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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
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海上戦

 予想よりも大幅に早い本命登場の報にアデルは一瞬だけ島の上空を確認したが、まだ一瞬程度ではそれを肉眼で捉えることはできなかった。戦闘機動中であり流石に余所を凝視している余裕はない。続報はオルタに任せるつもりで再度残りの海水竜シーサーペントに意識を向ける。

 海水竜は己の表皮に傷をつけたアンナとルーナに完全に意識が向いている様で、空にいる彼女らを威嚇・牽制する様に体の前側3分の1を海面から出し、鎌首をあげている状態だ。

 ブリュンヴィンドが高度を速度に変え、羽ばたき音を隠し滑空のみで後ろから接近し最後に一瞬だけ加速して海水竜に寄る。

 それに気づいたか、海水竜は尾で払うべく動き始めるが、海面が少し盛り上がる頃にはアデルがアンナ達の首に付けた傷の反対側を突いていた。

 新たな痛撃に海水竜の意識が完全にアデル達に向いた時には、既にブリュンヴィンドは身体を引き起こし十分な高度まで上がっていた。

「予想よりも早く“本命”が動き出したみたいだ。2人は警戒と支援に回ってくれ。こいつは俺らで引き受ける。」

「もうですか?……なら挟んで一気にやった方が早くないですか?」

 予想よりも大分早い幻惑鳥の行動にルーナは少し驚いた様だが、機動をアデルに合わせながらそう言ってくる。もう少し対魔物、空対地の実戦をやっておきたい。そんな雰囲気だった。

「残りの4匹も動き出しそうなんだ。海水竜を船に近づけさせたくないし……直接攻撃だけでなく、周辺の安全確保も立派な仕事だぞ?」

 アデルがそう言うとルーナは大人しく引き下がる。実際、自分たちが小さい傷を2つ付けている間にアデルは2体を倒してしまっているのだ。

「ルーナは幻惑鳥の動きに集中してくれ。こちらに絡んで来るなら相手を。引付けられれば上等だ。アンナは場合によって……もし残りの海水竜が綺麗に纏まってる様なら、幻惑鳥を十分に引付けてから海面にぶち込んでやれ。――いや、目と音で追い掛けてくるみたいだし、姿を隠してから一番いい場所に一発頼む。」

「「わかりました。」」

 姉妹は同時に返事を返すと高度を更に上げ幻惑鳥とその取り巻きの接近に備えた。

「ティナ。残り1発は何にする?残りは風か?

 【火球ファイアボール】【氷槍アイスランス】ときたら次は風あたりだろうか?とアデルがすこしおどけた雰囲気で聞くとティナも意図を察しすぐに答える。

「風は相性が悪いらしくてな……雷撃も試してみたい気はするが、そちらはアンナに譲ってやろう。となると……」

 ティナはそこで1秒思案する。

「ふふ。折角だ。特別に面白いものを見せてやろう。これなら制御も問題ない。大体で良い、ヤツの背後から上を通り抜けるイメージで飛んでくれ。高度はこの高さで構わん。勿論危険を感じたら上げてくれてもいいがな。」

 ティナは上機嫌にそう言うとアデルの胴を抱えている左手に力を込め、右掌をアデルの背後、肩ごしから顔の横に突きだして見せ短い詠唱をする。

 するとティナの5本の指の先端に直系2センチ弱、例えるならビー玉くらいの大きさの光の球が発生する。

 貰った指輪を自慢する娘の様にティナはそれをアデルに見せると、再度手を引っ込めると自分の横に戻した。

 肩ごしで顔は見えないが、まるで玩具を貰った子供のような反応だとアデルは内心で思った。

 実際、マリアによって何倍もに増幅された魔力はティナにとって最高級の玩具なのかもしれない。色んな意味で危険な気がする。アデルはそんなこと思いながらもわざわざ見せびらかしてきた5つの光に興味を持つ。しかし戦闘中の視界の隅で光っていられても困るのでそれはそれと一旦意識を離し再度海水竜と取るべき機動に意識を戻す。

