指名依頼
翌朝。昨夜の事を気にしながら食堂に降りたアデル達に受付が駆け寄ってきた。アデル達にローザの案件で最初に声を掛けてきた受付だ。
「アデル君。先にちょっとお話しできますか?」
正に昨日の今日である。不安を感じつつも、先にというので先に話を聞く事にする。
「わかりました。大丈夫です。」
そう答えるとすぐにブラバドのところに案内された。
「起きてきたか。早速だが『お前ら2人に』指名依頼が入っているぞ?カイナン商事からだ。」
ブラバドがニヤりと笑った。
「それはまた……なるほど。お伺いしいます。」
恐らく昨夜のうちに各方面に打診して手配してくれたのだろう。
「期間はまた片道1ヶ月程だそうだ。受けるなら詳しい条件は早めに聞いておいてくれ。」
「ええ。折角ですし朝食後にすぐに伺いますよ。」
「そうか。戻ってきてすぐだが悪いな。部屋の方は心配しなくていいぞ。」
「判りました。」
なんとなくそそくさと朝食を済ませるとアデル達は速足で店を出た。
「あーあ。話は聞いたよ。あんたも付いてなかったみたいだねぇ。」
カイナン商事に到着すると、来ることが判っていたのだろう、ヴェンが出て来てすぐにナミへと取り次いでくれた。
「ま、せっかく冒険者なんてやってるんだ。わざわざ貴族の下に付く事もないだろう。」
「まったくです。」
アデルはナミの言葉に思わず強く同意してしまう。
「指名依頼って聞きましたが。」
「まあ、あんたら含む3者の利害一致ってところだ。うちは基本、来るもの拒まずだからね。指名依頼なんて出したのは初めてだよ。」
「恐縮デス。」
「依頼の内容は基本的に前回と一緒だ。今回も自分の馬を連れてくのは自由だ。荷物を運んでくれるってならその分もね。帰りもまあ、前回と同じのつもりでいてくれれば良い。“お土産”も前回通りの条件を付ける。」
間違いなく破格の条件である。特に前回はこの“お土産”が産んだ利益の方が大きい。つまりはごく小規模なら交易品の持込の手続きと換金をナミが持ってくれると言うのだ。仕入れさえうまくできれば護衛の依頼料よりも大きくなる。
「喜んでお受けします。」
「ああ。ただ注意もしておくよ。グランの情勢だが前よりもさらに悪くなってる。今まではきな臭いのもフィン国境周辺ばかりだったが、今はグランディアもグラマーも緊張状態だそうだ。フィンの私掠船団がグラン近海でも活動を活発化してきているって話だ。」
「私掠船って実質海賊ですよね?グランは手を打たないんですか?」
「……海軍に影響力のあるファントーニ侯爵……先の軍務大臣を更迭しちゃったからね。海軍の士気がかなり下がっているぽい。これはグランにとっては死活問題だ。どうしてそんな真似をしたのかね……ま、今更か。とにかくグラン領に近づいたら、前回以上に気を引き締めてくれ。」
「わかりました。出発は?」
「明後日の朝だが……まあ、明日のうちから手伝いに来てくれても構わんよ?」
「ははは。前向きに検討します。」
「それと……その辺の混乱に乗じて賊がまた増えているって話が届いてる。装備はちゃんと整えておきなよ。」
「……わかりました。」
今日のうちに準備が出来たら明日の昼過ぎくらいから荷物を積みに来てもいいかもしれない。アデルはそう考えながら退出した。
カイナン商事を出るとアデル達はアモール防具店に向った。
店内は前よりも更に賑わっている様子だ。先日と同じ店員に声を掛けると、そのまま奥へと誘導された。
「おはようございます。もう出来てますか?」
アデルが店主に挨拶すると、店主も、
「おう。待ってたぜ。一度装備してみてくれ。あとは簡単な最終調整ですぐ使える様になる。」
そう言って2着の革のツナギの様なものを渡してくる。
「あそこでカーテンを閉めて着替えて来い。」
そう言うと、おそらく更衣スペースなのだろうを指差す。
「足から順番に通して見れば装着の仕方はなんとなくわかるだろう。そうそう、身に付けるときは下着はなるべく面積が小さい奴の方がいいぞ。」
「え?」
「え?ってお前、そりゃ嵩張る下着を付けてそれ着たら、用を足すたびにそれ全部を脱着しなきゃならんことになるぞ。」
