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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
370/373

動き出す

 従業員の引っ越しが終了し数日、いよいよカールフェルト軍――ローレンスの命令を受けたカールフェルトの貴族達の軍である――がタルキーニの反乱軍の鎮圧に向けて動き出した。

 カルローニ家からは予定通りシモンが将として2000の兵を率いて出撃して行った。

 ヴェントブルーノが集めた装備はカルローニ家が常時抱えている兵1000の内、シモンの直掩となる200とルーベンの護衛100に割り当てられたようだ。

 汎用品を3週間余りで掻き集められるだけ掻き集めた物なので仕様も何もないバラバラなものだが、他の家の雑兵よりは良い装備であったようだ。残りの遠征の兵は傭兵やら徴募やらをして集めた兵との事である。

 アデルの方もシモンの装備を優先的に用意し、一刻も早く現地に届けようと考えた。


 そしてそれから3日後、いよいよフローラがカールフェルトへと向かう日となる。

 前日夜には新体制となったヴェントブルーノ全員で初となる細宴を催す。今回はフローラが主賓であることも踏まえ、ファビアーニ夫妻を中心に準備を行い、新従業員達をアンナとルーナ、そしてハンナが補助する形で整えられた。これには食材なども含む必要物資のポルト内での調達等新人たちへの店舗周辺外の商店、施設の引継ぎと関係者との顔つなぎを行うという意味も含まれていた。少なくとも現在、ポルトではハンナに対してネガティブな反応を見せる者はいない。特に期間雇用となっている10~20代の者達はその様子に強い関心を持ったようだ。


 宴会は豪勢さについては従来の内輪で催していたものと大差はないが、今回は人数が実質倍程になっているため規模は大分大きく、また賑やかなものとなった。

 ある意味初めて持て成される側となるフローラも新人たちが用意したドレスを纏い、マリアとマリーザによりきっちりとした化粧を施され、一目見て貴人と分かる出で立ちで会場に現れた。

(こりゃあ、すごいな……)

 流石のアデルも目を奪われた。オルタも、アンナも、そしてルーナもまたそのフローラの姿に魅入られていた。

 多少のひいき目も入っているのかもしれないが、明らかにミリアムよりも美しいと感じた。元々“お嬢様然”とした女性よりも“活発・快活”な印象を好むアデルであったが、今、目の前に現れた女性はマリアンヌやエミリアナにも勝るとも劣らない国の象徴となるべき姿であった。これなら大陸に『亡国の美女』として名を轟かせていた最盛期のフロレンティナにも勝てるんじゃないかと思えるほどだ。 

 ただ今夜はまだヴェントブルーノの、庶民、又は高級メイドとしてのフローラである。

 フローラは宴の準備をしてくれたファビアーニ夫妻や新人達、そしてそのサポートを行ったルーナ達に感謝しつつ、楽し気に、賑やかに“最後の晩餐”を心から楽しんだ。

 そして愈々、明日の“出発”の話に触れられる。もともとフローラがカルローニ家の娘あり、侍女としてローレンスに傍仕えさせられていたが、その周辺に危険が迫りつつあると”外部組織”に依頼し秘密裏にポルトへ逃れてきていたことは知っている。しかし明日からは話が変わるのだ。

 フローラは明日を迎えるにあたってと、“神装”を纏って送別の宴と今迄のヴェントブルーノへの謝辞、そして挨拶を行った。

 この時の様子を見る限り、事前に聞いていた元のヴェントブルーノの面々とファビアーニ夫妻以外は“神装”という物がどういう物なのか、どういう意味を持っているのかは理解していなかった様子だった。

 しかしグラシアからその由来と発現条件・・・・を聞き、カールフェルト王が纏う装束の中でも特別な時、そして前線で指揮を振るう時に纏う物であること、そしてフローラの本来・・の身分を知った者達は驚くよりも先に平伏していた。 引っ越し完了から引継ぎの終了まで、新人たちにも若干崩し気味に会話をしていたフローラであるが、神装を纏ったが故か、彼らの平伏を正面から受け止め、応えるように凛とした振舞いでそれらしく『楽にして構いません』と声をかけた。

 現在はまだカールフェルト軍がローレンスの指示で東征を始めた段階だが、いずれタルキーニと示し合わせて矛先を変えるのだろう。その瞬間が“神装”を纏ったフローラがフロレンティナの後継として公に立つ瞬間となる筈だ。

