作戦開始
ポイントが1000超えてきた!
やっぱりうれしい物ですね。感想・誤字報告等有難うございます。
大変励みになります。
レインフォール商会――戦闘目的であるので、テンペスト武装商船団か――の戦闘艦2隻は海水竜の群れの真裏となる島の西側を敢えて避け、島の北側から回り込み海水竜らにこれ見よがしに見せつける様にゆっくりと彼らのテリトリーに侵入した。
巨大な海水竜ではあるが、その頭に人間程度の知能があれば遠間からでも今接近しているのが商船ではなく武装船だと分かるのだろうが、彼等にはそんな知能も知識もない。
船を見ると襲いたくなる習性でもあるのか、或いは経験から船を襲えばうまいものが食えると知っているのだろう、彼らは船を見かけると時間・天候見境なしに襲ってくるとう。
「シーサーペント3体接近中!方位160、距離、間もなく1200!」
前を行くトルエノ号のマスト柱に上り、双眼鏡で島の東を見ていた物見が大声をあげる。
「距離1200?随分と早いな!?レイラに合図を送り船速を落せ!ネージュとエミリーをすぐに上げろ!」
通常よりも少し逼迫した声で指揮を任されているオルタの声が響く。
オルタの指示を受け、アンナとマリアが先行潜伏する予定だったネージュとエミリー、ブルースカに【疲労軽減】と【防護】、【強心】、そして仕上げの【不可視】の魔法を変えていく。
「なんだ?読みを外したのか?」
少し慌て気味の声のオルタにアデルが伸縮槍を伸ばしながら声を掛ける。
「海水竜のテリトリーはだいたい700~800メートルだ。1キロ以上先から接近してくるなんて聞いたことないんだが……」
「……3体ってのが微妙だな。鋭敏な1家族が気付いて先行したか、或いは――」
「鳥に見つかった可能性もあるね。」
オルタがそう答える。
「……後続の接近に目を光らせろ!鳥はすでにこちらを捕捉していると考え解け!」
オルタが怒鳴る。その言葉に甲板上の船員たちは一瞬島の上空を見るがそこに巨鳥の姿は見えない。
「ネージュとエミリーが上がったぞ。次は?」
アデルとオルタの所にティナがやって来る。
「【魔法拡大】は貰ってきた。これは――中々だな。」
いつもより気持ちテンション高めにティナが言う。アデル達が周囲を見るとアンナとマリアは残りのグリフォンs、そしてルーナに【不可視】以外の3魔法を掛けて終えていた。
「距離1000を切りました!後続、動きなし!」
物見の声が聞こえてくる。配置的に――少なくとも海水竜からはこちらの船は1隻にしか見えていない筈だ。
「海水竜と別に島の上空を監視する奴を配置してくれ!鳥は勿論、何かしらのイレギュラーを感じたらすぐに大声で言え!判断・対処はこちらで考える!」
「ヤー!」
船員がオルタに返事をすると2人が双眼鏡を片手に島の上空の監視を始める。
「距離800!後続――“見えません!”」
今迄よりもやや逼迫した感じの声が上がる。
「見えない?潜ったか!」
海水竜は巨大なウミヘビである。で、あるならある程度の時間を海中に潜ることも可能なのだ。
「兄ちゃん、空の指揮は任せる。船の動きと連携させる必要が出るかもしれんから、声が届く範囲でいてくれ。真下――いや、海面下の船腹に取りつかれるのが一番厄介だ。」
「その辺は風精霊魔法の領分か?アンナ!」
アデルがアンナを呼ぶとアンナはすぐに駆け寄って来る。
「オルタの声を少し離れた俺達に届けることは可能か?」
アデルの問いにアンナはほんの数秒考えた後、
「可能です。距離が開くほど遅延が出ますが……1キロ程度なら1秒も遅れないかと。」
「双方向?」
「に、することもできます。」
「ほう……」
アデルとアンナの問答にやはりティナが興味を持つ。ティナの《魔術師》は専ら“真言魔法”を扱うクラスであるが、アンナの“精霊魔法”やマリアの“神聖魔法”にもいちいち関心を持つ様子だ。
「設定しました。少々面倒ですが、やり取りする言葉の最初に“ヴィド”という音を入れて話してください。その後に続く“音”をそのまま風が運びます。なので、叫ぶと、耳元で叫ぶような音量になるのでそこは注意してください。」
