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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
351/373

本気で来る混沌

 夜半、すでに21時を過ぎようと言うところでようやくヴェントブルーノの者全員、いや何故かそれ以上の人数が店の奥の応接間に集まった。最後に到着したのはトルナッドへ向かっていたオルタ達だ。どうやらエミリーもしっかり戻ってきたようで、エルザという名の側近らしき人物を連れてきていた。他にも追加メンバーとしてドルケンから王妹モニカがネージュ達と共に来ている。

 アデルが少しだけ困惑した表情で視線をネージュ、モニカ、エミリーへと送るとエミリーが『先にドルケンの話を聞いた方が効率はいいだろう。』とネージュに声を掛けた。

 それを受けたネージュがモニカに頷く。この瞬間、アデルは漠然とドルケンでも何かが起きていると悟った。


 アデルが席に着くとモニカが状況の説明を始める。

 曰く、昨日からドルケン南東部、つまりはグルド山南西麓に|皇国の部隊が侵攻、それに先駆けて・・・・20体程のケンタウロスが亡命・・してきたと言うのだ。一体何を言っているのか?という感じだが、それを聞いたハンナがいつになく深刻な表情をみせた。


 モニカがシルヴィアに通訳を頼み話を聞いたところ、ケンタウロスのリーダーはピートと名乗ったそうで、その名前にハンナが反応する。以前、捕虜にした筈の2体のケンタウロスの男性の名前だった筈だ。彼らにはグルド山周辺の情報収集の名目で解放したのだが、なぜそれが侵攻部隊にいたのか。ネージュが直接話を聞いたところ、さらにややこしいことになっている様だ。

 そもそもピートたちが連れてきたのは、皇国軍とは敵対しているドルフの勢力とは別の――例の神聖魔法を使うケンタウロスリーダーの軍の尖兵らしい。彼らは夜間強襲に志願したふりをしつつ部隊を離れ、今のテラリアの情報を持ってドルケン軍の所にやってきたという。そして彼らの事前情報通り、テラリアの部隊が昨晩から一気に西側、即ちドルケンとグランに侵攻を始めたと言うのだ。

 現在の所、フィンの国王急死との関連は不明だが、タイミング的にまったく関係ないと断言はできない。しかし少なくとも今回の侵攻はそれなりに前から計画されていたらしく、上方の伝わり方を考えてもフィンの混乱を見て便乗という訳ではなさそうである。

 ケンタウロスは彼ら以外にもまだグルド山南に数十規模でいるらしく、彼等の射撃能力は翼竜騎士には重大な脅威となっているとのことで、モニカとしては一層の切り崩しか排除、或いは不干渉の取り付けの協力をお願いしたいとのことだった。

 ピートが言うには現在、テラリアが2勢力、蛮族が3勢力になっていて、その内テラリア人族と蛮族・亜人連合が共闘、実質2対1対1対1の状態であるという。情報収集のつもりで解放したピートだが、情報収集どころか調略をこなしてきた様だ。正確には少し違うが、どちらにしろアデルかハンナに話を付けて欲しい様子だという。

 なるべく早い時期にアデルが出向く必要がありそうだ。


 ここでドルケン南東情勢はひとまず区切りとし、次はフィン情勢だ。

 まずはオルタが話を始める。

「レインフォール……レイラは慣例通り、どの後継候補にも肩入れせず近海の警戒を強めるって話だ。ただ今回は各陣営にその通達と同時に『国王暗殺に関する情報は買う』と伝えるらしい。過去を鑑みて“現国王の暗殺”は事例がないらしく、また前例にしてはならない、つまりは認めないという方針を明らかにするんだってさ。される方もされる方だと思うがね。

 まあ、流石に俺も過去の後継争いを見たわけじゃないから、実際の後継争いがどの様なもので、どのような動きになるのかはわからない。少なくとも南海の東西、ベルンとの緩衝地帯や、ブリーズ……イフナスの臨海部には戦闘艦を派遣するとのことだ。今の所地上戦への介入はしないってさ。」

