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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
33/373

静かな新天地

少々駆け足気味ですが。


 翌朝、ソフィーの見送りを受けながらアデル達は再度馬車や馬に乗り込んだ。

 ディアスは少々夜更かしをしすぎたのだろうか、今までほどんど見せることがなかった不調……というか、眠気をこらえているようだった。

「ちょっと飲みすぎちまったかね?……」

 困った表情をするソフィーに片手をあげて応えるとアデルの隣に座ろうとする。うむ。言われてみれば確かに酒臭い気がする。

「とりあえず、今日明日は来た道を引き返す感じですよね?」

「まあ、そうだが。」

「それなら、今日くらいは中で休んでいてもらっても大丈夫ですよ?」

「……そうかい。それじゃ、任せようか。何、半日もすれば大丈夫だろう。もう少し寝てくる。」

 そういうと、正直に幌馬車の中に入っていってしまう。

「なんかあったんですか?」

「ちょっと話し込んだだけよ。ルベルから引っ越し祝いにもらった酒を一つ空けちゃったしね。」

 よく見ると、ソフィーも少しだけ目じりが下がっている気がする。

「……俺が言うのも変でしょうけど、気を付けてくださいよ?治安が良さそうとは言え、新居に女性が一人きりって状態なんですから。寝てるところに何かされては大変でしょう。」

「ふふふ。そうね。戸締りして2度寝しようかしら……忘れ物はないと思うけど……あなた達ならそれほど遠い場所でもないし、時間がある時にまた遊びにいらっしゃい。歓迎するわ。」

「有難うございます。ソフィーさんもお元気で。」

「ええ。」

 ソフィーに挨拶をすると、アデルは馬車馬に鞭を入れる。結局ディアスは中に入ったままだったが、別れの挨拶くらいは昨夜のうちにしていたのだろう。動き出した馬車はゆっくりと歩みを進める。流石に幌付き馬車の御者台からでは振り返ってソフィーの姿を見ることはできない。アデルは振り返ることなく町を出て行った。



 日がかなり高くなった頃、一度馬車馬たちに給水をさせている時にディアスが起き出してきた。

「結構寝たみたいだな。ルベルのやつめ。随分と良い酒を用意してくれやがったみたいだぜ。」

「あら?そうだったんですか?」

「口当たりが柔らかくて飲みやすいと油断してたら、酒精はかなり強めだったみたいだ。“清酒”とか言っていたが……どこで入手できるか気になってきた……」

「ブラバドさんが先日の新年祭で余興の商品に6か国の銘酒セットなんて用意してましたし、聞けばわかるかもしれませんよ?」

「そうか。そう言や、あそこの本命賞品はアレだったな。お前も新人の部優勝したって聞いたが?」

「運とめぐりあわせでしょうね。その後何度か、2位のヤツと手合わせしたけど、あっちの方が上でしたから。」

「ありゃ?そうなのか?」

「向こうは《騎士:16》とかでした。両者本気の状態なら手も足も出なかったでしょうよ。」

「なるほどな。まあその馬は騎馬戦向けじゃないしなぁ。とは言え、町の中、店の裏庭だしな。屋内だ洞窟だと狭いところで戦わざるを得ないときもあるだろうし、勝ちは勝ちってやつだな。それも実力だろう。勿論今よりも更に上を目指していくのは良いことだが。」

 馬車が再び動き出す。今度はしっかりとディアスも御者台に座る。

「そう言えばいくつか聞いてみたかったんだが……」

「なんでしょう?」

「まず、武器の中でなぜ槍を選んだんだ?」

「え?」

「いや、一般的に最初に武術を習うなら大抵は剣から入るからな。」

「あー。一番の理由は、最初に基礎をきっちり教えてくれた人が槍使いだったからですね。あとは実際に村で生活していると剣でも槍でも大差ないし……いや、狩りとか妖魔退治くらいならむしろ槍の方が便利な面もありますし。そのまま転向することなく……って感じでしょうか。」

