秘密と秘匿
直近のあらすじ
貴族様(めんどくさそうな人)が現れた!→いいから旧文明の遺跡いくぞ。
→大丈夫か?このパーティ……
ネージュ初被弾。傷は浅くはなさそうだが…… ←イマココ
「やっぱり大したことなかったわね。」
左右二つの戦闘が終了しているのを確認したローザが外で待機していた2人に合図を出して合流させる。
「大丈夫か?傷の状態は?」
一方で、一撃を貰ったネージュを助け起こしたアデルはネージュにそう問いかける。
「大丈夫。死ぬような怪我じゃないから……」
ネージュはそう言うと、立ち上がって虎の首に突き刺さっていたミスリルショートソードを回収し部屋の中央に戻る。そこで6人が合流する。
「大きい、強そう」
中に入ってきて初めて見る魔獣にカタリナが目を輝かせた。
「いい素材になりそうね。」
ティルザも2頭の魔獣の状態を確認してそう呟いた。
「へぇ……大したものね。」
急所を狙いすまして仕留められ、原形をほぼ綺麗に残している虎の魔獣の死体を見てローザが感嘆する。
「え?ちょっと待って?攻撃食らったんじゃないの?」
そこでネージュの革鎧に深く刻まれた傷に気付いてカタリナが駆け寄ってきた。
「大丈夫。死ぬような怪我じゃないから……」
ネージュは先ほどと全く同じ言葉を繰り返す。
「あら?上級職レベル20も大したことないのね。」
ローザが目を細めてそう言ってくる。つい先程まで、むしろローザたちの方こそ称号だけで実戦経験ないだろと思っていたアデルとしては返す言葉が出てこない。
「食らうときは食らいます。常に無傷で切り抜けられるような仕事ばかりなら世の中冒険者で溢れてますよ。」
アデルは少しイラっとしながらもそう言葉を返す。しかし、ここで問題にも気づいた。本来ならこの手の傷を受けた場合、止血をした後、加工した薬草を傷薬として塗るなり貼るなりするところなのだが……この状況でネージュのレザーアーマーを脱がせるわけには行かない。
「傷の確認をしましょう。革鎧の内側にまで達しているようですし。」
「いい、大丈夫。」
カタリナの申し出をネージュが断る。
「どう見ても、内側に達してるよね?」
カタリナが再度問いかけるが、それをローザが止める。
「本人が大丈夫だって言ってるんだから大丈夫なんでしょ。あなただって1日に何度も魔法を使える訳じゃないんだから。」
「……そうですね。」
それっきり、カタリナは口を閉ざしてしまう。
「それより、剥ぎ取りして奥に行こう?」
「そうですね。剥ぎ取りはどうします?」
ネージュがそう言うと、アデルもそれを乗っかってローザに問いかける。
「せっかくだし、倒した証拠にもなるし……皮と牙は貰ってきましょう。ティルザ!」
「はい。」
ローザが呼ぶと、ティルザがローザが倒した分のトラの解体を始める。
「じゃ、こっちもやるか。」
アデルとネージュが自分たちの分のトラの腹を開き、中を取り除こうとすると、ローザとミシェルが険しい表情を浮かべ、口に手を当てる。
「もしかして、肉屋って店頭に並んだ状態で仕入れていると思ってます?」
「いや、理屈はわかるけどね……」
呻くようにローザが言う。ローザたちは険しい表情のまま、アデル達やティルザの作業を見守っていた。
(この調子で戦場に出る気だったんだ……)
もちろん、口には出さない。
(傷の状態は……お兄ちゃんも確認してたよね?どう見ても放置できる傷じゃないと思うのだけど……)
口を覆いながらも解体作業を見守っていたカタリナは内心でそう呟いていた。
(遠慮してるのかしら?それとも……)
こちらもそんな疑問を口には出さなかった。
解体作業が終わると、毛皮と爪、牙をそれぞれで回収する。そして、体内から現れたのが拳大の魔石がひとつずつだ。魔法生物と言うだけあって、通常のものよりも大き目と思われる。
「お風呂沸かすのに丁度良さそう」
ネージュがそう零す。確かにあの発熱の魔具と同じくらいの大きさだ。あれの貸し出し価格を考えると、売ればそれなりの金にはなりそうだ。
「とりあえず、当初の目的が達せられるまでは五分五分よ。」
