裏切られる。
ドルンでの接見を終えたアデルがポルトへ戻った時には既に日は落ちて周囲はすっかり暗くなっていた。
ヴェントブルーノ商店にいた者たちが戻ったアデルを迎えたがその表情は一様に暗い。アデルとしてはネージュからドルケン南東部の話を詳しく聞こうと思っていたのだが、どうやらそれどこではない様子だった。
既に戻ってきていたアンナが代表して言うには、『ティアが消えた』とのことらしい。
具体的な話は留守を預かっていたルーナから聞く。
ルーナの説明によると、今日の居残りメンバーで昼食を取った後、エミリーとハンナが配達に向かった所でティアが『事務用品を買いに行く』と言って出て行ったきり戻ってきていないと言うのだ。
ティアはヴェントブルーノでは年上の部類、即ち子供でない。戻りが遅いのを当初ルーナもフローラもそれほど気にしていなかった。しかし2時間も3時間も何の連絡もなしに戻ってこないと言うのは流石におかしい。来たばかりのマリアを除けば誰よりも“弱い”。何かの事件に巻き込まれたかと残った面々で心配し出したところで戻ってきたネージュ、アンナ、エミリーらが周辺を探して見たが見つからず、また、ティアが使っていた事務用品店に尋ねた所『今日は来ていない。』と言われたそうだ。
日没が差し迫ったところでアンナが町の衛兵にその件を伝えると、捜索の協力を約束してくれた後、程なくして予想外の話が聞けたと言う。
お昼過ぎ、即ち出かけてから然程時間も経ってない頃、北門からそれらしい女性を含む3人組が外へ出て行ったと言うものだ。その時は『無理やり』と言うような様子はなかったという。
その話を聞いた瞬間、アデルはすぐにあの祭以降、度々ティアに接触していた男を思い出した。
「まさか……!?」
アデルがそう声を上げた瞬間、店の奥からティナとフローラが現われる。
「戻ってきたか。主殿、残念な知らせがある。」
「いや、今それどころじゃ……」
何かを言い出しかけたティナをアデルが遮ろうとする。しかし、
「そのティア嬢に関しての“悪い知らせ”があるのだよ。」
そう言われるとティナの話を聞かない訳にはいかない。アデルがその先を促すと、ティナは店の奥、ヴェントブルーノの者が全員で食事を取れる部屋に集まる様に告げた。
全員が不審な表情を浮かべつつ、部屋に移動しそれぞれの席に着くとティナは数枚の紙をテーブルの上に並べた。
「こちらが魔具の帳簿上の在庫、そしてこちらがいまフローラに数えてもらった実在庫だ。」
ティナがそう言うとそこには、着火の魔具の出入りの履歴を示す帳簿と、今しがた大急ぎでフローラが数えたと言う実在庫の数が記されていた。
実在庫の方が2割ほど少ない事が判る。
「それだけではない。ここ半年の売り上げと費用、利益の比較だ。」
次にティナが示したのは言葉の通り、売り上げと費用として出入りした金の履歴、所謂|損益計算書(PL)だ。
突然そんな数字の羅列を見せられてもアデルは困惑するばかりだったが、それを見たエミリーが険しい表情を浮かべる。
「変な費用が計上されているな。もしかして……」
「横領だ。利益を1割ほどを少なく計上し着服していた様だな。」
「……なんで今?」
信じられないという表情で言葉を漏らすアデルにティナが不敵に笑う。
「“責任者”が不在となったお蔭でようやくきちんとした調査が出来た。前から不審に思ってはいたのだ。」
即ち、ティアが消えてから数時間でこの資料を用意したのだろう。アデルには何がどう食い違っているのかすぐにはわからないが、ティナやエミリー、そしてフローラが見れば然程苦も無く違和に気づくらしい。
「被害額は?」
「半年で10万ゴルトと言ったところか。溯ればもう少し出てくるかもしれん。着火や灯明の魔具の着服分も入れるともう少し上になるだろう。」
10万ゴルト……冒険者として最初の報酬が500ゴルトだったこと考えるととんでもない数字だ。アデルのみならず、アンナ、マリアが露骨に眉を顰め、ネージュの顔からは逆に感情らしいものが消失している。
俄かには信じがたい。むしろ信じたくない。
「随分と早くこの資料が出て来たな?」
アデルが険しい顔でティナに問いかける。
「元々、着火の魔具に関して数が合わない事は把握していた。それを“責任者”に問い合わせた所、『何かの間違いかどこかの単純なミスだろう』と言って寄越したのだ。舐められたものだ。まあ、その時は“立場上”それ以上の追及はできなかったがね。」
ティナが嗤う。ティナが『舐められた』と言うのであれば、アデル達は『舐めつくされていた』レベルだったのだろう。
「魔具に関しては、ちょうど例の祭のあとから数が合わなくなり出した様です。あの時に各種の企画参加者やその他に大盤振る舞いしたせいもあるでしょうけど……」
フローラがそう補足する。
「ちょうどあの男を見かけるようになってからか。金の方は?」
「そちらはもっと前だな。少なくとも半年は“やっている”様子だ。恐らくは事業者向けの両替商に尋ねてみれば、銅貨や銀貨と金貨や大金貨の両替の履歴が出てくるんじゃないか?下手を打つと脱税案件になりかねんな。」
ティナの言葉にアデルは頭を抱えた。
