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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
314/373

呼ばれる。

 翌朝。店内関係者でいつもよりやや早い朝食を取る。ルーナやアンナの指導のお蔭か、最近は2~3日に1回はマリアが朝食の準備を担当するようになっていた。朝だけあって、余り手の込んだものは出てこないが、一日の始まりを担う朝食は量、質共にしっかりと用意される。気の持ち様か、マリアが担当するときは量がやや少なめだが、身体の調子が少し良くなる気がすると言うのはアデルだけではなかった。マリアが扱うことで栄養や魔素の摂取効率が少し上がっているのかもしれない。

 マリアとしても早起きは大変であろうがそこは元神職、それほど苦にする様子でもなく、また必要とされる役割を担うことで気が紛れるのか、その表情は最初の頃、或いは王宮での末期の頃と比べれば比較にならない程柔らかく、落ち着いてきている。

 アデルはその朝食を取りながら昨日決めた役割を改めて短く指示すると、食後いつもの鍛練は自主練のみとしてそれぞれの仕事に移らせた。


 魔法袋はアンナに渡し、ネージュが護衛に付く。アンナ達が出かける前にアデルはブリュンヴィンドに【疲労軽減】の魔法を掛けて貰い、エドガーを待たずに一足先にドルンへと向かうと、オルタも同様にレドエルドと共にトルナッドへと向かう。

 マリアとエミリーがそれぞれ東西に向う2騎をやや複雑な見送ると、それに少し遅れて小型ながらも、政府機関を示す紋章の入った馬車が店に到着した。

 紋章入りの馬車の来訪にヴェントブルーノの者全員が何事かと身構えたが、中から現れたのはきっちりとした正装したエドガーであった。どうやら他国要人、今や元首格であるファントーニに使者として“公式”に会いに行くだけあって相応の恰好をしてきた様子だ。

 慌ててアンナが自分たちもそのように身支度する必要があるか確認をすると、エドガーは苦笑して輸送は城の入口までだから必要ないと告げた。

 レオナールからの正式な書状とは言え、中身は『軍を出せ、無理ならうちが出す』という、ある意味、半ば脅しに近いものだ。エドガーが気が重いとため息をつくと、ますます複雑な表情でマリアが申し訳ないと謝った為、エドガーは慌てて被りを振った。

 エドガーがグリフォンが見えたが?と尋ねると、アンナがアデルとオルタが東西へと“商談”に向かったため今日はアンナとネージュでグランディアまで行くと説明する。

「追加料金で使者を似非竜騎士にする事も出来るけど?」

 とネージュが冗談めかすと、エドガーはすぐには意味を理解できなかったが、少し間を置くと丁重にそれを遠慮した。元々話に乗って来るとは考えていなかったのかもしれないが、ネージュが自分から竜化した背に乗せることをパーティ以外で認めたのはマリアに続き2人目である。

 結局は当初の予定通りにアンナがエドガー入りの魔法袋を空輸する運びとなり、やはりそれぞれに【疲労軽減】の魔法を掛けてアンナとネージュが東へ向けて離陸した。



 距離的に最初に目的地に到着したのはアンナたちだった。

 グランディア手前で着陸し、門の前でエドガーが外に出て用件と、直接城に向かいたい旨を告げると即座に伝令が走り、半刻と待たずにその希望が通る。着陸地点の指定を受け、アンナとネージュは再度空に浮かぶと街は一切通過せず直接城門内の指定場所へと移動、そこでエドガーを降ろすが結局、コローナ王都と同様にエドガーの用事が済むまで城の待機室で待機することになった。

