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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
4/373

初仕事

 アデル達が冒険者登録して1週間……

 彼等には仕事らしい仕事はなかった。

 と、いうのも、この辺境の地での依頼と言えばそのほとんどが、近くの村に出没する妖魔や魔物・大動物の退治である。

 どれも大抵はその村で解決するのが普通で、わざわざ町に依頼として回って来るのは、村単独では手に負えない、妖魔や魔物の群れを相手にする仕事であり、いくらアデルが駆け出しよりも優れた戦闘能力があるとはいえ単独で受けられる仕事ではなかった。

 とはいえ、1週間も遊んでいるわけにも行かず、アデル達は朝食後に馬で魔の森へ行き、猪や狼、熊などの危険動物を退治し、夕方には毛皮や肉など素材を持ち帰ると言う生活を繰り返していた。

 魔の森に少し入れば大抵何かの動物とは出くわすが、中には収穫ゼロという日もあった。

 冒険者と言うよりも、実質今迄通りの狩人という生活だが、危険を伴う分、そして少々遠出をする分一応程度の収入はある。

 最初は荷運び用の馬に見慣れない綺麗な髪の少女を伴って出かけていくアデル達を怪訝な表情で送り出していた門の衛兵たちもそれなりの得物を仕留めて戻ってくるアデルの実力を認める様になった。こちらも冒険者としてよりも狩人としての認識のようだが……


 そんな生活を繰り返し、1週間。素泊まり無料期間も終り、そろそろ本格的に何か冒険者としての仕事をと考えていたアデルをマスターが呼び寄せた。

「アデル。お前、蛮族の群れを相手にしたことがあるって言ってたよな?」

 蛮族というのは、人族に対して無条件に襲ってくる種族の総称である。食人鬼オーガ狼人ウェアウルフ、そして竜人族もここに含まれる。イメージするなら、害獣を見つけた時の人間と同じような行動を人間に対して取ってくる奴らである。大抵が同族や妖魔を従えており、部隊とも呼べる集団を形成していることが多い。

「村が襲われた時ですか?辛うじて追い返せましたけど、被害の方がでかくて結局村はなくなりましたよ……?」

「聞くところによるとそっちは相当な規模だったらしいからな。今回はそこまでじゃないんだが、お前さんに冒険者としての依頼がある。」

「妖魔の撃退ですか?受けさせてもらえるなら受けますけど?」

「おう。撃退とはちょっと違うけどな。そのテーブルに座れ。」

 そう言うと、やや大きめの一つのテーブルを指す。そこには既に4人の同年代の男女が座っている。

「邪魔するよ。」

 アデルがそう言って椅子に座ると、さも当然というタイミングと動作でネージュがその膝の上に腰掛ける。

「おい……?」

「6人用だし?私が腰かけるとマスターが困るでしょ?お兄ちゃん」

「……」

 そのやり取りにマスターや先に座っていた者達からは苦笑やら生暖かいやら柔らかな笑いが漏れる。

「そうだな。じゃあせっかくだし俺も座らせてもらう。」

 ネージュの頭に一度ポンと軽く手を置き、マスターが空いた席に座る。

「依頼は、妖魔の巣の調査と殲滅だ。こいつらの村の畑やら家畜やらが何者かに荒らされたらしい。で、被害の後を能々調べて見るとゴブリンのものと思しき足跡が多数見つかったそうだ。」

 ゴブリン――「小鬼」とも呼ばれる妖魔の中でも下級と言われる種族だ。体躯は人間の子供程度で、ネージュよりもさらに小柄ではあるもののある程度の人数で武装をし、備えの薄い開拓村などを狙うと云う様な知恵を持つ。性格は残忍かつ狡猾で、勝てる相手は徹底的に蹂躙し、不利を悟るとすぐ逃げたり、命乞いをして見せることもあると言うが、その小さな外見に騙されて下手に許してしまうと、その後戦力を蓄えて襲ってくることもしばしばという。恨みは覚えるが恩は一切感じないという種族だ。

