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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
51/373

竜人と翼人

 王都に戻ったアデル達はまず、ブラバドに今回のグラン遠征の顛末を報告した。

 話を聞いたブラバドは店に何の説明もなく危険な依頼を回された事に強い不快感をあらわにしたが、コローナ出発時には予測できなかったこと、他店冒険者を含む全員の生還、それに元々この指名依頼を持ち込んだのはブラバド側であったため強い抗議は見送ることにするが、それでもナミとは一度お話し合いをしなければとの事だ。

 勿論、自分たち冒険者の身を心配しての怒りとは分かったが、アデルは少し勘違いをする。アデル達のレべルなら山賊退治という仕事なら、ブラバドでも事前に説明した上で受けさせただろう。ブラバドが怒っているのは人間同士の集団戦で起こり易い不測の事態もそうだが、その後の処理でのメンタル的な部分の問題に対してだった。実際、事前に何となくでも話を聞いていた上に、ナミにアンナの件で裏に引きずられ、たまたま現場を目撃せずに済んだアデル達はともかく、それ以外、特に駆け出しを卒業し、中堅レベルに手が届こうという男性ばかりのパーティには少なからぬトラウマになっていた。助けられる力をようやく手にしたのに、助けられない、助けられた筈なのに死ぬまで梃子でも動かない存在。貞操観念に含んでよいのかはわからないが、コローナ・グラン・テラリアではこのような話は珍しくないそうである。

 特にグランでは本来なら部隊の長から下へと教えられ、目の当たりにする経験を積んで「処理」を覚えるものだ。実際、戦慣れしていたカイナン商事の者は粛々と処理したうえで、2人の翻意までさせている。手を下すのが、汚すのが新しめの冒険者しかいなかった場合、双方にとって不幸な結果しかもたらさない。

 アデルは取り敢えずでもブラバドの怒りを鎮める様と別の話に挿げ替える。まずアンナを正式なパーティメンバーとして、また家族として受け入れた事を報告し、冒険者ギルドのカードと店のタグを発行してもらうことにした。その折、クラスはどうするのか?という問いに、ひとまず《精霊使い(エレメンタラー)》でレベル査定をしてもらう事にしたのだが、アンナが扱う精霊魔法がニッチというかかなり偏っていたため、レベル査定がかなり難航した。

 アンナが扱える精霊魔法は、主に光属性の回復、支援魔法がほとんどで、本来、光の精霊使いなら最初に習得する単体攻撃魔法“熱弾エナジーバレット”すら扱えなかった反面、回復魔法は通常の高位回復魔法“回復・大(ヒーリング+2)”の他、現存する光の精霊魔法でもかなり高位である一時的に対象の姿を消す“不可視インヴィジュアブル”など、レベル30以上の精霊使いが扱う魔法なども習得していた為、適正なレベルを付けられないということだ。

 冒険者の店の査定事情など全く知らないアンナはそうとも知らずに思いついたかのような軽い口調で言う。

「あと、こんなこともできます。」

 と、アンナが言い出し、何かを唱えると、ネージュとアンナの髪がアデルと同じ黒色になる。

「「え?」」

 これにはアデルどころかブラバドまでが驚く。ブラバドですら今まで見たことも聞いたこともないものだったからだ。

「色の波長を少し替えただけです。解除する迄ほぼ恒久的に対象の色を替えられるんですよ。これなら兄妹として問題なくやっていけるかと?」

(いやいや待て待て。対象を恒久的に“変質”だと?)

 ブラバドは少々慌てたが、アデルは変化したネージュとアンナの髪色を見て言う。

「コローナだと真っ黒って珍しいんだよな。もう少し茶色めの明るい色に出来るか?俺も。」

「これくらいですかね?」

 そう言いさらに詠唱すると、明るめの鳶色の髪になる。ネージュとアンナが同じ色に変化しているところを見ると、アデルの髪も同じ色になっているのだろう。

「うん。これくらいがいいな。」

 アデルがそう言うと、流石のブラバドもかなり困惑した様子で、『誰に魔法を習ったんだ?』と尋ねる。アンナは『母親と精霊』と答えた。それにブラバドが更に『母親?母親はどうした?』と尋ねたら、アンナはアデルにしたものと同じ説明をした。10歳になった時に村長に預け、忽然と姿を消したとの答えだ。ちなみに父親は不明で、村の長に引き取られたが、賊の襲撃の際に『通常の女性10人分の価値がある』と言われ賊に売られるような形で賊に引き渡されたと。

