表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
361/373

すぐ傍にいた混沌

 コワイお姉さま達の怒声を受けてアデルは不本意ながら、アンナを合流させモニカへと報告に戻った。

 ケンタウロスのリーダー……ルイーセの素性、皇国が思いの外ヤバそうな話になっているらしいことを告げ、そのルイーセが代表に会うと言っている事を伝えると、流石のモニカも眉を少々顰めた。『ケンタウロスと不戦の約束を取りに言ったら邪神の話が出てきた。』などと言えば軍の責任ある者なら同様の表情をするだろう。しかし、ティナが『少なくとも皇国の内紛では終わらない危険な状況』と伝えると、やはりアデル同様渋々と言った感じでアデル達に同行し、ケンタウロスの野営地について来た。


 最初にアデルがモニカとルイーセを紹介する。両者ともにやや不快そうにその紹介を受けた。

「議長は……一番事態を重く見てるらしいティナにマカセタ。」

 まずはいつも通りアデルがティナに丸投げする。ティナはいつもの苦虫を潰した様な表情でアデルと一瞥するが、事態を最も理解している筈の人間という自覚の元、その場を仕切り始めた。

「必要かつ手短な部分からいくぞ。」

 王妹と聖騎士を前にしていつもと何ら変わらぬ口調でティナが始める。

「まずはケンタウロスとドルケン軍の不戦、これは問題ないな?」

「少なくともこちらから手を出す意思はない。」

 ティナの念押しに先に応えたのはルイーセだ。

「ケンタウロスがドルケンの村や軍に手を出してこない限り、当面は問題ない。ただし“皇国に属する”集団が長期間、我が領に居座るというなら相応の条件は必要になる。」

「……我らはもはや皇国はもとより、ドルフの――竜人共の勢力にも属してはおらぬ。」

 モニカとルイーセがそんなやり取りを始める。

「そもそもルイーセ達の標的は第2皇女派だと聞いている。さっきはエリサベト即ち第2皇女の命令を受けた様な事を言っていたがその辺の事情はどうなってるんだ?」

 口を挟んだアデルを不快そうにルイーセが睨む。

「どこから話すか……この際、アレからの話を聞かせてやろうか。面倒だが様子を見るにこやつに理解させるのが一番必要かつ効率的みたいだしな。」

 ルイーセがアデルとネージュを見て語り始める。

 その内容は中々に衝撃的かつ、色んな意味で胸糞の悪くなる話だった。



 そもそもルイーセ達が第1皇女――アンシェラを伴ってコローナに来たこと、それ自体がアンシェラの発案にエリサベトが便乗した罠であったと言う。

 アデル達が睨んだ通り、アンシェラは最初からこの対蛮族戦線にコローナを引きずり出す事を目的にコローナに来たと言う。

 そしてルイーセの家であるヘンドリクス伯家は元々エリサベト派と通じており、エリサベトの裏工作の為にルイーセを随伴させたのだと言う。

 コローナに立ち寄った後、アンシェラが消息不明とされていたのは事実の様で、その仕掛け人がエリサベト、実行犯の1人がルイーセであったと言う。

 聞けばコローナの関係者を巻き込み、魔の森――蛮族領、そしてその砦をつついた後、うまく蛮族の本隊を巻いたルイーセ達はアンシェラを誘導し、そこでバジリスクやらコカトリスやらその筋で有名な魔獣から抽出し濃縮した石化毒を飲ませたと言う。策がうまく行き油断していたか、ルイーセ達を信じたアンシェラは見事にそれを飲み石化、精巧な聖騎士の石像としてそれ・・を取引先であった連邦青国に売り飛ばしテラリアに帰還。この時、殺すのではなく石化させたのは父ヨハンの策だったと言う。


 その後、エリサベト派の地位と力をさらに高めるべく古代遺跡の探索として赴かされたのがフランベルの遺跡であったが、そこで守護者の襲撃により探索隊は崩壊、ルイーセは囮にされ、逃げ回っている内に罠に引っかかり捕縛されたところで意識を失い、再び目を覚ましたらケンタウロスもどきになっていたとのことだ。

 アデル達の最初の友人であったエスターやフォーリ達を囮にしてコローナを紛争に巻き込み、その帰りで第1皇女を騙し討ちにした結果、任務を完遂し帰国したらそのまま囮として遣い潰され、その結果が、自分たちがあれほど蔑んでいた亜人の更なるパチモノの姿だというのだからアデル達的にはまさに『ざまぁ案件』である。

 しかしただでは転ばない執念深さは流石皇国聖騎士だ。

 ルイーセは単身、その姿を利用し遺跡内を探索、フランベル公国についての情報を掴みエリサベトの元に戻ったが、今度はその姿が災いし、亜人として、そして口封じとしてアンシェラ失踪の責任をなすりつけられ、また最初に皇国の名誉に土を付けた家としてヘンドリクス伯家は体よく処分されたと言う。

