出戻り?
機動力と輸送力(魔法袋)、それにコネ(王族&豪族)と十分な資本(前払い)があれば(普通はない)ある程度の商品はなんとかなる。
武具は、各方面――主に大陸南部で需要やその見込みが増えつつあるためか、南部を中心に――やや値上がり気味であるようだ。ただ汎用品に関しては特に部隊で意匠・デザインを統一する必要もないというので、手ごろな物を相応の値段でまとめて購入していく。
アデル達はドルケンやコローナ、そしてレインフォールから相場よりも気持ち高めの仕入れ値で武具を掻き集めた。またレインフォールでは金属製の防具は余り扱っておらず、まだ価格が安定しているドルケンでは武具職人・鍛冶のギルドの紹介を得て腕の良い職人を3人ほど囲う方向で話を進めていた。いずれ本拠地を定めどっしりと店を構える様になれば工房が必要になってくるだろうが、現時点ではアデル達が発注や魔法付与を行いに通う形で話を進め、ルーベンやシモンに収めるオーダーメイドのハイエンド品の準備も始めている。
初週に80、そして翌週に100程の汎用武具を納入し取引を終えた所でルーベンが改めてアデルに話を持ち出してきた。
ヴェントブルーノの庶務に従事できる者達との話がまとまったというのである。が、それだけではない。
アデルやティナ、そしてオルタと共に早速その者たちとの面談を行いたいと申し出ると、『まず先に』とルーベンが想像の斜め上を行く事実と提案を申し出た。
なんと、ティアマト・カッローニを『買い取った』というのだ。
「「「HA?」」」
予想外過ぎる言葉にアデルやオルタのみならず、ティナでさえあっけにとられた様な声を出す。
その様子にルーベンは少しだけ『してやったり』という笑みを浮かべると、すぐに真剣な表情に戻りこう切り出した。
「皆様のお話を聞いて少し様子を見ましたが……サラディーノ・カッローニは……我々の想像以上に愚鈍であるようです。“旗印”以外になんの価値もない男の様でした。」
そう語る。
話を促すと、サラディーノは10才になる前にフロレンティナらに捕らわれ、その後15年に及ぶ幽閉生活の中、政治どころか世間すら碌に知らぬ出来損ないが出来上がってしまった様だとのことである。
神装の具現化だけはしっかりできた様なので全くの無能と言う訳ではなさそうだが、交渉や根回し、計画の策定等、そのほとんどがジューリオらにより仕切られていた様で本人にその手の能力が全く備わっていなかったというのだ。
ジューリオ亡き後はタルキーニ内の配下にうまく祭り上げられ、また神装の具現化を成功させたことでタルキーニの旧臣たちにも王位継承可能として認められると、|うまい具合に勘違いさせられている(・・・・・・・・・・・・・・・・)と言う。
タルキーニに戻り、神装の具現化に成功すると程なくして数名の旧臣の娘や孫を妾にしてすでによろしくやっているらしい。
そこで今後の打合わせの折、『私の娘がヴェントブルーノ商店で働いており、カルローニ家の主要取引先としてヴェントブルーノとすでに取引を行っている。その中でそれぞれで足を引っ張り合う事の無い様にとカッローニとの交渉を一任されている』と伝え、アデルが伝えた騎士の腕の話を例えに出すと、『そちらはジューリオとティアマトが勝手にやったこととしてサラディーノは一切関知していない』とし、『そちらで話を付ける様に』と言い出したらしい。
ここまで来ると流石にアデルも呆れてしまう。ネージュの報告によれば、再会当時――ネージュが取立の宣言をした時はサラディーノはティアマトを抱きとめ、守るようなそぶりを見せていたという話だったが、祖国で祭り上げられた結果、すでにそのような様子は見えなくなったようである。あのレオナールが軽い神輿として祭り上げようとした結果、軽すぎて勝手にどこかへ飛んで行ってしまった様にも頷けてしまう。