「なるほど。」
「有り難いが……慣れるまで怖いな。」
アンナの説明を受けアデルとオルタがそう答えた。その後、ティナが何か尋ねたそうなそぶりを見せたが、状況を鑑みてかその言葉を飲み込む。
「そろそろ向かうか。」
ティナが言うと同時に物見の声が響く。
「距離500、迎撃用意!」
物見の言う迎撃は甲板上の船員に向けられたものだ。
「行こう。海面上の3体は速やかに叩く。俺達で1体、ルーナとアンナで1体、残りは船を守りつつ先に片付けた方が支援に向かう。」
「わかった。」
「はい。」
「承知。」
アデルの言葉にオルタ、アンナ、ティナが答える。
「風の力も借りて一気に上がる。離陸の瞬間は揺れに備える様に伝えてくれ!」
アデルは言うや否やブリュンヴィンドの背に駆け上ると、手を伸ばしティナの騎乗を手伝う。アンナはすぐにルーナの傍へと向かい、ルーナに指示を伝え自らも一旦ヴィトシュネの背に上がった。
「グリフォンが上がる!揺れるぞ!グリフォンが1体ずつ持つ。残りを俺達で迎撃だ!弓隊・投擲隊、準備開始!」
オルタの声が響くとほんのわずかの間をおいてトルエノ号が揺れる。
トルエノ号を揺らしたのはブリュンヴィンドだ。離艦の際、数歩の助走と跳躍ののち風を甲板に叩きつけたのだ。一方でヴィトシュネの方は精霊魔法の制御に優れるアンナが垂直に離陸させ、船の揺れを抑えていた。|STO(短距離陸)と|VTO(垂直離陸)はSTOの方が効率が良いらしいが、船にはVTOの方が若干優しいのかもしれない。
ほぼ同時の発艦だったがその形態によりブリュンヴィンドは速度を、ヴィトシュネは高度を稼ぎ上空から海上の様子を確認する。接近中の3頭は逆鱗の陣形でこちらに向かって来ている。先頭2体が並び、そこから20メートルほど後ろにもう1体だ。
海水竜もグリフォンの存在には気づいた様だ。しかし体長はグリフォンsが2メートル前後なのに対し、海水竜は胴回りだけでグリフォンと同格、体長に関しては5倍近く、実に10メートル級だ。警戒こそするも、怯むような事はなかった。
アデルは乗りつつある速度エネルギーを高度に変えつつ、くるりとトルエノ号の位置を確認するように一周する。ブリュンヴィンドの鼻先が再度海水竜たちに向いたところで最初の“通信”を入れる。
「“ヴィド”:海水竜確認、海面には3体、2体が前衛、後衛に1体、前衛にそれぞれ1回攻撃し散開する。個別に釣れたら少し距離を開けて対処する。」
「“ヴィド”?了解。ハンナ以外の弓は期待しないでくれ。船に30メートルまで近づかれたら機械弓と銛、投げ槍で攻撃を始めるからいきなりそっちに接近はしないでくれ。」
「“ヴィド”:了解、向こうが陣を崩したらまた連絡する。それから、俺らは海に専念するから、島上空で何かあったらすぐに教えて欲しい。」
「“ヴィド”:了解。」
アデルは早速オルタと風の魔法によるやり取りを行う。言葉の前に符号のような物を入れるのは慣れるまで些か面倒だが、お陰で数十メートル離れた位置でほぼ並んでいるような感じで会話が来るのは有難い。ただ、今の様に落ち着けている時はいいが、咄嗟の時は確実にやり取りできる自信はない。
アデルは前方上空にいる筈のヴィトシュネの位置を確認する。するとアンナがすでに自分の翼での飛行に切り替えており、丁度中間地点に移動していた。
「アンナ!こっちで最初に前衛・向かって右の奴に一撃を入れて釣り出しを試みる。釣れたらルーナと一緒に左の奴を引き付けてくれ。火力が足りないと思ったら無理に攻撃せず低空で注意を引くことにしてくれ。シーサーペントは必ず側面から攻めろよ。正面で隙を見せれば離れていると思っても一気に食われかねん。気を引ければ魔法中心でもいいぞ。」
「分かりました!」
アデルが指示を告げるとアンナはすぐにルーナの方へと取って返す。
「と、いいつつ俺らは正面から行くけどな。ティナ。やつが首をもたげたら【放電】だ。」