 ドルフ達の竜人・蛮族勢力の侵略開始の初手がアデル達の村やその近隣であったのなら、最初に本格的な戦闘になったのはその領主であったヘンドリクス伯家だ。ヘンドリクス伯もその最初の敗戦の責任を取らされ身分を?奪されることになると、今度は第1皇女暗殺の証拠として、第2皇女派からの密書を第1皇子派に送り付け様としたがエリサベトに先回りされ、刑場送りとなったと言う。ルイーセは自身や家に連なる者が集められた刑場でその超強化された身体のお蔭で単身離脱に成功したが、結果として『亜人を招き入れた存在』としてエリサベトにより名誉剥奪どころか大犯罪人に仕立て上げられたと言う。所謂トカゲの尻尾として切られたのである。この話にはアデルのみならず、ルイーセ本人以外の全員が、後継最有力の第1皇女を石にして連邦に売り飛ばしたとなればそれはそうだろうと思ったが口には出さなかった。無駄に長くなりそうだし。

 ウィリデと懇意であったはずのヘンドリクス家だが、肩入れする派閥を間違えた結果、最終的に家・親・子共々次期皇帝の為の生贄にされたのである。確かに伯爵とは言え、地方領主貴族と皇都中央との扱い違いを見れば、正統以外の後継者を押したくなる気持ちはわからないでもないのだが。

 その後結局ドルフの軍が皇国深くに侵略した時点で、それまで姿をくらませていたランドルフが別の蛮族やドルフの勢力からの離脱者を集め、ドルフ達を背後から急襲、何故か――当時としては、だが――第1皇子が亜人を立てその勢力と手を組み、『第1皇女暗殺』の罪を掲げて第2皇女派の排除に乗り出し現在に至る。そしてドルフ軍旗下として交戦したところ、その連合勢力には吸血鬼が多数混ざっており、その対抗に神聖魔法が大いに有用であった為、ドルフやカーラに重用されていたと言う。連合の中枢、或いはその周辺はすでに吸血鬼の眷属の手に落ちているだろうと見立てを述べた。そのドルフ軍も夜魔にほぼ完全に掌握されていたのは皮肉であるが。


 モニカにしてみれば鼻で笑う様な話だが、アデルとティナがそれぞれ『強ち荒唐無稽でもない話』とするので一通りは黙って聞いた。

「あれから何が起きていたかは理解した。当然納得はできないがね。で、だ。次の話に行く前に一つ確認させてほしい。ルイーセを合成したのは何者だ?まさか罠に掛かったら自動的に合成材料にされるなんてわけじゃないだろう?」

 アデルが少しだけ口調を和らげて問う。フランベル公国の遺跡、それがいくつあるのかはわからないがその脅威度を計るに聞いておきたい質問だ。

「……詳しく説明するなら、罠に引っかかり守護者の一部であるこいつらが起動した。というのが正しい。」

 ルイーセはそう言うと自身の一部と化した馬体の側面を叩くと、すぐに理解できずに怪訝な表情を浮かべたアデル達に続けて説明する。

「私たちも最初は馬の魔獣だと思った。だが、これはそんなものではない。馬の姿は擬態で、本体はこの“付け根”から下、馬の首が取れ、中から巨大な口の様なモノが姿を見せ、それに捕食されると同時に意識が飛んだ。で、意識が戻ったらこのザマだ。魔獣なのか、生体兵器なのか、それはもうおぞましいものだった。――聖騎士として認められたのち、初めて恐怖と言うものを感じた。」

 当時を強く思い起こしたかルイーセは小さく身震いを起こした。

「……恐らくはキマイラの技術を転用した生体兵器だろう。目的は兵士の強化だろうな。実際、その体になってもそれほどかからずにその体を使いこなせるようになったのだろう?」

 そのルイーセにティナは淡々と考察を述べて問いかける。

「そう言われればそれもあり得ると言える。動きも当初は足を縺れさせることも多かったが、数時間と歩けば普通に歩けるように、走れるようにはなったな。だがデメリットも多い。」

「デメリット?」

「魔素の消耗が早く、溜まるのが遅い。常に何かしらの魔法を使っているような感覚だ。それに自我も……耐えられたのは6人中4人、経験の浅い2名は完全に取り込まれ暴走した。――発狂と言う言葉の方がしっくりくるか。」

「アカデミー卒業間もない、ヤる気満々の聖騎士が亜人と同じ見た目になったらそりゃなあ……確実にこの“兵器”のせいとは言い難いのでは?」

「……いや、間違いなくコレのせいだ。こいつは強引に神経を繋ぎ、確実に精神を削って来る。四つ足で歩くことに慣れる度に自分が自分でなくなる感覚に襲われるんだ。あれは訓練でどうにかなるようなものではない。」

