやきを聞いたロゼが顔に疑問符を浮かべると、

「いや、ずっと剣の練習ばっかりやってたから、ネージュを《戦士》と勘違いしてたんだろうさ。まあ、流石に次は警戒するだろ。」

 そこそこの距離があり、ネージュたちの会話はまったく聞こえなかったが、アデルはだいたいの流れが想像できていた。1対1で開始直後に敢えて速攻で勝負をつけた所から察するに、恐らくモンクがネージュに『稽古を付けてやる』的な事を言ったのだろう。要するにネージュを明らかに舐めて掛かったわけだ。もし、相応の実力者が『手合せしてくれ』的な事を言えばネージュは大抵、実力を窺いながら間合いを測る所から始める。

 実際、気を取り直しての2本目はアデルの予想通りに動く。

 ネージュは相手の間合いを測る様に相手を中心に横移動で円を描く様に動きながら、徐々に距離を詰めていくのである。

 そして今回も先にネージュが動く。今度はしっかりと警戒していたモンクはそれにカウンターを合せるべく構える。当然ネージュもそれに対応する。最高速付近からほぼ一瞬で速度を殺し、モンクの腹部に向けて電光石火の突きを繰り出す。間合い的にはまだ少し遠い、カウンターに対し牽制すると同時に突いた場合の相手の出方を見極めるためだ。ネージュのダッシュをみてカウンターを狙おうとしたモンクだが、繰り出されたのは急減速でやや遠目からの突き。少々距離があるが無視もできない。一瞬迷った末に敢えて一歩踏み込み、結局左の手甲で突きをガードし、その瞬間右足で回し蹴りを放つ。少し下がれば十分回避できただろうが、そこでネージュはそれをしゃがんで躱し、軸足に向けて剣を薙ぐ。モンクはとっさにそれを一本足からのバック転で躱す。

(蛇腹剣なら着地を捕えてたな……それ以前に最初の突きで崩せてたか。)

 周囲の神官が「おおお」と感嘆する中、アデルは静かにそう見ていた。

「《修道僧》のレベルはよくわからんけど、《拳闘士》としてみればレベル10台後半かね。」

「司祭によると、《神官:22》と《拳闘士:18》位になるそうです。《修道僧》としては20らしいですよ。」

「足して2で割る感じなのか。そうだとするとレベルだけで判断するのは危険かな?」

 基本的に『冒険者レベル』は、その冒険者の中でもっとも技能レベルが高いものが適用される。即ち、『冒険者レベル』的にはモンクが20、ネージュが21である。

 但しここで一つややこしい部分があり、《修道僧》《暗殺者》等の複合クラスの場合はそのクラスとして評価される為、魔法と格闘、斥候と戦士それぞれを総合した評価でレベルが決まるため、単純な白兵戦能力には同レベルであっても個人によってかなり差が出る。例えば、先述の《騎士》などが顕著で、要求される物が高いため、《戦士:20》+αでようやく《騎士:12~14》と目されるが、単純に格闘戦だけを見れば《戦士:18》より格段に上なのである。

 今のところ、ネージュのレベルは戦士としての能力が評価されている為、魔法なしで勝負をしようというならネージュの方に分はある。しかし、実戦、実務経験は間違いなくモンクの方が高いのだ。そこは技能レベルだけでは表わしきれない物がある。

 その後、終始ネージュが押し気味に展開しつつも、ギリギリの所でモンクがうまく回避し、時折カウンターを交えて応戦している。

 アデルが『そろそろ焦れるか飽きるかね』と言った辺りでその予言通りにネージュは誘ったカウンターパンチを得意の跳躍で躱し、モンクの顔面を踏みつけて一本となった。

 その様子をロゼとアンナはそれぞれ同じ感情で見つめ、溜息を漏らす。一言でいうなら『嫉妬』。勿論嫉妬の対象はそれぞれ違うものに向いていた。

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