正体 C
「ふざけるな。手短だと?今回はお前たちにも目いっぱい関わらせてやる。あの翼人はどうした?」
強く吐き捨てるような言葉と共に兜を降ろしたケンタウロスリーダーの姿にアデルは大きく驚いた。
「なん……だと……?」
アデルが捻り出す様に言葉を発する。ネージュはそんなアデルを一度見遣った後に小さく呟く。
「なんかどこかで見たような?」
ケンタウロスリーダーの“顔”にアデル達は見覚えがあった。
流石のアデル達もすぐには状況を飲み込めない。ケンタウロスの顔の部分にあったのは、以前エストリアに大きな災厄をもたらした聖騎士ルイーセ、アデルにしてみれば縁薄い幼馴染と言える者の顔であった。
「ルイーセ?いや……」
アデルはそう呟くと改めてルイーセの全身を確認する。
「ふん。笑いたければ笑えばいい。これが家の為、人の為、皇国の為と尽くした聖騎士の末路だ。」
どうやら本人である様子だ。しかし目の前にあるモノは人間の下半身部分が見当たらない、どうみても人馬一体のケンタウロスである。
「笑えるのは後半部分だけだな。少なくとも見た目は色んな意味で笑えん。皇国の聖騎士様がなぜケンタウロスのリーダーなんてやっている……?」
アデルが問うと、アデルよりも頭3~4つ分高い位置からルイーセの顔が当時を思わせる他者を見下す表情で見下ろしてくる。
「ケンタウロスは……力で従えた。あいつらは単純だ。武技で圧倒すれば文句なく従うからな。いくら経験を積んだ個体だろうと騎士として……いや、格闘能力……違うな。戦闘能力として騎士以上の力を身に付けた私の敵ではない。」
「あー……聞き方を変えよう。なんでケンタウロスのリーダー?じゃなくて、なんであんた自身がケンタウロスになってんだ?」
アデルの問いにルイーセらしき者はムッとした表情をする。
「今の私は……ケンタウロスではない。むしろキマイラと言ったところだろう。」
ルイーセはそう言うとニヤリと嗤う。
「キマイラ?ってことは……まさか!?」
キマイラとは以前一度戦ったことのある。“合成獣”とされる字の通り、古代の魔術により複数の魔物を合成された人工生命体である。意味することは……
「皇国はついにそんなところにまで手を染めていたのか……」
アデルが呆れる様に呟く。
「……勘違いをしているようだが、これは皇国の力ではないぞ。力自体はフランベルと呼ばれる古の国の技術によるものだ。」
「「え……!?」」
今度はアデルとネージュがルイーセの言葉に驚く。
期せずして以前血眼になって探していた単語が目の前から降ってきたのである。フランベル――以前ドルケンで救出された古代人、カミラが言い張っていた故国の名だ。
「……その様子だと……知っている様だな?」
やや不機嫌そうにルイーセが言う。
「大陸史にない国の名前として以前少し触れる機会はあったが……実際名前と、今の大陸にない技術を持っていた国ってこと以上は知らん。どこにあるのか、誰が治めていたのかとかね。」
「知っている事に驚きだがな。私ですら知ったのは“命令”があった時。そしてその実態を知った時は……私は既に人ではなくなっていた。」
「前文明のすごい工業国か何かだと思っていたが……」
「……大公がより強固な力を得るべく、様々な魔法実験――人族を含めた生体実験も含まれるな。――に手を出し、本国であるフェルベルネ王国から絶縁を言い渡されたとあった。結局その後、フランベルがフェルベルネを逆併合したらしいがな。世の中、結局最後は力だよ。長く続かないとしてもな。」」
「この辺りで時々キマイラが出るのはそれの所為か……素材は確かに貴重品だったが……というかケンタウロスも元々は合成獣ということなのか?」
「……どうだろうな。キマイラは勝手に増えないが、ケンタウロスは“繁殖”する。」
ルイーセはそう言いながら顔を顰める。