「村の周りの畑の作物をちょいとくすねる程度なら良かったんだけどな。村の中に忍びこんで家畜にまで手を出してくるとなると近くに塒を作った可能性が高い。」

「どういう事ですか?」

「あいつらは見かけによらず賢い。人数が少ないうちは、一か所にとどまらず、あちこち渡り歩いてその日限りの食い物を盗んで回り同族を探す。その辺りならいたずらくらいに思われがちだが、そのうち何体かがつるんで、警備が手薄なところを見つけると、塒を作り、村の中に侵入し、家畜などに手を出す様になる。その状態で手を拱いていると、やがて集団を形成し、数で勝ると踏むと一気に襲撃してくる。そうなったら、ただの開拓村じゃとんでもない被害が出ることになる。」

「俺の村の二の舞と?」

「いや、おまえさんの村はゴブリン以外にオークやらオーガやらが混じってたらしいしもっと高度な集団だろうな。今回のヤマはそこまでじゃない。」

「で、俺らに調査に行けと?その手の話は今迄1人じゃだめだと言ってたじゃないですか。」

「ああ、今迄はな。今回はコイツらと組んで一緒に事に当ってもらいたい。」

「おや?依頼人じゃなくてご同輩?」

「依頼人兼……だな。村長の指示で助っ人を呼びつつ自分たちも冒険者として登録しに来たそうだ。」

「うーん……ってことは、マスターは俺がこの人らと手を組めばそれでいけると?」

「状況からして8割方大丈夫だろうと思ってる。飽くまで俺の見立てだが相手は今ならせいぜい10体いるかどうかと言ったところだろう。だが、あと一月もすれば30~40にはなっていそうだな。」

 その言葉に、4人組は一斉に表情を硬くする。

「それにこいつらも冒険者登録希望って話だから当然例の適性試験は受けてもらったぞ。男二人は《戦士》としては充分な素養を持っている。アデル程じゃないが、ささやかな実戦経験もあるようだ。で、そのお嬢さんは《神官》の、そっちの、こいつの妹さんは独学で《真言魔法》の初歩を学んだらしい。実際に効果があることは確認している。」

「《神官》に《魔術師》ですか……」

 神の国と呼ばれるテラリア皇国から出奔し、書物とはほぼ縁のないアデルにしてみればどちらも得難い、そして冒険をするには心強い技能だ。

「もしゴブリンの数が今の時点で20や30を超す様なら一旦引き返して報告に来い。そこで今回の依頼は一部達成だ。」

「一部?」

「所在、つまり塒の確認が依頼の第一条件だからな。その時点で報酬の一部が支給される。もし殲滅できる規模なら速やかに殲滅してくれればもちろんそっちの方がいい報酬が出るぞ。流石に30を越えてくると国の部隊がでることになるだろうな。ただし、ゴブリン討伐の優先度は下に見られやすい。もし同時期に他の討伐などがあった場合、避難指示がでたあとで後日討伐ということなりかねん。」

 避難指示の言葉に4人組の表情が一斉に暗くなった。命には代えられないといっても村を一定期間空けるとなれば、今育てている作物は絶望。家畜を持ち出せたとしても下手をしたら自分たちの家屋が荒らされるのは不可避であろう。

 そんな考えの4人組を気にせずにマスターは続ける。

「自分たちで対処できると踏んだら、討伐証明部位である奴らの左耳を切り落として持って来れば、一匹に付き20ゴルト追加する。てか、すまん。アデルには依頼の報酬提示もまだだったか。

 報酬は成功報酬として巣の特定で500ゴルト。その殲滅でさらに2000ゴルト、さらに討伐1体に付き20ゴルト。それを基本5人で頭割りだな。戦果が極端に違ったなどの場合は配分をそちらで話し合って決めてくれ。」

 マスターが依頼の条件と報酬を紙に記す。

「うーん……そちらはそれでいいのかい?」

 マスターの説明を一通り聞き終え、アデルが依頼主兼仲間となる少年に尋ねる。

「もちろんだ。俺らの村には俺等ほど、つまりはマスターのお墨付きもある、あんたほどの腕のヤツもいないしな。予算を考えるとこの辺りが妥当なんだそうだ。」

「ゴブリン単体だと少し頑丈な人間の子供って程度の相手だからなぁ。どうしてもそれくらいの相場になるんだ。但しそれが集団でなんの迷いもなく殺傷力のある武器を振り廻してくる。油断だけはするなよ。」

 調査だけで素泊まりとは言え宿代5カ月分……5人で割っても1月分か。有難いっちゃ有難いが……ん?5人分?

