転換点 ~ 転換 ~
アデルはネージュを連れて指示通り、エドガーを迎えに昼前にコローナ王都へ到着した。
そのアデル達を――いや、接近するグリフォンが見えた時点でだろう。――見るやすぐに迎えに現われたのがポールだ。ロゼールとマリアを除けば、アデル達が最も話をしているコローナ王宮関係者である。
ポールは“いつもの待機所”である、王城1階の待機室にアデル達を誘う。挨拶代わりの会話を挟んだところ、彼等もまた昨晩はほぼ夜を徹して対応に当たっていた様である。
ポールはいつも以上に険しい表情でまず先にはアデルの話を聞かせてほしいと言う。昨晩、ヴェントブルーノで集めた情報の事だろう。
アデルの方もカールフェルト以外の部分を全て教えた。
グルド山南麓、ドルケンやグランに対するテラリア軍の侵攻、一部のケンタウロスの亡命、テラリアの現在の勢力に関する情報だ。
その話も一部はグラン東部の話としてポールの耳にも届いていた様だ。ただ、テラリア勢力の詳細はわかっていないらしく、またこの件を理由にグラン国・パトリツィオ・ファントーニは同国西部への派兵を渋っているとの事を聞いた。
フィン情勢、特に内部に関してはアデル達にもそれほどの情報が集まったとは言えない。せいぜい、レインフォールが後継選びには不干渉の宣言と共に、『フィデル暗殺の情報を買う』と暗殺があったことを認めた上で、それに対してやらかした奴には相応の制裁を加える旨の通知を行ったこと。同時にそれに乗じた周辺他国からの攻撃に対する警戒を始めることを伝える。
ポールからはそのレインフォールの警戒態勢を問われたが、こちらもオルタから聞いた通り、現時点で地上戦には関与せず、ベルン境界付近~フィン~旧ブリーズの沿岸に戦闘艦を派遣する予定であることを伝えた。その後フィンの今後の見込みに関して問われると、『当面旧ブリーズを含めてさらに混迷するだろうけど、最終的には第1王子が有力。聞くところによると第3王女が曲者で要注意らしい。』と答えた。勿論エミリーによる情報とその今後の予定を踏まえての言葉である。勿論、エミリー――エミリアナの名前を出すことはない。
そしてそれ以上の情報らしい情報はない旨を伝えると、ポールはアデル達の今後の予定を確認してきた。
「この後は――ディオール殿をポルトに送った後はどうするつもりだい?」
「うちとしてはドルケンですね。ケンタウロスとは直接かかわりがある感じですし。」
「ケンタウロスと?」
「元々うちに1人いるのは御存じでしょう?イスタ東征の折、あれの同氏族の者を2名ほど捕え、少々協力をさせた後に情報収集を任せるとして事実上解放したのですよ。それが離反者を集めてドルケンに亡命した様ですが、あまり話の要領を得られずに……丁度俺とネージュが名指しされている様ですし、詳しい話を聞いてこようかと。」
「……そうか。西へ向かう予定は?」
「西ですか?今のところは?」
「そうか。わかった。情報提供に感謝する。もしテラリアの状況が詳しくわかりそうなら機会があればその情報を買わせてもらおう。」
「わかりました。」
どうやら追加情報は買ってくれるようだ。裏を返せばコローナの今後の方針や今ある情報は共有させる気がないのかもしれない。
そう思っていた時期がアデルにも有りました。
昼過ぎ、大分疲れた様子のエドガーが待機室へと姿を見せた。
エドガーは3時間程の仮眠を許されたようだが、レオナールやアラン元帥ら、軍の中枢とも言うべき者達は完徹した様子だとのことだ。その辺りは流石と言うべきか。
そんなお疲れのエドガーだが、すぐに帰りたいと言うかと思いきやそうでもなかった。
「お前からの情報として、グラン東部……テラリア情勢と言うべきか?は聞いた。」
どうやらポールは早速、大した吟味や裏取りもなくアデルの情報を会議に受け売りした様である。ある意味剛毅である。
「おう。いろいろ盛り上がってるらしいぞ。」