ルーベンが言うには、古き血を絶やさない様に配慮したフロレンティナだが、その生き残りたちを隔離し、余計なことを考えない様に仕組んだのがここへきて大きく裏目に出た様子であるという。
結局その話を受けたルーベンはタルキーニで生き残り、再起を窺っていた旧臣の中でも高位で政治、軍事が出来そうな旧臣たちと話し合い、『ヴェントブルーノへの返済すべき額を一旦カルローニ家で立て替える、代わりに“人質”としてティアマトの身柄を預かり、いずれタルキーニがフィンから解放された折、オズードかエズルードの土地一区画をカルローニ家に売却することでカルローニへの返済としそこでティアマトの身柄を返す。』という契約を通してきたとのことだ。
サラディーノが無能であれば、自分たちの娘や孫を宛がうことで『その次』を安定させようという腹積もりなのだという。サラディーノの様子からして、本人が前線に出ることはなさそうで、背後の旧臣たちとすれば、そうなれば自分たちの王家に対する影響力が増すと同時に、王妹となるティアマトの存在は邪魔になり得る。恐らくはそこまで見据えているのだという。
そこでルーベンは今度はカルローニとヴェントブルーノの追加の契約として、『ティナの下にティアマトを奉公人としてつける。身柄を保証する限りどう扱っても構わない。いずれタルキーニが奪還された時、カルローニに譲渡とされる土地をヴェントブルーノに引き渡し、完済としてティアマトをタルキーニに返す。』と言う案を持ち出した。
これにはティナも呆れて閉口する。それが実行されれば、ある程度ティナの教えを受けたティアマトがヴェントブルーノの内情と共にタルキーニに対する『人質』としてカルローニ家が得ることになる。
そこでティナは数秒の思案を行うと『悪くない。』と悪そうな笑みを浮かべる。
「ティアマトが再度裏切ったり失踪しないという保証があるなら、大いに良い案だと思うが?」
ティナが悪い笑みを浮かべながらそう言う。悪い笑みと言うのはネージュさんが玩具を見つけた時と同様の『ニヤリ』という感じの笑みである。恐らく裏でそれなりの事を考えている様子だ。
「結局ほうほうで逃げ帰った先で無能兄貴に売られた感じか。どの面下げてというのもあるし、ネージュはここぞとばかり弄りそうだな……とは言え、使い道あるのか?」
アデルがティナに尋ねる。
「また経理に関わらせるかは別としても使い道はある。店の内務に関してはカルローニで選ばれた者の方が信頼できそうだがな。」
ティナとしては経理には関わらせず、今フローラが行っているような雑務やティナ本人のサポートをさせようというつもりらしい。
「裏切ったり逃げ出したりしないという保証は?」
「隷従の首輪よりも多少拘束力は劣るが小型で目立たない物をこちらで用意する。必要ならば――いや、余計な世話か。」
アデルの問いにルーベンはそう答えた。最後に何を言おうとしたのか?アデルはチラリとティナを見ると、ティナはそれを察したのか、
「これは店主でなくロゼールに付けられたものだからな。勝手な付け替えは出来んよ。」
どうやら目立たない版の物をティナ用にも用意するか?という意図だったようだ。ティナはそれを遠慮した。
「ってか、オズードってまだフィンが押さえてるんだろ?それにうちらも必ずしも出店するとは限らない訳で……」
「土地は権利を確保するだけでも意味は大きいのですよ。あとはあなた方次第です。売りなおしても、倉庫にしてもかまいません。」
ティナに代わりルーベンが答える。
「まあそうですね。で、経理担当の方は?」
「このあとすぐにでも紹介・派遣できます。」
「ふむ。それがフローラと交代という形になるのか?」
「引継ぎ等が必要なら1~2週間は待てます。商い以外の雑務に関してはそれこそティアマトを当てれば問題ないでしょうし。」
ルーベンがそう答える。どうやらルーベンはティナの負担をなるべく減らす算段を整えていた様子が窺える。
