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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
345/373

帰艦、そして帰還

 直径20センチメートルほどの毛玉を両脇に抱え西へと飛ぶネージュであったが、その途中巨大な光の柱が海面に立つのを目撃した。

 そしてそれから1秒と置かずに轟音がネージュの耳を聾する。

 ネージュは腕の中で生暖かい毛玉がビクっと動くのを感じた。


 海水竜シーサーペント達は島を北に回って移動したのだろう、快晴である周囲一帯に一か所だけ不自然極まりない雲が発生している。以前に音と話だけを聞き目にする事はなかったアンナの魔法だろう。ネージュはそう当たりをつけ、その雲へ向かって若干針路を北にずらした。



 ネージュが落雷地点へと到着するとそこはほぼ予想通りの光景だった。

 10メートル超のナガモノが4つ海面に浮いている。少し高度を下げればそれが表皮をこんがり焼かれた海水竜であると確認できた。ただ、それだけでは単純に気絶しているだけと言う可能性もあるためか、海面に浮くそれの首や頭をアデル達が処理している様子だった。具体的には巨大な氷柱を低空から首を目がけて超高速落下させたり、アンナやルーナが槍で開けさせた口に火球をぶち込んだり――単にティナがやりたい放題やっている様子だ。

 ネージュはその光景を海水竜への止めと言うよりも、ティナが日頃の憂さ晴らしをしているだけの様にも見えた。

 更に降下すると、向こうもネージュに気づいたか高度を上げてネージュを迎えた。

「お疲れさん。幻惑鳥、2体いたらしいな。エミリーがドヤ顔で胴体を船へと持ち帰っていったぞ。」

 アデルの言葉にネージュはいささか憮然としながら答える。

「詳細は……まああとでいいか。」

 ネージュはそう言うとアデルに両脇の毛玉を見せた。

「え?あー……もしかして?」

 毛玉の正体を察したアデルが少々困った顔でネージュに尋ねる。

「その2体、多分、番い。まあ、こっちの親鳥はなりふり構わず東へ逃走しようとしたけどね。」

「らしいな。エミリーが予想的中と得意げだった。」

 この時点でアデル達はネージュの“失態”には気付いていない。ただネージュが追い立てた獲物をエミリーが狩ったものだと認識している。

 それが結果として、ネージュの表情が若干沈み気味なのは両脇の毛玉の対処に悩んでいるせいかと考えた。

「まあ、詳細は後で聞こう。とりあえず……入れとくか?」

 その時点でアデルは何も聞かずにネージュに2つの毛玉を魔法袋に入れるように促すのみだった。



 結果として最後となったアデル達がトルエノ号に帰艦すると甲板から盛大な歓声と拍手で迎えられた。

 先行して着艦したエミリーもすでに甲板に立っており、獲物である幻惑鳥の血抜き処理を監督している様子だ。

 先にアンナとルーナ・ヴィトシュネを着艦させ、最後にブリュンヴィンド、ネージュが着艦する。

 ブリュンヴィンドを降りたアデルの元にオルタやマリア、ハンナが駆け寄ってくる。

「こっちの幻惑鳥もうまくやれたみたいだな。」

「かなり苦労させられたけどね……」

 アデルの言葉に少しだけ表情を歪めてオルタが答える。

 見た感じ船への大きな被害は見えない様だが……そう思ったアデルにオルタはこの後の報告会と祝勝会の予定を伝えた。



 まずは報告会だ。

 トルメンタ武装商船団旗艦、ウラガン号船長室――つまりはある意味お馴染みであるレイラの部屋である――に集められたのは今回の作戦の各部門代表だ。

 旗艦ウラガン号の艦長のレイラ、副艦長セイス、2番艦トルエノ号の艦長のエリオドロ、臨時艦長のオルタ、それに迎撃隊の代表アデルと攻撃(威力偵察)隊のネージュである。


 まずはアデルだ。

 アデルからは先行の3体と後詰の4体の討伐完了と撃退、止めの方法などが簡単に報告された。

 先行の3体は低空からカウンター気味に、危険らしい危険は高圧水流の2連撃くらいで、あとはティナがそれぞれ魔法で仕留め、後続の4体はアンナの【招雷】による雷撃攻撃で火傷とショックを負わせた後、動きが止ったそれぞれの頭部を確実に破壊し止めを刺したというものだ。特に前者3体の胴体はほぼ綺麗なままなので回収すればそれなりの素材を得られるだろうと報告すると、レイラはすぐにすべて回収に移れとセイルに指示を出した。長期間の航海、特に船員から漕奴まで必要な人数が多大となる大型船においてはその肉だけでも十分な価値はある。それに加え、表皮や鱗が綺麗なままとなればそれだけで今回の遠征費用の3分の1くらいは回収できるだろうとのことだ。逆に言えばそれで3分の1であり、商売を絡ませずに大型船を運用させるのは相当な費用が掛かるものと改めて認識せざるを得ない。現在の各国情勢で“海軍”をまともに運用できる勢力がいくつあるというのだろうか。


 続いてネージュ。

 ネージュは各々の今後の役に立つようにと、失敗した部分も含めて経緯をすべて素直に報告した。

 展開されていた幻影に長い事ずっと騙されたこと、いつのまにか幻影エリアに入ってからは何事もないかのような景色を見せられていたことを正直に報告し、状況を察知して咄嗟に離脱したことにより【不可視】の効果が解け、その瞬間、1体目の幻惑鳥が船団攻撃に向かって行ったと伝えた。

 同時に、幻影展開と戦闘行動を同時に行うのは不可能なようで、所謂超音波的な物で平衡感覚を狂わされた以外、視覚・聴覚ともに幻惑に悩まされることはなく、またそれの所為でエリア外から窺っていたエミリーにもこちらの交戦状況が伝わったのだろうと意見を述べた。