「他人事だな?」
「他人事じゃないのか?まあ、ケンタウロスの話はこれから聞きに行くが。そうか、あのケンタウロスならエドガーも知ってるんだったな。」
「ハンナとは別の2体だな?」
「そう、あいつらだ。どうやら情報収集どころか調略までやってくれたらしい。ドルケンの翼竜騎士団にゃケンタウロスの騎弓隊はやっぱり最大級の脅威らしくてな。更なる切り崩しか排除を頼みたいって話だ。」
「なるほど。まあそうだろうな……」
エドガーは心ここにあらずな感じで呟く。
「……大分お疲れの様だな。まずはポルトに帰ろうか。なんなら、ドルケンの温泉を紹介してもいいが?」
「日帰りできればそうしたいところだが……ポルトにしてくれ。ただ、送り先は市庁舎でなくお前の店で頼む。」
「ん?」
エドガーの言葉にアデルとネージュは互いに視線を交わしあうが、誤差の範囲――むしろ楽な場所という事で頷き、それに従った。南部絡みの個人的な依頼でもあるのかもしれない。そう思い帰路に就く。
待機部屋を出ると、軍の方針が決まったためだろうか?城の内外は慌しくなっていた。武官も文官もやや駆足気味に仕事をしている。そんな中では勿論、いつもの衛兵ら以外にアデル達に構うものはいない。ポールもあれ以降姿を見せることもなく、アデル達はとりあえず取り急ぎポルトへと帰還した。
ヴェントブルーノもいつもと体勢が違う。店の奥で袋から外に出たエドガーはすぐにそれに気付く。
「いつもと様子が違うな。」
「そりゃあ、時勢が時勢だ。呑気にしてられんよ。オルタか誰かに用でもあったか?」
「まあ、そうだな。あると言えばオルタか。」
「あー、そりゃすまんな。オルタとハンナは昨晩の段階で先にドルケンに向かわせちまった。どっちにしろ聞ける情報はさっきポールさんに上げた以上には出てこないと思うが?」
「いや、まあどうしてもって訳じゃないしな。」
「……で?何で市庁舎でなくこっちを選んだ?」
「状況が大きく変わりそうだから先に教えておこうと思ってな。」
「……ほう?」
エドガーはそう言うとアデルにリークできる情報を教えておきたいと言う。そこでアデルの方も、アデルとヴェントブルーノの名誉参謀(奴隷扱)の2名のみでその話を聞いた。ロゼールが施した隷従の首輪効果か、それとも先のカッローニ家騒動の機転でかエドガーもティナには特に警戒する様子もなく告げる。
「コローナ軍の方針が変わった。タルキーニへ直接軍を派遣することになりそうだ。」
「「なんだと!?」」
エドガーの言葉にアデルとティナが同時に声を上げて驚く。ここへ来て――いや、むしろここに至ってしまったためか――、コローナが大きく方針転換を行うとの事だ。
タルキーニへの武力介入である。軍の中枢とも言える者達が徹夜し、その朝から城の者が慌ただしく動いていたのはそんな大きな理由があった為の様だ。
詳しく聞けば、名目はフィンの勢力の排除としているが、タルキーニ、或いはカッローニとの協力は掲げていない。つまり全く機能していない国境を越え、勝手に乗り込んで敵性因子を排除するということであった。
そしてその先遣隊として、先のイスタ東征~グラン解放で充分な存在感を示したヴィクトル・アタルが任命されたという。
「ポルトから出るのか?」
「いや、シュッドからだな。今回の件もグランが協力的でなくてポルトを拠点には出来そうにない様だ。それどころか……ファントーニ公はポルト周囲を国境と見做し関税を掛けたい様子であるらしい。」
「……てかその辺は取り決めがあったんじゃないのか?」
「勿論。こんな話事前調整されない筈はないだろう。」
「ってことはこれも反故に?」
「まだ反故となったわけではないが……ん?これもとは?」
「いや、カッローニのグラン滞在――と言う名の軟禁の話をすっぽかしたのもファントーニ公だろう?」
「あー、あれは表向き、トルリアーニらの失態ってことになっているからな……」