利益の1割――半年で10万ゴルト。決して少なくはないが、今の店の状況からすれば取り返しのつかない額ではない。どんどん増える店の出納の数字に対し、できるからと経理から事務手続きまでを全部1人に丸投げして来たアデルも悪い。
しかし、利益を実際より少なく計上し申告していたとなれば、当然その分の税を誤魔化していた形になる。こうなると店の信用問題だ。如何に新興のポルトとは言え、店の評判が大きく毀損しかねない。
「エドガーに相談するしかないか。少なくとも担当者を紹介してもらって、事情の説明と追加納付、あとは……一応、横領の被害届も出しておくか?ティナ、済まないが出掛ける用意をしてくれ。」
「……承知した。」
「捕虜とは言え、流石に安月給で1人に丸投げしてた俺らも悪い。その辺りの改善案は……まあ、ティナの首輪が無事な限りは大丈夫か?」
アデルがそう言うとティナが露骨に嫌そうな顔をする。
「否定は出来んが配慮は欲しいな。それに私の身に何かあった時に困るだろう。これ以上拡張するなら少なくとも2~3人は専門の者を用意すべきだ。」
「善処シマス。」
「……元々、こっそり拉致つて来た捕虜だしなぁ。下手は打てん。ネージュも見つけ出してすぐ殺すというのは自重してくれ。」
「…………ワカッタ。」
アデルの言葉にネージュは感情のこもっていない片言で答える。
「アンナ、オルタが戻ってきたら説明しておいてくれ。今後の方針と今日の話はその時に改めて……だ。」
「わかりました。」
次にアンナにそう指示を出す。
「それじゃあ行くか。この時間だと……明日に回されるかもしれんがな。」
アデルはそう言うとティナと2人で城へと向かった。
「エドガーに内々に相談が出来まして……」
アデルが既に馴染みとなっている城の衛兵にそう伝えると、衛兵はそのままの言葉を伝えてくれたようで、中に案内されると小さな部屋でエドガーが一人で待っていてくれた。
エドガーは初めて見るティナに、そしてその首に巻かれている物体に少し驚いた表情を見せるとその紹介を求める。
「ロゼールから“結婚祝い”として貰ったティナだ。曰くつきらしいが、優秀な《魔術師》であり、多分優秀な経理担当だ。」
「お初にお目にかかる。領主殿。」
「……いや、領主って訳じゃないんだが……流石にその首輪はもう少し隠れるようにした方がいいんじゃないか?」
アデルとティアの紹介にエドガーが少し困惑気味に返した。
「まあいいや。で、相談事とは?」
そう切り出すエドガーにアデルは事の経緯を説明し、ティナに詳しい補足をさせる。
そこは貴族出身、現 新興商業都市の代官だ。アデルよりも十数倍速くティナの話を理解する。
「なるほど。被害に遭ったのは店の金だけか?」
一通り話を聞いたエドガーはアデルにそう声を掛けてくる。アデル達には事業として店に入る収入の他、各種依頼や港開発への協力金などいくつかの種類の収入があるからだろう。
「詳しく見てないが……多分そいつが直接触れるのは店の金だけの筈だ。」
アデルが答えると、エドガーはやや呆れ気味に『そうか』と返した。
「とりあえず税に関しては後日調査官を向かわせる。一応、横領の被害としてある程度は損金と認められるだろうが……若干の追加課税は諦めてくれ。」
「ああ、頼む。」
「被害届はまた別の所で受理しよう。そちらは今から書類を用意するから、明日朝にでも届けてくれれば俺が手配する。」
「スマンネ。」
「まあ、いろいろ世話になってるし、これからなりそうだしな。」
「お、おう。」
持つべきは有能な友人である。だがしかし、有能な者は有能なりに大きな案件を抱えやすいのも事実で――
「ところで……もし、グランがドルケンと友誼を結びたいと言ったら取り次いでもらえるか?」
突然切り替えられた話にアデルは思わず眉を寄せ『ん?』と声を漏らす。
「テラリアがグルド山南麓でも不穏な動きを見せているらしくてな。その辺りの情報の共有を図りたいらしい。」
「誰が?」
「ファントーニ公だ。」
「あー……俺も今日ドルンでそんな話を聞いたな。蛮族が2勢力、人族が2勢力で乱痴気騒ぎらしいぞ。」
「なんだそれは?……誰に聞いた?」
「国王と国務卿。蛮族同士が争っているのでドルケン領内での争いは小康状態らしくてな。慎重に情報収集しているとのことだよ。聞く限り情報量はドルケンの方が多そうだな。」
「……そりゃ、つい最近まで西と戦争してたグランと、常に東に目を光らせてきたドルケンじゃあな。なるほど、ただの情報協定だけではドルケンの利が少ないか。」
「そうなる。」
『情報共有の名目だけでは取引足りえない』というアデルの言外の言葉をエドガーは正しく理解した様だ。
「今のグランでドルケンに何ができるか、か。可能性があるなら十分だ。公にはそう伝えよう。」
「ふむ。もし時間があって、“ちゃんとした”情報でなくていいなら、この後の今日の情報整理にエドガーもくるか?まあ、各国政府ほど確度の高い情報じゃないがね。」
「……是非参加させてくれ。」
「了解。19時くらいでいけるか?」
「何とかしよう。」
「わかった。アンナに1人分――いや、出てったクソ尼の分減るから今迄通りか。の晩飯用意する様に頼んどく。」
「わかった。それまで向かえるようにしよう。ついでに被害届の書類はその時に持っていく。」
「よろしく頼む……」
思わぬ利害の一致に2人は苦笑した。




