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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
364/373

ややこしくなってきた

「何という事だ……」

「申し訳……ありません。せめてもう1~2か月早く連絡が取れていれば……」

 ヴェントブルーノとカッローニ家の因縁を聞いたルーベンが最大級の渋面を浮かべて呟くと、フローラが意思の疎通の遅れを詫びた。

「いや、こちらも任せっぱなしにしていたのが悪かったのだ。謝る必要はない。とはいえ……」

 アデルはルーベンにヴェントブルーノのティア――ティアマト・カッローニが来た経緯から持ち逃げした所までを掻い摘んで説明した。

 ネージュが先の戦場から玩具感覚で攫ってきたこと、その後、命と生活を保証する代わりにほぼタダ同然で仕事をさせていたこと、そしてジューリオとの持ち逃げ、最後にオーヴェ川での取立宣言だ。


 一方でルーベンの話を聞くと、戦力だけなら今迄フロレンティナがうまく温存してきていたこともあり、カールフェルト――ルーベン達だけでなんとかなるのだが、昨年秋ごろからジューリオから打診があり、議論の結果、ローレンス排除後の事を考えるとタルキーニの協力は必要不可欠であることが認められ共同作戦を計画するに至ったと言う。

 カールフェルト最大の弱点は戦力ではなく物資であったのだ。

 同じ系譜を祖としつつ袂を分けたイフナスとは元々不仲であり、海がないカールフェルトとしてはどうしてもコローナかタルキーニから物資を購入するしかないのだ。食糧に関してはコローナから買える物も多いが、国の交友関係的に主にタルキーニから多くの物を買っていたという。

 現在はフィンから入ってくるが、フィンの内紛、そして今後ローレンスとの対立を考えればそのルートはもう使えないと見て間違いない。

 そのタルキーニだが、ヴェントブルーノはもとより、亡命し1年程保護を受けたコローナに対しても後ろ足で砂を掛けるようにしてタルキーニ入りしたカッローニ家を快く思っている訳もなく、また今回のフィン王横死で増々情勢が不安定になればコローナが派兵を検討していると聞き、ルーベンは頭を抱えてしまった。

 尤も、サラディーノがタルキーニ入りを決断した大きな要素としてカルローニらとの共同作戦の取り付けが大きかったのであったが。

「……10万ゴルトか……」

「……10万ゴルトです。」

 ルーベンとアデル、両者渋面を浮かべて呟き合う。

 10万ゴルト――ティアがヴェントブルーノから持ち出しを重ね、いずれ取り立てると宣言した額であり、今、目の前の机に置かれている大きな袋の中に入っている金額である。勿論、安い額ではない。とはいえ、フロレンティナ捕縛の20分の1の金額でもある。対フロレンティナの報酬はそこから経費として協力者や物資の調達に宛がっている為、丸々その額がアデル達の懐に入ったわけではないが、今あるポルトの建物や商品等、ヴェントブルーノ商店としての初期の資産――資本金と言うべきか――は全てそこから出ている。

「カッローニ家の一件、我々に任せてもらえないだろうか?」

 ルーベンが言う我々とは、ルーベンとマヌエルの事である。

「任せるとは?」

「いずれ別途10万ゴルトを用意し、君達への返済へ充てることも考慮に入れ、話し合いをしてみようと思う。金の返還以外に要求はあるのか?」

「……いえ。こちらとしてもこれ以上好き好んで荒立てるつもりは……向こう次第ですね。」

 ――ネージュは黙っていないだろうけどな。と思いつつもそう答えるしかない。

「では向こうに伝えることはあるかね?」

「……そうですね……冷凍保管中の騎士の腕はいつでも返す用意があると。流石に2年も保管しておく気はないですがね。とお伝え頂ければ通じるでしょう。」

 ある意味脅しである。アデル的には単純に邪魔なだけであったが、向こうの決断を急がせる材料にはなるだろうか?

「承知した。では10万ゴルトは私が保証しよう。君達はこの計画で互いに足を引っ張り合わない事だけを約束してほしい。」

「……わかりました。」

 内心複雑だが、少なくとも店の損失はほぼほぼ補填されるらしい。これだとカルローニ家が一方的に負担を被るのだが、本来の古き国を取り戻す為なら……出せる出費なのだろう。そこはアデル達が突っ込む必要はない。

「で、コローナだが……」

「フィンの残党・・か、タルキーニの難民が賊となるかは知らぬが、いずれ何かしらがコローナ南部を脅かし被害をもたらすのだろう。そうなればコローナから一斉に兵が流れ込んでくる。」

 ルーベンの呟きにティナが答える。エドガーの話を聞いたところ、多分こういうことなのだろう。

「根回しが下手と言うか……軟禁されていた者に求めすぎかもしれないが流石にな……」

 ルーベンがため息をつく。恐らくはサラディーノの政治能力に対する溜息だろう。

「ローレンスはいつ動く?」

 ティナの問いにルーベンはわからないと答える。

「近々、フィン東部で元第2王女が表舞台に復帰予定だしなぁ。1年も先はないだろう。尤もあちらの標的は第2王子派らしいけど。」

「それはどこ情報ですかな?」

 アデルのぼやきにルーベンが食いつく。

「第2王女――エミリアナにかなり近い所・・・・・・からの情報です。」

 アデルはチラリとフローラを見ながらそう答えた。

「かなり近いところですね。ほぼ確実と言って間違いありません。」

「そうか……」

 フローラの答えにルーベンはさらにもう一つ溜息を追加した。

「だが、裏を返せばフィンとイフナスはこちらにかまけている余裕はないという事か。元々、ローレンスとベルナルドの協力はないと踏んではいたがね。」

 ローレンスがかつて王宮内で受けた扱いや振舞いを見聞きすれば確かにそれはないと判断できそうだ。恐らく性格、思考や志向関連の情報はフローラが3年弱集めていたのだから間違いないだろう。それにしても――フローラは本来なら自分が収まっている筈の位置でふんぞり返っている人間の世話をさせられていたのか。ヴェントブルーノの者には――アンナとユナくらいにしかできそうもないだろう。その辺りの辛抱強さは母譲りなのだろうか?