「ああ、なるほど……」
なんとなく納得してアデルは受け取ったツナギを持ったままネージュに中に入る様に促す。
「え?お前さんも中に入るのかよ?」
「……少なくとも初回は。まあ、いつも風呂に入れてますし問題ない――筈です。」
「そうか……」
店主は言葉を失いながら更衣スペースに入る2人を見送った。
「なるほど。こりゃすげーっていうか、いいのかこれ?」
「???」
ツナギの造りを確認したアデルが一人呟く。ネージュの方はさっさと服を脱いで装着する気満々だ。ちょうど前回破損したレザーアーマーの代わりで、背中がちょっと開放的なのだ。期待が高まっているご様子。
「まず足からだな。」
確かに、見ただけでどう装備するのかは把握できた。まず、大きく開いた背中から左右それぞれの足を通し、そのあとに腕を通しながら上半身前側を付ける。最後に背中下半分を紐を通す部分に紐を通し、上端で縛れば装着完了だ。股間の部分にファスナーが付いており、出先等で用を足す時はこれを開いて下着をずらして足すのだろう。その辺は冒険者仕様と言える。
手足はそれぞれ手首、足首までほぼすっぽりと収まっている。胸部はこの上から例の胸当てを付ける為だろう、少し厚めに余分に革が貼られていた。
装着が終わるとネージュと共に更衣スペースを出る。
「ほほう。ふむふむ。」
ある意味、この手のオーダーメイド品は本人が装備してようやく完成である。店主はその仕上がり具合を確認すると、中々の手ごたえだったようだ。
「うむ。ぴったりだな。まずはそのまま少し動いてみろ。今までの装備とは性質もだいぶ違うだろうからな。」
店主がそう言うと、ネージュは屈伸、前屈、ステップ、ダッシュ、跳躍、飛行と基本的な戦闘動作を行い感触を確かめる。
「意外と動ける。柔らかい。」
「ほほう。」
ネージュの感想にアデルは感心した。革で全身を覆うとなるとかなり動きが妨げられると思っていたのだが。
「HAHAHA。そりゃ300ゴルトも貰うんだ。素材からちゃんとこだわって作ってあるよ。関節部は特に念入りに調整してある。」
店主がそう言うと、ネージュは嬉しそうに少し翼を動かした後、アデルに構えろと言う。
「へいへい。」
暫くの間ディアスと行っていた“食前の運動”である。どう考えてもディアスの方が上だろうが、まあ新装備の感触を試すための相手くらいはアデルでも務まるだろう。
いつも以上にというか、敢えて必要以上に動き回るネージュに対しアデルはガードを優先しながら、時折カウンターを狙う。元《拳闘士》志望だけあって、純粋な格闘歴はネージュの方が上だ。アデルの攻撃をうまく捌きながら必要以上に死角に飛び込もうとする。恐らく単純な勝敗よりも、新装備の感触を確かめることに重点を置いているのだろう。
「想像以上だ。」
「うん。」
「同感です……」
3人が別々の感想を同じ表現で表した。
店主が想像したのはネージュの動き。マリーネは元から《戦士》であったため、ここまで目まぐるしい動きは見せたことがなかったからだ。
ネージュが想像したのは、当然動き難さである。特に関節付近や腹など、折り曲る部位は相当きつくなるだろうと思っていたがそれほどでもなかった。
アデルが想像したのは、ネージュに近いがやはり動きの制約だ。瞬間的に激しい伸縮を要求するネージュの動きに十分対応している。特に関節部はこだわりの仕事らしくそこは見事と言わざるを得ない。
「しばらくは出来るだけずっとそれを身に付けていた方が良いな。今はまだ叩き上げただけだから、実際に装備して動いていればもっと柔らかく馴染んで来る筈だ。で、それじゃいよいよこっちだな。」
店主はそう言うと、ディアスの……マリーネのお下がりとなるブレストプレートを取り出し、ネージュのツナギの上から装備させる。
「どうだ?」
ネージュはまた跳躍やらダッシュやら飛行やらを試した後に、
「うん。変にずれたりしないし丁度いい。」
「そうだろうそうだろう。俺もそれなりに腕が上がってるんだ。アイツらほどの功績はないが、俺はまだまだ積み上げられる。」
店主が上機嫌に笑う。アイツらと言うのは恐らくディアス達だろう。