 アデルとしては最初こそ『してやったり』と喜び、後に裏側――逆の側面と言うべきか――を知り、少し後ろめたさを感じていたフロレンティナ捕縛であったが、今は間違いなく必要であったものと割り切れている。しかし、そのフローラの顔に最後に見た疲れ切った先王の面影が重なるとやはり複雑なものがこみ上げてきてしまう。


 その後『今後も変わらぬご指導と支援を』とやや紋切り型の挨拶をすると、ティアマトを除く全員にフローラが自ら行った――アデル達から見れば挑戦したとも言える――魔法を付与した短剣を手渡した。

 短剣自体は事前に相談を受けたアデルが人数分の物をドルケンで仕入れたものである。流石にカールフェルトの国章の打刻は出来なかったが、それでもフローラ――次代の旧き魔法の国の王が手ずから行った魔法付与の品物となれば相応以上の価値にはなるだろう。勿論、売りに出せる訳もないのだが。



 そして出発の日、早朝にも関わらず全員が見送りに現れた。

 改めて今以上の茨の道へと旅立つフローラはエミリアナ同様、ヴェントブルーノの革鎧――勿論、事前にマリアとティナが現在付与可能な最大限の魔法を付与したものである――を纏っていた。

 出発前にマリーザによって薄めの化粧を施されたフローラは機能美とアデルが自画自賛する特別製の装備を纏い、いままで見たこともないような凛とした貴族女性に仕上がっていた。

 ティナの【次元門ディメンジョンゲート】が開くと、ティナ、ネージュ、そしてフローラ、アデルの順で門を潜る。最後まで別れを惜しんでいたのはルーナであった。

 アデルはこの2人がいずれ並び立つ姿を見たいような見たくないような、やや複雑な心境でそのやりとりを見届け、最後にフローラを促して門を潜った。


 門の向こうで待っていたのはルーベンとミゲラ、そして執事マヌエルの他、何名か初めて目にする者達だった。見た感じカルローニ家直属の騎士の他、恐らく同盟――共闘関係にある旧カールフェルト貴族家の当主らしい人物も数名混ざっている。

 ルーベンはフローラの革鎧姿に少し驚いた様子だが、普段からアデルやオルタ、そしてティナが常用している物と同じであることに気づくと小さく頷いてフローラを迎えた。

「よく戻ってきた。」

 ルーベンは最初にフローラにそう声を掛けると一呼吸置きその場に膝をつく。

「よくぞご無事でカールフェルトにお戻りになられた。我ら旧臣一同、殿下のお戻りを祝着に存じます。」

 ルーベンの言葉と同時に他に待っていた者達も同様の臣下の礼という物を取る。

 打ち合わせになかったのだろう、突然の行動に最初面食らった感じのフローラだったが、ティナから小声で『しっかり応えろ』と促されると、前日お披露目した神装を纏い、数秒の思案の後に言葉を紡ぐ。

「フィンの横暴から15年余り。我が国は亡き陛下の正に命を懸けた尽力の下に辛うじて国体を保ち、民も抑圧を耐え抜いてまいりました。しかしそこに古くから続くカールフェルトの姿は失われたままとなっています。今、フィンは自業自得とも言えますが、度重なる戦と突如の内紛により混乱し、古き国々に対する力が大きく失われており、形ばかりの大公は派遣されておりますがカールフェルトを、ブリーズを統べるには至っておりません。本日、愈々機が熟し、不当なフィンによる横暴を払拭し、古き国々(・・)の本来あるべき姿を取り戻す第1歩として我々が立ち上がることとなりました。――」

 短い思案ののち、フローラの演説染みたものが始まると、その様子に付いて行けずポカンと眺めていたアデルとアンナだったが、すぐにティナに引っ張られ、|その場に合せさせられた(・・・・・・・・・・・)。

 フローラから2歩ほど後に下がった位置でルーベンらと同様の姿勢を取りフローラの言葉が終わるのを待ったのだ。

 アデルも後半はフローラが何を話したのかしっかりと聞いていた。

「――カールフェルトに光あれ!」

 2分ほどの演説の後、フローラが声を張り上げる。するとアデル達を除く全員がそれに呼応するように立ち上がり声を上げ、荒げた。そして長い拍手が起き、その熱が落ち着くとまずルーベンが立ち上がり小さく頷く。

