加速する混沌
「緊急事態が起きた様だ。」
レオナールが集めたのは、アランとウィリデ、そして伝令役の騎士の他、近衛騎士や式典関係者を警護する各軍団の長とエドガーとアデルであった。結果としてマリアもアデルにつき合わされる形でその場に加わっている。
和やかな懇親会の雰囲気から一転、レオナールが告げた一言はまさに驚天動地の一言だった。
「確度の高い急報が入った。」
そこで少し間を開け、溜める。
「フィン国王、フィデル・ド・フィン急死の報である。――そして、暗殺の可能性が高いとのことだ。」
レオナールの言葉に周囲に緊張が走る。何故このタイミングで……そんな気配はフィンにもコローナにも、勿論グラン、ポルタにも微塵もなかった筈だ。
「これより私とアランはすぐに王城へと戻る。ウィリデも単身イスタへ戻ってもらう。一度に運べる人数は?」
レオナールがアデルに問う。まあ、そうなりますよね。
「多くて20人程。荷物があるようならその分減ります。」
既に強制依頼――下手をすれば臨時徴用は確定だろう。アデルはすぐに自分が言うべき言葉を述べる。マリアを店に戻し、オルタ達をトルナッドへ向かわせる指示を出さなければ。
「急ぎ店に戻り、準備してグリフォンを連れて来ます。……この場?城前?どちらが良いですか?」
「王都に戻るべきは全てこの場にいる。この場で構わん。ディオール、お前はボーヴォワールにすぐに連絡を取って出立の準備をしてここに戻れ。準備に時間はどれくらいかかる?」
レオナールがアデルとエドガーに尋ねる。
「店の対応もありますので、可能なら30分は頂きたく存じます。」
アデルがそう答えると、エドガーもそれに合わせ『30分あれば十分です。』と答える。
こうなれば余程の理由がない限り30分後の待ち合わせになる。実際、アデルの――ヴェントブルーノの準備を待ち、空路での移動が取れ得る最速なのだから。実際はそれ以上の裏技もあるが、こちらから示すつもりもない。
「わかった。では30分後にこの場に集合だ。皆、各軍団に引継ぎと帰還の指示を出しこの場に戻れ。20人となると……我々と近衛全員、それに各々が1人ずつといったところだな。すぐに行動に移れ。」
「「「はっ!」」」
レオナールの指示に各々が行動に移る。
アデルもマリアの手を引き、大急ぎで店へともどった。
「「何!?」」
「なんだと!?」
「「え?」」
店に戻り、事態を伝えると予想通りの反応が返ってくる。
大きく反応したのは、オルタ、ティナ、エミリー、それにフローラとグラシアだ。
「俺とアンナでコローナへ行く。オルタとユナはレインフォールで、エミリーはトルナッド?で情報を集めて来てくれ。着艦はレインフォールにさせてもらい、エミリーはもし現地に残るようになったら、オルタに相談した後、ユナがブロースカを連れて戻って来てくれ。俺も今夜中に一度戻ってくるつもりだ。」
「わかった。」
「わかりました。」
「……承知した。」
オルタ、ユナ、エミリーが返事をする。
「……私は?」
ネージュがそう声を掛けてくる。
「ネージュはティナを連れドルンへと向かってくれ。目的はポータルの設定。そして出来れば陛下、無理ならせめてベックマン様かモニカ様に伝え、同時にあちらの情勢も聞いておいてくれ。」
「待遇改善とは……?」
ポータルの設定と言った瞬間、ティナがげんなりとした表情を見せた。しかし流石にこの状況で一々相手をしていられない。アデルはさらに早口気味にまくしたてる。
「当然だが、今言った面子以外には口外はなしだ。現地での判断はそちらのお偉方に任せろ。そしてどういう状況にせよ今夜のうちに一度ここに戻り、一度情報の共有と整理を行う。」
続いてアデルは留守番組にも指示を出す。