「……色々惜しいが仕方ないな。もう2年も集中させればカールフェルトの次代に相応しい《魔術師》に育てられるのだが。」
「可能であれば、それこそ家庭教師役としてでもお迎えしたいのですが……」
ルーベンはそう言うとティナとアデルを交互に見る。
「……先も言ったが私の管理者は今やベルンに向かったロゼールだ。カールフェルトの事は次代に任せるしかない。願わくばその名を絶やさぬ様にしてもらいたいところだな。」
「……管理者とは言っても直接管理している訳ではないのでしょう?それこそレインフォールのグラシア様の様に……」
ルーベンはアデルに向けそう言う。どうやら『また貸し』的にティナを派遣してくれと言っている様だ。
「企業秘密どころかそれ以外の重要機密も持たせてますからねぇ……」
「私としても今更国に関わるほどの気力も気概もない。せいぜい裏でできる支援するくらいのものだろう。フローラを立てるというのならしっかりと支えてやってくれ。落ち付いたら改めて教えてやれることもあるだろうから、まずは最初の一歩とその足場だな。」
「……そうですか。」
ティナの返しにルーベンは少し消沈気味に溜息を漏らす。ティナの話からすればルーベンも相当の魔術師らしいが、それでもなおティナの方が上なのだろうか。確かに【次元門】持ちとなればそれだけで下手な広範囲魔法よりも存在価値は高いのかもしれないが。
「では1週間でフローラから後継に引継ぎできるように内務担当はすぐに寄越してくれ。来週のこの時間までにフローラを返せるようにしておこう。いや、それより先にティアマトを連れて来てくれ。」
「御意。」
ルーベンはティナに対し恭しく頭を下げるとその指示に従う。連れてこられたティアはそれは正にこの世の終わりを目にしている様な表情で怯える様にアデル達の様子を窺う。
それに対しアデル達は特に表情を付ける訳でなく淡々と尋ねる。
「呪具の装着はこれからか?」
「はい。主をティナ殿に設定しますので魔力を通し、専用の合言葉を設定しながら装着して下さい。先に説明をしますので好きなタイミングで取り付けて下さい。」
ルーベンはニヤリと嗤うとティナの手の細い小指の先ほどの指輪らしきものを取り出す。
「これは――」
ルーベンの説明にティアはみるみる顔色を悪くしていき、アデルとオルタはドン引きする。確かに目立たないどころか外見からそれの装着に気付くことはほぼ不可能だろう。中々にエグイ代物であるようだ。
「私よりも――ネージュが喜びそうなものだな。これの価格はどれほどだ?」
「5万ゴルト程で。」
ティナの問いにルーベンが答える。
「ふむ。これをもう1つ用意できるか?」
「連邦の地下で出回るの品なのでお時間は少々必要かと。1月程みて頂ければ。」
「……何?自分用?」
「馬鹿を言え。事前にテストは必要だが……これならシルヴィアを御せる可能性があるだろう?」
「あー……なるほどね。竜化に対応出来るなら……5万の価値は充分にあるな。」
アデルもティナが意図した用途を考えると、正式にその呪具を一つ追加発注をした。
「それでは――そう言う契約ですので。」
ルーベンが今まで見せた事のない笑みを浮かべると取付作業に掛かる。ティアは強烈に怯え、また半ば泣き叫びながら抵抗を試みるが、アデルとオルタに体を押さえつけられ、ティナによってそれが装着されると早速静かにするようにと命令が出される。しかしそれでもなお抵抗しようとするティアマトは――程なく険しい表情をして静かになる。
「抵抗のリスクを教えるためにも一度“戒め”を発動させましょう。」
ルーベンはそう言うとティナに“戒め”の行い方を説明する。
ティナが魔力を込めそれを言うと、ティアは短い絶叫と共に後1~2回小さく痙攣すると意識を失った。効果は充分の様だ。
「流石は連邦だ。こういう物を作らせたら大陸一だな。」
感心とも呆れるとも言うようにティナが溜息を漏らした。