「まあ、そこはどうでもいいか。で、約束を反故にするつもりなのか?」
「いきなりはまずいと思っているんだろう。が、あちらこちらへ根回しやら、グランの法整備やらに着手している様子らしい。俺は当面、その対策に当らないといけなくなりそうでな。」
「そりゃあ……せっかく港が出来て大型船の運用が可能になったんだ。何とかしてくれないとな。」
アデルとエドガーのやり取りを聞いていたティナがそこで少しほくそ笑む様な表情でアデルに言う。
「言っただろう?コローナが“海軍”という言葉を出した時点で港を巡る紛争は始まっているんだ。ファントーニは元々グラン海軍へ影響力が強く、同時に海軍からの影響も強い。ポルトの港に哨戒艇など作ればそれはそうなるだろうよ。尤も――あの冷血王子がそこまで考えていないとは思わん。むしろ“挑発”の類だろうな。」
「溺愛中の嫁の舅でもか?」
「それとこれとは全く別だろうよ。王族たるもの、身内よりも国益だ。そこは評価していいところなんだがな。実際、奴がそれぞれの妹にした仕打ちを見れば、側室の扱いなどタカが知れよう?尤も、お前はそのおかげで色々良い目を見ているようだが……そう考えると、アンナとルーナ、あと私だな。に、大きく皺寄せが行っているともいえるか。」
「…………」
ティナの言葉にアデルは閉口する。恐らくはマリアが自分の手元に回ってきたことを言っているのだろう。昨晩のエミリーの言葉が思い出される。アンナとルーナがどんな皺寄せがいったのはかわからなかったが。
「さらにフィンの混乱に備えるという名目で、恐らくグランの領海ギリギリのところにレインフォールが出張って来る。グランが旧領回復したところでグラマーを始め、生命線とも言える外洋貿易はそれ程勢いが戻ってきていない様子だ。商船は一隻とはいえ、哨戒船や巡視艇などの船団を擁する港がより貿易に有利な港を確保したとなれば……グランの海軍や商会は面白くないだろうよ。で、そこへ来て東にはテラリアから複数の敵性勢力が流れてきそうとなれば色々穏やかではないだろう。お前らも忙しくなりそうだな。」
ティナが楽しげにアデルとエドガーに言う。
「俺もか?」
「お前もだ。」
不意にぼやくアデルにティナがきっちりと被せる。その表情には余計なことは口にするなよという少々険しい表情が現われている。
フローラの、カールフェルトとの件か、或いは昨日チラリと言っていた、タルキーニ東部の都市の事を意識しているのか。
「……話は分かった。で、タルキーニでフィン軍を追い払った後はどうする気なんだ?」
「……その前段階でカッローニが裏で泣きついてくれば良し、そうでなければ『外交』だろうな。ただ現状、フィン軍を排除すると、タルキーニの主権が何処に行くかは全く持って不透明だ。恐らくはカッローニになるのだろうが……」
「カッローニ――少なくともあの兄妹では実力不足だろうな。それこそ色んな力が足りてない。実は私ももう少しやれると思っていたんだがなぁ。」
アデルの問いにエドガーが答えると、横からティナがそんな事を言う。
「コローナがぶんどると?」
「或いは、別の『立てられる』誰かを見つけているか……」
「俄かに考えられん。コローナが本当にやるかね?圧力はいくらでも掛けられるとして、国境を越えてく名目は?盟約なしにいきなり国境超えて敵性戦力排除と乗り込めるものなのか?」
コローナの武力介入に懐疑的であるアデルがティナやエドガーに向けて問う。エドガーは無言だ。そのエドガーの様子を見てティナは更に楽しそうに言う。
「『タルキーニ領から“敵”が攻めてくれば』それで充分なのさ。少し被害を出させて世論を誘導すればあとは何とでもなる。……世の中そんなものだよ。」
ティナが最後の部分でため息をつくと、エドガーが少し驚くような表情を見せた。
即ちそれが答え合せなのだろう。
アデルは改めて、統治者側と一般庶民、そして逸般庶民の考えの違いを実感した。