「なるほど。楯も?」

「楯は、こっち……エストリアでアリオンさんの勧めがあってからですね。意外と相性がいいようで。」

「そりゃ片手武器を片手で十全に使えりゃ楯は便利な物だろうよ。ふむ。特に騎乗戦は考えてない感じか。」

「基本的には……ですかね。逃げる時とか移動中とかある程度は戦えるようになると便利だろうなとは思ってますが。」

「そんな器用に動けるのかその馬……」

「え?」

「いや、何度も止まりながらとか反転しながらとか戦馬や騎馬でも結構大変だぞ。まあ確かに速度は出ないが小回りはできないこともなさそうか……」

「いや……その辺は全く考えたことも……」

「野戦における騎馬隊の役割って何だと思う?」

「機動力と突撃力では?」

「まあ、半分正解だな。」

「半分?」

 アデルの問いかけにディアスは真剣な表情で答える。

「機動力、奇襲や強襲、離れた位置にいる敵の補給部隊とかを潰すにはこの上なく優秀だが……あっち行ったりこっち行ったりという意味での機動力は大したことはない。切り返しの早さは歩兵の方に分があるだろう。騎馬でも全力疾走を数回もさせればバテてしまうしな。突破力もその辺の部隊の側面を食い破るときには絶大な効果が出るが、長槍や馬防柵なんぞ用意されたらそれこそ被害の方がでかくなる。」

「まあ、確かに。でも、今のところ騎馬隊に所属するなんて事は考えてませんし。単騎駆けも仕掛ける場面はなかなか想像できないっすね。」

「ふっ。まあ、そうか。俺達とは目指すものが違うのだし当然か。だが、機会があればある程度は練習しておくといい。重心の保ち方一つで威力も機動力も大分かわるからな。それこそ単騎で包囲を突き破るならやはり馬上槍だ。」

「なるほど。何かの時はギルドで戦馬ウォーホースも借りれるようですし……基礎くらいは習っておくべきか。」

「そうしておけ。」

 尤も、今のアデルに馬上槍の基礎を教えてくれそうな心当たりはラウル達くらいしかいないが。



 その後、ディアスの色々な知識や経験を聞きながら、ディアスの新居のある村を目指す。ディアスの目的地はコローナ王との南東に馬で1~2の所にある小さな町だという。ジョルト商会の護衛で通った“東の森”の南に1日弱といったところのようだ。

 貯蓄でのんびり暮らすならある程度の規模の町の方がいいのでは?と尋ねたが、しばらくはゆっくりしたいとの答えが返ってくる。小規模の町や村で仕事をせずに暮らしていると周囲から不思議に見られないか?とアデルが尋ねると、『そういう考えもあるのか……』と逆に唸らせてしまった。まあ、顔や噂を知らぬとしてもディアスの姿を見て盗みやら強盗を考える輩は出ないとは思うが。

 そんなやり取りをしながら2日、ディアスは新天地に到着する。




 到着したのは静かな小さな町だった。規模的には 王都>>>アブソリュート市≧エストリア>>ソフィーの町>>この町>>ヴェーラ達の村=年末に物々交換をした村 という感じか。アデルの故郷はそこからさらに2回りは小さい。

 見張りの兵士に挨拶と説明をし、ディアスが購入したという中古住宅へと向かう。彼らも恐らくパーティ名を出せば分かっただろうが、顔と名前は一致していないようだ。


「ここだ。それじゃあ、荷物を降ろしたら依頼完了だな。」

 ディアスの案内で到着した彼の新居は信じられないくらい小さな家だった。アブソリュート市のアジトとは比べるまでもなく、ソフィーの新居よりもさらに一回り小さい感じだ。その代わりに、それと同じくらいの庭がある。庭にはいくつかの木が残されており、冬にもかかわらず緑の葉が所々に残っている。

 アデルのそんな考えを察したかのようにディアスが言う。

「まあ、今の段階でデカい屋敷なんて必要ないさ。俺一人だしな。物置と寝室、居間と台所がありゃ充分だ。」

「今のところってことですか?」

「そうだな。飽きたら出てくし、もしここが気に入ったなら他の物件も見て回ればいい。最悪増築もありと言えばありかな?ま、もし家族が増えることになったらその時にまた考えるさ。」

 どうやら家族を増やす可能性は考えているようだ。資産もあるし、まだ若い。一仕事やり終えて引退した冒険者と言えばだれもが納得するくらいの年齢だ。人を見る目は……アデルが口を出すまでもないだろう。