「聖騎士なら【静穏サニティ】くらい使えるだろうに……」

「数歩歩くごとにか?ただでさえ身体を動かすのに魔素を消費しているというのに。」

「……なるほど。表には出てこないわけだ。常時その姿でいるには割が合わなさすぎる。せめて戦闘等必要な時だけ変身なり変形なり出来るようでなければな……で、だ。どっちが『取り込まれた』と言うべきかはわからんが、その姿であれば遺跡の守護者共が襲ってこなかったと言うのだな?」

「そうだ。」

 ティナの問いにルイーセが答える。

壊れた・・・奴らはどう動いた?」

「……守護者・・・たらんとした。」

 つまりは異物――取り込まれないルイーセらや同時に侵入していた他の人族の排除に動いたのだろう。

「洗脳までしてくるのか。何ともおぞましいな。」

「兵を――軍を強化するなら一番効率が良いとも言えるがな。」

 呟くアデルにティナが補足した。確かに……支配者や軍高官から見ればそれはその通りだが……

 そこでアデルはルイーセの背後に控えいた、最初【次元門】で空間をつないだ時にもいた直掩の3体があの時一緒にいた聖騎士達であると気付く。

「これが――」

(これが取り込まれなかった――命令の下、主家である筈の皇女を石にして売り飛ばしたと言う、強靭な精神の持ち主たちか。)

 アデルは内心でそう思いつつも、この場を考えてその言葉を飲み込む。

「馬の機動力を自由に操る皇国聖騎士か。撃ち合いか閉所で以外相手にしたくねーな……っていうか、もしかしてここに残ってるのは……」

「……この3人以外は純粋なケンタウロスだ。ドルフの傘下にいたケンタウロス氏族の一番上を唆し乗っ取った。結局それが従えていた筈の他の氏族のやつらは逃げ出した様だがな。」

「ああ、そういう……カーラの魅了にやられていた下請け組織を乗っ取って魅了を解いた結果、孫請け組織に逃げられたと。」

「…………」

 アデルの例えにルイーセが閉口する。逆にネージュやティナ、モニカにはそれで状況がうまく伝わったようだ。

「厳密には少し違うが……そこは重要ではないか。」

 当たらずも遠からずと言った感じの様だ。

「で、ドルケンには……第2皇女への報復か?如何にケンタウロスたちの精鋭とは言え、数の差は相当だろうに。」

「当初はそうだった。こちらとしても譲れないものはあるし、己がしたことを悔いさせねばならんとな。だがカーミラの名を知る者がいたとなれば話は変わる。」

「あ、そういうの良いんで。皇国は皇国内で勝手に潰しあいしててくれれば。」

 ルイーセが何かを言い掛ける前にアデルは立ち上がり避難を始めようとする。

「…………今更皇国を救えとは言わん。だが、放置すればいずれ力を増した邪神と戦わねばならんことになるぞ?」

「……そう言うのは国で対処するか、各教会や勇者とやらにでも任せてやってくれ。個人で関わる気にはならん。」

「相手は邪神とまで呼ばれる吸血鬼だぞ。下手に軍を動かしたら逆に殺しにくい敵が増えるだけだ。」

 そこでルイーセはモニカを見る。確かにルイーセの言うことが本当ならモニカの身分であれば無視はできない。

「……とりあえず陛下のお耳には入れる。だが現時点で邪神とやらと共闘するなどというものはない。貴公らがドルケン領を荒らさないと言うのであればこちらから攻撃を仕掛けない。同時に迫りくるエリサベト派とやらを追い返す戦闘に於いて、こちらの軍に手を出さないことは約束してもらおう。まずは目先のエリサベト派だ。他国領だと舐めて略奪迄やっているという話だ。ドルケンの山賊よりも質が悪い。」

「……目先のエリサベト派は同意する。だが、皇国はもはや人族のものではない。そして連邦もそちらに加担している事だけは忘れないで頂きたい。」

「そのつもりで情報収集と対策に当たる。」

 とりあえずモニカは必要最小限の部分だけを引き出した。アデルとしてもこれ以上関わりたくもない話である。勿論、そう遠くない未来に起こり得る大陸の事件の一つとして頭の片隅に入れ、備えをしっかりするつもりではあるが。特にティナがかなり強い危機感を持っている様子だ。もしかしたらロゼールとその兆候を掴んでいたのかもしれない。そしてカミラだ。今回の件と全く無関係という事はないだろう。

 もしルイーセ達が皇国に戻り、すぐに次の任務としてフランベルの遺跡探索を命じられ、そこで発見されていたとするなら……救出時期的にも合致する。関係ないわけがないのだ。

 しかし、ロゼールがほぼ単身でベルンシュタットへと向った今、カミラと接触する術は残されていなかったのである。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