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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
357/373

転換点 ~ 餞別 ~

 エドガーを城へ送り届けた後、アデルが店に戻るとそこに準備を万端に整えたエミリー――エミリアナが姿を現した。

 ヴェントブルーノに編入された時に切った髪は1年弱で半分以上はその長さが戻っている。色もアンナの偏光の魔法で強引に変えていたが昨日の内に解除し本来の色に戻っていた。一時は囚われ生活やその後遺症、その後の心労やらで大分くすんでいたが、ヴェントブルーノでの健康的な食事と心身的に余裕のある生活のお蔭か、以前の輝きも取り戻している様だ。

 顔つきも綺麗と言うよりも精悍という言葉の方が合いそうなくらいの武人の姿がそこにあった。

 ただ一点を除いて。


「……おい。」

 姿を見せたエミリアナにアデルが声を掛ける。

「む?」

「レザーアーマーは置いてけって言ったよな?」

「……これは半年間の仕事ぶりによって私が貰った物だ。私が自由に使う。」

 エミリアナはヴェントブルーノのレザーアーマーを身に付けていたのだ。確かに当時戦場で着用していた筈の鎧一式は救出の際に回収してきていない。しかしヴェントブルーノなら、ティナやフローラに打診すれば、姫騎士に充分に見合う金属鎧、騎士鎧も見つけられただろう。

「……それじゃ紋を消すか潰すかしてくれ。」

「そんな事をしたら余計不自然で色々勘ぐられかねん。何、悪い様にはしない。良い宣伝になるだろう。いずれ兄上が平定すればフィンでも商売できるようにしておいてやる。」

「……レインフォールやオルタをひけらかす様な真似はしないでくれよ。あと、他人に貸すのは絶対になしだ。悪用が確認されたら、あんたがいるらしい地域に季節外れの暴風雪が見舞うと思っておいてくれ。」

「それはそれで使えそうだな。」

 アデルが釘をさすとエミリアナは精悍な顔をニヤリと歪める。この辺りの表情は流石と言うか――オルタにそっくりである。隣りにいたネージュもそう思ったのか、冗談交じりにぼそりとつぶやく。

「お兄。夏になったら猛吹雪の配達も始める?夜間限定、1回5000ゴルトくらいで。」

「それはいいな。破格だ。」

「ねーよ。」

 ネージュのボケ(本人は本気かも知れない)にエミリアナとアデルが応えた。

 そんなやり取りを側近のエルザが険しい顔で見守っていた。


「エミリアナ殿下。どうぞこれを。」

 アデルの左後ろ、ネージュの後ろに控えてたマリアがそう言いながら一振りの剣を差し出す。

 レオナールに渡したものよりもやや大きめのバスタードソードである。状況により片手、両手で使い分けが可能で、騎乗中でも歩行中でも十分の間合いを確保できるサイズの剣だ。

 素材はドルケンの精製鋼。銀よりも強固で重量もしっかりしているが、エミリアナなら充分使いこなせる重量だ。

 一昨日、エミリアナの茨の帰路の決意を見、そしてアデルが静かな同意を示した後、マリアが昨日の内に素体となる剣を選定し、付与の為一度部品ごとに分解して今のマリアに出来る最大級の魔術付与を行った上で、組み立て直したものだ。

 原則魔法付与は物体1つに魔法1つ、しかし部品ごとに分解し、それを物体1つとして付与すれば、競合したり反発したりする性質の魔法でなければシビアな調整は要するが複数の機能を持った“組合せ”も可能であるとのことだった。

 当然その調整は難しく、効果を上げようと思えば、別系統の魔法を組み合わせようとすれば、等々、部品や付与の数や種類を増やせば累乗的に難度が上がっていく。今のマリアの能力では、2つの組み合わせ+補助的にいくつかというのが限界の様だった。付与できたのは2種+α。つまりは素材こそ違うものの、効果的にはレオナールに渡したものと同等の物に仕上げられた物だ。

「刀身に【防護】、柄に【対魔結界】、柄の先の窪みにはそれぞれ、【疲労軽減】と【快癒】、【退魔】の珠を取り付けられるようにしました。【快癒】は一度きりの“封入”した効果ですが……普段は【疲労軽減】の珠を付けておくとよいでしょう。こちらはアンナの付与です。」

 剣と共に3つの珠――球体に加工した十分に純度の高い宝石だ――を取り出し、柄の窪みに【疲労軽減】を付与した青い珠をつけて剣を渡す。

 エミリアナはそれを受け取り感慨深く眺めると、図らずもレオナールと同様に周囲に合図をして少し退けさせた後、剣を抜き演武を行う。高位武人は剣を貰ったらこういう返礼でもあるのだろうか?一度も聞いたことはないが、恐らくその人の最も得意とする“型”なのだろう。

 呼気と共に鋭い斬撃を2度ほど振り、最後に大きく前へと突きだす。それがエミリアナの型だった。レオナールほどの早さはないが、やや長大の剣から迸る“気”と大きく前に伸びた突きは相手の防具を無視して必殺の一撃を見舞う強さが垣間見えた。剣と槍では“突き”の性質はまた少し違うが、アデルの突きよりも更に鋭く、鎧の防護など無駄と言わんばかりの突きだった。

 エミリアナはそこで残った呼気を一度吐きつくすと、剣を鞘に戻しマリアに一礼する。

「マリア殿。あなたと言う得難い友人を得たお蔭で私の道は報復や復讐とは別の光を見つけることが出来た。道は遠く険しいが……全力で走りぬけて見せよう。」

 エミリアナはそう言うと、騎士が使えるべき主、或いは守ると誓う姫君を前に取るような礼を見せる。それこそ騎士の物語に登場する挿絵の様な一幕は、その場にいた者全員が目と心を奪われるほど美しく様になっていた。

 マリアとエミリアナは先の船上での一夜から随分と仲良くなったようだが、一体マリアはエミリアナに何をしたのだろうか?その様子にアデルとネージュも、そして誰よりもエルザが大きく驚きつつ、その様子を見守る。

 ――後に『おっぱいのついたイケメンとはああいうものを言うのか』とのアデルとネージュで語り草になりオルタにげんなりされるのだが。

「どんなに険しくともあなたなら踏破できると信じています。あなたの武運と大陸の安寧を祈ります。」

 マリアの方もそれに応える。もはや演劇の一部、決戦へと向かうクライマックス直前のシーンと言っても差支えにくらい綺麗に型に嵌る。

 それはもう、周囲がびっくりするほど様になっていたが、びっくりの内容・詳細は、アデルやネージュ、アンナ、エルザ、そして居合わせたティナやフローラで様々だ。

 エミリアナが改めて立ち上がり、マリアと握手を交わすとアデル達の方に向き直る。

「世話になった。救出してもらったことも含めて必ずや君達の恩には報いよう。それまで達者で。そしてこのグリフォンの紋が大陸南岸のあちらこちらで見られるようになることを願っている。」

『救出したのはついでだったけどな……』

 オルタがいればそう言っていたかもしれない。しかし、エミリアナはアデル達それぞれと一度ずつ握手を交わすと、エルザに出立の最終準備を指示し、アデルを見る。


「そういえば以前ティナが練習で【吸魔】を付与した楯があったな?くれ。」

「やらん。後日改めて買いに来やがれ。希望の仕様があったら事前に届けさせてくれりゃいい。で…………今日の配達・・・・・はどこを希望する?」

 アデルの返しにエミリアナは“配達”を希望する場所を告げた。

 それはフィン東部、カールフェルトやイフナスとの国境にほど近い森林地帯の一角だった。


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