 カルローニ家以外の者は目の前にある実際に具現化された神装に小さく感嘆と安堵の息を漏らしていた。

「早速ですが状況の説明を行いましょう。」

 ルーベンは小さく手で神装解除をフローラに促すとフローラもそれに従う。

 フローラが元の革鎧姿に戻ると今度はアデル達がティナに促されて立ち上がる。

 アデルとしてはルーベンら以外の者たちが控えていたのは少々予想外であり、このまますぐに戻るか次の話をするか迷ったが、ルーベンに促され話を聞いていく様にと会議室らしきところに案内された。その間、ルーベンに後ろにいた者――特に旧貴族らは色々な思惑を秘めながらティナを凝視していた。

 目の前で推定協力者が【次元門】などと言う高位魔法を扱ったらそりゃそうなるだろうと言う話だ。【次元門】の出口で他の者たちを待たせていたルーベンの意図を確認する必要そうだ。勿論、適当な理由で躱しつつ、あわよくば戦力として関わらせたいという所なのであろうが。


 場所を会議室らしきところへ移したところで面子は余り変わらなかった。カルローニの”内側”であるミゲラとマヌエルが外れ、他は共に出迎えた旧臣らしき数名とルーベンの側近数名、そして加えてヴェントブルーノで新規に調達した、汎用品よりお高い全身鎧に身を包んだ騎士が警護として部屋の入り口や窓際、隅に控えたくらいである。

 いわゆる上座に座らされたのはフローラだった。その脇をルーベンと別の貴族当主らしきものが固め、それを騎士達が固める。アデル達が案内されたのは所謂末席であった。

 フローラの左右、ルーベンの向かう会う形で座っていた若めの貴族がフローラに大してだろう、自己紹介を行った。ロランド・レンティーニ。公爵が不在のカールフェルトに於いてカルローニと共に4侯家とされていた(旧)侯爵家の現当主であるとのことだ。

「コローナで言うところの"4辺境伯"的な感じかね?」

 アデルが小声でティナに尋ねてみるとティナの方も『国の規模からして似た様なものだろう。』と答えた。そしてさらに言う。

「4つの内、他の2つはグラシアに付いて消えたけどな。」

「おおう……そのグラシアさんが出張とは言え、うちにいるのってどうなんだ?」

「レインフォールが”所持”していることは分かっているだろうから、あとはフローラたちがどう動くかだろう。ロランドとは少々年齢が合わなさそうだからどうするかね。我々がとやかく考える必要もないだろう。」

 ティナがそう言う。以前フローラとルーベンがグラシアの存命を知った時に口走ったのがグラシアの子をフローラの次に迎える可能性だった。グラシア基準で考えるとフローラは同性、ルーベンは20以上年上の妻子持ち。ロランドは……見た感じ20代前半~半ば。侯爵家当主なら当然すでに正妻はいるであろうし、グラシアの年齢が30前半とすれば囲うのも悩みどころだろう。 

 アデル達のそんなやり取りは傍にいるネージュすら聞いていない。会議は粛々と進められていく。

 

 説明は現在のカールフェルト国内情勢、ローレンスの動静、タルキーニの情勢、そして自陣営の状況だった。

 カールフェルト国内は現在は概ね落ち着いている。ローレンスと教会の不和が各方面で不安と不穏を招いているが、中央で軍団が大きく動く気配はないとのことだ。

 東部、ルーベンらの陣営が合せて25000程、その内半分以上の16000がタルキーニ平定に向かっており、タルキーニはフィン軍が10000程駐留しているがフロレンティナやフィデル亡きあと表立った司令というか責任者と言うのがはっきりと決まっていない。指揮官レベルの貴族が5名、5軍でオズードやエズルード、そしてタルキーニ旧王都他、主要な都市を警備しているとのことである。

 対してタルキーニのレジスタンスが合計して6000程とのことである。レジスタンスはやはりゲリラ戦を主軸としており、6000がひとまとまりで作戦行動を取れているわけでもない。

 現在表向きはルーベンら16000とフィン軍10000でタルキーニ反乱軍6000を探し出し潰すことになっている。が、実のところはフィン軍は戦闘をする気はなく、すべてルーベンらに負担させるつもりでいるとの事だ。しかもその兵士の半数はカールフェルト出身の、フロレンティナ統括時代の者が多く、タイミングを見てルーベンやロランドが動けば切り崩し、或いは士気の低下は期待できそうであると言う。しかも実際はそのルーベンらとタルキーニ反乱軍が裏で通じ合っていて――という所であり、失敗の許されない一発勝負となるものの、有利な状況は充分作り出せるとのことである。