 普段あまり目にすることが無いのだろう、庭に停まる2頭立ての大型の馬車に周辺の人達が何事かと様子を見に来ている。

「……俺も倣ってご近所に挨拶してくるかね。悪いが、お前たちで降ろせる荷物は降ろしておいてくれ。これが鍵だ。」

「俺らが先に入っちゃっていいもんなんですか?」

「いや、購入を決める時に一度中は見てるしな。」

「了解です。」

 アデルが返事をすると、ディアスは大きめの背負い袋を手に持って隣家へと向って行く。

 アデル達はそれを見送ると、自分たちで動かせるもの……寝具やテーブル、椅子などを馬車から降ろし家の中に運び入れる。

 暇なのだろうか?ディアスが外に出た後も何人かが遠巻きで作業の様子を見ている。転入者が珍しいのかもしれないが、防犯上あまり宜しくない気もする。とはいえ、この状況で強盗やら盗みやらを働くのは難しいだろう。馬車には荷物を降ろす係のネージュを残し、1人で運べるものからアデルが家を往復して荷物を次々と運び入れていく。ベッドは後日探すと言っていたし、ディアスの荷物はそれほど大きなものはない。高価な物はおそらく数々の武具だろう。テーブル以外は運ぶだけなら一人で十分だった。

 しばらくしてディアスが戻ってきた時にはほとんどの荷物が家に運び込まれていた。戻ってきたディアスが困ったような表情で、

「お前らが、息子や娘に見えたらしい。そんなに老けて見えるかね……」

 とこぼす。ディアスの年齢を考えると、ネージュくらいの娘ならいてもおかしくはない。アデルも……貴族などの早い結婚なら、この世界ではないこともないだろう。

 最後に一人で運ぶのは(壊しそうで)危ないと判断したテーブルをアデルとディアスで運び、その間にネージュがプルルと馬車馬2頭を労い庭にあった木に縛り付ける。

「まあ、これから忙しくなるんじゃないですか?」

「ん?」

「いえ、見た目とか気にしてる暇もないくらい?」

 マリーネを亡くして以降生気が抜けたのだろう、ディアスはよく疲れたような顔をしていた。アブソリュート市を出て、ソフィーと飲み明かして以降は大分良くはなってきているが、そんな表情が他の人に老けて見られたんじゃなかろうかとアデルは思った。それを口に出さず、敢えて的を外した返事にディアスが首を傾げるが、アデルは誤魔化した。

「まあ……しばらくはそうなるか。よし。そんな大荷物でもないし、今日のうちに片してしまうか。」

 ディアスはそう気合を入れ直して引っ越し作業に戻るのであった。



 夕方には宣言通りに一通りの荷物の再配置が完了した。

 ディアスの新宅は、1階に居間、客間(現状物置)、寝室に風呂、台所、便所、2階に居間と寝室が一つずつ、1人暮らしにはやや広く、2~3人の家族で暮らすとなると少々手狭と言った感じか。

 アブソリュート市の屋敷の様に頑丈なつくりでも無いため、いつの間にか日課と化していた“食前の運動”は残念ながら中止された。代わりに先に浴槽を使わせてくれると言うのでネージュは早速向かったが、水道がない。ディアスにそう告げると、

「ああ、ここはまだ水道なんてないからな。水は井戸だ。アデルなら使い方がわかるだろう?」

 と言う。

 最近はすっかり都市生活に慣れてしまったアデルだが、去年の今頃は屋外でしかも少し離れた位置にある共用の井戸から水を汲んだりしていたものだ。ここはほぼ各戸に井戸があるだけでなく、ディアス宅には手押しの汲み上げポンプまで備えられていた。それを思えば十分便利だと手押しポンプを興味深そうに見つめているネージュに言いながら、アデルが風呂に入れる分の水を大きめの桶に汲み上げ、ネージュが浴槽に運ぶ。4往復位したところで、ディアスが持っていた発熱の魔具でお湯にすると、いつもの様に2人で入る。アデルの生家は建物の広さはもう少しあったものの浴室なんてものはなかった。尤も、もしあったなら、水汲み係でもあったアデルにはとんでもない負担になっただろうが。

「風呂付一戸建てかぁ。いつか自分で持ちたいよな。」

「うむ。」

 アデルの呟きに弛緩しきったネージュが答えた。ネージュにとって、“人族”生活と“家族”生活の象徴であり一つの到達点が入浴となっていることにアデルはまだ気付ていない。




 翌朝。ディアス謹製の質素な朝食を頂いたのち、ディアスが告げる。

「一カ月弱か?長い事ご苦労だった。これで依頼は完遂だな。」

「こちらこそ、お世話になりました。」

 アデルが丁寧に答えると、ディアスが少し苦笑して言う。

「いや、お世話になったのはこっちもだ。お前らのおかげで、世の中がまた少し楽しくなったさ。ブラバドさんにも、もし機会があったらルベルやソフィーにもディアスが改めて感謝していたと伝えてくれ。」