 なんともやるせない話に触れ、ブラバドが申し訳なさそうな表情をしたが、そこで「10人分の価値?」の部分が気になったのかアンナに尋ねる。アンナは困ったようにアデルを見るが、アデルが、「実は翼人で……」と言うと、ブラバドは表情だけで大いに驚き、程なくして呆れたように、「お前の妹は竜人の次が翼人なのか……」とため息をつくと、アデルは肩を竦めて、「一人目は狐人でしたがね。」と言うと流石のブラバドも完全に呆れた。

「取り敢えず……“熱弾”も使えないとなると、いくら奮発してもレベル10以上には認められん。その様子なら知識だけ身に着ければすぐに扱えるだろうから、なるべく早く習得することだ。まあうちで仕事を受ける場合は気にせずに、ランクCパーティって扱いで良いだろう。」

 そう言いながら、アンナ用のカードとタグを用意してくれた。


 ブラーバ亭でのパーティの更新手続きが終わる。部屋は引き続き2人部屋をそのまま期限まで無償提供してもらうことになった。ベッドの組み分けが要相談案件になった事はアデルに複雑な心境をもたらした。アデルは身体のサイズと性別的にアンナとネージュで一つのベッドを使えばよいと深く考えなかったが、両者とも有翼種同士で一つのベッドと言うのは避けたいらしく、布団を購入するまでは、ネージュがアデルと一緒に寝るという話になった。流石に2人部屋にベッドを持ち込むわけにもいかず、急遽布団購入しなければ、ということになった。

 そんな話はさておいて、アデル達は次にアモール防具店へと向かう。

「む?何か印象が変わった?」

 2ヶ月ぶりに顔を合わせたアモールは開口一番そう言った。

「あー、精霊魔法(?)で髪色を3人で統一しました。」

「そりゃ便利な物があるんだな。3人?」

「今回、グランで3人目を迎えることになりまして。アンナです。この子の装備もお願いしようかと。」

「なるほど。また若い娘を誑かしたのか。まずは、アデルの楯からだが……」

 一部分、聞き直そうかと思ったアデルだが、次の言葉にそれを忘れてしまう。

「すまん。楯だが、まだ作業に掛かっていない。」

「……え?何か急な仕事でも入ったんですか?」

「急な仕事と言えば、北部で戦争が始まったのは聞いているだろう?」

「なるほど……戦争で防具の需要が跳ねあがりましたか。」

「それもある。おかげでうちの若いモンはそれに掛かりきりとなってしまっておる。」

「若いモン?」

「そうだ。楯の作業に掛かれていない理由は別だ。例の金属な……あれ、おそらく今の世の中には無い金属だぞ?」

「世の中には無い?」

 アデルの問いにアモールが続ける。

「うむ。ミスリルとも違う……とにかく軽い。溶かして見たものの、性質も変わらないままミスリルよりも楽に加工ができそうだ。強度はミスリルに若干劣るが……軽さは目を見張るものがある。これは推測だが――おそらく、古代文明時代の金属錬成で造られたもので、ゴーレムの材料になっていた事や素材の強度を考えると、古の汎用装備の素材だったんじゃないかと思われる。」

「汎用装備ですか。」

 アデルは特別な物かと期待したが、汎用と聞き少しテンションが下がってしまう。

「古代のな。今ではそうそう生成すら出来ん貴重品だ。だから勝手に楯や槍にして良い物かと、困ってしまってな。お前さんの判断を待つことになった。」

「と、いうと?」

「この素材を全部つぎ込んで板金鎧にすれば、従来品よりも遥に軽量で鋼鉄以上の強度を持つプレートアーマーが出来ると思う。また、ブレストプレートにすれば2人分にしてさらに槍を作れるくらいにはなるだろう。ブレストプレート2つ分で、タワーシールドを作れるが、タワーシールドにしては異次元の軽さの物が出来るだろうな。ただ強度は鋼鉄以上ミスリル未満という認識で合っていた。ネージュのブレストプレートの方が強度的には上だが、重量は半分以下まで減らせるだろう。」