「取引――武具の納入の毎にでもその辺りの情報は回すだろう。ただ、カールフェルトの軍が東へ向かったら既に『始まった』と考えておいてくれ。」

「……その場合納入場所は?」

「東へはシモンが向かい、まずは軽く交戦し数日睨み合うことになっている。私とマヌエルはここに残る筈だ。その時に調整しよう。」

 そこでアデルは少し考える。そして――

「冒険者、或いは傭兵を雇う予定は?」

「充分に信頼できる者がいれば前向きに検討したい。」

 その返答にオルタがにやりとする。ネージュがいたら間違いなく食いついただろう。そしてルーベンの方もアデルの問いの意味は理解して答えの筈だ。

「季節外れの猛吹雪の配達って相場どれくらいだと思う?」

 先日、エミリアナと最後に話した時のネージュの言葉を思い出してアデルはオルタに投げてみた。 

「さあ?規模にもよるんじゃないか?」

 オルタが素っ気なく答える。この配達はあのレオナールですら、後へ波及する影響を考慮し封印した手段である事をアデルは忘れかけていた。

 ふとその時、ティナがルーベンに紙を渡す。

「余裕があったらでいいので見ておいてほしい。」

 ティナがそう言うとルーベンは紙を開き中を確認する。すると一瞬、ルーベンは驚く様に紙片とティナの顔を交互に見遣る。

「何を書いた?」

「まだ先の話――必要になるかも怪しい内容だ。」

 アデルの問いにティナがやや誤魔化し気味に言う。しかし――

「だめだ。正直・・言え・・。」

 アデルが強く命令・・するとティナは諦めたかのように軽く溜息をついて言う。

「オーヴェ川沿い、出来ればオズードで今のポルトと同程度の土地を手に入れられないか調べてほしいと。な?」

 ティナはアデルにもルーベンにも確認するかの様な口調で言う。

「仮に旧来の体制を取り戻すことが出来ればオズードの役割はタルキーニのみならず大陸南部にかなり大きくなる。」

 ティナの意図を推す様にルーベンが述べる。

 ルーベンからしてみれば、戦力だけなら単独で間に合う筈の解放戦にタルキーニを噛ませたのはその後の物流を意識したためと言うのが大きい。娘を――未来の王が絡み、預けられるような御用商人がオズードに拠点を据えれば得られる物が大きく、融通も利く様になるだろう。元々友好関係が強かった両国であるが、現状で保持する国力の差は明らかだ。今ならカールフェルトに有利な約束を取り付けられる可能性が高い。しかし……相手はあのカッローニだ。ジューリオの入れ知恵はともかくとして信用度的にはどうなのだろう?アデルはそう考える。

「オズードってタルキーニですよね?カッローニ以外にないのですか?仮に持ち逃げを唆したのはジューリオだとしても、すぐに約束を出来る様な相手では――」

「現状カッローニ家しかない。サラディーノがようやく神装の具現化に成功したそうで、タルキーニや周囲に隠れていた諸侯もわずかばかりだが兵を集め、ようやく軌道に乗り始めた所だ。それ故……ローレンスは間違いなくそう遠くない内に動き出す。」

「わかりました。その辺りはお任せします。実際にそこを拠点にするか――或いは支店を出すか、取り止めるかは実際の土地を見てから考えることになるでしょうけどね。」

「旧来の流通体制はほぼ崩壊している。入り込む隙間は充分にあるし、そもそも武具の店だけでは先細る事はドルケンを見ていれば分かるだろう?」

 ティナの言う通りではある。幾ら付加価値を持たせたところで、武具が必要な人間は数が限られているのだ。アデルとしても武器卸――“死の商人”として名を馳せる気は余りない。しかし食料品等大衆向けの物を大量に扱えるような輸送能力もないのは事実だ。そうなるとターゲットとすべき客層と扱える商品は絞られてくる。

「少なくとも、ブリーズの情勢が決するまでに2つ。できればポルト以外に2つ3つ店を構えられるくらいの、店としての体力をつけておかねばなぁ。」

「できれば、通常業務・・・・は俺達以外で回せるようにしておきたいよな。」

 いつになく楽しげなティナにオルタが乗っかる。

「まあ、とりあえずは最初の取引からだな。ドルケンとコローナで確保できる物は確保して行かないと。」

 アデルとしても次に扱うべき商品を思い浮かべながら、まずは目の前の一歩を確実なものにするべく気合を入れ直す。


 しかし、アデルの気が仄かに高揚しかけているのは商人としてではない。ネージュやオルタと同様、冒険者――空賊としての血の騒ぎであることに気付けてはいなかった。


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