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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
362/373

秘された昔話

 ケンタウロスリーダーことルイーセとの最初のやり取りで以下のことが決まった。

 ドルケン軍、ケンタウロス族は互いに攻撃をしないこと。

 グルド山東麓の遺跡の位置や内容の情報料として、ある程度の食料をケンタウロスの陣地に提供すること。

 ケンタウロスはドルケンの傘下には入らないこと。

 概ねこの3つだ。邪神云々に関しては現時点でドルケンの対応は保留・要検討とし、各々で更なる情報を集め、共有する場合はそれに見合った対価を支払うということでことで一致した。

 亡命したケンタウロスに関してはルイーセは『勝手に使え』とだけ返した。皇国聖騎士にとって亜人であるケンタウロスは所詮その程度のものなのだろう。傍から見ればルイーセ自身がそれに含まれていることに本人は気付いているのかいないのか。

 文字通り人馬一体となった皇国聖騎士の平原での戦闘能力にはアデルやネージュのみならず、モニカも興味があるところだったが、戦わないと言うのであれば無理に手合せするまでもないだろう。少なくともいくつかのケンタウロスの氏族を束ねた当時の長を一騎打ちで仕留めるくらいの能力はある筈だ。

 ケンタウロス族からの攻撃をしないという約束を取り付けた時点でアデル達への依頼は完了だ。ただ村で預かっていたピートらが連れてきたケンタウロス達の対処はアデル達も無関係とはいかない。

 村で一泊させてもらった翌朝に確認したところ、今でもピートやウルシュラの忠誠的なものはネージュにあるらしく、アデルはそのネージュを介してケンタウロスたちの意向調査を依頼した。

 戦いを望むのであればドルケン軍へ打診するし、望まないのであれば……ポルトで運送業に従事するのも一つの選択肢だと伝える。

 ハンナが鍛練の傍らで真面目に交流をした結果、新興都市であるという要素もあったかもしれないが、ある程度言葉を理解出来る様になれば受け入れられる余地は十分にあると。

 そのやり取りを見届けた所でモニカはすぐにドルンへ戻った。眉唾気味の話をどう兄王へ切り出すか。恐らくは最初に個人的に伝えるところからだろう。色んな意味で事前の話し合いなしに他言できるような話ではないのだ。

 アデルはピートに各種の連絡先を教えた後、オルタとハンナを先に【次元門ディメンジョンゲート】で帰還させ、ワイバーンを返すべくモニカとともにドルンへと帰城し、モニカと共にグスタフ王へと報告をした。


「俄かには信じがたい……が、邪神の伝承に付いては聞いたことはある。実際にグルド山で起きた話だとな。しかし……信用できる情報なのか?」

 険しい表情でグスタフ王が口を開く。

「俺としては”邪神”てのがよくわかっていないのですが……」

 アデルはそう言うと視線でティナを促す。

「少なくとも嘘を言っている様には見えなかった。そして状況的に事実可能性の方が高いと私は見ている。」

 相変わらずの調子でティナが答える。グスタフ王は少しだけ眉を寄せたが今更咎めることはせずティナにその根拠を尋ねる。

「私はその聖騎士については何も知らないが、店主が元は人間であったことは間違いないとしている。そして馬の部分と完全に一体化していた所を見れば、生半可にフランベルの遺跡を荒らしたというのは間違いないだろう。……グスタフ王はカミラのことを知っているのか?」

 前半部分をグスタフ王に説明し、最後の部分はアデルに確認をした。

「古代人の生き残りとやらだな?我が国北部で保護されたことは知っている。」

 尋ねられたアデルでなくグスタフ王が直接答える。

「私はロゼールの下でその古代人カミラに会っている。そして――当人は記憶を失くしたと思っている様だが……今回の一件で可能性が高いと思える考えが生まれた。」

 そこでティナはその場にいる全員をチラ見しその様子を窺う。周囲は息をのむ様に無言でその続きを促す。

「私はあのカミラという古代人もどき・・・は邪神――吸血鬼になる前のカーミラの複製体クローンであると見ている。異種の生物を合成するよりも実在の人物を複製する方が簡単な筈だ。複製された人間ならそれ以前の記憶がないのは当然と言える。」