「……わかりました。まあ、ルベルさんソフィーさんには手紙の方が良さそうな気もしますが。」

「ハハハ。確かに。」

 アデルはディアスから依頼の完了証明書と恐らくは評価票だろうを受け取り、握手を返す。

「この町はまだ騎手ギルドがないからな。すまんが、馬車は王都のギルドに返してくれ。」

「わかりました。」

「俺からの特別報酬はこれだ。遠慮せずに受け取ってくれ。ネージュには少し大きいかも知れないが……」

 そう言って物置から持って来たのは黒く塗られた金属の兜と白銀の胴鎧だ。

「これは?」

 俺達が昔使ってたもんだ。兜はアデルに、ブレストプレートはネージュにだ。

「レザーアーマーには合わないかもしれないが、戦闘が起こりそうなときはそれこそ見た目を気にせずに装備しておけ。死ぬよりマシだ。コマンドワードは『闇よ薄まれ』だ。」

「コマンドワード?魔法の品ですか?」

 コマンドワードとは、魔法を付与された物品の魔法を発動させる詠唱の様なものだ。これが設定されているという事は、この兜には何かしらの魔法が付与されているという事になる。

 重さや、軽く叩いた感触や音からして恐らくはミスリル製。しかも魔法が付与された逸品となると、恐らくグランでの特別収入を全額ぶっこんでも手も出ないような金額だろう。本来なら遠慮するところだが……

「おうよ。お前らに相応しく、お前らが一番うまく使える筈だ。」

「いいんですか?」

「もったいぶってもしゃあないか。効果は“暗視”だ。ネージュと2人で行動する時はこの上なく便利だろう?」

「……確かに。」

 ディアスの晴れやかな表情と、『お前らが一番うまく使える筈』との言葉。つまりもともと暗視の効く竜人と暗闇の中でほぼ同様に動けるようになるアイテム。2人の組み合わせを考えるとこの上なく便利な逸品だ。

「ありがとうございます。」

「ネージュにはスタイルが少し合わないかもしれないが、いずれ必要な時が来るだろう。背中上部を圧迫せず、重さも鉄や鋼と比べても軽いが強度は折り紙付きだ。サイズもある程度なら王都の防具屋で調整してもらえるはずだ。そうだな。追加の依頼だ。俺の手紙を王都のアモールって防具屋に届けてくれ。報酬は防具のメンテナンス権1回分だ。」

 ネージュに贈られたのは、背中の上部分が大きく開いたミスリル製の胴鎧。

「ありがとう。大事にする。……防具を大事にするってなんか違うかもしれないけど。」

 ネージュは何の遠慮もなくそれを受け取った。

「いやいや、戦闘中は仕方ないが、メンテナンスはきっちりやる方が防具も長持ちするぞ。」

「なるほど。」

「緊急時にはそのまま翼を展開して逃げられるが……身分がしっかりする迄、普段はなるべく見られない様に考えて使えよ?アモールの親父さんなら大丈夫だ。もしかしたらアドバイスを貰うといいかもな。」

「わかった。」

「それじゃ、手紙を書いてくる。お茶でも飲んで待っててくれ。」

 そういうとディアスは唯一持ち込んだテーブルである食卓で手紙を書き始める。アデルは3人分のお茶を用意し、その脇に腰掛けた。




「ここなら、王都から馬を走らせれば丸1日ってところだろう。そのうちまた遊びに来てくれ。」

「そうですね。熊のシーズンになったら是非遊びに来させてもらおうと思います。」

「そりゃいいな。ここなら“東の森”も日帰りできるし……足を延ばして“魔の森”に狩りに出かけても良いかも知れん。俺も体の維持に努めなきゃな。」

「余程ぐうたらしてなきゃ大丈夫でしょう。」

「ハハハ。3ヶ月程ぐうたらしたらあのザマだったしなぁ。ネージュには良い感じに気合を入れ直してもらったさ。」

 アブソリュート市の初日の“食前の運動”でネージュに腹に一撃貰ってもんどりうった時のやつだろうか。

「それじゃあ、馬車は頼んだぞ。ここなら森に近づかなきゃ何事もないとは思うが気を付けて帰ってくれ。」

「はい。」

 ディアスに別れを告げると、アデルは馬車の御者台に乗って会釈を。それを見たネージュはプルルに乗ると、くるりと馬上で向きを変えて手を振る。

「ハハハ。器用な馬だな……」

 ディアスは、ネージュを後ろ向きに乗せたまま前に歩を進める馬に感心しながらずっと手を振り続けているネージュに応えた。


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