強盗に強襲
翌朝、ファントーニ侯の支城を予定通り3部隊に別れて出撃する。
侯爵自身は出撃せずにこの城に残るそうだ。流石に身分ある者だ。そうそう前線に立つことはないのだろう。
ナミ達の部隊は、カイナン商事――の軍事部門とも言える元フィーメの者が30名と冒険者20名、そして支援のファントーニ私軍10名で出発した。先頭は昨日の会議で状況報告をしていた斥候だ。馬に乗っている。
一行もほとんどが馬車に乗っていた。森に馬車?と思うかもしれないが、負傷者や人質、アジトの物資などを乗せて帰還するためだという。本来の荷物である物品は支城で侯爵本人の管理・監視の者で保管されることになっている。アデルもこれ幸いとプルルに跨りネージュを片腕で前に抱えて手綱を握る。プルルの上で眠りこけるネージュを、緊張感がないヤツと数名の者が呆れたが、彼らはネージュが今寝ている理由を知る由もないので放っておく。
やがて中継地点で止まると、休憩する隊商の体で作戦会議に移る。
テーブルに着席しているのは、ナミ、ヴェン、それにアデルとファントーニの斥候、それに商会の役職者2名だ。
「さて……」
「その前にっと。」
ナミが何かを切り出そうとするのを遮ってアデルが1枚の紙をテーブルに置く。
「こ、これは?」
最初に声を上げて驚いたのはファントーニの斥候だ。
「どうですか?」
「概ね記憶の通りかと。どうやってこれを?」
アデルがテーブルに出したのは、賊拠点付近の詳細な配置図だった。
「うちの《暗殺者》は見かけによらず優秀でね。今朝は朝からずっと居眠りしてましたが。」
「……そう言う事かい。いつの間に?」
「昨夜のうちに。」
アデルが何を言っているのかをすぐに察したのはナミだ。唯一ナミだけがネージュが竜人であることを知っている。竜人なら竜化が出来ずとも、夜間偵察が可能であることを知っているからだ。
「ってことは、最新情報……斥候殿には少々申し訳ないが……恐らくこちらの方が精度が高いだろうね。」
当の斥候は、『解せぬ。』と言わんばかりの表情だが、自分の見たものと、見えなかった部分が正確に記されているのを確認して黙り込む。
アデルが出したのは、賊の拠点周辺の上空からの俯瞰図だ。言わずもがな、アデルが写した地図に昨夜のうちにネージュが書き記してきた物である。寝泊まりできる施設の数、位置、見張りの配置、人数、装備、巡回の索敵範囲の広さなど、アデルが指示した以上の物が出来上がってきていた。その分、戻りが遅れ昼頃まで居眠りをすることになっていたが。
「丸太小屋が5つ……うち、奥の2つが大き目と。」
奥と言うのは今いる地点、街道から見て奥と言う意味だ。賊の布陣を見る限りでもやはり『奥』と言える。街道側に雑兵様のテントが8つ。見張りも街道側を重点的に警戒している様で、巡回範囲はこちら側に広い楕円の形になっている。
テントや見張りの装備の特徴を伝えると、どうやらグラン国軍の正規品の様だ。
「……この辺は証拠として押収したいところだね。」
ナミが呟く。
「証拠とは?」
「元グランの正規軍が賊に堕ちている証拠さ。時期的な物にもよるが、最近の賊なら現体制への批判に使える。」
「あー、政治的な話っすね。まあ、焼き討ちはなしだと強めに釘は刺されてますから気を付けますが。」
「あとは人質だね。」
「さすがにそこまではわからかったみたいですね。ただ、この丸太小屋、どれも窓はなかったって話です。」
「人質の総数はわかるのかい?」
ナミが斥候に尋ねるが、斥候は首を横に振る。
「すみません。どの拠点に何人いるか、までは把握できておりません。」
「聞き込み調査によると?」
「この界隈で合計60~70人くらいに上ります。」
「多いね。それだと単純に3で割っても20以上か……」
「あれ?もしかして、この3つの賊って拠点ごとに連携とかあったりするんですか?」
「確認はされていませんが、ないとは言えません。もともとは近い部隊だった可能性もありますし、標的がかち合わない様に配慮している可能性はあります。」
斥候はアデルの問いにも丁寧に答えてくれた。この席に同席していること、持ち込んだ資料の優良性などでアデルの方を上として応対しているようだ。
「まあ、だからこそ同じタイミングで一斉に仕掛けようって話になったんだけどね。」
「なるほど……確かにこれだと一つだけ潰しても、逃げられたら他に合流されるだけでしょうしねぇ。他の拠点の話は何一つ聞いてませんでしたけど。」
ナミとアデルが話を進める。カイナン商事の者は、ナミがこっちの方が正確だろうと言った時点で全面的にこの図を信じるようだ。斥候は一晩でこれだけのものが本当に分かるのか?と疑問を投げかけたが、アデルとナミが太鼓判を押す以上は信じるしかないと言った様子だった。
