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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
50/373

生還と死出




 空が紫と橙の比率が半々になった頃、アデルとネージュは森から複数の気配を感じ立ち上がった。

 すぐにアンナを抱え、その方向と自分たちの間に丸太小屋が入るように移動する。

「隠れなくても大丈夫だよ。派手にやったようだね。」

 ナミの声だ。

「早かった?ですね。」

 日の出にはまだほど遠い。森の中を歩くにはまだ早い時間だとは思ったが。

「こっちに釣れた数が予想より少なかったから気になってね。まあ、少なくとも無茶はしないとは思ってたが……」

 ナミに続いてカイナン商事の面々が賊の拠点に入ってくる。

「どんな様子だい?」

「そちらに向かった伝令っぽいの一人以外はすべて片してあります。」

「遅れてきたのは伝令か。あの時点でこっちも終わってたのかい……。人質は?」

「見つけた限りは全員無事の筈です。各小屋で入り口を塞ぐように指示してあるので、外からゆっくりと3回ノックした後声でも掛けてあげてください。」

「分かった。お前たち!」

 ナミが振り向いてそう言うと、商会員が一様に散らばる。

「その子は?」

 ナミが一人だけアデルに抱えられている見覚えのない少女について尋ねる。

「……妹のアンナです。コンゴトモヨロシク。」

「はぁ?(威圧)」

「すいません。事情は話します。」

 半分、いや、7割方は冗談のつもりではなかったのだが、ナミに睨まれてしまった。

 アデルはアンナが翼人であること以外の説明をする。村長の拾い子だったが、他の村民の代わりに売られるように賊に供出されたこと、精霊魔法が扱えることを買ってパーティに誘い承諾を得たことだ。

「精霊魔法?」

「独学?で回復魔法専門のようですが……うちらには非常に有り難いので。」

「まあ、そりゃそうだろうね。前衛2人パーティだし……でも、いきなりあんたたちについて行けるのかい?」

「その辺は頑張ってもらうしか。まあ、どうしても無理なら街に出ればそれなりにやっていけるでしょうし。」

「…………分かった。けど、どうしようか……まあ、うん。侯爵にはバレない様に連れ出しなよ?」

「え?」

「え?ってお前……まあ、そうか。一応説明すると、言い方は悪いけど、拠点にある“物資”はすべてグランに帰属だと言ってあっただろう。ここはファントーニ侯の新領地だ。領民を勝手に連れ出されて領主がいい顔すると思うかい?」

「えぇぇ……」

 アデルは苦い顔をする。救出した人まで物資扱いなのか。尤も、移民というか流民であるアデルには村人もその領主の資産という認識がない。開拓村時代でも税の取り立ては人口割で村で一括で納められていたため本来なら個人個人に税金がかかっていることを知らない。

「まあ、助けられれば儲けもの……程度の認識だからね。戦闘のどさくさに紛れて女が逃げ出したなんてことがあって不思議はないだろう。」

「その点は、その村から連れてこられたのが一人だけだったってのは逆に運が良かったのか……」

(と、なると同じ部屋に捕らえられていた女性がどう出るかかな……翼人であることも知ってるだろうし)

 そこでアデルは一つの懸念を思い出す。さらに、救出された人質もグラン帰属が原則となると……

「アンナ。あの小屋にいた人以外でアンナの翼を知ってる人は?」

 小声でアンナに話しかける。

「結構みんな知ってる筈です。」

「…………いや、先に一人で抜け出してきたのは大正解だったな。姿消しはどれくらいの時間持つ?」

「喋ったり、誰かに触れようとしなければ半日くらいは……」

「そうか……不本意かもしれんが、やっぱり戦闘中に逃げたことにしてしまおう。アンナ。少なくともグランにいるよりは絶対にマシだ。従ってくれ。」

「なんでしょう?」

「しばらく姿を消して、ネージュのすぐ後ろに付いていてくれ。ネージュ――」

 アデルはネージュに何かを耳打ちをすると、ネージュは無言で頷いた。




 夜が完全に明けるころにはすでに拠点の探索も終了していた。

 小屋やテントにあった賊共の物資も纏められ、また解放された人質たちも商会員たちが事前に用意していた毛布に包まり一か所に集められている。

「これで全員かい?」

 集められた人質たちの前でナミが言う。顔を見ていなかったが恐らくアンナと同じ小屋に囚われていた者だろう、1人の女性が周囲をキョロキョロと見回しているのにアデルは気づく。

(…………先に仕掛けるか。)

「あれ?あともう一人二人いた様な気がしたんですが……」

 あえて複数足りないという体にして声を掛ける。

「13~14歳くらいの……翼人の子がいた筈ですが……」

 その女性が正直に言ってしまう。

「翼人?」

 その言葉に、商会員達が地味に騒めく。ナミは何か言いたそうにアデルを睨むが……それ以上の事は言ってこない。

「俺、外から合図があるまで中で戸を守ってろって言いましたよね?」

 アデルは敢えて強い口調でその女性に言う。

「私に言われても……すみません。少し眠ってしまった間に逃げたのかもしれません……」

「翼人……間違いないのかい?」

「はい……」

 ナミの強い念押しにかなり怯える様子でその女性が答える。

「拘束は先に外したんだろ?逃げようと思えばどこへでも逃げられそうだね……」

 ナミが確認するようにアデルに言う。

「ソウデスネ____」

 アデルはため息とともにそう吐き出した。

「まあ、とりあえず無事……とは言わんが、生きてた人は運が良かったね。森の外に馬車が待機してる。もうひと辛抱だよ。」

 ナミの言葉と共に撤収の準備に入る。が、そこで当初の心配事が起きてしまう。

「もう……村には戻れません。お腹の中にヤツらの種が根付いていると思うと……怖くて、主人に申し訳なくて……これ以上生きていられません。」

「私もです。私を守るため彼は殺されました。賊の子を孕んでおめおめと私一人生きていくことなんでできません。どうぞお情けを……」

 同様に“生還”を望まぬ女性が5人現れた。

「まだ早まらなくても――」

 アデルは何か言いかけたが、そこでナミに襟首をつかまれ丸太小屋の裏へと引きずり出される。

「楽にしてやんな。」

 ナミが小屋の陰に入る直前にそう言う。

 しばらくしていくつかの悲鳴が同時に響き渡った。

 

