戦況と影響
帰還報告を終え、武器・防具屋に顔を出した翌日。アデルはまずブラーバ亭の掲示板に貼られた依頼票を確認する。
久しぶりに見る掲示板はほとんどが北部関連の依頼に占められていた。傭兵募集はもちろん、戦争参加、物資輸送や治療などの後方支援に至る迄、ありとあらゆる仕事が並んでいる。このあたりは徴兵制のないオーレリアとの違いなのだろう。
アデルは少々重い気持ちでそれを眺めると、依頼票を剥がす事なくその場を離れた。
余程物価が跳ね上がったりしない限り生活も半年くらいはは心配もないし、とにかく装備が整わなければその様な危険地帯に行くことは出来ない。もし、戦場に出るというのであればせめて胴体部分だけでもプレートアーマーが欲しいところだ。
尤も、アデル単身でなく、ネージュ……はともかくとして、アンナがいる以上、余程の事態にならない限り、戦場、少なくとも最前線に出るつもりはないのだが。
アデルは当初、報告と土産を持ってディアスの所に行こうと思っていたが、少なくともアンナのスーツが2着出来るまでは王都で待つことにした。ディアスとの再会(再戦)を楽しみにしていたネージュが少々がっかりした様子を見せたが、特に反論はなかった。
アデル達は王都で待機状態とは言え、宿でぼーっとしていても仕方ないとまずはブラーバ亭の裏庭でアンナに剣を教えることにした。
これにいつになく張り切っていたのはネージュだ。“後輩”に対するアピールか、新たな家族に対する期待か……単純に有翼種として、空中戦の訓練相手としての期待もあるのかもしれない。初心者相手に。
そこでアデルと少々意見が分かれる。
アデルは、「まずは素振りと体力づくりだろ?」と言うが、ネージュは「実践こそ総べて」とアンナに練習用の剣を持たせ自由に掛かって来いとアリオンやディアスに鍛えられた時の逆をやろうとしているが、それはネージュが既に体術の基本ができていたから成り立っていたのだと言い聞かせる。
一方アンナの方は思いの外熱心に取り組んでいる。だがやはり教える方の教える経験が不足している感は否めない。ネージュは殆どアンナに剣を振らせることなく撃退してしまっていた。それでも、アンナは果敢に立ち上がり、すぐに立ち向かうが、ここでアデルは意外に思う事があった。
「意外と体力あるな。もしかして鍛えてた?」
アンナは立会い直後は肩を揺らして大きく息をするが、ものの数分で次へ移る。
「水汲みとかはしてましたし。それに疲労を軽減……というか、疲労を徐々に回復する精霊魔法も使ってます。」
「「なにそれずるい。」」
「えぇぇぇ……」
疲労回復の魔法に思わずアデルとネージュが反応してしまったが、アンナは困ったような声を出す。
「いや、もし可能で、実戦に出る様になったら俺らもお願いしたいくらいなんだけどな。それを“前提”にされても困る。実際、今回は腕輪を取り上げられて魔法が使えなくなってたんだろ?やっぱり訓練中は自力……地力だな。を鍛えるようにしないと……」
「……なるほど……」
「水汲みとか、日常的にもその魔法使ってたの?」
「……はい。」
「なるほど……確かに腕の筋肉はそれなりに付いてる気はしてたけど……体力の方はどうなんだろうな。一日に動ける量が増えるとなればたくさん練習できるってことになるのかもしれないけど……こっちも地力での実力を見たいし、当面、鍛錬中はその魔法はなしにしよう。」
「わかりました。」
「まあ、今日はこれくらいにしておこう。明日・明後日と、少し森に出て体力づくりやら状況毎の戦い方とかを覚えてもらおうかな?困ったら森だ。」
「困ったら森?」
「森はいいぞ。狩りも出来るし、採取も出来る。戦闘も木の隙間などの狭い場所や若干不安定な足場での戦闘の訓練にもなる。基本を学ぶにはもってこいだ。」
「それ、基本かなぁ……」
困惑するアンナにアデルが熱弁を振るうとネージュがぼそりとつぶやく。とはいえ、森へ行くことは賛成なので余計なことは言わない。
その日は、新たな布団と、4人用のテント、保存食などを購入し、翌日からのキャンプに備えた。
翌日。