 アンナたちが通されたのは城1階の従者用の待機室だったが、そこから思わぬ方向へと話が進む。

 20分くらい過ぎた後だろうか?位の高そうな騎士が現われ、ファントーニがアンナ達の同席を望んでいると伝えてきたのだ。

 この2人にとってファントーニの印象は余り宜しくない。政争に巻き込まれあらぬ疑惑を向けられたミリアムを追放同然に捨てたにも拘わらず、風向きが変わったところで呼びもどし、道具として有無を言わさずに他国へ差し出したのだ。客観的に、或いは好意的に見れば縁を切り国外に逃がすことで政敵からの追撃から守ったと言えなくもないが、“ミリア”心身の衰弱と絶望のど真ん中にいる様を見、またそれを他国の者に丸投げしたという印象が強く、この2人から見ればファントーニは権力志向の自分勝手なおじさんというイメージであった。そしてそれとは別に、この2人にはファントーニはコローナ――延いてはヴェントブルーノに厄介ごとを齎す気がするという漠然とした予感めいたものを持っていた。

 その為、アンナとネージュはまずその呼び出しに不審を覚え、互いに顔を見合った

 出発前にエドガーが送迎は城まででアンナ達が城の上層に行くことはないと明言していたのだ。しかし向こうがそう言って来る以上、またエドガーの従者という立場で待機室にいる以上無碍にはできない。

 今日はブリュンヴィンドを連れておらず、もし何かあればアンナの【不可視】とネージュの隠密能力、そしてそれぞれの翼を組み合わせれば、エドガーを回収して脱出くらいはやれない事はない。2人は視線のみで話し合い、頷き合うと騎士について行くことを決めた。


 部屋にはエドガーとファントーニ、他に数名の騎士が待っていた。

 ネージュが真っ先にグラン側の“戦力”の位置と窓の位置をチラリと確認すると、その僅かな動きにそれを察したかファントーニは『他意はなくグラン東部、即ちドルケン南東部について話を聞きたいだけだ。』と着席を促した。

 その言葉にエドガーが頷く。どうやら“そっち方面”に用があるらしい。だが、油断をしてよい相手ではない。2人ともそんな予感めいたものを共有している。


 ドルケン南東部に関しては現状、何度か現地入りしているネージュが一番詳しいのも事実だ。もしかしたら王都ドルンの騎士たちよりも詳しいだろうという自負もあった。

「最後に行ったのは2週間くらい前。直接的な戦闘は行われていないけど、“国境外”に部隊と物資が集まっているのは事実。」

「“国境外”とは?」

 ネージュの言葉にエドガーが補足を求める。

「ドルケンの国境の向こう。だから多分テラリア?」

「……その軍は“人間”か?それとも“亜人や蛮族”か?」

 何となく含みを持たしたニュアンスでファントーニが尋ねてくる。どうやらグランでもテラリアから“何か”がこちらに迫っていることまでは察知している様だ。

「……その全部。『どこの軍か?』っていうなら、“多分”だけど蛮族。配置的に“人間が一番下”。」

 ネージュの短い言葉に本人を除くその場にいた者全員が驚いた。

 アンナが驚いたのは単純にその話が初耳であるから――即ち、この情報はアデルにも伝えてられていない可能性が高い。基本的にアデルは“パーティ”に対しては常にほぼ全部の情報を共有してきていたからである。

 その他の者はその情報から少なくともテラリア西部はすでに蛮族軍が頂点に立ち、人間が一番下――即ち力関係、上下関係がすっかり入れ替わってしまっていることを悟ってしまったからであった。北西部から侵攻した蛮族軍が“亜人の解放”を標榜し亜人たちから支持を得ていたことはエドガーやファントーニらも耳にはしていた。

「その話、アデルさんに伝えた?」

 最初にアンナがネージュに尋ねた。

「まだ。モニカがもう少し黙っておいた方が良いって……」

 ネージュは以前ちらっと漏らしかけたが、モニカの言いつけ通りアデルにはまだ伝えていなかった様だ。モニカがそう言うからにはそれなりのモニカの意図があったのだろう。

「失礼。モニカというのは?」

「王様の妹?国軍とは独立した騎士団を率いてるんだって。」

 ファントーニにネージュが答える。

「……モニカ・フレドリカ・ドルケンだな。話は聞いている。国軍は主に北を相手にしているのだろうか?」

「北に集中してるね。」

 ネージュの言葉にエドガーとファントーニらが顔を見合わせる。

「うーん……ネージュからみて、ドルケンとグランで合同で西に備えるって可能だと思うか?」

「……私じゃわかんないなぁ。今ちょうどお兄がドルンに行ってる筈だけど、連絡手段ないし?うーん……まあいいか。モニカとシルヴィアはグルド山北の蛮族と南東の蛮族は系統が違うって見てる。」

