国史の表裏
港での初日の出を拝んだ後は一度店へと戻り、コローナ王都のパレード観覧に向けての準備を始める。
ティナの【時空門】は接続先である王都の滞在歴が地下牢とロゼールに指定されたごく狭い範囲のみしかなく、また市街部は人の出入りで不安定であると接続先にしにくいため、結局はネージュとアンナが魔法袋に他の希望者を入れて輸送するという運びとなった。
観覧希望者はアデル、オルタ、マリア、エミリー、フローラの5名だ。コローナ王都にはあまり興味がないと言うルーナとユナ、悪目立ちしたくないというハンナと目立たせたくないブリュンヴィンドらは留守番で、ハンナが希望しない為不要となるティナもまた、今更コローナ王都や黒姫に用はないと留守番を申し出た。
港に向かったそのままの姿――即ち、ヴェントブルーノの制式レザー装備である――のまま、彼らは王都へと向かう。
まずはネージュとアンナで昼前にブラーバ亭の裏庭を目指す事になった。
彼女らは予定通り昼前にコローナ王都上空へと到着すると、門を通るのも面倒だと【不可視】の魔法を掛けて直接ブラーバ亭裏庭の訓練用武器庫へと向かうことにした。
先にアンナが先行し裏庭から店内へ、受付でブラバドに事情を説明し快諾を受けるとブラバドからブラーバ亭の新年祭に大きく貢献したヴェントブルーノ商店が紹介され、アデル達が魔法袋から姿を現す。
アデルやオルタ、ネージュは既に何度かブラーバ亭の新年祭に参加している為、互いに見知った者も少なくはない。ブラーバ亭の新人も何組かいるようだが、新旧の冒険者総じて注目を集めるのはアンナである。
その他の女性陣と比べ、背中を除き肌色面積が比較的少ないアンナであるが、今年も多くの野郎どもの目を引いた。
一昨年アンナに声を掛けてきた新人はどうやら無事に生き延びているようだ。反面、“白風”や“赤薔薇”、ラウル達の姿はない。
アンナが周囲の視線を集めている中、ネージュの持つ袋からマリアとエミリー、フローラがブラーバ亭へと姿を現す。
雰囲気が大きく変わっている為か、或いは『まさかこんな所に』と思われているのか、マリアを見てそれが昨年、王城のバルコニーに立っていたマリアンヌであると気付けた者は、事情を知るブラバドやディアス、ソフィー、ルベル以外にいなかった。また、そのマリアと全く同格の人物であるエミリーを知る者は更に少ない。
ソフィーは最初マリアを見て少し驚いていたがその表情をみて納得すると、ディアスらも同様に表情を少し緩めてさりげなくマリアらを宴の席へと迎え入れた。
恒例のブラーバ亭武闘会は既に前半新人の部が終了しているらしく、新たなミスリルソードとショートソードの持ち主は既に決まっていた様である。
今年の後半部分は皆でパレードを見、新年と2大国の婚姻・同盟を祝った後に改めてとのことで、アデル達も昼食はご相伴にあずかった。アデル達は旧来のブラーバ亭の冒険者、マリアやエミリー・フローラはディアスのうまいフォローの元、彼らの席で特に騒ぎになることもなく話に花を咲かせた。
ブラーバ亭の者の多くは、挨拶や演説にはあまり興味がないらしく、店の前にパレードが来るころに表に出て祝うとのことで、アデル達は早めに宴を切り上げ、一足先に王城前の広場へと向かった。
広場には多くの者が集まっていた。アデル達は中央より気持ち前目の場所でマリアを中央に入れ守る形で参賀の列に並ぶ。
まだ王族たちはバルコニーに姿を見せておらず、今の時点では広場中央で下から見上げる王城バルコニーは去年と違いがある様には見えない。
そして広場への立ち入りが締め切られて程なくして広場がざわめき出す。ほぼ同時にバルコニーに現在王宮に住まう王家の者達が姿を現した。
昨年よりも1人少ないその様子に気づいているのか否か、しかしそれを態々口に出す者もいない。
まずはコローナ王から現在のコローナを取り巻く情勢とコローナ国内の現状が伝えられる。