 アデルとしてはサラディーノの無能っぷりを見るとどこかでこの裏が露見していないか不安もあったが、その辺りはルーベンらがしっかりと押さえている様子ではあった。

 またそんなサラディーノが神装を纏ってタルキーニ反乱軍を率いているということで、ローレンスは余計に焦っている様子であるとのことだ。

 そこに神装フローラをぶち込んだら――盤面は一瞬でぐちゃぐちゃになるだろう。

 そこでティナが質問をする。

「フィン本国――特にカールフェルト国境線とイフナスの様子の情報はあるのだろうか?」

 ティナの問いにルーベンが答える。

「フィン本国では内紛勃発時点で王都近くにいた第1王子アルフォンソが優位についているとのことだ。イフナス平定に遣わされていた第2王子ベルナルドは慌てて兵を戻そうとしたが、潜伏していた第2王女エミリアナが第1王子と連携しそれを妨害しているらしい。第2王子や第3王女カサンドラらはそれらの状況から第1王子によるフィデル王暗殺を訴え周囲――これにはレインフォールも含まれます。――に自陣営の正当性と支援を呼び掛けている様ですが、こちらは第3王女が主になっているとのことだが……証拠らしい証拠が出ておらず、また彼らが主導した第2王女の死亡・国葬が嘘であったことが明らかになり、支持はだいぶ下がっているとのことだ。

 レインフォールはイフナス沿岸とベルン沿岸に大型戦闘艦を中心とした艦隊を2つずつ展開したことが確認できているが、旗艦はフィン本国、トルナッドから動いている様子はありません。そちらはヴェントブルーノの方がお詳しいかと。」

 レインフォールに関してはいわずもがなだ。今やオルタが週に2回はトルナッドに“買付”に言っているのだから。フィンの情報もほぼリアルタイムで入ってくる。

「レインフォールに関しては概ね把握しています。フィン内紛やブリーズ情勢に表だって介入することは9割方ないでしょう。」

「……残りの1割が気になる所だが?」

 アデルの言葉にルーベンがそう返す。ある意味出来レースである。

「コローナがフィン本国やタルキーニにちょっかいを出せば多少は話が変わる可能性はあるかと。それでもレインフォールが地上戦力をどうこうするとは考えにくいですが。」

「ふむ……で、あるなら尚更だな。フィンの内紛は我々が期待していた・・程長期化はしなさそうだ。」

 ルーベンが言う。思いの外、第1王子による中央掌握が早い様子である。コローナがフィン北部に手を出していないという事も大きいのだろう。しかしコローナの、レオナールの動きで一番不穏なのがタルキーニに対してだ。こちらも以前にルーベンには話している。

「イフナスはどうなっている?」

 少し焦れたかティナが割り込む様に問う。ティナとしてはイフナス情勢が一番貴重で且つ必要な情報であるのだ。

「イフナス反乱軍はタルキーニ反乱軍よりもさらに激しい様子だそうだ。イフナスは……文字通り、『後がない』からな。徹底的に削がれた現状にフィンの内乱、この期を逃せば次はないというところで、かつてない勢いを見せているとのことだ。第2王子派が劣勢と言われるのもその要因が大きい。第2王女の妨害もあり、下手をすれば1~2ヶ月で崩壊するかもしれん。少なくともそれよりも早くタルキーニを、可能であればカールフェルトを解放したい。」

「……イフナスの反乱軍を纏めているのは?」

「実際の所はよくわかっていませんが、噂を聞くに、ニルスと言う若者が英雄として旗頭になっているそうだ。」

「ん?」

「おう?」


 意外な所から聞こえてきた嘗て知った名前。偶然の同名など珍しい現象ではないが、状況からして恐らくは同一人物であろう。

 予想外の名前に思わず場違いな声を上げたアデルとネージュに多くの視線が集まった。


(今更ですが)しばらく更新頻度が下がると思います。

と、言うのも先月から漫画版から入ったなろう原作モノを2本ほど追いかけた結果、ムラムラ来て追放ものに手を出してしまいまして……短編にしてそのうち公開したいなと思っているところです。

あと、○年ぶりにアーXス復帰してみたり。うん。

可能であればブックマークをしておいていただけると幸いです。

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