「流石に表向きに公表はしないだろうから、ポルトがすぐどうこうなるとは考えにくい。ルーナとハンナは店と――マリアとグラシアさんを頼む。フローラは……要望があれば今夜にでも聞く。今は少しでも店の仕事を進めておいてくれ。」
アデルの指示を全員が緊張感を持って頷くと、アデルはいつものレザーアーマーに着替えた後、アンナを連れブリュンヴィンド乗り、集合場所である港へと向かった。
アデル達が港に戻る頃には20分強が経過していた。
ウィリデや騎士の何名かはアデルやアンナのレザーアーマー・スーツを興味深そうに観察したが、その視線の多くがアンナの背中に向いていたのはきっと気のせいだろう。
エドガーは既に準備を済ませ戻ってきており、レオナール達も今回王都へ随伴させる人員を決めて待っていた様子である。
アデルはまず魔法袋の説明をすると、慣れたエドガーが出入りの見本を示した。
その少々異様な光景に、初めて見る騎士は少し気が引けたようだが、今は1秒の時間も惜しむべき時だ。レオナールが促す中、各々意を決し袋の中へと足を踏み入れて行く。
最後にレオナールがミリアムを誘導し、自身も袋に腰までを入れたところでアデルに囁く。
「何を指示してきた?着替えて来ただけではあるまい。正直に申せ。」
「……オルタをトルナッドに。ネージュをドルンに。」
「……グランは?」
「何も?」
「……そうか。」
レオナールは静かに頷くと、その身全て袋の中へと移した。
アンナとブリュンヴィンド自身の補助魔法により、1時間と経たずにまずはイスタへと到着し、ウィリデを降ろす。
そのままさらに1時間弱、2時間とかからずに一行はコローナ王城前の庭へと到着した。
庭を警備する者達にしてみれば、エドガーらポルトの重役らを定期的に運んでいるグリフォン達だ。慣れたもので、その姿が確認できると、すぐに必要なスペースを確保できるように散開し、グリフォンを誘導する。
激しいダウンウォッシュと共にほぼ垂直にブリュンヴィンドが着陸すると、まずはアンナが降り、すぐにアデルも飛び降りて袋の口を開け到着を知らせると、まずレオナールが先頭を切って袋から出てきた。
「今の時刻は?」
「はっ!16時を少々回ったところでございます。」
袋から出てきたのがエドガーでなく、レオナールであることに衛兵達は驚きつつもすぐに答えを返す。
「2時間足らずか。流石だな……前よりも早くなったか?」
「ルートの慣れと、ブリュンヴィンド――グリフォン自身が風の精霊魔法を身に付けまして。大雨でもない限りはほぼ天候や強風に影響されなくなりました。」
「そうか。」
レオナールがアデルとそんなやり取りをしていると、アラン元帥、エドガー、近衛らと続々と袋の外に姿を現す。初空輸となった者たちはしきりに訝しげな顔をしていたが、見慣れた城の庭の光景が目に映ると、驚きや関心の表情を覗かせながら続々と袋から出てきた。
全員が袋から出たのを確認すると、レオナールはアデルに尋ねた。
「この後の予定は?」
「夜に一度戻って情報共有を図る予定です。」
「そうか。ならばそなたも少し参加して行け。」
この場にいるコローナの重臣、或いは近衛の面々ならアデルがマリアンヌの夫である事は知っている。しかし重要な軍議への招請に面識らしい面識のあるアラン元帥以外の者達が怪訝、或いは不快そうな表情を覗かせた。しかしこの場にレオナールの言に否やはない。すぐに会議室がセッティングされ、元帥を始めとする軍幹部数名、それに近衛数名とエドガーとアデルが会議室へと入った。
「まずは……具体的な話を聞こう。」
レオナールが本件の情報責任者――まあ、半ばお馴染みとなっているポール・アルシェなのであるが――に問う。そのお蔭と言うか、ポールの方も“軍議”には部外者に近いアデルやエドガーを特別意識することなく淡々と集まっている情報の報告を始めた。
コローナ王都に初報が入ったのが昨日の夕方。その後各方面で情報を集め、示し合せ、『少なくともデマとは断じられない』と夜明けとともに伝令の騎士をポルトに向かわせたと言う。