(あ、五分五分でいいんだ……)
「わかりました。」
人数割りだと1:2と不利になってしまう事を懸念していたアデルは内心で素直に喜んだ。
「それじゃあ、奥へ進むわ。ここから先は地図はないし、ここまで来るだけで罠もあったらしいから、気を付けなさい。」
そう言うと、最初の隊列で奥へと進む。
そこから先は虱潰しの作業となった。
ティルザが扉の罠の有無を確認をしながら開く。中を探索する。新たに判明した部分をローザが地図に記す。迷宮ではなく、何かの施設跡であったので構造自体はそれほど複雑ではないが、広さは想像以上だった。
魔獣の部屋までの倍以上の時間をかけて探索を行う。ところどころに書類やら、硬貨の様なものを見つけたが、旧文明関連のものは総べてローザの取り分だ。
アデルの方にも、おそらく研究用か実験材料かと言う感じの小さな魔石がいくつか見つかるが、魔獣の魔石ほどの価値はなさそうだ。それでも魔石には変わりないのでありがたく回収させてもらうが。
そんな感じでしばらく探索したところで、同じような扉が並ぶ廊下のような場所に出る。廊下はそこから左右に伸びていた。
「対称な造りでしょうか?同じような部屋ばかりですし、手分けしませんか?右と左で。」
「そうね……何か見つけたら報告しなさいよ?」
アデルが提案をすると、流石に同じような部屋の探索に辟易としてきたか、ローザがすんなりと同意した。
(良かった、ここで分かれて部屋に入ったところでネージュの応急手当てをしよう)
提案がすんなりと通ってほっとしたところに、カタリナが余計なことを言い出す。
「それなら、私がアデル君の方に付こう。3・3、前衛2、回復&光源1、斥候系1でちょうどいいよね?」
(ちょっと待て!?)
慌てて何か取り繕うとするアデルだが、探索隊のバランスを考慮した申し出としては非の打ちようがない案だ。何かうまく二人になる手はないかと考えるが出てこない。そこへ、
「そうね。それが良いわ。」
ローザがあっさり同意して、カタリナをチラリと見る。ローザとしてはこれは回復役の分散を考慮したものでなく、アデルの着服を防止させるのが目的だと目が告げている。とにかくこれにより3・3分けが確定してしまった。
(まいったな……)
二手に分かれたアデルは、ネージュと共に扉に罠がない事を確認して一つの部屋に入る。
部屋の中は、職員の個室だろうか。六畳程度の広さの部屋の中に、金属製の机とベッド、それに書棚が一つずつ並べられていた。ベッドには布団のようなものがあったが、流石に長い年月の経過で布地はボロボロになっている。
「いい具合にベッドがあるね。さくっと治療をしてしまおう?」
カタリナがアデル達にそう言う。
「あー、そんな時間掛けてたら何か言われません?」
「おや?その為に二手に分かれようとしたんじゃないの?」
見かけによらず意外と鋭い。だが、自分たちの監視役であるカタリナに事情を話せるだろうか……無理だ。
「そんなに鎧脱ぎたくない感じ?」
カタリナの口調からは悪意のようなものは感じない。だがそれでも……
「あんまり肌を見せたくないんですよ。」
「……そうなの?」
カタリナはアデルではなくネージュに直接尋ねる。
「……うん。」
小さく返事をするネージュ。
「そうかー、そういう時期かー。そろそろおっぱい大きくなってくる頃だもんねー」
思わず「え?」と声を出しそうになるが辛うじて飲み込む。
(こいつは一体何を言っているんだ……)
「複雑な時期だもんねー。お兄ちゃんも意識しちゃう感じ?」
「まだ少し早い気もするけど……ね……?」
アデルは言葉を濁す。
(むしろ町にいる時はいつも磨いてるんだけどな……まあ、勘違いしてくれるなら有り難いには有り難いが。)
「…………はぁ。信じてもらえないか。まあ、これは一つ貸しにしとくよ?」
カタリナは大きなため息とともにそう言うと、魔法の詠唱を開始する。
光の具合からして、恐らくは中級の回復魔法だろう。ん?中級の……?カタリナって確か《神官:12》とかじゃなかったか?