 期待していた新装備が出来ていないのは残念だったが、アモールの配慮には感謝する他ない。

 わざわざアデル達の事情を鑑みて作業を待って提案してくれているのだ。

「なる……ほど……素材の追加は出来ませんし、確かに悩みどころですね。」

「だろう?どうする?」

「少しだけお時間を下さい。近日中には必ず結論を出します。実はですね……」

「また、『実は……』か。今度はなんだ?」

「こちらのアンナなんですけど……」

「なんですけど?」

 アデルの言葉をわざとらしく繰り返して見せるアモールから視線を外し、アンナに向き直る。

「アンナ。ネージュの装備はこの人の作だ。大丈夫だから上着を脱いで見せてみてくれ。」

「え?……わかりました。」

 ネージュと違い、アンナは年頃な上に体つきもまさに思春期のそれだ。つい先日まで賊に剥かれ、全裸で吊るされていた筈だが、改めて上半身を晒す事にかなりの抵抗があるようだ。だがネージュのスーツの作者だということで覚悟を決めて上を脱いで翼を展開させた。

「なん……と……」

「アモールさんでも初めてですか?」

「……初めてだ。で、つまりはその子の分のスーツだな?」

「はい。アンナ分を追加で3着、ネージュ用にもう一着作って頂きたく。」

「それはもちろん歓迎するが……アンナと言ったか?すまんが、その場で一周回ってみてくれ。」

 言われた通りにアンナがその場で一周回転すると、 

「ネージュもだ。」

「ん?」

 ネージュにも声が掛かると、ネージュは意図を理解し、パーカーを脱いで同じように回転する。

「なるほど。翼の付け根の幅と位置が若干違うのか。ネージュはもういいぞ。アンナは少し寒いかもしれんが我慢してくれ。必要な作業だ。」

 アモールはそう言うと、ネージュの時も行ったような採寸を手早く始める。一通り終え、確認でもう一通り行うと、終わったと告げ、服を着る様に言う。

「計4着となると、それなりに時間がかかるな。お前さんの防具も含めて優先度合いはどうする?」

「板金の方はじっくり取り組んで頂きたいですし一番最後でいいです。そうですね……まずはアンナに2着、そのあとネージュとアンナに1着ずつでお願いします。」

「わかった。防具は?」

「……ネージュのブレストプレートをアンナに回す事は出来ますか?」

「……と、いうと?」

「アンナにも翼を考慮した防具が欲しくなりますし、あとはネージュには重量優先、アンナには強度優先にした方がいいんじゃないかと。」

「……つまりはブレストプレートにするのか?」

「そうですね。あとはカイトシールドと槍ですかね……」

「ふむ……まあ、理には適うか。出来ればお前さんにもフルプレートくらい装備してもらいたかったんだがなぁ。」

「フルプレートは別に用意しようかと……重量ってそんなに変わりますか。」

「かなり変わるぞ。試しに店のフルプレートを試着してみればよい。この金属を使えば、レザーよりも若干重い程度の物に仕上がると思うが……」

「悩みますね……」

「まあ、ワシらですら悩むんだ。お前さんも存分に考えて決めればいい。1着目が3日後には出来るだろうから、その時にまた来ると良い。」

「そうですね。わかりました。そうだ。忘れてた。グランのお土産ですどうぞ。」

「む?」

「グランの交易品にあった酒です。“清酒”というらしいです。ディアスさんが飲み易くて飲みすぎると言ってましたが……どうぞ。」

「ほほう。そりゃ有り難い。遠慮なく頂くとしよう。」

 やはりこの手の人達には酒か。グランディアでペガサスと戯れた後に思いつきで購入した酒だったが効果はありそうだ。

 アデルはアモールに別れの挨拶を述べ、店で言われたとおりにプレートアーマーを試着し……

「こりゃキツいわ……プルルにも厳しいな。」

 その重量を体験し、騎士と戦馬たちのタフさを実感したのであった。



 続いて、アルムス武器店にも顔を出す。アルムスはアデルの顔を見ると、アモールの様に戸惑うことなく、

「どうするか決まったか?」

 と声を掛けてきた。