「「「…………」」」

 カミラの説に一同は一様に黙り込んだ。理解が追いつかない。そして追いついた後は衝撃を受けたという様子だ。アデルのみならず、グスタフ王やモニカも同様の表情をする。

「ドルケンに量産型の――書物によく掲載されているようなキマイラがしばしば見られるというのは店主の言う通りなのだろう。」

 量産型キマイラ――ある意味対人特化と言われる合成獣。飛行する巨体から吐き出される強酸、神経戦を強制する尻尾の毒。どれも目撃情報はグルド山周辺に集中しているのはドルケン人のみならず、その手の資料・本を読んだ者なら理解できる事実である。

「……それでもすぐには信じ難いが……無碍にも出来ない事だけは理解した。」

 グスタフ王はそう言いながら深いため息を吐く。

「どちらにしろ徹底的に情報を集めるしかない。もしかしたら――エルメリアの森人エルフ達なら何か知っているかもしれんが……そうだな。話が出来そうな森人を探してみよう。ただ現時点では――下手な情報はふれて回らぬ方が良いだろう。いずれしっかりと対処する。」

 アデルとしては森人には興味があるところだが、これ以上下手に案件を抱え込むわけにも行かない。藪蛇を突く前に大人しく頷いて引き下がる。

 最終的にフランベル公国の遺跡・技術に関する調査や情報収集の徹底、情報の共有を約束され、またテラリア情勢に関してはドルケンできっちり対処していくと述べられ、アデル達は西側へと集中するように言われた。

 もしかしたら――森人との最初の接触の時に護衛か何かで頼むかもしれないという話もあったが。

 一通り用事を済ませ、昼過ぎにはアデル達も本日2度目の【次元門】でヴェントブルーノへと帰還した。



 店の戻ってすぐアデルはオルタ達も交えて顛末の説明したが、流石にティナとマリア以外の反応はアデルと似た様なものだった。

 唐突に400年前の大厄災の元凶の1つであるという邪神という耳慣れない言葉を持ち出されたところで、個人でどう反応するかなどたかが知れている。これはフローラでさえ似た様な反応だ。ただ、王族であったマリアとグラシアは“邪神”という言葉に覚えがあったか、かなり真剣に――深刻にと言う感じか――に耳を傾けた。

 ここからはティナ先生の独壇場となった。

 そもそも『邪神』という、今のテラリア大陸では余り耳にしない言葉に付いてアデルが尋ねる。

 当初は悪態の一つでも付くかと思ったティナだが、今回はそんな素振りを見せず説明――もはや解説と言う物に近いか。を始めた。

「まずルナリア大陸――陽が昇る筈の南大陸が何故『暗黒大陸』と呼ばれるか、理由を2つ上げられるか?」

「「「……?」」」」

 ティナの問いかけにアデルとアンナ、そしてルーナが首をかしげる。アデル達としては『暗黒大陸』という言葉さえもほぼ初耳に近い物だったためだ。ちなみにネージュとハンナはすでに興味を失っている。というか、何を言っているんだ?状態である。

 そんなアデル達を見てか、まずはオルタが理由の一つを上げる。

「8魔神ってのが南大陸出身だから……だろ?」

 オルタの答えにティナが頷く。どうやら正解の一つの様だ。この辺りは流石、南大陸に何度も往来しているレインフォールの幹部である。

 8魔神、8神将というのはアデルにも聞き覚えはあった。北大陸――テラリア大陸における一般的な神話である。1000年以上の昔、世界を闇に覆ったと言われる悪神8体が魔神、それを撃退し封印したというのは8神将とそれらを統べるという光神テリアである。そして8神将がそれぞれに統治を任されたというのが後から分離・独立する形で生まれたイフナス公国と、テラリアを終われた亜人たちの共同体から発展したと言われるドルケン王国を除いた・・・8+1国であるとされている。因みに+1というのはその光神テリアの直系を自称するテラリア皇国である。