 次いで恐らくは火の精霊魔法であろう誘導炸裂弾に苦しめられたこと、風の精霊魔法のサポートか急上昇・急機動もこなしたこと等、幻惑鳥は幻惑以外の戦闘能力も予想以上だったことを伝え、最後には文字通りの爆発的な加速からの超高速で真直ぐに飛ぶ幻惑鳥を先んじて進路で待ち伏せ、剣の一閃で仕留めたエミリーの技量も一応は伝えておく。



 結果として大成功と言えたアデル達攻撃隊の報告とは別に、防衛側の方はややネガティブな雰囲気での報告となる。

 まずはオルタがトルエノ号で起きた事の報告をした。こちらは戦果報告というよりも被害報告と言う物に近い。

 大型の弩2基、メインマストの損壊、それに加えて最初に幻惑鳥の幻惑か何かの攻撃で、マリアの【強心マインドセット】が掛けられていなかった漕奴達が一斉に暴れ出し、操舵不能に陥ったこと。それを鎮めるためにマリアに協力を頼み、一度は【静穏サニティ】の魔法を使ってもらい一時的に回復したが、結局また暴れられたこと。その際、マリアに漕奴運用の現実を見られたことをオルタは少々気に病んだ様だが、コローナにも罪人に対し強制労働を課す事は珍しくないとマリアは静かに受け止めたと言う。ただ、船が沈む時100%見殺しにされる実情はおそらく伝わっていなかっただろうとオルタは言った。まあ、その辺りは少し考えれば思い至る話ではあるのだが。

 結局その後、船内はその対処、甲板上は幻惑鳥の魔法攻撃への対処で手いっぱいで、結局オルタとレイラが空戦で気を引きつつ、最終的にハンナが射落としたとの報告だった。

 空中戦を演じながらも、随所随所で母艦への攻撃を忘れない幻惑鳥の能力もさることながら、逃げ場も隠れ場もない艦隊防空の難しさが改めて浮き彫りになった。


 セイスやエリオドロの報告は単純にオルタの報告をなぞっただけだ。精神攻撃により漕奴が暴れ出して艦の機能が一時的に大きく失われていた事の反省や、マリアの【強心】がなければ、船員の方にももっと被害が広がっていただろうとの報告だった。


「結果として、焦らずに援軍依頼を出したのは正解だったようだな……まさかこれほどまでに苦しめられるとは……」

 自らも空に上がって闘い、苦戦を強いられたうえ目の前で船への攻撃を防げなかったレイラもいつになく苦々しい表情で呻く。

「どこから渡ってきたのかは知らんが……幻惑鳥は見かけ次第、大きくなる前にすぐに手を打たなければならんな。生態や好む場所も把握しておいた方がいいかもしれん。あとで巣の様子はこの目で確かめておくか……」

 レイラがそう言うとネージュが肘でアデルを小さく小突く。

「あーあーあー」

 ネージュの意を組んだアデルが少々間の抜けた声を放ち注目を浴びる。

 するとアデルは魔法袋の中から先ほどの毛玉二つをテーブルの上に乗せた。

「「「なっ!?」」」

 レイラとセイス、エリオドロの海賊組が揃って声を上げる。

「これは……」

「巣にいた。親がどっち・・・だったかは知らないけど、この子らすっぽかして逃げようとした。巣の位置がばれてたことは承知の上で。」

 ネージュが端的に説明する。

「既に孵って目も開いてたから親の刷り込みってのは無理そうだけど、生態調査にはなるかも?今ならお安く譲れます。」

「……これをどうする気だったんだ?」

 ネージュの売り込みにレイラが眉を顰める。

「さあ?せっかく見つけたし。羽毛が高く売れるなら金の卵みたいなもんだし、精霊魔法を使えてたってことは、少なくとも精霊との意思疎通は出来るみたいだし、お兄とアンナに丸投げするつもりだったけど……?」

 ネージュはそう言うとアデルを見上げ小首をかしげる。うん。たまに見るとそれなりの破壊力かわいさだけど、話の、無茶ぶりの内容がね?アデルはそう思いながら額に手を当てた。

「本物の親無しで精霊語を教えられるかどうか……まあ、通常のグリフォンよりも賢いと言うし何とかなるかもしれないけど……」

「……そうか。威力微妙だけどあの誘導炸裂弾覚えられれば便利だと思ったけど、親が教えないと覚えないか。」

 ネージュさんの主目的ほんねはそこか。情が移ったとかじゃ……なくもなさそうだが。アデルは小さくため息を漏らす。誘導弾の対処に苦慮させられたオルタとレイラが共に渋い顔を浮かべる。

「当初は冗談のつもりだったが――真っ当に育てるというのであれば私達よりもお前らの方が適任だろう。グリフォン育成の実績と精霊語に長けたやつもいるしな。どちらにしろ幼鳥が1~2体いただけで生態の把握は出来んだろうしな。まあ、成長速度や過程、知能レベルくらいは調べられるだろうが……」

 レイラも机に両肘をついてため息を漏らす。

「出来れば装飾品以上の価値と危険性を認めて本格的な研究をしてくれる場所があればいいのだが……」

「希少種らしいので大丈夫だとは思いますが、ハルピュイアのように使われてもこまりますしねぇ。」

 レイラとアデルが口を揃える。

「そう言うのはロゼとかティナとかが好きそうだけど?」

「「「…………」」」

「ロゼールさんはもう……」

 ネージュの何も考えない言葉に満場一致|(ただし言葉はない)でティナに新たな頭痛の種と――転じて初となる趣味が誕生したのであった。



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