 アンナ達を高高度に対比させたこともあり海水竜の敵意ヘイトは完全にアデル達に向いていた。頭をこちらに向けて威嚇する様に――否、今度はこちらを捉えるべく首を上げながら、緩やかに旋回をするブリュンヴィンドを常に頭で追っている。

 アデル達が正面を向くと同時に海水竜も体全体で正対し、首を海に突っ込んだ。

「放水のブレスが来るな。拡散か収束か……どちらにも対応出来る様にしろ。それを避けつつ、すれ違うだけで構わん。

 ティナが耳元でそう言うとアデルも無言で頷く。

 一言、竜の“ブレス”と言っても、それがどのような特性を持つのか記述している文献は意外と多くない。竜はその元素属性に合せた殺傷力を持つ、いわば魔法攻撃のようなブレスを吐きつける。そう言った内容だ。

 “収束”と“拡散”という言葉も実の所、それを扱うネージュにわかりやすく説明・指示する為にアデル達がとりあえず的にそう呼んでいるものであり、実際にそう記してある文献はアデルやティナさえも今の所見たことはない。 

 そんな事を考えている間に海水を溜め込んだ海水竜が頭を上べるべく海面が歪む。波打つ海面の下からこちらの姿を正確に捉えることが出来るのだろう。海水竜は水しぶきとともに頭を上げると同時に間髪をおかず太い高圧水流のブレスをアデル達に吐きつけた。

 水面から上へ一本の筋――レーザーをぶん回す様に下から上、そして少しの間を置いて右から左へと薙ぎ払われる。

 海水竜のブレスは予想以上に正確で凶悪だった。

 アデルは最初の振り上げをやや先読み気味に軽い旋回で躱すと、続いて左から迫る2発目をぎりぎりのところでバレルロールで躱す。

 最初の一撃を躱したところで油断していたら、最後まで海水竜の口の動きを目で追っていなかったら危なかったかもしれない。高圧水流の脅威はアンナのそれで十二分に承知している。

「拡散する程の知恵はないか。」

 アデルもティナもどちらかと言えば拡散の方が厄介かと考えていたが、どうやら海水竜にはその発想はなかったらしい。

 少し姿勢を崩しつつもなんとか2発を回避すると、アデルは少しだけ加速しリクエスト通りの機動を取る。

「――」

 詠唱だろうか?ティナの謎の発声の後、指にあった5つの光球が低速でふわりと海水竜の首に向かって飛んでいく。

 海水竜も流石にそれが危険な物と察知したのか首を再び海中に隠そうと動くがその瞬間。

 5つの光球は散開すると、それぞれが意志を持っているかのように5つの方向から一斉に海水竜の首に襲い掛かる。

 海水竜は慌てて――急いで海面に潜ろうとしたが、その5つの光球は狙った場所を追尾していた。そして海水竜の首が、頭が海面に隠れる寸前に頭部――両目付近に1発ずつ、首に3発が着弾する。

 着弾と同時に小気味よい音とともに炸裂したかに見えたが、実際はさらに凶悪で、その一発一発が海水竜の鱗と表皮を貫き、身体の内側に到達した所で小爆発を起こていた。そのため爆発が飛び散らせたのは炎と風ではなく、海水竜の表皮と肉、血潮であった。

