静謐
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“一仕事”を終え、全員が無事に帰還したもののヴェントブルーノ商店内は不自然に静かな時間を迎えていた。
先に【時空門】により戻ったティナとハンナから居残り組であったマリアとフローラにも顛末は伝わっていただろう。日付が変わって少し経ったくらいの時間にグリフォン部隊も戻ってきていた。
祝勝会というよりはただただ遅い夕食会が行われた。確かに遅い時間ではあったが、店舗の広さ、それに必要なら風の精霊魔法による防音も施すことが出来るため、近隣への配慮などを気にする必要はない。彼らに元々騒ぎながら酒を飲む習慣はないにしても、“戦勝後”としては異様な静けさだった。
そもそも“戦果”と呼べるものはせいぜいジューリオくらいで戦場を――実戦を離れ、かつ潜伏の為だろう、まともな訓練をする機会すらなかった亡国の元騎士程度では、本格的に計画されたヴェントブルーノの奇襲の前には戦闘らしい戦闘は起こりえなかった。勿論、その為の奇襲であったのだが。
明日、明後日になれば各方面に知らせが入るだろう。
グランを出国した隊商が何者かに襲われた。状況からすればタルキーニの地を収めているフィン軍に見つかる可能性が高いだろう。そして彼らが身に着けていた物には一切手を出していない。ともすれば検証の結果、彼らが何者であったのかはフィンもすぐに気付けるだろう。既に|フィン領タルキーニ地方では同イフナスと連動した武装蜂起が始まっているのだ。ほどなくすればグランにも情報は届く筈だ。
今回アデル達が回収したのは、ヴェントブルーノから盗まれたと思しき各種魔具のみだ。それ以外の金品や死体・遺品等は生きた馬に至るまで一切手を付けていない。唯一自分たちの物以外で回収したものと言えば、関所を抜ける時に見せたとされる、偽造されたヴェントブルーノ商店の伝票くらいなものである。偽装されたものとはいえ、レジスタンスと多額の取引があったとしてフィンに目を付けられるのは得策ではない。この辺りはエミリーの入れ知恵であったが、冷静に考えてみれば大きな意味を持つことも理解できた。
夜が明けて誰かがあの現場を目にすれば、何があったかだけははっきりするだろう。
今夜は互いの無事と不毛とは言え必要であった作戦の意義を確認し合い、まずは休息を取る事にした。
明日からは王都の新年祭、ブラーバ亭の祭の準備に忙殺されることになる筈だ。そしてその後、南海での魔獣討伐の準備に入ることになる。
今日の不毛な戦闘と比べれば討伐依頼とは言え、未知である大海への船旅などそれこそ旅行みたいなものだろう。
押し寄せる疲れと押し迫る予定にアデルは寝室でマリアを待つことなく、先に眠りに落ちていた。
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「中途半端は一番悪いって言ったのに……」
アンナとルーナの共用部屋を訪ねていたネージュがアンナに半目でそう言った。
「分かってはいるんだけど……ね。」
問い詰めに近い口調のネージュの言葉にアンナは困った様な表情でそう口を濁す。
結局、対盗賊の殲滅戦に於いてアンナは1人も倒すことなく……それどころか宙で完全に棒立ちでいたところを敵に見つかり、投擲攻撃を受けたところをルーナにより寸前のところで助けられていた。それをネージュが目にしていたのだ。
「まあ、今までの中で一番取るに足らない相手ではあったけど……。あいつら、ただの商人じゃなかったのはアンナもわかったよね?」
「元軍人?でもカイナン商事みたいな商会もあるわけだし……」
アンナがかつて繋がりがあった傭兵団上がりの商会の名前を上げる。
「そういえばいたね。そんな集団が。しかも今タルキーニで何かしてるんだっけ?」
「いや……イフナスの方だったと思うけど……」
「ああ、確かそっちだったっけか。どっちにしろ無関係じゃなさそうだし、どちらも商人の振りした戦争屋……」
ネージュはそう言いかけてとても身近なところに小規模ながら似たような店があることを思い出し苦笑する。そしてそこでネージュが想起したものをアンナとルーナが察する。
「そうか、裏に潜り込める分、目に見える軍より厄介そうね。」
「うちには復讐する相手も取り戻す祖国もない筈だけどね?」
「うーむ。まあ、うん。」
ネージュはそこで何かを思案するように首をかしげる。
アンナは姉兼妹の邪気のない笑みに少し不穏な物を感じた。
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ネージュがアンナ達の部屋に入り込んでいたころ、オルタとユナの部屋にはエミリーが押しかけていた。
既に夜中の1時過ぎ。程よい満腹感の中、そろそろ寝ようと思っていたところへの乱入にオルタは少し嫌そうな表情を浮かべつつもエミリーを部屋に迎え入れた。
「そろそろ寝ないと明日に響きそうなんだが?」
オルタがそう言うとエミリーも不愉快そうに口元を歪める。
「お前はあのティナとか言う女、どこまで知っている?」
尋問するかのような強い口調にオルタは少し険しい表情をする。