「それが分かっていればもう一つの理由も簡単だ。つまりは『テラリア皇国』が皇国とテリア神に都合がいい様に北大陸に広めたからだ。テリア神や神将たちの力は本物だった。十数年の常闇と破壊の時代から立ち直るのに光神や神将達の力は大きく、多くの者が縋ったのも当然と言えば当然だった。それが1000年ほど前の話。」

 ティナの説明にネージュとハンナを除く全員が頷く。

「そう、1000年前だ。ではほぼ今の国家体制が成り立つ原因となった400年ほど前の大崩壊とは何だったのか?という話だ。」

 ティナはそう言うとアデルを見て視線で答えるように促す。

「人間が身の丈を超えた力を手に入れようとして、自然やら異種族やらを支配しようとして自滅――ん?」

 そこでアデルも何となく気付く。今でこそ"大厄災"と言われる旧文明の崩壊。元々は“大崩壊”と呼ばれ、その原因は旧文明の魔法実験の失敗で大規模な破壊が行われ、天変地異を誘発しいろいろやばい物に地上が覆われたという事になっている。

「魔法実験の失敗って……」

「人の手に余りすぎる存在を産み落としたことも『魔法実験の失敗』として間違いではないだろう?それを聖教会が上手く隠ぺいしたのが今の神話であり、歴史から抹消したのが『邪神』と呼ばれる者達だ。」

「わかった。つまりは『だいたい皇国が悪い』ってことだな?」

「それは少し違う。」

 アデルが我が意を得たりとばかり答えたがティナはそれを一蹴する。

「やらかしたのは“フランベル公国”であり、教会――皇国はその大厄災を足がかりに都合の良いレールを敷いたに過ぎない。ある意味で『優秀な政治屋』がいたのだろうな。」

「……」

 アデルがやや意気消沈気味に閉口するとティナは苦笑する。

「ちょっと待った。ティナは元々フランベル公国って知ってたってこと?」

 少し離れた位置で、傍耳を立てながら居眠りする猫の様にソファーで丸くなっていたネージュが首を上げ目を細める。

「名称だけは知っていた。実際に詳しく調べたのは黒姫に捕まってアレと出会ってからだがな。私よりアレの方が『先輩』だ。」

 話の内容からしてアレと言うのがカミラの事であろうことは推察できる。

 話をまとめると皇国の母体となる聖教会が“大厄災”から世界を救ったことにするために各方面に手を伸ばし“邪神”という存在を“消した”のだという。本来なら『邪神を倒した』或いは『封じた』と喧伝する方が求心力は上がりそうであるが、何故か皇国はその存在を消したのだという。俄かには信じがたい話だが、災厄に対する対抗手段と、復興・復旧に大きな力を持っていたことで、各方面に強く圧力をかけたとのことである。

 事故と言えば事故なのではあるが……何故皇国――聖教会がフランベル公国のやらかしを伏せたのかは謎だ。

 そしてロゼールの下でやりとりをした結果、ティナが辿り着いた結論がカミラがカーミラの吸血鬼化前の実験体――クローンだったのではないかというものだった。

 一通り話した後にアデルはティナにカミラの事を尋ねたがそれほど多くの答えは返ってこない。本音を語らせれば余り良い印象はないようだ。

 どうやらティナがロゼールの下に組み込まれたのはカミラよりあとの様で、ロゼールの指示の下ではあるが、ティナを時間干渉系の魔法の実験台にしたことを明かし、それを根に持っている様子である。曰く、『奴らのせいで“月のもの”が来なくなった』と、周囲の者をドン引きさせた。他と比較するまでもなく若い女性が多めのヴェントブルーノだ。ネージュとハンナを除く全員が意味を理解し、またマリアの状態を鑑みればとても冗談と笑い飛ばせるものではないと思ったが、どうやら冗談ではないらしい。