「……オルタはどうする気だ?」

「当面は――少なくともグラシアの貸出期間中はここに残る事になってるけど、情勢次第って所かね。」

 オルタはそう言いながらエミリーとエルザをチラ見する。

「エミリーは?」

 アデルがエミリーに問う。

兄上・・とは連絡を取った。生きている事と、フィンの東に潜伏しているとな。トルナッドやレインフォールの名前は出していない。」

 エミリーはオルタを牽制する様に見る。

「で?」

「予定より随分と早くなったが、この期にフィン東部で旗揚げし、ベルナルドのイフナス平定と王都帰参を妨害してやろうと思う。これでもそれなり以上に顔は利くのでな。」

 その言葉にアデルとティナが眉を寄せる。

「まあ、行くってなら止めはしないが、その装備は置いてけよ?それに――このタイミングでか?」

 アデルがそう言うとエミリーも少し表情を険しくする。

「むしろ、このタイミング以外にいつがあると言う?」

 エミリーのがそう聞き返すとアデルではなくティナがそれに答える。

「今まで行方不明だった奴がこのタイミングで突然表舞台に戻ったら、暗殺の犯人に仕立ててくれと言う様なものだと思うがな」

「なっ!?そんな真似するわけないだろう。」

 声を荒げるエミリーにティナがそう言う。 

「それを害意ある奴らを黙らせるに値する証拠でもあるならな。」

 少なくともエミリー自身が関与していないのは明白だ。しかしタイミング的に、特に狡猾らしい第2王子ベルナルド第3王女カサンドラ陣営ならでっち上げるというのも充分にあり得る話である。露骨に妨害しようとするなら、向こうもなりふり構わずそうしようとしてくるだろう。

「まあ……“女帝”が暗殺の情報を買うと言っているのだ各陣営の見立て・・・・・・・が公に揃うまで待つと言う手もあると思うが……されど確かにこの状況、下手を打たなければ・・・・・・・・・第1王子に大きく有利に動くだろう。初動を傍観してあとから美味しいところを摘まもうと思っても思う様にいかなくなるというのも間違いではない。まあ、フィンで勝手にやる分なら我らが止める理由はない。思うようにやってみればいい。」

「……社会復帰のご祝儀なら少し持たせてもいいけどな。店の――レザー装備は置いてけよ。」

「…………」

 ティナとアデルがそう言うとエミリーは言葉を失くす。


「……お前たちはどうするつもりだ?」

「今の私にどうするもこうするもないよ。」

 捻り出す様に言葉にするエミリーにティナは己の首輪を示しながら涼しい顔で答える。 

 すると当然だが、エミリーとエルザの視線がアデルに向く。フィン組を除けば大陸南部情勢に一番詳しそうなのはティナだ。しかしこの場の決定権を誰が持っているかはエルザも薄々理解出来ているのだろう。

「どうするったって、うちはポルトのただの一商家ですぜ?関係しそうな主要取引先が中立を旨とし関わりたくないというならそれに合わせる。まあ、暗殺の裏情報が出てくるなら集めるのもありかもしれんが……まずはドルケンかなぁ?」

 アデルがそう言うと意外な所から手が上がった。フローラだ。

「それなら一度、私も両親の所に戻りたいのですが?」

「カールフェルトか。仮初とはいえ今は平和か。しかしローレンスがイマイチあてにならないとなると……今後フィン次第でどうなるかまた怪しいしな……わかった。レインフォールに送ればいいのか?」

「そう……ですね。ただこうなると今までみたいにレインフォールに頼り切る訳にもいかないでしょうし……なんとかあとで合流できる手段があればいいのですが。」

「ああ、カーフェルトに帰るんじゃなくて、とりあえず相談してきたい感じか。それなら――」

「……構わんぞ。ただ私とフローラだけではトルナッドを出た後があやしい。出来れば誰か護衛が欲しいが……」

 アデルがチラ見した時点で意外にも面倒くさがり屋のティナが自分から移送役を申し出る。

「居場所がはっきりしてるなら、ネージュとアンナと組ませれば直接向かうのも可能だろうけど……ローレンスに生存やら所在やらばれたくないんじゃないのか?」

「……そうですね。恐らく当家への監視も厳しくなっていそうですし……」

「いっそ、フローラの両親ごと雇ってこちらに呼べばいいのではないか?経理や会計に関してはきっと私よりうまいと思うぞ。」

 ティナがそう言う。単純に自分の仕事量を減らしたいだけなのかもしれない。

「いやいや、元侯爵を雇うって発想がどこから……それに、使用人とかもいるんだろう?そもそもグラシアさんを見たら卒倒するんじゃないか?」

「家格は失いましたが、家は存続していますので、使用人も数十名は残っている筈です。ただまあ……確かに領地も取り上げられていますし、収入面は厳しそうってのは事実です。グラシア様は……そうですね。可能性として何か余計な事を考え出すかもしれません。」