「あーすいません。一つ質問が。依頼元の村を調査して往復するとなるとどれくらい期間がかかりますか?」

「調査次第だが、1週間はかからないだろう。」

「ネージュ。お前ここで1週間1人で生活できるよな?」

「無理。」

 即答に居合わせるもの全員渋い顔をする。

「まあ、人数に入ってなくても、馬番くらいできるし?」

「馬の番ならここでもできるよね?」

 そこで4人組が困惑の表情を浮かべることにアデルは気づけない。

「馬がいるということは荷物も運べるし?」

「そうだね。でもそんなに大荷物運ぶ予定もないし?」

「何かあった時の連絡役くらいはできるし?」

「あー、うん。まあね。」

「マスターをダウンさせるくらいできたし?」

「「「「えっ!?」」」

「アレをダウン扱いされるのか……まあ、そうだな。留守中は俺が最低限の面倒を見ててもいいし、連絡役にしてもいい。いつも2人で狩りに行ってるみたいだしなぁ。だた、依頼の中に馬、特に荷馬を扱える人を優先してほしいらしいぞ?」

 マスターをダウンの下りで依頼人兼仲間たちが一斉に驚いた声を上げるが、マスターがそれを否定しなかったためか、少々ネージュを見る目が変わったようだ。

「荷馬?ならまあその条件に俺が当てはまるけど……それならこいつも同行させてもらっていいかい?限定的だけど馬の扱いと世話くらいは出来るからね。取り分は考慮しない。自分らの身は自己責任てことでどうだろう?」

 なんでここで荷馬がいるんだ?と若干不思議に思うが、ネージュ同行の理由としては行けると判断して疑問の言葉は飲み込んだ。

 曰くつきの少女が同行するが、追加の報酬なしで馬と世話役が自己責任で同行する。決して悪い話ではないと思うが、彼らは逡巡する。

「え?まあその辺はお任せするけど……なぁ?」

「冒険者だしな。自分の身は自己責任ってのは当然だけど……」

「それで問題でも?」

「言いにくいが……この子、“鬼子”だろ?念のため角は隠しておいてもらった方が……」

「ああ、そういう村なのか……」

 角の一言でアデルはすべてを察した。種族に関して寛容なコローナとは言え田舎の方がその限りではない。

「いや、直接どうこうってのはない筈だけど、年寄りはいい顔しなさそうだし?」

「わかった。魔術師っぽいフードは用意させてもらう。何かあったら村の外で待機でもいいしな。」

「依頼する身で……本当にすまない。」

 直接どうこう言われるわけではなさそうだが、いい顔をされないのは事実らしい。まだ親指程度の角なんだがなあと思いつつも、世の中はそう甘くもないらしい。ネージュの角対策は早いうちに手を考えなければと思うアデルであった。

「では、全員依頼を受けると言うことでいいな?」

「はい。」×5

「出発はなるべく早いほうがいいな。まあ、準備もあるだろうしあとは君らで話し合ってくれ。」

 そういうと、マスターは4人に首にかけるタグとカードを渡す。

 これは登録翌日にアデルも貰ったもので、首掛けタグは所属する店による身分証でカードは冒険者ギルドの会員証のようなものだ。ギルドカードの方には発行店とランクが記されており、実績を積めばランクが徐々に上がっていくというまさにメンバーズカードのような仕様である。ランクが上がればそれ相応の仕事と名声を得られるようになるという。アリオン曰く「飽くまで“名声”であり、公的な“名誉”ではないから勘違いをするな」と釘も刺されている。

 それらを渡し、同じような説明をヴェーラたちに行った後、マスターは店の奥に戻っていった。

『あとはお前らが決めろ』ということだろう。店がやってくれるのは仕事の斡旋と成否の確認と報酬の窓口までだ。人数が揃ったならあとは自分たちで相談して決めろということなのだろう。

「まずは自己紹介からかな?俺はアデルだ。マスターからは《戦士》として認められている。あと馬の扱いもできるが、馬上槍は全然無理だ。で、こいつがネージュ。見ての通り“鬼子”の妹だが、馬を引くくらいは出来るぞ。」

 先にほんの少し先輩となるアデルが自分とネージュを紹介する。

「俺はヴェーラだ。同じく《戦士》だが、マスターの話を聞く限りあんたの方が格上っぽいな。よろしく頼む。」

 年は同じくらいだろうか。ダークブランの髪に、がっしりとした体躯。それでいて表情は柔らかい。人当たりの良さそうな少年……この世界の感覚なら青年ともいえるのだろうか?である。

