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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
353/373

転換点 ~ 密談 ~

 予定より大幅に早く――日付が変わる直前くらいの時間にアデル達はカルローネ家の屋敷の前に到着した。

 予定が大きく繰り上がったのは、カルニージ地方というのが思いの外タルキーニに近く、さらに障害らしい障害もなく、さらにさらにティナが単独でカルローネ家の直上まで誘導できたことが大きい。カルニージに到着してみれば確かに城にほど近い場所で目に付きやすい場所であった。

 アデル達は上空で全員に不可視を掛けた後、ネージュが人気の少ない場所の低空に移動し各々を降ろした後自分も竜化を説いて着陸した。

 ネージュとアンナを一旦袋に入れると、まずはアデルとティナが先行しカルローネ家の屋敷の衛兵に繋ぎを取る。

 深夜に突然屋敷の塀の死角となる部分から現れた冒険者風の2人組に槍を構え怪訝な表情を向けてきたが、アデルはポルト――グラン西部で小規模の輸送も請け負う商人であると名乗り、フローラから大至急に文を届ける依頼を受けたので、ご両親か近い側近に渡して頂き、受けて中を確認したどなたかからの受領の証か取り敢えずの返事を頂きたいと伝えて渡した。

 衛兵は少々不審げな素振りを見せたが、時期が時期であるため、すぐにアデルの申し出通りに実行に移された。

 受領証か返事が要ると言ったため、その場で門前払いされることはなく、門の外での待機が許された。程なくして現れた初老の紳士に衛兵たちが深めの礼を取る。恐らくは近侍か何かだろう。

 紳士はマヌエルと名乗り、アデル達に一礼をすると中へ入るようにと告げた。

「このような時間までお疲れ様でした。中身を確認致しましたのでどうぞ中へ。」

 手紙の内容はアデルがフローラに指示したものだ。信頼できる者のみを集めた部屋へ配達人を誘導するように書けと。


 屋敷に入りしばらく歩く。流石にそこそこの土地を治める代官だけあり、屋敷はそれなりに広い。

「お連れいたしました。」

 案内されたのは2階の奥目の場所。恐らく応接室の類ではないだろう。

 マヌエルは扉の向こうへそう伝え、何かの返事を受けた後にその扉の脇に立ち扉を開く。

「どうぞこちらへ。」

 扉の向こうはどうやら執務室的な物の様だ。奥に――恐らくは親子であろう、夫婦一組と男子――既にアデルに近い年の様だが――が待っており、アデル達が中に入ったのを確認すると、マヌエルも部屋に入って扉を閉める。

「話は伺っております。本命の荷物とやらは?」

 本命の荷物……どうやらフローラは文にそのように書いたのだろう。ある意味で流石だ。これなら室内でアデルが怪しげな袋を物色しても不審がられる心配はない。

 アデルは魔法袋を開くと、中に声を掛けてまずはフローラから外に出した。

「おおおお……」

 数年ぶりに見るという娘の姿と、人間を直接出し入れできる魔法袋にカルローネ家の者達がマヌエルまで含めて感嘆の声を漏らす。

「お父様、お母様、そしてお兄様。お久しゅうございます。」

 フローラが出発時のままのメイド風の姿で挨拶をし、数歩前に出る。

「なんだ。元々兄がいたのか。」

 フローラの後からネージュがそんなことを漏らしながら袋から出、アンナが外に出るのに手を貸している。

「なるほど。君たちの話はレインフォールから聞いている。『陛下を止めた者』としてな。」

 男性が低い声でそう言うと、フローラがその男性を紹介する。

「我が父、旧カールフェルト王国侯爵、ルーベン・カルローニです。こちらが母ミゲラ、こちらが兄のシモン。」

 フローラの紹介に合わせ互いに軽目の会釈を交わす。

「では改めて……今はグラン西部のコローナ租借地であるポルトと言う港町で輸送を含んだ万事屋を営んでいます、ヴェントブルーノ商店、アデルです。こちらは内務担当のティナ、この2人は――店員の妹たちです。」

「妹?」

 異なる翼のついた2人を見てルーベンは首をかしげるが、フローラが少し苦笑して経緯とヴェントブルーノの業務、フローラのヴェントブルーノでの業務や立ち位置を説明した。

 その説明が一息ついく最後の部分でフローラが鋭い声を出す。

「フィン王の事は聞いていますか?」

「フィン王?」

 フローラの問いにルーベンは首を傾げる。どうやら急報は届いていない様だ。

「……その様子ですとまだの様ですね。コローナでは確度の高い情報として王太子にまで上げられたという報告です。フィデル・ド・フィンが何者かに暗殺され、死亡したとのことです。」

「「なんだとっ!?」」

 フローラの言葉にルーベンとシモンが声を荒げる。

「丁度今日、ポルトでは開港を祝う式典がありました。コローナ王国の王太子、レオナールが来賓としてその式典に出席していたのですがそこに届けられた報告です。その後――この袋で殿下らをコローナ王都へ送り届けたところで共にもう少し詳しい話を聞かされました。俺は明日の昼には、招集されたポルトの代表を迎えにまたコローナ王都に向かわねばなりません……が、それまでに出来るだけのことをしておきたいと、今夜のうちにフローラの希望でここに来ました。」

 アデルがそう説明し、情報源はコローナがフィンに派遣している密偵であること、情報を上げてきたのが王太子直属の情報武官であることを告げ、この情報の信用度が高く、またレインフォール商会会頭、レイラも既にこの方に触れ、対策を進めているという状況も伝える。