 以前、翼人であるリシアがフロレンティナに食らったと言う、傷等状態の固定、治療不可の呪いに近いものであるようだが、ティナの方は負傷もするし、鍛練の結果である筋肉や体力も着実について来ている事からまた少し異なるものである様だ。しかしカミラが時間系の魔法を使えるようになったと言うのは初耳だった。しかし今思い返せば、魔法袋も古代人の知識が役に立ったと言っていた辺り、空間系の魔法も使え、その辺りの記憶が戻りつつあるのかもしれない。

「皇国の第1皇子又はその周辺に邪神――吸血鬼の真祖が潜んでる可能性が高いと。黒姫亡き後、もしかしたらその複製体がコローナの王宮でも根を伸ばしている可能性があるな。そこへきて今回の方針転換、単なる偶然とは思えんがなぁ。」

 危機感を煽るつもりかティナがそう言う。全く笑えない冗談である。

「吸血鬼って一応分類は“不死族アンデッド”なんだろ?聖女様のお払いに反応する?」

 アデルがマリアとティナを見ながら尋ねる。

「確かに“不死”ではあるが、よく聞く下級の奴らとは『別格・・でなく別物・・』と考えた方がいい。反応はするかもしれないが、大した影響は与えられんだろう。」

 ティナの言葉にマリアが頷いた。

「マリアは知ってた?」

「詳細な資料は残されていませんが、“歴史”を習う上で邪神の存在だけは聞かされています。ティナさんが仰る通り資料らしい資料は残されておらず、当時を知る者からの口伝として、王宮で……今思えば、神殿からその手の話が出てこなかったのは意外と言うかなんというか……」

「地母神レアも光神テリアの8神将の1柱だ。根本的には聖教会の一派と考えるべきだろう。」

「はい。ですのでテリア教会の影響はそれなりに受けているのでしょう。」

「……そうなると情報収集から入ろうにもどこを起点に据えるか悩ましいね。カミラ本人に会えればいいけど、ロゼが出てった後どういう扱いになっているか。」

「状況的にはポールさん辺りじゃないか?」

 アデルの言葉にオルタが返す。今のアデル達にとってコローナ王宮に関する、又は集まる情報の最大のアクセス先はポール・アルシェである。

「フィンの対応にクッソ忙しい時期に頼るか?同時にあちら・・・の胎動を知る者としてこっちが割れたら優先的に標的にされそうな気もするし。」

「こうなったら仕方ありません。姉様に相談してみましょうか?」

 アデルの懸念にマリアが言う。

「姉さまってことは……第1王女の?確か魔具の第一人者って話だけど。」

「皆が言うには天才、身近な人間にしてみると変わり者……ですけど、頭脳は私やロゼールの比ではありません。」

「リリアーナ殿下か。是非お会いしてみたい。」

 マリアが姉をそう評すとティナが強めに食いついた。

「ティナさんと姉様なら確かに気は合いそうですけど……話し込んだら1週間くらい引き籠ることになりそうな気が……」

「「…………」」

 マリアの言葉にアデルとティナが閉口する。確かに研究者気質のその2人を意気投合させたら分野は違うとは言えそれくらいは平気で話し込みそうではある。と、同時に何か強力な魔具が生まれるんじゃないかという気もする。しかし――

「アデル様。今はそれより先に……」

 そこでフローラが口を挟んできた。

「わかってる。明後日の侯爵との話し合いだな?」

「はい。どうかよろしくお願いします。」

 フローラはアデルとティナに深く頭を下げた。


 フィン国王横死の報からまだ3日。

 しかしその間にカールフェルトの侯爵家との接触、コローナの大きな方針転換、エミリアナの帰国、ケンタウロスとの折衝、そして示唆された邪神の復活と古代人カミラの正体。実に濃密な3日が経過していた。


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