「……いや。最初のは任せてもらおう。機動は正面低空でいいぞ。アイツが口を開けたら魔法を撃つ。私の声がしたら右に急旋回だ。悪い様にはせん。」
「……わかった。」
ティナの実力は未だに計り切れていない。この状況でティナが手を抜いたり、わざと危険な目に遭う様な真似はしないだろう。アデルはティナの言葉通り初撃を任せることにし、旋回のタイミングに集中するようにした。
アンナ達に先行しアデル達は海水竜の前衛の1体の正面、低空まで一気に加速した。
アデルとしては蛇が鎌首を上げるタイミングで目くらましと牽制の【放電】を期待したのだが……
ブリュンヴィンドが海水竜正面、50メートルほどの位置に到達する。海水竜も当然こちらに気付いており、速度を一度緩めると威嚇――いや、狙いを付けるべく鎌首を持ち上げてこちらの様子を注視する。
それから2秒、彼我の距離が10メートルほどになったところで海水竜が口を開けた。
海水竜が飛び掛かるべく首を一度後ろに引き、一気に飛び掛かってこようとした瞬間――
「【火球】!」
すぐ後ろ、ほぼ耳元からティナの声が響く。次の瞬間、魔法の光が大口を開いて伸びてきた海水竜へと真っすぐに飛ぶ。アデルは指示通り声が聞こえると同時に右へ急旋回する。
(【火球】?牽制?目くらまし?それなら旋回じゃなくてすり抜け様に頭引っ搔いてやりたかったのに。)
アデルが最初に要求したのは目くらましと虚仮脅しの【放電】だ。それなら複雑な軌道の閃光と共に海水竜の頭部へほぼ一瞬で到達、強烈な電撃ショックによって短い時間なら硬直させることが出来た筈だ。ティナが任せろと言うので任せたら実際には似た効果だが範囲攻撃なので追撃等の融通が利きづらい。
旋回開始から2秒弱、アデルはそう思いつつ再度海水竜を正面に捉えるべく斜めループに入ろうとブリュンヴィンドのピッチ角を上げさせる。
しかしその瞬間、アデル達に届いたのは近距離から響く轟音である。
足を鐙に乗せ手綱をしっかり握りながらアデルは音のした方向――勿論【火球】の着弾地点である――へと首を向ける。
「おいおい……」
そこでアデルは思わず声を漏らした。【火球】は“真言魔法”の中でも基本的な魔法だ。《魔術師》であるならレベル15もあれば習得できる、所謂中級の入り口の様な魔法である。しかし目に映った惨状は……
海水竜の頭部の部分のみが綺麗に爆散し、頭を失った胴体以下が制御を失い暴れ出し隣を泳いでいた海水竜の横腹を何度も叩いている。意識がないので威力は半減しているだろうが、本来なら一打で大型船を傾けさせるに十分な威力のものである。
「流石は白姫――聖女の補助魔法だな。制御できない回復魔法より補助魔法の方が本領発揮できるんじゃないか?」
耳元でティナが楽し気に言う。
口の中に『詰め込んだ』ため、実際にどれくらいの有効範囲になったのかはわからないが、どう見ても中級高位の【爆発】以上の威力があったように思える。
「……実際、想定――本来の何倍くらいの威力なんだ?」
ループの頂点を超え、ピッチ角がマイナスになった付近でアデルが少し大きめの声で尋ねる。
「5倍~7倍といったところか。これならグリフォンが通れる【時空門】も何とかなるかもしれん。」
複座型の鞍に命綱も装着されているものの、天地がひっくり返っている最中の為か、ティナがアデルの腹を全力でしがみ付きながらもやや興奮気味に声を上げる。
「そりゃ後で試してみたいが……なっ!」
グリフォンが通れる【時空門】?それもうゴールじゃん!などと思いつつも今は眼下の海水竜だ。アンナ達に任せた2体目はそのまま任せるとして先に3体目を潰そうとアデルは体重を右にぐいっと傾ける。それに応える様にブリュンヴィンドも身体を横転させ、天地を正常に戻すと今度はアデルが首を押す。するとブリュンヴィンドはそれに応え、頭――ピッチ角をさらに下げる。ほぼ垂直な角度となり、狙いを付けた3体目の頭から首筋を目掛けて急降下する。
「引き起こせ――【氷槍】!