伝令の騎士はイスタを中心に整備された伝馬宿で馬を乗り継ぎ、最速でその報をポルタに届けた。
集めた情報によると、昨日の朝から俄かにフィン王宮が騒がしくなり、またフィデルの姿が昼になっても見えず、王宮に入り込んでいる密偵達にも暗殺の噂が徐々に聞こえてきたとのことである。
それを裏付けるかのように、コローナ南西部に展開していた第1王子が昨夜の内に後退。それに気付いたコローナ軍は急ぎ追撃を仕掛けたが、夜間と言う条件と向こうの精鋭の殿軍によって大した被害を与えることも出来ずに撤退を許してしまったとのことである。
レオナールはそこまでを聞くと、次にアデルに向けて言う。
「フィン――南部情勢についてどこまで把握している?」
レオナールの言葉に元帥他多くの軍幹部の視線がアデルに集まった。
「……第2王子が旧イフナスで大苦戦を強いられている。第3王子がカールフェルトの国教会と対立を深めている。この辺りです。」
「国教会?」
アデルの言葉を聞いたレオナールがポールを見る。
「はっ。カールフェルトの国教会、即ち太陽神・ソリスの大元である教皇が『ローレンスを王の後継として認めない』と宣言し、対立が深まっており、民が困惑しているとのことです。」
「……そうなのか?」
ポールの返答にレオナールはポールではなくアデルに確認をする。
「……こちらで聞いているのは『現時点でローレンスをカールフェルト王家の後継として認められない』との事でしたが。」
ポールが伝え聞いているのと少々ニュアンスが違う部分を強調してアデルが答える。
「理由は?」
「はっきりとは聞いてませんが……見立てでは、『王家に伝わる秘術を習得できていないのでは』とのことですが。」
「なるほど。『神装』か。」
どうやら知っている様子だ。しかしアデルは敢えて眉を寄せる。単純に興味だ。
「『神装』?」
「……ファントーニ公が言っていた。グラン、カールフェルト、タルキーニには王から次代の王にのみ、口頭で伝える魔法があるそうだ。それが『王家の後継』であることを示す何かを具現化させるらしい。その魔法を知るのは王と王太子、そして各国の国教の法王のみであると。閣下もピデルの法王を苦労して説得して魔法を聞き出したが、ついぞ具現化は出来ていないとのことだ。」
こちらもアデルが耳にしている物とニュアンスが微妙に違う。伝えられるのは『古き血』、つまりは初代国王の血脈であるとのことだ。そこを指摘すべきか考えたが、知らぬふりをした手前、またその情報を齎したのがフローラとティナ、彼女らの言を信じていないわけではないが、正式にパーティとして公表していない者達であることも踏まえ、そのまま流すことにした。状況証拠的なものだろうか?どうやら王家の血を引いていなくても場合によっては法王が教えてくれるようだ。ただ発動には……修練か或いはフローラたちが言うように血統が必要なのかもしれない。
「と、なると怪しいのはアルフォンソ王子か?いや……果たしてそうだろうか?」
おそらくは暗殺の首謀者の事を言っているのだろう。確かに状況は第1王子に一番有利に働きそうである。しかしエミリーの言う事を信じるなら、既に優位な立ち位置にいた第1王子がわざわざそのような手段に出るとは考えにくく、やりそうなのは寧ろ――
だがもちろんこの場で下手なことは言えない。やはりレイラの反応を見てから改めて考えるべきか。とにかくアデルは無言を保った。
「……どちらにせよ、南部情勢は大きく動く。そうなると問題はやはりタルキーニか。」
そう呟くとレオナールは軍幹部、特に南方面の者たちを中心に具体的な指示を出していく。
最後にアデルに『明日の昼過ぎにディオールを迎えにきてやってくれ。』と言うとその場は解散となった。




