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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
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教えること、教えられること

 槍とスーツを受け取った翌日、ブラバドに1週間ほど空けると伝え、今回も騎手ギルドで馬を1頭借りて引っ越したディアスの所へ出掛けた。

 昼過ぎという中途半端な時間に出たため、途中で一晩夜営をし、翌日昼前にはディアスの所へと到着する。

 5ヶ月ぶりとなるディアスは、予想よりも早い、しかし思っていたよりも意外と長い時間が経っていたと感じるアデル達の来訪に少々驚いた様子だった。

「熊にはまだ早い気がするが?」

 アデルの言葉を覚えていたのだろう。ディアスはそうおどけてみせた。

「実は、土産と報告とお願いを持って来ました……」

「そりゃ随分と盛りだくさんだな……まあ、上がってくれ。」

 そう言ってディアスはアデル達を家に迎え入れると、引っ越し当時よりも若干家具が増えている居間にアデル達を招く。

 新たに増設された3人掛けのソファーを見つけると、真っ先にネージュがダイブした後評論する。

「……固い。」

 その様子にディアスとアデルは苦笑いをし、アンナは突然の奇行(?)に困惑する。

「ソファもベッドも固いほうが好みなんだよ。別にケチった訳じゃねぇぞ。」

 ディアスの資産からすれば言い訳という訳でもないのだろう。

「さて、それじゃ本題だ順番に聞こう。」

 最終的にネージュをどかし3人掛けのソファにアデルを中心として左右にネージュとアンナが座り、向かい合うようにディアスが座った。

「まずはお土産です。またグランに行ってきたのですが、グランの港町、グラマーで見つけた“清酒”です。交易品らしいので恐らく海の向こうの産品かと思います。ただ、一言で“清酒”と言っても、作る環境や蔵元によって味や強さが結構変わるらしいですよ。もしこの中に好みがあったら瓶かラベルを取っておいてください。」

 そう言ってアデルは入荷した箱入りの清酒を6本渡した。これには流石のディアスも嬉しそうな表情を隠しきれない様だ。

「ほほう。なるほどな……ここらじゃほとんど聞かない訳だ。ってことはこれらはみんな銘柄が違うってことなのかい?」

「銘柄……なるほど。そうなりますね。樽で輸入して店で瓶詰めするので売っているのは同じ店でしたけどね。」

「有難く頂こう。まあ、果実酒だとその年の収穫ごとに同じ醸造をしても味が変わるっていうしな。また機会があったら買っておいてくれ。もしかしたら交易の“依頼”を出すかもな。」

 そう笑う。ルベルが用意したものがかなり気に入った様である。実際、一緒に長くいれば味の好みというのもある程度分かっていたのかもしれない。

「次が報告ですね。1つ目はまあ、俺らから言う迄もないと思いますが、北部で戦争が始まったらしいです。これに関しては今のところ俺達も直接関わるつもりはないですけどね。」

「ああ。聞いてる。最初かなりやられたが、今は大分押し返しているらしいな。」

「王都からもだいぶ人員物資が送られているようですしね。」

 ここにナミやファントーニ侯がいれば別の意見も述べたかもしれないが、“戦略”に関してはほぼ素人であるディアス、況してアデルにはそれ以上の見解は得られなかった。

「もう一つが、この子……アンナです。レベル査定の結果《精霊使いエレメンタラー:10》と言うことになりましたが、どうやらほぼ独学らしくて【熱弾エナジーバレット】も扱えないのに、【回復・大(ヒーリング+2)】を使えるそうです。」

「そりゃあまた……だが、お前さんらにとって【回復・大】は有り難いんじゃないのか?」

「はい。俺らとしてはそこが決め手でした。孤児と言うか捨て子と言うか……賊に囚われていたところを救出してスカウトしました。本来なら村に戻されるらしかったのですが、経緯と本人の希望でちょっと無理して連れてきちゃいました。」

 そこでアデルは声を潜める。賊に囚われていた捨て子……出てきたワードにディアスも表情を暗くするが、

「翼人です。」

「は?」

 最後に付け足したワードにディアスが驚きの表情で聞き返す。

「翼人です。ネージュとお揃いの装備をしているのはその為……というか、ネージュの装備も初お披露目か。2人とも見せてやってくれ」

 アデルがそう言うと、ネージュとアンナがそれぞれ立ち上がり、パーカーを脱いでくるりと一周する。

「なんと……」

 半ば呆然としてディアスが呟く。

「美しいな。初めて見る……」

 忽然と呟くディアスに、アンナが少しはにかみ、ネージュが少し目を細めた。

 ネージュの時にはこんな反応がなかったところを顧みれば、いまの『美しい』はアンナに向けられたものだとすぐに分かる。

「で、お願いというのが、このアンナに剣の基礎、護身術程度でいいので基本を教えてやってほしいのです。俺もネージュも、剣は専門外でして、況して教えるなんて経験もなくて……」