連邦との講和、グランの安定、フィンとの局地的な戦闘、国内の物資や軍の状況が報告というよりも演説に近い形で王の所感を交えつつ述べられた。不安定さが増すブリーズ情勢は一切触れられず、国王の話だけを聞けば昨年、一昨年と比べれば大きく平和に近づいたイメージを持たされる。
そしてその後、対象的となる2人の王女の婚姻の話になった。
先に触れられたのはマリアンヌだ。
マリアンヌはフィンとの戦争の最中、突如現れた蛮族勢力によって拉致された後、白き竜騎士に救出されるとそのまま竜騎士と一緒に道を歩むことになったという王道の英雄譚と姫物語に落とし込まれていた。
王都民は噂では聞いていたものの、国王の口から正式にその劇的な話が披露されると、どよめきにも似た声が上がり広がっていく。今迄はマリアンヌは“聖女”としてコローナ各地で多くの将兵、市民らの傷を癒し、4人いる王女の中でも特に庶民の目耳に触れることの多かった王女らしい王女であった為だ。
ただ、どういう訳か時系列が入れ替わり、その白き竜騎士の武勇と聖女マリアンヌの神聖魔法がエストリアを救ったことにされていた。
「「おいおい。」」
「「えぇぇぇ……」」
周囲に広がる感嘆に近い声とは別に、明らかにおかしいと実感する、アデルとオルタ、ネージュとアンナが小さく声を漏らす。
当のマリアは昨年からの定番となった少し困った表情を浮かべその4人を見、その様子を見てエミリーは小さく鼻で笑う。
「おかしいな。私の所には竜騎士なぞつい現れなかった筈だが。」
エミリーがオルタとアデルをチラ見ながらそう言うと、オルタが『マリアの監禁場所が事前に特定されてたら逆にエミリーはここにいなかっただろうなあ。』と半目で言い返した。
コローナ王国としては、具体的にマリアンヌがいつ拉致されたかを明らかにしていなかった。王宮内では然るべき時公表としか言われておらず、一般には西の地方からの噂が流れこそすれ、実際にどこで何が起きたかまでは公式に明かされていないのだ。しかしエストリア防衛は一昨年であり、昨年初頭はマリアンヌもこのバルコニーにいた筈だ。記憶に自信がある者ならその違和に気付いたかもしれない。しかしそれをわざわざこの場で口にする者もいない。王自らの口から公にされてしまえば、基本それが国の正史となるのだ。エストリアやウェストンの現地にいた者なら明らかにおかしいと言う者もいたかもしれないが、地方から伝わる噂と国王から公表される話とどちらが王都で信用されるかと言えば後者だ。そして結局それが地方へと流れるとそれが歴史になってしまう。
さらに現地それぞれで語られる目撃情報、つまりは状況と登場人物は完全に一致しており、時系列という決定的な部分を除いた8割方が事実であるのせいか聴衆は噂の断片からその一件を国難を救った美談へと昇華してしまった様だ。そしてその当事者がすぐそばにいるにもかかわらず、誰も気づかず――それ以前に当事者の名前や姿など知らないままその英雄譚に酔いしれた。
遠すぎるため確認は出来ないが、恐らくロゼールあたりは顔を顰めていただろう。
対してロゼールの婚姻に関しては今後のコローナの安定に大きく寄与するものと大々的にアピールされた。
どうやら結婚相手であるベルンシュタットの第一王子もこの場に駆けつけていたらしく、結果としてバルコニーに立った人数は変わらなかったようである。
コローナ王直々に両者の紹介がなされると、聴衆も一気に沸いた。
勿論、距離があるためその顔や表情を詳しく窺い知ることは出来ない。向こうもこちらがここに紛れていることなどつい知らぬだろう。ユナから色々聞いているヴェントブルーノとしては周りに合せて沸き立つことは出来なかった。オルタに至っては『あいつかぁ……』と閉口すると同時に、ユナがこの場にいなくて良かったとも思った。
そして今年は特別に王の次にレオナールではなく、ロゼールとベルン第1王子エアハルトの挨拶が行われ、両国の安定と一層の繁栄を願う演説が成されると、改めてコローナ王から婚礼の具体的な日時と進行予定が発表された。