「なんだと?……シルヴィアとは?」

 蛮族軍が2系統――即ち2勢力があるというのは初耳だったのだろう。ファントーニがさらに驚く。

「……うちのクソ親。現在“珠無”生活満喫中。元々“北側”の集団にいたんだけど、いびり出されてドルケンにいる。そのシルヴィアが見たことのない竜人を目にしたって言ってたのが最初。だから確定って情報じゃないから他所に出していないけど。その辺の判断は自分たちでやって。」

「……そうか。我々には蛮族軍の北も南もないのだが……蛮族――竜人が人族を傘下にしている軍が西に迫っている事だけは確かの様だな。警戒は強めねばなるまい。情報に感謝する。話はもうじき終わるが……ここにいても仕方ないだろう。下がってくれて構わんよ。」

 ファントーニはネージュらにそう言うと控えていた騎士に手を上げて退出と誘導を促した。


 待機室に戻ると、グランのもう1人の要人が現れた。

 ネージュは碌に覚えていなかったがアンナはすぐにそれが元“義勇軍”トップだったトルリアーニである事に気づく。

「急に押しかけて済まないね。君たちに少し聞いてみたいことがあったんだ。」

 そう言うと従者を外に待機させ、トルリアーニが1人部屋に入ってくる。

「君たちの仲間――リシア殿だったかね?彼女はカンセロにいながらグラン中央部の様子をしっかりと把握していた。我々には精霊魔法と説明されたが、あれは本当に精霊魔法だったのか?」

 どうやらリシアとリシアが使っていた風精のネットワークに目を付けた様子である。

 アンナがリシアのあれは精霊魔法ではなく、風精とその上にいるらしいペガサスの協力によるものだと伝えると、トルリアーニは険しい顔になり今度はペガサスに関して質問してくる。

 アンナはどこまで教えていいのか考えたると、

「グランの精霊は皆、横のつながりが強いそうです。そしてその上にペガサスがいるようですね。ペガサスがグランを守護をしていると言うのは強ちおとぎ話じゃないみたいです。リシアさんはペガサスと共にフロレンティナに抵抗し、信用を得た様で、そのペガサスの協力を得たそうです。ですので、精霊が・・・信頼できるような術師がいれば取次くらいはしてもらえるのではないでしょうか。」

 と答えた。

 するとトルリアーニはアンナにそれが出来ないかと尋ねたが、アンナは精霊、特に移動力に優れる風の精霊は気まぐれで時間の感覚が緩々なのですぐには・・・・難しいと答える。

 それを聞いたトルリアーニは『なるほど。わかった』と短く言うと、情報への礼を述べて去って行った。

 その後間もなくエドガーが戻ってきて、当初の予定だった西の国境封鎖の要請に関しては『返事は近いうちにポルタへ持って来るそうだ。』と伝えられた。これはアンナに伝えるというよりはアデルに伝える様にというニュアンスが強く、アンナもそれを理解する。


「結局あの2人うまくやれてるの?」

 唐突なネージュの問いかけにエドガーがきょとんとする。この場にいなかったエドガーにはあの二人が誰と誰なのかがわかりかねたのだ。

「義勇軍のトップと解放軍のトップ。」

 ネージュの言葉にアンナがつい先ほど待機中にトルリアーニが尋ねてきたことを伝えた。

 エドガーはそれを聞いて少し眉を寄せるが、『今の所露骨な対立は見られない』と答え、『文官が粛清されたせいで、政務は苦慮しているらしいな。ファントーニ公は政も財もある程度は出来る様子だが……任せられる人間は少なく、国レベルの話となるとやはり苦労している様だ。』と言う。そしてさらに――

「先程の東部の話を聞くに、恐らく軍を本格的に西に動かすというのは難しいだろう。」

 エドガーは険しい顔でそう答えた。


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