「なるほどな……まあ、後進の育成は俺達の務めでもあるからそれは喜んで引き受けよう。」

「ありがとうございます。」

「翼人であるって公表してるのか?」

「いいえ。知っているのは俺らの他はブラバドさんと、カイナン商事の代表のナミさん、それにこのスーツを依頼したアモールさんくらいですね。ナミさんには“借り”を作らされましたが、連れ出すのに協力してもらいましたし……まあ、アンナにしたら不本意かもしれませんが、しばらくは翼人……飛べることは公には伏せておいた方が良いだろうと思っています。」

「だろうな。一応理由は?」

「飛べることが判ったら間違いなくを斥候をやれって言われるでしょうからね。間違いなく軍が組み込もうとしてくるでしょう。実際、グランでのことでしたが、賊の拠点制圧の直前に、ネージュが記した空からの配置図見せたら、あちらの侯爵付の本職の斥候が『なんだこれ?』みたいな反応してましたし。」

「まあ、そうなるだろうな。特に貴族の横暴が通り易いグランやフィンじゃ絶対に伏せた方がいいだろうな。単純に囲い目的で連れ去られかねん。」

「ですよね……」

 実際、アンナを引き取った村長も賊が来るまではそれを伏せていた。公表していたら間違いなく誰かに狙われていただろう。非常時の切り札として保護されていたことは明白だ。また、話を聞いたら権力に物を言わせられる貴族なりが手元に置こうとしたかもしれない。

「まずはどれくらい動けるか、からだな。練習はどうしてる?」

「これを使ってますが?」

 そう言い、アンナ用の練習用の刃の潰してある剣を見せる。

「いきなりこれかよ……ああ、お前らに基礎を教える経験がないのはよくわかった。」

 ディアスは嘆息し呆れていた。アリオンの暁亭にも、ブラバドのブラーバ亭でも標準装備だと思っていたのだが……

「訓練用か……俺も用意してなかったからなぁ。仕方ないか。今はこれを使おう。もしかしたらこの町でも木剣ぐらいは売ってるかもしれんがな。」

 そう言うと、全員で庭にでる。ブラーバ亭の裏庭程ではないが、それなりの広さの庭である。

「さて、どんな感じかね。好きなように打ち込んで来てみてくれ。」

 ディアスはアンナに練習用の剣を渡すと、自分も練習用の剣だけを持って向い合った。

 アデルとしては『まさかのネージュ式教育法!?』と思ったが、ディアスはネージュとは違い、ただ単純にアンナの剣を受けるだけだった。ネージュは実践的に回避をしたり立ち位置を変えたりして最終的に撃退してしまっていたが、ディアスは一歩も動くことなくただただ単純に剣を剣で受け止めていた。楯も使える筈だが今は必要なさそうな感じだ。傍から見ている経験者のアデルやネージュから見れば、ディアスがわざわざ隙のようなものを作っているのが分かったが、残念ながらアンナにはまだわからないようだ。時折、虚を突くようにわざと当てない様に剣を伸ばし、カウンターに対する反応と、カウンターカウンターの能力を見極めようとしている。もちろん、普段教えているネージュよりも実力も高く、基礎練習としての質も良さそうだ。

「むう。」

 その様子を食い入るように見ているのはネージュだ。何か思う処があるのだろうか。ただ、アデルだけはそんな真剣な表情のネージュを見て(また何か企んでるな……)と察したのであった。

「動きは良い感じに『しなやか』だな。ネージュが相手をしてたんだろう?目と反射神経もかなり良さそうだ。振りはめちゃくちゃだったがな。」

 それがディアスがアンナに対する最初の評価だった。

「基礎中の基礎、まずは振りだな。逆にそれ以外はネージュやアデルを相手にしっかり訓練すれば、半年もかからず戦士のレベル10~15くらいには行けるだろう。魔法剣士にするつもりか?」