「えげつな……」

 5か所に大きな穴、クレーターを穿たれた海水竜はそのままの姿勢で海へと沈んで行く。

「竜や表皮が硬い魔物を相手にするなら使いやすいな。魔法障壁まで突き破れるかはわからないが。」

 アデルの呟きにティナは全然関係のない考察で返した。



「幻惑鳥、見えました。来ます!」

 沈みゆく3体目の海水竜を見届けていたアデルにルーナの声が届く。

 アデルは慌てて頭を上げ、ルーナの視線の先を追って確認する。

 すぐにはわからなかったが目を凝らせば確かに空に浮かぶ徐々に大きくなる点が見える。

 高さはアデル達よりやや上方、このままだとアデル達の上を通過しそうな雰囲気だ。

 ルーナが楯を構えながらアデルの傍にやって来る。

「叩きに行きますか?」

 そう言いながら寄って来るルーナは左手にかつてフロレンティナ戦で見せた装備の楯を持っていた。否、左手部分を覆う様に楯が浮いて・・・いた。

「その楯はなんだ……?」

 ルーナの左手の前に浮く楯を見てティナが驚き声を上げる。

 ルーナが展開しているのはペガサスに習ったと言う例の“精霊魔法?”の楯だ。 

「精霊魔法?良く判りませんが、ペガサスに習いました!」

 ルーナがやや入れ込み気味に答える。

「……それ、浮いてたっけ?」

「練習してたら浮かせられるようになりました。便利ですよ。」

 ルーナはそう言うと、緑がかったその楯を操りヴィトシュネの周囲をくるりと周回してみせる。

「すげーな。便利そうだ。」

 アデルも正直にそう驚くとルーナに代わってティナが答える。

「ふざけるな。それを扱える奴がおいそれといてたまるか。とはいえ……そう言う使い方が出来るのか。」

「……高位魔法?『おいそれといてたまるか』といいつつ、自分は使えるって言ってるよなそれ?」

「……この首輪が外れれば“色々”教えてやれるんだがなぁ」

 アデルの言葉にティナがため息をつく様に言う。

「禁則事項?まさか禁呪の類じゃないだろうな?」

 アデルの言葉にティナは少し思案した後答える。

「……ある意味で禁呪と言えるかもな。体や魔素にはリスクはないが、少なくとも詳しい者、特に大陸南部の国の高位の貴族の前では迂闊に使わない方がいいぞ。」

 ティナによればどうやらこの魔法はその類の魔法の様だ。口ぶりからすると高位すぎて貴族が隠匿するタイプの魔法だろうか?そう尋ねると詳細は間接的に禁則事項に触れるので現状では教えられないとティナに拒否される。アデルに強制力を持つ質問に対し、何のペナルティもなしにそう言うということは実際にティナの首輪に課せられた禁足事項に抵触するのだろう。

「ペガサスも言ってたしな。他人前ひとまえで、少なくとも低空では使わない方がいいのかもな。」

「……そうですね。」

 ペガサスの言葉を思い出し、アデルがそう言うルーナも少しテンション下げ気味に頷く。そしてそうこう言っている間に――

 アデルは奇妙な音を耳にした――と同時に側頭部を強く殴られたような感覚に襲われる。

「んがっ!?」

 アデルが痛みと驚きが混じった声を上げると、それは同時にブリュンヴィンドやヴィトシュネ、そしてルーナやティナにも襲い掛かっていたようで、グリフォンsがほぼ同時に姿勢を大きく崩した。

 アデルもルーナも眉を顰めつつもすぐに姿勢を立て直したがその間にいつの間にかアデル達を迂回する様にさらに上空へと上がっていた幻惑鳥がアデル達の上を通過して行く。

「“ヴィド”:幻惑鳥は俺らを無視してまっすぐそっちに向かった。いや、衝撃波か何かか?変な音が聞こえると同時に頭を殴られたかのような衝撃を飛ばして来た後、そっちへ向かったと言うべきか。」

「了解。兄ちゃんたちの上空通過はこちらでも確認している。ネージュや海水竜は?」

 アデルはオルタからの返信を受け周囲を確認したがネージュの姿はない。

「“ヴィド”:ネージュはまだ姿を見せてないな。前哨の海水竜は3体とも撃破した。」

「了解。幻惑鳥はとりあえずこちらで対処してみる。その調子なら残りの海水竜も兄ちゃんたちに任せちまってよさそうだな?」

「“ヴィド”:ティナもルーナも調子良さそうだし行けそうだ。固まってるならアンナに一発かまさせるつもりだ。派手な雷鳴が鳴るかもしれん。ただ、幻惑鳥がここを抜けてもネージュの姿がない所を見ると……“暗殺”には失敗したかもしれんな。」

「……感覚狂わせるっぽいしな。了解した。出来ればネージュの回収もそっちで頼む。そろそろ肉眼で見えそうだ。何かあったらまた連絡する。」

「“ヴィド”:了解。このまま残りの海水竜の退治に向かう。」


 ネージュを、そしてアデル達を素通りする幻惑鳥にアデルは一抹の不審と不安を覚えていた。


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