後ろからの指示に従い角度を戻すと今度は氷の槍――が増幅されたか、氷の尖った柱が垂直落下以上の超スピードでアデルが狙ったポイントへと飛んでいく。
急激な引き起こしにより強烈なGがアデル達に掛かる。本来ならブリュンヴィンドが一番キツい機動であるが、勿論、限界を超えさせるようなことはしないし、ブリュンヴィンドもまた風の精霊の補助を受けつつよりスムーズに体を引き起こす。推力偏向はロマン。
「“槍”とは……」
姿勢が水平付近に戻る中、超高速で落ちていく氷柱を見ながらアデルが呟く。
「氷系はあまり使わなかったが……制御次第で色々応用が利きそうだ。飛翔速度は……増幅よりも機動と重力の影響も強いか?」
ティナは左腕でアデルの腹を抱えつつ半身を捻って自らの作った氷柱を確認しながら考察する。アデルが再度姿勢を傾け旋回を始めたところで氷柱が海水竜の首の鱗を完全に穿ち、そのまま海面へと落ちる。
海水竜の首に大きな穴をあけ、貫通した氷柱はその体積と落下速度に見合う量の海水を水しぶきとして巻き上げた。
既に沈黙した1体目の後を引き継ぐように3体目の海水竜は生存への悪あがきをするように身体をのたうち暴れ始める。その様子を仲間意識があるのか残った1体が移動を止め、心配するかのように首を後ろへと向ける。
そこへ逆側の側面、頭部後方から接近していたルーナとアンナが槍と高圧水流で穿つ。首をひねっていたことで少し鱗に隙間が開いたのか2人の攻撃は海水流に一定の傷を負わせるに至った。
2体目はすぐに己に迫る危険を察知したかすぐに全身をくねらせ、まずは尻尾でグリフォンを払おうとする。しかし元々一撃離脱をするつもりで動いていたルーナたちは海中にあった尾を動かそうと海面が盛り上がる瞬間にはすでに離艦時と同じ要領で姿勢をほとんど変えないまま海水竜の攻撃範囲から逃れている。
2体目の意識、敵意がヴィトシュネに移ったと同時にアデルの耳に“声”が届く。
「随分と派手にやったね。敵が動き出したぞ!」
オルタの声である。どうやら発生時の『ヴィド』の部分は所謂“命令文”であり、実際に届けられる音には省略される様だ。確かにこれだと緊急時は付け忘れかねなさそうだ。
「“ヴィド”:海水竜2体は倒した。もう1体はルーナが引き付けた様だが……何が動いた?」
「幻惑鳥が動き出したみたいだ。最初に気付けたのはハンナだけだったが、物見も確認できたらしい。島から上がりそっちへ向かっている。危機感を持ったか、残りの海水竜も一斉に動き出したみたいだ。」
敵さんはどうやらこちらを重大な脅威と見なした様だ。一気に叩き潰すべく全力で仕掛けてくる気らしい。
レイラの話的に幻惑鳥はもう少し狡猾な生物だと思ったのだが――向こうはまだ勝てると踏んでいるのだろうか。
「“ヴィド”:了解した。速やかに残りを始末する。動きは可能な限り随時教えてくれ。」
アデルはそう思いつつもオルタにそう返すと、早めに残りの1体目を倒すためそちらへと向かう。
だがしかし――幻惑鳥はやはり狡猾で想像以上に残酷な生物だったのである。
LASM便利で強いけどやっぱりSFFSの方がロマンがあると思うの。
と、セイレーンの歌を聞きながら。