アデル達は正月前にも訪れた“東の森”へと向かう。今回からはアデルが騎手ギルドで騎馬を借りてアンナを後ろに乗せ、プルルにはネージュが乗って移動することになる。ネージュとしてはいずれアンナにも馬を扱えるようになってもらい、自分は今まで通りの保温シート&自動運転付の鞍に跨りたいと考えているのは内緒である。
すでに何回か訪れた場所だ。道中特に何事もなく当初の目的地に到着する。戦争の支援に行ったのか、街道警備の兵士の数が以前より少なくなっていた気もする。南部領、グランやフィンがある南の街道と比べると東の街道の重要度は若干低く見積もられているのだろうか。その辺は穀倉地帯や主な交易相手がある南方と、開拓村が点在するくらいの東部との扱いの違いだろう。
アデル達が“東の森”の西端、つまり王都側にある、隊商や旅人たちの中継地となる村に到着すると、不思議なことに以前よりも村が賑わっているように見えた。
「なんか以前より人が多い気がしますが何かありました?」
アデルは村の入り口を見張る兵士に尋ねる。
「戦争特需というか……木材の需要が高まってな。近隣の村にも手伝ってもらって東の森の一部を伐採中なんだ。」
「なるほど……」
戦争により木材が大量に必要になり、近隣村落からの応援を頼んで応対しているらしい。
「これなら、エストリア伯領の開拓村にも仕事が回りますかね?」
「どうだろうなぁ。東の森だけでもそれなりに広いしな……」
「とはいえ、森を丸々裸にするわけにもいかないでしょう?」
「そうだな。だが、その辺は俺達があずかり知るとこでないからな。」
「なるほど。」
「で、お前らは何の用だ?」
「いえ……鍛錬がてら狩りでもしようかと思ったのですが……」
「これだけ賑やかに伐採作業をしてると、動物なんてびびって出てこないんじゃないか?」
「そんな気がします……」
結局、大忙しの伐採作業の邪魔をするわけにもいかず、山菜採り等も出来る状況ではなさそうだ。せっかくギルドで馬まで借りてきたのだが、大人しく引き返すことにした。
「こんなところにまで影響するんだなぁ……」
戦争の思わぬ影響に驚きつつも辟易としてしまう。もしアデル達がコローナの生まれだったらもっと真剣に、毅然と立ち振る舞ったのだろうか?少なくともテラリアの辺境よりは今の生活環境の方に思い入れがあるような気はする。
「森を削りすぎると、熊との遭遇率が上がりそうな気もするけどね。」
「だろうなぁ。まあ、もう少し南に行ってみればまた違うだろう。鎧が完成するまでお預けだな。
「むう。」
ぷくーっと膨らませるネージュの頬をつつきながらアデル達は王都へと引き上げたのである。
結局ただの遠足となった一日を挟み、アデル達は装備の出来上がりと待ちつつ、鍛錬と情報収集に精を出していた。特に、北部を重点的に周辺国の状況や基礎知識と、精霊魔法に関してだ。
周辺国――とりわけ直近の問題であるオーレリア連邦は5つの公国からなる連合体で、“一つの国としての外交”の窓口は1つである筈なのだが、実際は各公国が連携と牽制をしつつ運営されている為話し合いがしにくいというのが実情の様だ。特に今回の戦争は、連邦の黒国がまずノーキンス辺境伯のノール城に侵攻し、コローナ国内を荒らした反撃と報復にノーキンス辺境伯を盟主・寄り親とする北部(貴族)連合の一部が黒国の東隣の連邦の公国である赤国に攻撃をした為、随分とややこしいことになってしまっているとのことだ。現在、黒国軍をノール城まで押し戻し、また、赤国に侵入した部隊はコローナの国境まで一時撤退して守りを固めているそうで、本来の連邦の外交窓口である“黄国”とコローナの王宮が現在和平交渉に乗り出している様だ。但し、黄国は直接の当事者でない為その実効性は疑問が残る。
次に西の軍事・工業大国ベルンシュタットはハト派の国王・第1王子派と、タカ派の軍・第2王子派とで対立が続いているとのことだ。南東のグランに関してはアデル達が知っている情報以上の事は出てこなかったようである。南にフィン国に至っては交易らしい交易がないのか、『物騒』『野蛮』とう大雑把な話しか聞こえてこない。市井、特に冒険者に関係する者の話としては重要度的に、連邦、グランに対する懸念が強いようであった。