「で、何をどうすればそんなになるんだ?発見された古代技術の実験台にでもされたか?」
「!?」
ルイーセの表情が一瞬憤怒に変わった。しかし一つ深呼吸をすると再度淡々とした口調に戻る。
「貴様は随分と落ち着いているな?私に命令を下した第2皇女でさえこの姿を見て驚いたと言うのに。」
「……ケンタウロスの妹ならできたしな。あと、フランベル公国出身と言う記憶喪失の姉もいる。驚く要素は何もない。」
「はあ?」
アデルの答えにルイーセは眉を顰める。
「お兄の兄妹って……」
「ミンナ“人間”ジャナイネ。多様性大事。皇国ワカッテナイ。」
「今度はキマイラの妹?姉?つくるの?」
「いやぁ、キマイラならやっぱり翼はほしいなぁ……」
緊張感も警戒感もなくそんなやり取りを始める兄妹をルイーセが睨みつける。そして再び大きく息をつく。
「随分と余裕だな。そうだ。絶縁をされた時の大公の名前を知っているか?」
ルイーセがアデルに聞いてくる。
「いや、しらん。フランベルって言うんだからフランベルじゃないのか?」
「それは家名の方だ。非道な実験に手を染めた当時の大公、その名はブラドー卿という。」
「……うん。やっぱり知らない。と、いうか今の状況に関係するのか?」
アデルが話の腰を折るとルイーセは一瞬不快そうな表情をした後に凄みを帯びた表情を見せる。
「その娘の名はカーミラと言うらしくてな。」
「「え……?」」
「なんだと!?」
続いた言葉にアデルとネージュは小さく驚く。しかしそれ以上に大きく驚いたのがそれまで黙ってアデル達のやり取りを見ていたティナだ。
「ほう。そっちを知っていたか。貴様は何者だ?いや、貴様がその古代人とやらの姉か?」
話に割り込んできたティナに向けてルイーセが問う。アデルと同様、黒い髪のティナである。アデル、ネージュ、アンナ、ハンナ、そしてカミラとティナを並べて、『この中で兄妹が1組ある』と言えば、10人中10人がアデルとティナを選ぶだろう。
「そうか……そういうことか……まさか……しかし……」
ルイーセの問いなど耳に届いていないと言わんばかりにティナが1人で呟く。
「ティナサン?」
アデルがカタコトで呼びかけるとティナはようやく我に返ったように言う。
「カーミラ……不老不死、吸血鬼の祖とされ……後に邪神の一柱として数えられている者の名だ。」
「「邪神?」」
唐突な言葉にアデルとネージュが胡散臭げな表情をする。
「……【次元門】と言い、邪神の名を知っているといい……貴様ただの魔術師ではないな?何者だ?」
アデル達の反応、特にティナの反応を見たルイーセがティナの方を睨みつける。
「……生憎、コレによって私の過去は封印されていてな。解除してくれるなら話せるのだが?」
ティナはそう言うと己の首に付いている首輪を示す。
「知りすぎて封でもされたか?生憎私ではそれの解除は出来ん。勝手にやってよい物でもないのだろうしな。コローナ?ドルケン?どちらか知らんが、奴隷は禁止されていると聞いたのだが?」
「身分だけは保証されているんだがね。大商会の番頭として。」
ルイーセはそう言い見下す様にティナを見たがティナの方はさらりと受け流した。勝手に大商会の番頭に収まりやがったが今敢えて突っ込みを入れる必要はないだろう。
「で、それがドルケンとの話し合いに関係するのか?」
話が逸れていると感じたアデルがやや強引に話を戻そうとする。
「テラリアの状況を正しく知るには必要だ。本物の敵がどこにいるのか教えてやる。そちらの代表とやらを呼べ。今の皇国の状況、機密、そして今の私について全て話してやろう。」
ルイーセが不敵な笑みを浮かべて言う。
「あ、そういうの良いんで。俺的にはケンタウロス部隊がドルケン軍に攻撃しないかどうか以外興味ないんで?」
「「そうはいくかっ!」」
アデルのご遠慮はティナとルイーセによって却下された。