「どうして――」

 アデルがナミに尋ねようとすると、逆に詰問されてしまった。

「こっちのセリフだ。翼人とはどういうことだい?」

「……そのままですよ。助けたと思ったら背中に翼が生えてました。」

「はぁ?」

 先ほどよりも強い怒りの『はぁ?』を頂いてしまった。

「すみません。人質も物資に入るとは知らずに、先に約束してしまいまして……決して、利己……うーん、営利?目的じゃないです。」

「……いや、そりゃあんたが売りに出すつもりで助けた訳じゃないとは分かるけどね?どういうつもりだ?」

「即戦力の確保、それに助けられた翼人なら一緒にいる竜人を種族で売ることはないと思いまして。実際、パーティ云々はネージュが先に言い出しましたし。」

「…………」

 ナミはしばしの沈黙の後、

「即戦力ね。それじゃあ、とりあえず一つ“貸し”にしておくよ。」

「……ハイ。」

 予定外の負債を抱えてしまった様である。

「それよりも……」

「あぁ?( ゜Д゜)」

「ナンデモナイデス___」

 勝てなかった。アデルはブランシュとの約束を果たせなかったことを深く悔いた。

 再度ナミに引きずられ、先ほどの場所に戻ると、3体の女性の首なし死体が安置されていた。申し出たのは5人、恐らく先3人の死に様を見て怖くなり気が翻意したのであろう。2人が両手を固く結び泣きながら祈っている。戦勝に昂っていた冒険者たちもすっかり消沈していた。とくに男性のみのパーティ者はやるせない表情と憮然としている者と、半々くらいだ

「覚えときな。これが人間同士の争いの末端の現状だ。これからまたもっとこういう事が増えるだろう。自分を、何かを守りたいと思うなら……自分で力を付けることだね。」

 数名の人質女性たちのすすり泣く声だけが聞こえる中、一行はファントーニ侯の城へと帰還した。



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 再度ファントーニ侯爵領の支城に戻った一行は、侯爵に報告その他を兼ねて、支城でさらに2日過すことになった。結果として見るなら、3つの討伐作戦は全て成功。少なからぬ数の捕虜、元正規兵が連行され、また人質となっていた人たちも一旦侯爵の元に保護された。

 報告が終り、賊の規模も多少は異なるが、一番戦果が良かったと評価されたのはカイナン商事の部隊となった。勿論、外部委託で有るため多少の色付けはされていたのであろうが。

 奇襲(待ち伏せ)と強襲(空襲)、さらに適切な保護の結果、ひとりの損害も出さずに成し遂げたのがナミ達の部隊だけだったそうだ。

 兵士同士のガチンコ勝負となった他の隊には、犠牲も少なからず出たようで、また人質にも一定数の犠牲がでたとの話だった。また、救出後に死を望んだ者も、半数とまではいかなかったがやはり少なくない数に登った様子だ。

 作戦に当った各部隊を一旦解散した後、ファントーニ侯がカイナン商事に従った冒険者たちに、高待遇を条件に侯の部隊に来ないか?と尋ねたが、全員丁寧にお断りしていた。元々の他国の者である。こちらは言ってみただけでさほど期待はしていなかっただろう。


 全体解散の後、ファントーニ侯はナミに付けていた斥候に戦闘に関しての話を聞いたが、斥候が最初に『隊商に扮した(?)待ち伏せによる戦果が大きかった』と告げると、ファントーニは一気に興味を失い、斥候を下がらせた。本来彼が聞くべきはこの次に用意されていた報告であったのだが、その重大さを侯爵も斥候もその時点では全く気が付いていなかった。



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 その後、ファントーニ侯の領をでて、従来通りの国境検問所を通過し、カイナン商事一行はコローナへと戻った。国境通過の折り、コローナとオーレリア連邦の戦闘について尋ねたが、広いコローナ王国の北西と南東と言う正反対の位置からか詳細な情報は入ってきていないようで、ただ『旗色は悪い』との返答があるのみだった。

 コローナ領内に入って数日後の夜、ネージュが無事に合流した。ファントーニらグランの者は勿論、同行している冒険者たちにアンナの言葉バレても面倒だと判断し、先にネージュに指示し一足先に空路でブラーバ亭へと帰還させたのである。

 ネージュの語彙力でブラーバにどこまで事情を説明できたかは不明だが、アデルが戻り次第正式にパーティに加入する妹だと言ったら理解されたそうだ。

 その後は特に何か起こる事もなく半月後には全員無事に王都に到着する。

 護衛冒険者たちに、依頼料と討伐の追加の報酬を渡し、今回のグラン遠征は完了となった。

 アデル達は往復の報酬10000ゴルトと、冒険者たちのとりまとめ、討伐戦での功績でさらに10000ゴルト。交易品の買い取りで更に10000ゴルトと、5000ゴルトの元手で30000ゴルトの稼ぎとなった。3人家族としても、1年は仕事なしで生活できそうな額である。

 だが、悲しいかなそこは一介の冒険者。予想外の支出と、予定外の仕事により彼らが放蕩生活を許されることはないのである。



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