「え?……いいんですか?勝手に消耗が激しそうな魔法使って……」
「君なら気づくと思ったんだけどなぁ。言ったでしょ?重傷者の傷なら何度も治療してるって。」
「ええ、言ってましたね?」
「神官の“冒険者レベル”なんて、ほとんど自己申告のようなものさ。」
「と、いうと?」
「低く見せようと思えば、適当に申告してそのレベルの魔法さえ見せておけばいくらでも誤魔化せるってこと。」
「低く見せる?そりゃそうですがその必要性が分かりません。」
「緊急時に1回くらいは自分で自由に使える魔力を残しておきたいってことだよ。」
「……なるほど。分かりました。」
恐らく、ローザに隠しているのだろう。重要な局面でも、体内魔素の消耗の大きそうな魔法の仕様はローザの指示でのみ使用が許されているのだろう。
「正直、隠したくなる気持ちはわかりますけどね。……なんでパーティなんて組んでるんですか?」
「オトナの事情だよ。」
「オトナの事情って……」
そこでカタリナは意味深な笑みを見せると、それっきり口を開かなくなった。
魔獣部屋を抜けてからは罠らしい罠は見つからなかった。よほど魔獣を信頼していたのだろうか?探索はゆっくりではあるが着実に進んでいく。
ほとんどが同じ造りの部屋の連続だった。目ぼしいものと言えば旧文明人が使っていたいであろう魔石がちらほらと見つかる。反面、不思議なことにこれだけ生活感のある部屋であるのに拘らず、魔具は一つも見つからなかった。
そして探索することさらに1時間余り、ぐるりと半周ずつして合流した所にこれ見よがしの大きな金属製の扉が現れる。恐らく二手に分かれたところの反対側だろう。丁度「回」の字の外側に生活用の小部屋、そして内側が大部屋。その入り口が廊下入り口の反対側あるこの扉なのだろう。
「隠し通路がない限りは、地図的に最奥……まあ、何かありそうよね。」
扉だけでも高さ5m、幅6m、今迄の通路の倍だ。重さだけで何トンもありそうな鉄扉が一行の前に立ちはだかる。
ティルザとネージュが調べるが、罠の類はない。そしてティルザによると、おそらく奥に開くのではなく、横にスライドするのだろうという結論に至る。
「と、なるとどこかにスイッチがあるかな?」
アデルがそう呟くと、程なくしてネージュが声を上げる。
「ここかな?」
ネージュが示す場所は、扉の反対側。壁のところに、不自然に浮かび上がった石のブロックがある。
「罠は?」
「なさそう。」
ネージュがそういうと、アデルは浮き上がっている石を掴み引っ張る。
「「「「お?」」」」
石は思いの外簡単に、静かに引き抜く事が出来た。そしてそこには……
小さなレバーの様なものが現れる。
「読める人?」
アデルが周囲に尋ねるが、手は上がらない。
レバーの手前に、見た事もないような文字がいくつか見て取れるのだが、現代の文字ではないらしく誰も読む事は出来なかった。
「とりあえず、逆に倒してみましょう。」
ローズの意見に反対は出なかった。
アデルが無言で頷き、その通りにすると、背後の扉が音を立てながら右にスライドしていく。
5秒ほどかけて扉が開くと、中には予想通りの大きな広間があった。
30m四方と言った所か。入口に罠がない事を確認して、中へと踏み込む。
魔法の光が照らす先には、恐らく部屋の中央だろう、屑鉄の山らしきもが無造作に積まれていた。
ネージュとティルザが周囲を警戒しながら、山に近寄ると……
“屑鉄の山”がゆっくりと立ち上った。