「同じくエスターだ。《戦士》としてはヴェーラよりも若干劣るっぽいが、《狩人》として野山での行動は俺の方が得意かな?」

 こちらも同じくらいの年齢だろう。髪もヴェーラと同様で体躯は少し細めだが筋肉はしっかりとついている。

「ヴェルノです。そこのヴェーラの妹です。昔村で雇った冒険者さんの魔術師さんから本をもらって勉強しました。【灯火】(ライト)と、【催眠】(スリープ)、あとは【魔矢】(マナアロー)なら多少使えます。」

 彼女が言うのはすべて《真言魔法》の初級魔法だ。威力としては期待できないが、うまく使えば状況を変えるくらいの力がある筈だ。

 ほほう、本物の妹か。髪色も兄と同様で表情も明るい感じだ。体躯はローブに包まれているためよくわからない。

「フォーリです。テリア様のご指名により【小癒】と【障壁】を少しだけ扱えます。」

(ご指名によりって何!?)

 と、アデルは声にしたかったが、《神聖魔法》を、特に神殿や修道院等に入らずに扱えるようになるには神から選ばれる必要があるとのことなのできっとそう言うことなのだろうと納得することにした。

 同じ茶色系だが、他3人と比べると少し明るい色の髪をした女性。年はやはり同じくらいだろうか。

「出来れば出発は今日の昼過ぎにしたい。そうすれば明日中には俺たちの村に付くはずだ。」

 とヴェーラが申し出る。一晩外で過ごすことになるが森に入らない限りそれほどの危険はなく、所要時間的に明日の夕暮れまでには村に到着できるはずとの事だ。

 アデルの方の準備はせいぜいネージュのフードと保存食を買い足すくらいであったので、アデルはそれを受け入れ待ち合わせ場所を南門の外に決め一度解散となった。

 その後、アデル達は約束通り、ネージュのフード一体型のローブと1週間分の保存食を購入する。

 フードはローブ一体型で、自称《魔術師》がよく着るタイプの一番安いものにした。ネージュの実際の装備は柔らかめの革鎧だ。本人は動きにくいと猛反発したが、最低条件として背中の翼がしっかりと隠し通せる必要があると、体躯より少し大きめの革鎧に落ち着いた。村に入るときはその上にローブを羽織り、深めにフードを被ることにした。これは、《魔術師》であるらしい4人組のリーダーの妹が実際にこんな感じであったので、これで問題はないだろう。店以外には多少顔を覚えた門兵くらいしか知り合いもなく、少し早めに昼食をとり南門で待つ。

 やがて、ヴェーラたちもついでにとばかり村から頼まれた物品を購入し、大荷物と共にアデル達を待っていた。

「えーっと……?」

 半眼で思わず漏らすアデルに、ヴェーラたちが気まずそうな顔をする。

「明らかに、ゴブリン討伐に行くための荷物じゃないよね?」

「ごめんなさい。村からエストリアに行くならどうしてもと頼まれてしましまして……」

 背負い袋6つ分にも及ぶ大荷物になんだこれはと言うばかりにアデルが尋ねると、申し訳なさそうに返事をしたのはフォーリだった。それを複雑な表情でエスターが見守る。

「これを4人で持ち帰るつもりだったんだ……?」

「実は、馬を扱える人を優先でと言ったのはこれのせいなんだ……」

 自分も開拓村の出身だけあって、人手、とくに同年代の手がいくらあっても足りないというのは理解できるが……

(本来なら輸送は輸送で別料金だよなぁ?)

 アデルは少々不服に感じたが、せっかく条件の当てはまる初仕事だ。馬の同行は確定しているしここはプルルに割を食ってもらうしかないと判断する。

「あとでいいもの食わせるからな。」

 と、小声でプルルに声をかけ、6つある荷物のうちの4つをプルルの背に固定する。

 村にいた時は小さな台車を引かせててもう少し荷を運ばせていたが黙っておく。そもそも、道の状態がわからない場所に台車を接続することは無謀だろう。

 残りの二つは野郎どもに責任もって担いでもらうとして……アデルは自分達の荷物を背負い出発する。馬を引くのは敢えてネージュに任せることにした。

 アデル達、そしてヴェーラ達それぞれの“初仕事”が始まった。


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