「むしろそんな収入有るんだ?ってか、余程後継者としてローレンスが気に入らん様だな。」

「教会の件もそうですが、言動がすべてフィンの人間ですからね。収入は……陛下に代官として雇われる形で領地管理等の業務を請け負っていました。ただ、陛下と言う重しが消え、ローレンスが大公としてカールフェルト入りした今、どうなっているのかは……それも確かめておきたいと。」

「なるほど。とはいえ、監視が厳しくなってる中、いきなりフローラが向かうのもなぁ。」

 アデルとフローラがそんなやり取りをしていると、ティナが少し驚いた表情で聞き返してくる。

「侯爵?カールフェルトのか?」

 ヴェントブルーノに来てからフローラが姓を名乗ることは一度もなかった筈だ。その所為か、フローラの実家が元侯爵家であることにティナが少し驚いた様子だ。

「あー……レイラの要請でフィンから強引に連れて来たんだ。出自がローレンスに近しいって理由重用されてたらしいが、実家の望みでフィンをこっそり・・・・脱出させてきたんだ。今日び頑なにフロレンティナをずっと“陛下”と呼んでるんだからその辺の事情は察しがつくだろうに。」

「姓は?」

「カルローネ。」

「何!?」

 フローラの答えにティナとグラシアが反応する。声を上げたのはティナだけだ。

「知っているのか?」

「まあな。《魔術師メイジ》としても相当に優秀で高名だ。なるほど。ルーベン殿の娘と言うならこの魔法適性も納得だ。理解の早さも頷ける。」

「……恐縮です。」

 そちら方面の評価であるらしい。さりげなく自分と親の能力を評価されたことにフローラは少し恐縮してみせる。

「……むしろ《魔術師》としての才能を伸ばしたいところだが、それだと私が困るな……」

 そう言いながらティナがアデルを露骨にチラ見する。

「善処します……」

「しかし……カルローネ家なら話は早い。カールフェルト北東部のカルニージ地方を任せられていると聞いているが?」

「……お詳しいですね。その通りです。」

「ローレンスが何か余計なことをしていなければ良いが……こちらも早めに行動したほうが良いかもしれん。」

「……随分と関わる気満々じゃねーか。」

 思いの外積極的にティナが言ってくる。

「今、フローラに去られても困るからな……せめてそれなりに出来る人間を用意してからにしてもらわねば。」

 ティアによる持ち逃げ事件以降、フローラはティナにとって優秀なサポーターであり弟子でもあるのだ。今いきなり抜けられるのは大変なのだろう。必死だ。

「……場所はカールフェルトの中央より大分北東に寄った所です。むしろ、陸路なら旧王都よりもコローナやタルキーニとの国境の方が近いかも知れません。なので……このままだといずれタルキーニやコローナに出兵させられる可能性も。」

 どうやらフローラにとって最大の心配事はそこにあるようだ。フィンの代官としてでなく、家が大公の臣下として組み込まれた場合、東征、少なくともタルキーニの平定に駆り出される可能性が高いという。お家再興は有り難い事だが、そうなればその分の負担や義務が生じてくる。その辺りの相談を行いたいと言うのである。

「そうなると……確かにその辺は早めにしておいた方がいいな。」

 話を聞き終えたアデルがそう言う。

「ついでに余剰人員を何人かこっちに回してもらえばお互い助かるだろう?フローラの実家の使用人ならそれなりに信用もできよう?」

 ティナさん必死の模様。その様子にアデルも考える。

「どっちにしろ、俺は明日の昼にはコローナ王都にいなきゃならん。ってことでブリュンヴィンドと魔法袋もそっちってことになる。が、できればケンタウロスたちの話も聞いておきたい。ただ、ドルケンは現時点でヤバい程押し込まれてる訳ではないと?」

「南麓の村が脅かされつつあるが、地上部隊も送っているし、すぐにというわけではない筈だが。」

 アデルが確認するとモニカがそう答える。

 ただ亡命ケンタウロスとアデルやハンナとを引き合せたいだけなら、ネージュに言伝を頼みモニカが自らここへ来ることは無かった筈だ。恐らくモニカはモニカで何らかの支援をほしいと態々ポルトまできたのだろう。