「早速だが、夜襲か、早掛けか。どちらが良いと思う?」
ナミが周囲に尋ねる。
「焼き討ち無しなら早掛けしか……」
「そんなに火を見たいのかい?」
アデルがぼそりというとその言葉にナミが呆れる。
「掃討戦だって聞きましたからね。やるなら楽で確実な手段をって話ですよ。」
「はぁ……」
「どちらにしろ、森に不慣れな人間が夜の森に入ろうってのが無理な話だと思います。方向も判りにくいし、逆にこちらの灯りで斥候にばれてしまう。」
「まあ、そうなるか……」
「夜のうちに巡回を数人間引く事は出来るかもしれませんが……時間次第じゃ朝のやつらに警戒されるかも知れませんし。」
「……間引くとしたら何人やれる?」
「向こうの対応次第ですかね。最低保証で4人、この配置の通りで、ばれても良いってならそこから更に10人弱はいけるかな?」
「50人中の15人だろ?やれるならかなりの戦果だと思うけど?」
「やるなら、夜間に、俺ら2人で先行するって条件ですよ?」
「つい先ほど、暗い森を抜けるのは危険と自分で言っていたような?」
ナミとアデルのやり取りに疑問を感じた斥候がそう言う。
「ええ、ただ俺はこの森ではないですが、もっと荒れ気味な森で5年ばかり狩猟生活してました。あと、つい最近暗視魔法が付与されたヘルムを頂きましたので……」
「暗視付の兜か、良い物持ってるね。ふむ、50人中15人を先行で間引けるとなると……悩みどころだね。」
「異常に気付いて守りを固めるなり、人質を取るなり……最も悪いのが、逃亡か。」
「同時掃討作戦だからね。あんまり大量に逃げられたくはない。こちらも包囲できるほどの人数はいないし。」
「賊は皆殺しでいいんですか?」
「できれば数名は生け捕りたいところだけど?」
「うーん。やっぱり弓の練習もしておくべきだったか。」
「弓?」
「いえ、もしそれなりに扱えたら良かったなと。」
「で、どうする?」
「俺のオススメ案は……俺らが2人で先行、巡回を間引きながら、奴らの裏手に回っておいて、ナミさん達は足元が分かる程度に明るくなったら一気に森に入って何かの合図で突撃って感じですかね。」
「巡回を始末してくれるんだったら、夜のうちにある程度入っておいてもいい気がするが?」
「……と、いうか今のグランの情勢ならむしろ、ここで隊商が夜営なんて始めたら奴ら釣られてくるんじゃないですか?その間に俺らが本拠地に残った奴らを始末するってのも。」
「……そっちもありか。奴らが釣られるなら確かにそっちの方が楽だね。」
「こっちの人数を見て怯まなければ、ですがね。」
「逆に多過ぎたか……早めにテントに入ってしまえば誤魔化せない事もないが……」
「それこそ、火を放たれたら……」
「…………そうか。それだな。その手でいこう。釣られてくれれば一番良し、釣られなくてもどうせ明日には踏み込むんだ。」
「お嬢?」
地図を見ながらクククと嗤うナミにヴェンが声を掛ける。
「もう少し先、少し開けてるこの場所まで移動しよう。森を背にテントを張って夕暮れになったらそこで思い切り火を焚いて宴会だ。流石に酒は出せないがね。申し訳ないが、侯の兵士と冒険者の一部は馬車に隠れていてもらう。万一賊の斥候に気付いても暗くなるまでは放置しろと全員に伝えろ。」
「なるほど。“表”の人数に見合う数だけテントを張っておけば隊商の馬車の中が丸々兵だとは思いますまい。」
「ああ、規模にもよるが恐らくテントに火をかけてくるはずだ。そこから一気に打って出る。やつらも隊商を襲うのにわざわざ人質を連れてはこないだろう。そのうちにアジトに残った奴らをあんたらで始末する。」
「なるほど。隊商なら明日にはもうこの場にはいないでしょうからね。襲うなら今夜のうちしかないと。」
作戦が決まった。ナミ達が隊商のふり(!?)をして賊本隊を引き付け、その間にアデルとネージュで留守番組の殲滅、人質の安全確保を図るというものだ。陽動作戦と言えば陽動作戦と言える。
「それじゃあ、俺達は先に奴らのアジトに近づいておきます。合図は……火の手?」
「奴らが火を放つとは限らないからそれはどうだろう?」
「……それじゃあ、適当でいいですか?奴らが多数で出払ったら半刻ほど待って強襲ってことで。」
「任せよう。自分の身優先だが、出来るだけ人質は助けてやってくれ。」
「了解です。それじゃ、ネージュを連れて先行しますので……プルルをお願いします。」
「わかった。」
そこで作戦会議は終わった。鬼が出るか蛇が出るか。この時点ではまだわからない。