「なんということだ……」

 思いの外の狼狽とも取れるルーベンに違和感を覚えつつアデルはフローラと視線を交わし一歩下がる。そこからはフローラが話せと言う意思表示だ。

「……ローレンスやイフナスの状況はどこまで聞いていますか?」

 フローラは一度深呼吸をした後、ルーベンに話を振る。

 ローレンスがソリス教会と対立を深めている件は当然ながら聞いている様で、その理由に対する見立てもヴェントブルーノと合致していた。イフナスに関しても知っている情報はほぼ同じ。具体的な部分でアデル達の方が少し詳しいというか、最新情勢にアップデートされていると言う感じか。尤もこれはつい先ほどレインフォールより戻ったオルタの話を更新した上での話だ。

「準備はまだ整いませんか?」

 フローラがそう尋ねるとルーベンは険しい口調で首を横に振る。

「まだだ。大詰めではあるが少々早すぎる。」

「準備?」

 状況からして不穏な言葉にアデルはフローラに聞き返す。

「……陛下が倒れられた時から私達は今の状況を予測していました。流石にフィデル王の横死は予想外でしたが……強いて言えば、グラシア様が生きていらしたことも予想外ですね。」

「「なんだと!?」」

 再びルーベン父子が驚くとフローラがクーデター失敗後のグラシアの経緯と現在を知らせる。

「何ということだ……しかし陛下なら……さぞや煮え湯を飲まされた想いであったろうに。」

 カルローネ家は随分とフロレンティナを崇拝している様だ。恐らく私情を排して保険を残したことに敬服しているのだろう。しかしそんな彼らが言う“準備”というものが何を意味するか。アデルも何となくは察してしまう。しかしそれでも尚確認せずにはいられなかった。

「で、準備って?」

「……“王国”を守る為の準備です。グラシア様のお陰で選択肢が一つ増えましたがね。」

 カールフェルトでなく王国・・を守る。つまりは公国は認める気はないというのだろう。

「選択肢?」

 今度はティナが質問を投げる。

「グラシア様にお子を設けて頂き、裏で私達で引き取るという手です。流石に謀反人を働いた上に大恥を晒したものを王に迎える訳には……」

 ティナが静かに告げる。

「ってゆーか、カールフェルトにはカッローニ家的なものはいないのか?」

「……公家は皆、グラシアの反乱に与しまして……いえ、正確にはグラシア様が担がれたのですが。」

「なるほど……」

 つまりはフロレンティナの独断を良しとせず、彼らなりに王国を守ろうと戦ったのだろう。

「フロレンティナって有能すぎて周りを頼る気が一切なかったのか?それとも人間不信か何かとか?」

「コホン。ん、んー」

 アデルがフローラに尋ねるとそのフロレンティナの呼び捨て且つ失礼な物言いが癪にさわったのかルーベンがわざとらしく咳払いをする。  

「あー、いえ。失礼。フロレンティナ女王?将軍?かなり危ない橋を渡らされましてね……確かに女王のお陰で来るべき最悪の事態は避けられたのは確かなんでしょうけど……」

「……御幼少の折から旧き国を守るべく徹底した英才教育を受けさせられておりました。個として取れる時間が全くなく、他と関わる時間も術も正しく身に付けられなかったことは今でも悔やまれます。」

 ルーベンが言外に『良く言えば『孤高』、平たく言えば『ぼっち』であった』と述べる。

「それでいて、似非とは言え【隕石召喚メテオストライク】の再現まで思いついて身に付けたわけか……時間の流れを歪める魔法を身に付けていたとしても驚かんな。」

 紙一重とは言え、よくそんな相手に勝てたものだとアデルは思う。同時に、相当の疲労や心労の蓄積があってこその結果であり、同じことをもう一度やれと言われてももうできないだろう。冒険野郎でなくなった今となっては先の倍額を提示されても受けるつもりもないが。

「……結局、我々では陛下をお止めすることは出来なかった。止め得る一手を持ってはいたのだが、結局それをお示しすることが出来なかった。心労たるや我々の比ではなかったでしょうに。」

 ルーベンが出合って最初に『陛下を止めた』と表現したのはその辺りを解放したという意味があったのかもしれない。

「……グラシアにより選択肢が増えたということは別の選択肢もあるということなのだな?」

 ルーベンの悔恨の様子を見届けた後、改めてティナが問う。ルーベンはそのティナに少し驚いた様子を見せながら答える。

「あるにはあるが、現時点では明かせない。すこしフローラと我々のみで話をさせてもらえないだろうか?」

「それは勿論です。でしたら我々は今日の所は引き上げましょう。1週間後、これくらいの前後の時間に話し合いの結果を聞きに来るということでどうでしょう?」

「いえ、それは10分ほどでいいので待ってもらえないでしょうか?そうだ……お父様。どうぞこの中へ。」

 フローラは少し慌てた風にアデルの申し出を止めると、アデルから魔法袋を取り口を開く。

「え……」

 フローラは密談の場所として魔法袋の中を勧める。アデルは『いや、流石にお偉いさんに初手それは無理があるだろう……』と、思ったが、フローラが入ってここまで来たことを鑑みたか、肝が据わっているのか少しの躊躇の後、ルーベンが進んで袋に入った。

「お兄様、私が中に入ったら袋の口をしっかり閉じて持っていてください。」

「え?ああ、わかったよ……」

 フローラにそう言われるとシモンも多少の困惑を見せた後それに従った。


 ポルト開港のその夜、カールフェルトの行く末を大きく変えうる密談が始まろうとしていた。


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