「ああ、そうだった……」
「ん?」
アデルが呟くと店主が尋ねる。
「実は今回の冒険で俺も武器と防具が壊れてしまって……帰りに覗いていこうとは思っていたのですが、先にこれを見てもらえますか?」
そう言って取り出すのは遺跡で得た戦利品、虎の魔獣の毛皮とゴーレムの素材だ。
「出所に関しては、国内のとある遺跡としか言えないのですが、これ、売らずに素材に出来ないかと思ってまして。」
「遺跡だと?何か出てきたか?」
「詳細は、条件なので詳しく言えませんが……虎の魔獣と、金属のゴーレムです。」
「ゴーレムだと……見せて見ろ。」
ゴーレムと聞いた瞬間、店主の目の色が変わる。
「これです。鉄の槍だと穂先が一発でやられました。鋼鉄の剣で互角、ミスリルだとミスリルが勝ちましたかね。なのでミスリルほどの価値はないと思いますが。」
「ふむ。これで何が欲しいんだ?」
「今のところ壊れた楯と槍を優先に考えています。特に槍は田舎にいた時からの物ですので、寿命だったんでしょう……」
「そうか。金属は……なんだろうなぁ。一度調べて見ないとわからんが、楯にすると言うなら考えてやる。虎の皮は……まずは基本の加工をしてみないとわからんな。だが、どうだ?預からせてもらえるならこちらからどんな物が出来るか提案させてもらうが。」
「是非お願いします。とりあえず明後日から2ヶ月程出るので、お時間がある時で構いません。」
「2ヶ月?随分と遠出するんだな?」
「グラン往復です。」
「グランか……北よりはマシだが、南も大概だって話だ。気を付けて行ってこいよ。」
「はい。有難うございます。そう言えば……」
「今度は何だ……」
アデルの『そう言えば』に店主がまた反応をする。
「ペガサスの羽根が3枚ほどありますけど、どうにもならないですよね?」
「ペガサスの羽根?貴重品だが……飾りにしかならんだろうな。しかも、余所の冒険者が下手に飾りにしてグランに行こうものならどんな目で見られるか。」
「ああ、そこまでなんですか……随分と神経の太い生き物だったようですが……」
「いやいや。人前には滅多に姿を見せないって話だが?」
「たまたまアイツがそうだっただけですかね……無視すると構えと寄ってくるあたり猫みたいなものだと思ってましたが。」
「……間違ってもグランでそんなことを言うなよ?」
「……はい。」
釘を刺されてしまった。
「それじゃ、兜だな。こっちはまあ普通に使え。」
「ですよね。」
「2か月後か……楯はどんな楯が希望だ?」
「少々悩んでまして……」
「悩んで?」
「今まで使ってた丸楯も使い易かったんですが……今回、魔獣やゴーレムと戦って、守るならもっと大きめのしっかりした奴が必要かなと。かと言って大きくすると今度は重さやら、馬に乗った時の取り回しやらに困るかなと。」
「なるほどな。ふむ。楯の方は素材を検分しながら色々考えておこう。それじゃ次に戻ってきたときにまた寄るといい。」
「はい。お願いします。防具はここで買うとして、どこかお勧めの武器屋ってありますか?」
「おう。あるぜ!」
店主が即答する。まるで待ってましたと言わんばかりの勢いだ。
「この通りのあっち側に『アルムズ武器店』ってのがある。まあ、俺の兄貴の店だがな。兄貴は俺より偏屈の凝り性だからなぁ。そうだ。ちょっと待ってろ。面白そうだし俺もついてく。」
「え?」
(面 白 そ う ……とは……?)
店主はそう言うと一度、さらに奥に行こうとするがその前に。
「先に必要な防具を買って置け。既に店に並んでる物はまけてやれんがな。決ったらもう一度ここに来い。兄貴の店を紹介してやる。」
「はあ……」
突然の展開について行けず生返事を返し、アデルは店へと戻る。
「ネージュの鎧はもういいか……てか、翼丸見えだよなこれ。」
「嬢ちゃんはその上にいつもの合羽を着て、風でまくれないように袋でも背負ってれば大丈夫だろう。」
「まあ、確かに。」
……合羽ではなくパーカーだけどな。
いろいろイメージしたり考えたりしましたが、結局ファスナーに頼ることになりました。
この世界には既にあったということでひとつ。