そして、もう一つの精霊魔法に関しだが、最初にブラバドに使い手で話が出来そうな人はいないかと尋ねてみたが心当たりはないという。《精霊使い》は《魔術師》のように知識とコツを身に着ければ誰でも習得できるという物でなく、精霊との相性が強く関係してくるという。更にその精霊が町の喧騒よりも周辺の自然を好む傾向があるので、それこそ冒険者を生業にしていない限り王都のような大きな町に滞在することは稀なのだそうだ。もともとそういう人物が精霊に好かれ、認められるらしい。実際アンナも山で過ごしたり、森に囲まれた村で過ごしたりが長く、今最も影響の強い光の精霊は物心ついたときからの友人で、魔法体系としての精霊魔法に関しては全く知らないと言う。《精霊使い》に関しては得てしてそう言うものらしい。ちなみに、グラマー周辺の湖のペガサスの話をしたら食い気味に関心を持ったようで、今度グランに行くときがあれば連れて行くという約束をした。
そんな感じで一週間が経過した。
アモール防具店に発注したアンナのレザースーツも2着目がほぼ出来上がり、最終調整が行われた。翼の位置の確認、関節や腹部等の折れ曲がる箇所の可動域の確認、締め付けの有無等、アンナにもアモールにも納得のいくものに仕上がった様だ。
引き続きそれぞれの3着目とアデルの胴鎧をお願いし、アルムス武器店でいよいよアデルの新しい槍を受け取る。
「うむ。いい感じに出来たぞ。従来の素材でこれくらいのものが出来ればうちももう少し潤うんだがなぁ。」
アルムスがそう言いながら槍の説明をする。
基本構造は、高枝切狭やモップなどでよく見かけるアレだ。1段目の中に2段目が入っていて、引き伸ばすと長さが凡そ倍になる。伸ばしきったところで、溝と留め金でしっかりと固定し、固い物を突いても柄が戻らない様になっている。その為、ワンタッチで扱うことはできないが、そこは安定性が最優先されるべきでそこにはアデルも異論はない。穂は狭い場所でも難なく扱えるように鋼鉄製のシンプルな物になっていた。形態としては素槍である。
「例の素材のお陰で柄の部分の強度は問題ない。また、軽いお陰で重心が穂先に集中するから今までのように投げれようと思えば投げられる筈だ。いずれ鋼鉄で試作してみたいとは思うが、1段目が空洞になるからどうしても重さか強度のどちらかが犠牲になってしまうだろうなぁ。以前折り畳み式で作ってみたことはあったけど、あれは持ち運びが楽になる武器使用時の長さ調節は出来なかったからな。ほれ、一応振ってみろ。」
アデルは槍を受け取ると、通常の状態でまず一振り。一段目はアデルの手の大きさを参照して作っただけあってこちらは何の違和感もない。
次に伸ばした状態で振ると、重心が穂と2段目に集中するため、少々振り回される感じになる。
「重心のせいかな?結構癖がありますね。突く分ならそんなに問題はなさそうですが。もしかしたら両手持ちしたほうが安定するのかな?尤もこれ専門で練習すればすぐに慣れれると思いますが。」
「うむ。その辺は頑張って使いこなしてくれ。改善できそうなところが見つかったら是非言ってくれ。ネージュの方はどうだ?何か希望はあるか?」
「うーん……改善とはちょっと違うけど……」
「む?」
何か意見がありそうな素振りを見せるネージュにアルムスが興味深そうに促す。
「これの練習用がほしいかも……動きも独特で慣れるまで相当練習がいるけど、本物しかないとほぼ実戦で試すしかないでしょ?」
「むう。練習用か……」
期待していた物とは違う答えにアルムスが唸る。
「重さを合わせて動きが再現できれば安い屑鉄で作って抱き合わせすればそれなりに需要増えると思うけど……実際、無暗に振り回すと自分でも危なさそうだし、人相手に特訓したいと思っても色々問題多そうだし。」
「確かに……言われてみればそうなるな……ただでさえ扱いが難しいのにこれじゃ物好きにしか売れないか……」
「物好きって……」
(自分で作っておきながら……)
アルムスの言にネージュはやや納得いかないものを感じながらも、自分はねだってみただけで、“買った”のは自分ではなかったなと深く考えなことにした。
その分、存分に使いこなして仕事に役立てれば良いだけなのだ。