「もう3日程考える」と言うと、アルムスは残念そうな表情を見せた。面白いもの好きのアルムスとしては、現存する唯一といえる金属に触れるのが楽しみだったのだろう。

「まあ、そちらの話も含めて……先に、グランのお土産です。どうぞ。」

「む?」

 先に、アモールに渡したものと同じ酒を渡し、同じ説明をするとアモール程の反応は得られなかった。

 しかし、

「この槍とスネークソードは大活躍でした。特に、この槍の仕掛けのおかげで、人質に取られたこの子を無傷で救出できましたし。」

 と、アンナとその救出状況を紹介し武器を持ち上げると、

「そうか。なるほど!そういう時に使えるのか……次からは騎士にもそう売り込んでみよう。」

 と気を良くした様子だった。

「蛇腹剣の方は?」

「うん。良い感じ。槍よりも広い範囲薙ぎ払えるし、森とかなら普通の剣として十分扱えるし。」

「そうだろうそうだろう。もし改良したい点が見つかったらぜひ教えてくれ。」

「ん。わかった。」

 ネージュの言葉に満面の笑みで応えるが、すぐに真剣な表情に戻る。

「で、今回の用事は?」

「ええ。例の高級釣竿式の槍ですが、どれくらいの量の素材が必要ですかね?プレートメイルも欲しいとは思いますが、俺としては状況次第で長さを調整できる槍の方を優先したい感じでして。」

「うむ。貴重な素材だからな……あの軽さと強度のバランスからして少なくとも伸縮式のポールと一時的に長さを固定する装置の部分は例の金属で作りたい。穂先は鋼鉄でもミスリルでもあとでいい物を付け替えればいいだけだしな。」

「なるほど。そちらの方が将来性もありそうですね。どれくらい必要になります?」

「長さと強度をどれくらいにするか、だな。さすがにパイク程の長さは要らんだろ?」

「ええ。流石にそこまでは。通常でこの槍くらい、伸ばして2.5~3メートルもあれば十分かと。その辺りでアルムスさんが一番バランスの取れると思った長さで。」

「うむ。次の問題は強度だな。構造上、内側、特に手元付近は空洞になってしまうが……あと重さだな。穂先を別の素材にするとするなら余計に、先端へ行けばいくほど重くなる。そうだな。当初は釣り竿同様に3段階くらい長さを選べるようにしたかったが、2段階でもいいか?」

「大丈夫です。状況に応じて伸ばせるという利点が大きいですからね。強度も、あの金属で軽めに出来ると言うのであれば多少ならに握り部分が太くなってもいいかもしれません。」

「使いにくくならない範囲で。だな。手を見せて見ろ。」

 アルムスに言われ、アデルは右手を差しだす。

「なるほど。少し大きめな感じだな。悪くない。少し工夫してやれば多少太くしても行けそうだ。手が小さくなるなんて事は滅多にないからな。」

「でしょうね。」

「よしわかった。大体のイメージは出来た。必要な分量も見当が付く。槍を優先するなら先にアモールに相談してくるが?」

「そうですね。その方向でお願いします。残った分量で、フルプレートかな?金属鎧を考えると。」

「うむ。任せてくれ。話は以上か?」

「いえ。アンナと俺用に……とりあえず、練習用の剣2本と、あとショートボウとかありますかね?」

「練習用の剣はともかく、弓?」

「ええ。今回山賊の討伐……拠点制圧の仕事もあったんですが、先制や牽制、釣りだし用に予備武器としてあればいいかなと。基本は狩猟で教わってますので。」

「予備の弓か。戦争が本格化すると……やはり有った方がいいのかもしれんな。とりあえずはその辺りにある物から気に入りそうなやつを持って行け。店頭の既製品は原則値引きはなしだ。」

 既製品は値引きなし。アモールも同じ事を言っていていたが何か理由があるのだろうか?とりあえず、数本の短弓をとり、弦の強さを確認して丁度良さそうなものを選び、練習用の長剣と共に購入した。当面は生活費にも余裕はあるし、地道に訓練をして、特にアンナの武器はその習熟度によって改めて考えればよい。アデルはそう考えた。


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