「フローラの実家の方も早い内に話をしたい。となると……」

 アデルが思案し、最終的にティナへと視線を移す。

「……まさか……今からか?」

 有事の際のアデルの行動パターンを読んだか、ティナが少々げんなりした顔で言う。アデルも結局内心で人のこといえないブラック主人だと自嘲しつつも期待する。世の中便利な手段を手にするとなかなか戻れなくなってしまうのだ。

「すまんな。一息ついたら一泊旅行くらいは許してやる。で、何回使える?」

「……増幅エンハンスなしで2回だ。魔香水と休憩があったとしても3回が限度だな。」

「増幅があると?」

「門は大きくできるだろうが、回数は1つ減らしてくれ。まだ制御が難しい。」

「減るのかよ……」

「その分、グリフォンやワイバーンも通せるがな?」

「なるほど……そうなると……」

 アデルはそこで少し思案する。

「ハンナ、2~3日なら一人でもだ丈夫だな?」

 まずはハンナに問う。

「え?ウン。応。」

 少し驚いたふうにハンナが可を答える。

「よし。増幅があればワイバーンごとモニカ様を送り返せるか?」

 次にティナだ。ティナも短く可を答える。

「ああ。いけるぞ。」

「よし。それじゃあ、モニカ様とハンナ、それにオルタとレドエルドで先にドルケンへ向かい、ケンタウロスから話を聞いてまとめておいてくれ。聞くのはテラリアの勢力、リーダー、ケンタウロスについてだ。西側で緊急事態がない限りこちらの用事が終わり次第迎えに行く。仮にそれより先に何かあればオルタが先行して戻ってきてくれ。」

「え?俺?西はどうする?」

 アデルがオルタに言うとオルタは少し驚いて聞き返す。

「送り出した後、俺とネージュ、アンナ、ティナ、それにフローラでフローラの実家に行くぞ。実家の使用人はフローラの顔を見ればすぐに通してもらえるよな?」

「……数年戻っていないので何とも言えませんが、少なくともそれなりに私を知ってる人間もいる筈です。」

「……ちと不安だが致し方ない。いや……フローラは先に親か誰かに渡せる手紙を用意してくれ。『信用できる者のみの場所に俺らを案内する様に』と書いてな。」

 アデルの言葉にフローラが少し眉を寄せる。

「ローレンスに出自は知られているんだろう?それに、自領の代官一家だ。手のものを潜りこませている可能性は高い。」

「なるほど。承知しました。すぐに準備します。」

 アデルの答えに得心がいったか、フローラはすぐに行動に移る。

「で、話を――もし長引きそうなら、最初の接触だけでも済ませたらすぐにここへ戻る。この辺りはネージュ様様だ。」

「ん?」

 アデルがそう言うとネージュが少し首を傾げる。

「目的地上空まで竜化、目的地を確認したら【不可視】貰って降りるぞ。」

「ああ、了解。」

「移動は?」

「フローラは魔法袋で移動させてもらう。ティナは今の内に場所を把握しておいてくれ。」

「そちらは問題ないが……流石に夜間に誘導は出来んぞ?」

「その辺は暗視兜貸すから。タルキーニで神官の冒険者でもいないものかね?」

「それなら人数分の暗視装備を揃えた方が早いだろうよ。」

「流石に特殊な神聖魔法の付与までは難しいか。」

「そっちか。その辺は知らん。」

 アデルとティナはそんなやり取りを始めたが横道にずれ始めたのでやめた。

「そんなわけで、マリアとルーナ、ユナは店とグラシアさんを守っててくれ。確かに信頼できる筋から人を雇うってのも考えなくちゃな。エミリーとエルザさんはどうする?どうしてもというなら、今夜のうちにトルナッド周辺へ送り届けるが?」

 アデルがそう言うと、留守番に指名された面々が頷く。

「今夜はもう一度戻ってくるのか?」

 エミリーがアデルに尋ねた。

「今回の西組はな。オルタ達は2~3日戻らんかもしれん。」

「そうか……ならば今夜はここに残る。が、出来れば早い段階でフィンへと送ってほしい。」

「……わかった。」

 エミリーの願いと決意をアデルは静かに承諾した。

 

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