「どこまでも何も、ほぼ何も知らん。あんたやマリアの――まあ、あんたはおまけというか、ただのイレギュラーだったんだが――の救出作戦の時にロゼールに連れてこられたってのが最初だ。それ以降はほぼほぼ一緒に話を聞いている感じだし、知ってる事なんてエミーとほぼ同程度だと思うぞ?」
「……そうか。では少し話は変わるが、お前はあの店主――いや、アデルの事をどう考えている?」
「……?」
エミリーの質問の意図を察しかねたオルタが眉間に皺を寄せる。
「いや、主とか仲間、友人とかあるだろう?」
「……そういう括りで言うなら仲間だろうな?」
「では主は?」
「……強いて言うならレイラだろうが……少なくとも王宮の人間に仕える――肩入れする気はないぞ?関係する気もない。引きずり出そうって奴が現われたなら、表からも裏からも全力で抵抗するが?」
この所、随所にフィンを――フィンの次期王を意識する発言を覗かせているエミリーにオルタは牽制する様に言う。
「あんたが本気でなるっていうなら、少なくとも邪魔はしないが?」
「……現時点では芽がないからな。第2王子以下であることも分ってはいる。」
(つまりは狙っている事の否定はしない訳だ。救出当初は全くなさそうな口ぶりだったくせに。)
エミリーの言葉にオルタは内心でそう答える。と同時に……
(まあ王宮云々なしなら俺も奇襲で喧嘩を売ってきた相手に黙っちゃいられないか。ガチンコならともかく搦め手でこられたら――実際、今回の兄ちゃんの一件もこんな感じなんだろうし――ああ、それで奴らのことを思い出したのか)
とも思う。
「まあ、奇襲で正面以外から喧嘩を売られたら黙っちゃいられないか。」
「その通りだ。少なくともベルナルドとカサンドラが枕を高くして眠るのは我慢ならん。」
オルタがそう言うとエミリーが頷く。昔、短い期間会っていたのみだったが当時からフィン王族特有の激しい気性は知っていた。また、海賊王を祖とするフィン王族には騎士の気質はない。目的の為なら手段を選ばないという者が多い中、エミリアナは珍しいくらいの真っすぐな武人だった。脇が甘いと言えばその通りだが、その辺りはオルタも多少の好感は持っていた。
「……まあ、止めはしないが、自分で責任取れる範囲でやってくれよ。今回の兄ちゃんもそういう感じだったんだろうけど……やらかしたことを自覚させて後悔させてやらないと意味ないよな?」
「そうだな。……自分で責任取れる範囲で、か。フン。」
オルタの言葉にエミリーは大きな深呼吸の後に小さく嗤った。
「まあ仕方ないか。出来れば明日、私がこっそりとフィンに忍び込める様、店主に口添えしてもらいたいのだが……」
オルタはエミリアナのフィン滞在計画に頭を抱えた。
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遅すぎる夕食会の片付けが終わった後、フローラはティナの部屋を訪ねていた。
「【時空門】なんて我が“魔法王国”ですら扱える者が限られていた筈ですが……どこで習得されたのですか?」
フローラが普段滅多にしない様な強い口調でティナに尋ねた。
「我が“魔法王国”……か。」
フローラの言い方に何か引っかかりを感じつつもティナは何事もなかったかのように答える。フローラはカールフェルト王国の元重臣の娘であるとは聞いている。
「――カールフェルトか。確かにあそこの国立図書館は有名だが、それが全てとは限らんぞ?」
強い口調に応える様に、ティナもまたいつもフローラに接するときとは異なる口調で返す。
「どこで修得されたのでしょうか?」
「『どこで』と聞かれるなら、“かつての我が家”と答える他ないな。だがこれにより私が私の過去に触れるのは禁じられている。まあ、こんなもの、本気で解析すればすぐに外せるんだがね。惜しむらくは、これを外したところで、私含めて誰も幸せになれんところだな。」
ティナがロゼールによって施された隷従の首輪を触りながら言う。予想外の言葉にフローラが幾分ぎょっとした反応を見せる。
「……外せるものなのですか?」
「少なくとも、あやつは解析や解除の禁止を口にしてはいない。さて、どうする?」
「……『どうする』とは?」
逆に強い口調で尋ねてくるティナにフローラは少したじろぐ。
「お前が店主に伝えれば、店主の口からそれらの禁止を言われるだろう。そうするとその言には従わざるを得なくなる。」
ティナが試す様な視線でフローラを見る。
「……解析にはどれくらいの時間がかかるのですか?」
試してみたものの予想外の返答にティナが少し面食らう。ティナとしてはもう少し交渉カードとして話を引っ張ってくると考えたのだが……
「……さあな。やってみないと分からん。年明けか船旅中にでも時間が取れれば試みたいのだがな。」
「……しない理由は?」
「ない。強いて言えば、したところで誰も得しないと言ったところだろうな。」
(“誰も”という言葉の中には恐らくティナ様本人も含まれているのでしょうね。)
フローラは最近ようやく見つかった“魔法の師”の言葉にそう考えた。
「しばらくは様子を見させて頂きます。“私の業務”に支障が出ない限りは……ね。」
フローラの言葉にティナは少々不機嫌そうに口元を少し歪め小さく笑った。