聴衆の興奮が一区切りつくと次にレオナールが例年通りの新年の挨拶をし、レオナールが関わる部分の現況の説明を始めたが、王の後ということもあってか、或いはアデル達は既に知っている内容である為かこちらは特筆する様な内容はなかった。対フィン情勢の膠着と今後の展望には多少触れたが、やはりブリーズ情勢には触れられなかったな。と言う程度だ。
その後、第2王子、第3王子、第1~第3王妃、第1王女、第4王女と短い挨拶が行われ、王家がパレードの準備へと移ると広場は解散となった。
王城3階バルコニーと地表では体感できる聴衆の熱量が違うのか、マリアは周囲の興奮に当てられ、少し酔ったような様子であった。
そのマリアが少し落ち着いたところでアデル達は隊列を崩さずにブラーバ亭へと足早に戻る。
ブラーバ亭に戻り一息つくと、しばらくの間を置いて俄かに外が賑やかになりだす。そして王家の馬や馬車の列の接近が知らされると、店からはブラバドを含め総出でそれを出迎えに大通りへと飛び出していった。ヴェントブルーノ組で先ほど同様、マリアを中央に守る並びで纏まってそのブラーバ亭一同の列の後ろに付く。
十数騎の近衛騎士が先導し、まずは国王と王妃達の馬車がやってくる。2頭立ての馬車はパレード専用の屋根のない所謂オープンカーであった。
前席に国王と第1妃、次列にマリアンヌらの生母である第2妃と第3妃が座り、全方位に居並ぶ群衆に手を振って応える。それを見てエミリーが1人で『無防備だ。』とか『馬鹿げてる。』とかぼそぼそ言っているが誰もそれには取り合わない。
国王らはブラーバ亭や周囲の歓声にも手を振って応えたが、ついぞアデルやマリアに気づく様子はなかった。
次に軍の上に立つレオナールと第2王子・ブリュノがそれぞれの部隊の精鋭を揃えて馬に乗って前を通る。
この2人は一点、前のみを見据え周囲の声が耳に入らないかのように一切の反応を示さないがそれは例年通りだ。彼らはやはり軍人なのである。
それに警護される様な形で今年の新年祭の主役とも言うべきベルンの第1王子とロゼールがオープンの馬車でやってくる。
縁のあるブラーバ亭の面々が一際大声で祝福と歓声を送ると、ロゼールもそれに応えるべくこちらに向けて手を振って応えた。
そしてそこで後ろにいるアデル達にも気づく。雰囲気を大きく変えたとはいえ、アデルの隣に立つマリアにも気づいたのだろう。アデル達に気づくとロゼールは一瞬表情を強張らせたが、すぐに小さな会釈を返した後、プリンセススマイルで手を振った。
アデルとアンナは大きめに、マリアとフローラが小さめに手を振ると、ネージュは不敵な笑みで見真似の敬礼を送る。オルタは並び立つベルンの第1王子を観察し、エミリーは淡々とその行く道を見送った。
止まらぬ馬車の上でロゼールは首を目一杯回してギリギリまでこちらの様子を見ていたが結局そのまま流れに任せその姿を消す。その後彼女らの弟妹が何事もない様に後ろに続く。残念ながらやはりそこにマリアがいたことに気付けた者は誰もいなかった。その姿が見えなくなるまでマリアは小さく手を振り続け、見えなくなると同時に大きく息を吐いた。
その後、ブラーバ亭へ戻り、ブラーバ亭武闘祭本戦が行われたが、アデル達やディアス達は参加を見送った。しかしブラバドの一言で余興と言う形で、茶色の旋風 vs 蒼き竜騎兵のエキシビジョンマッチが行われることになると、人数差があるとネージュがブルードラグーン側で長剣での参戦となり、結果として本戦の決勝よりも激しい模擬戦闘が行われた。
知名度や元のランクの差はあれど、エースであったマリーネ不在のブルードラグーンと、グリフォンsとネージュなしとは言えエミリーとフローラ、マリアを加えたヴェントブルーノでは、高位の攻撃魔法なしという模擬戦闘の条件では6対4と手数と支援能力に勝るヴェントブルーノが圧し勝った。
ただ、竜人を加えた“蒼き竜騎兵”は即興とは思えない程見事に機能し、ディアスとネージュは数回調整すれば結果は変わると訴えたが、流石にこれ以上模擬戦を行う余裕はなかった。
模擬戦の後、アンナとフローラの元に若い冒険野郎どもが押し寄せそうになったが、ネージュが(訓練用)蛇腹剣で一掃したのは余談である。