「その辺はまだ何も。本命は精霊魔法ですしね。ただ自分の身くらいは充分に守れるようになってもらいたいと。」

「精霊魔法は詳しくないが、精霊は鉄を嫌うらしいからな。」

「そうですね。」

 ディアスの言葉をアンナが肯定する。

「ミスリルは平気らしいですけど……」

「「ほう。」」

 その言葉にアデルとネージュが反応する。試しにとネージュがブラーバ亭新年祭の賞品のミスリルショートソードを渡してみる。

「これだとどう?」

 ネージュに問われると、アンナは暫しボソボソと何か呟く。詠唱とは違うそれは恐らく精霊の言葉か何かなのだろう。

「いつもお世話になってる精霊さんは大丈夫だそうですけど、他の精霊だとこれでも嫌がるかもと……」

「混ざってるらしいしな……」

「交換しちゃったしねぇ……」

「まあ、その辺は今考えなくてもいいだろ。ミスリルソードくらいならちゃんと仕事してればそのうち手に入るだろうよ。」

「そうですね。」

 2度目のグラン遠征で稼いだ資金をフルに使えば何とか届きそうな気はしないでもない。

「まずは素振りだな。むしろ最初は素振りだけでいい。よく見ていろ。」

 そう言うとディアスは上を脱ぎ、上半身を晒す。何度見ても良く鍛えられている。アデルやネージュも思わずペチペチと触りたくなる筋肉だ。

「方向としては……片手剣にするか両手剣にするかだが?……まずは片手剣かな。腕の動かし方、使う筋肉等を良く観察して、最初は真似するだけでいい。とにかく数だ。」

 そう言うと、練習剣を右手に持って上段から中段へとゆっくりと剣を振る。

「剣を振れる様になったら次は踏み込みだな。まずはこの二つの動きを覚え、徹底的に反復し無意識でできるようになることだ。」

 そう言いながら、右足を一歩踏み込みつつの素振りを繰り返す。振り上げ、踏み込み、振り降ろし、戻し。そのどれをとっても一瞬の無駄のない素振りをディアスは披露していた。左手は楯を意識しているのだろうか、胸の前でガードするように水平に構えつつ、踏み込みと同時にバランスを取るべく上下に動く。

 ディアスがそれを数分繰り返していると、見よう見まねでアンナとネージュが同じような素振りを始めた。ディアスは見本となる様にさらに数分それを繰り返すと、今度はアンナとネージュにアドバイスを始める。ここの筋肉を意識しろとか、このラインをイメージして振れなどである。ネージュはともかくとして、アンナの振りが今だけかもしれないがいつになく安定している気がする。ディアスの所に来たのは正解だったと改めてアデルは思った。

 2人とも随分と熱心に取り組んでいるのでディアスが一旦止めて休憩を入れようとする。特にネージュには、

「《暗殺者アサシン》の場合はそうやってあんまりフォームに嵌った剣じゃない方がいいんじゃないか?」

 と、心配したが、ネージュは『剣の素振りくらいは……』と少し言葉を濁した。

「結局長剣を使うにしたのか?何か変わった剣だな。」

 とディアスがさらに問うと、ネージュは――

「チッ」

「うおぁ!?」

「おいぃ!?」

 ネージュは舌打ちして一歩飛び退くと、振っていた長剣、スネークソードを伸ばし、ディアスのすぐ鼻先を舐めるように剣を這わす。ディアスは驚きつつもすぐにその軌道を見極め、少し離れた位置で油断していたアデルは一人素っ頓狂な声を上げてしまっていた。尚、アンナは何が起きたのかすぐに理解できなかったようだ。

「蛇腹剣かよ……」

「アルムス武器店?のお勧めの一品だそうで……こいつの最近のお気に入りです。」

「こうも簡単に見抜かれるとは……」

 ディアスの呟きにアデルが答える。ネージュの方は奇策の一本を取るつもりだったか憮然というか諦観と言うか複雑な表情を真剣にしている。

「アルムスさんの作か。」

「はい。」

「あの人、おもちゃを作る感覚で変な武器を作るからな……」

「なるほど……」

 ディアスの発言に言い得て妙だとアデルは感心する。伸びる剣、飛び出す槍、探せば他にも色々ありそうだ。まさにおもちゃの様な発想の武器であり、ネージュはまるでそれがおもちゃのように扱っている。しかしそれでいて局所的に、稀にそれが大いに役に立つ場合があることはすでに実感している。

「使いこなせれば強いんだよな……」

「ディアスさんも何か持ってるんですか?」

「まあな。」

 そう言うとディアスは客間(物置)を往復し、持ってきた剣を抜く。

「これだ。」

「え?」

 抜いてみたたところで一瞬刀身がないかのように見えたが、よく見ると透明な剣が光を反射して輝く。

「クリスタルソード。刀身が透明に近いから間合いを読まれにくい。が……」

「が?」

「強度に若干難があるから、扱いが難しく、さらにこれで敵を斬ると表面や刃の溝が敵の血で段々と赤く染まっていくから……吸血ソードと呼ばれていた。」

「なるほど……」

 アデルが呆れる隣でネージュ目を輝かせていた。

 


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