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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
312/373

冬が来る。

 予約なし、暗くなってからの急な依頼であったが、相手がポルトのトップ、また理由も今後の大陸南部の動乱・混迷に備える重要な話になるだろうということで、アデルはエドガーの依頼を即決、即ち通常料金で受ける。

 夜間、しかもそれなりの強行軍が予測されたため、アデルは護衛・哨戒としてネージュ、魔法による高速移動支援としてアンナ、それにブリュンヴィンドを指名しコローナ王都へと向かうことにした。

 エドガーはすでに出立の準備はしてあった様なので、アデルはオルタとハンナ、そしてルーナに後事と、場合によっては明日の店の運営を頼むと、久しぶりの暗視装備を纏い裏庭から正に“緊急離陸スクランブル”を行った。

 エドガーを魔法袋に入れ、ブリュンヴィンドにアデルとアンナが跨り、イレギュラーに備えるべく、すぐに動ける態勢でネージュが警戒と直掩につく。

 アンナには【疲労軽減】に加え少々無茶をお願いし、風の精霊による飛行の支援をいつもより強力に発生させてもらう。通常よりも魔素マナの消耗は免れないが、呼び出しを受けたエドガーが上から相談なり指示なりを受けている間に“魔香水”を含めた休憩は取れる筈だ。


 それが奏功し通常よりも2~3割短い、2時間弱で一気に王都まで到着する。

 上空から見るコローナ王都は、22時付近であるにもかかわらず、町――特に商業区や歓楽区には数多の光が溢れ、緊急案件など知らぬとばかりに賑わっている。……思えば北部で戦争が始まった時も東で襲撃があった時も、王都では多少物価が上がった程度で大きな騒ぎにはならなかったが。

 そして今年の年頭はグランを巡るフィンとの戦争の為に大幅縮小された新年祭だったが、今年は“戦勝”と“世紀の婚姻”のお披露目もあり、前回の鬱憤を晴らすべく盛大に、派手にやってロゼールを送りだそうという機運により、アデルが知る今迄の中では一番賑やかな年末となっている様子であった。

 アデルはなるべく目立たぬ様に高高度から城に接近すると、ネージュとアンナを先行させ、エドガーの到着を警備に知らせると、城の庭にほぼ垂直に着陸する。

 地表に立ったエドガーは警備の敬礼を受けるとすぐに取り次ぎを頼み、王城へと入っていった。

 アデル達もいつもの待機室へと促されたが、アデルは少し立ち寄りたいところがあると、1時間程町に出てくる旨を告げ、ブリュンヴィンドをお願いするとネージュとアンナを伴いブラーバ亭へと赴いた。


 ブラーバ亭へと入ると、遅い時間にも拘らずブラバドと受付がすぐに3人に気付き、少し驚いた表情を見せたがすぐに歓迎してくれた。

 互いの近況と互いの町の近況をさらっと説明し合ったところで、アデルの結婚の話になった。

 ブラバドも噂を聞いてだいたいを察していたらしいが、アデルの口から直接説明を聞かされたことで一つ頷くと、ブラバドの奢りでアデル達のパーティ、そしてヴェントブルーノの将来にと祝福の乾杯を上げた。

 ブラバドによれば、ブラーバ亭も今年の新年祭は派手にやるつもりらしい。特に公には出来ないが、ロゼことロゼールがほんの一時期とはいえ所属した店である。少なくとも他の同業の店に負けるわけにはいかないと気合いを入れていた。

 アデル達はそれを聞いて顔を見合わせると、『それなら……』と、先日アデル達がポルトの祭で大好評だったカフェと飲み比べの企画を提案する。

 もしポルトでも新年祭がある様なら参加は難しいかも知れないが、物品の手配や、もしかしたら呼べばそれに参加し、ノウハウを知るディアスやソフィー、ルベルらも来るのではないかなどと提案するとブラバドは最初に彼ら3人揃ってのイベント参加に少し驚いたようだが、うちより先にか……と少し嫉妬と悔しさも覗かせた。9割方冗談であった様子だが、残りの1割は……そこはブラバドも人間である。それでも話の内容を聞いて大いにありだと乗り気の姿勢を示した。それを見てアデル達も「決れば後日“商談”に伺う」と笑って見せ、最後に“白風ヴァンブランシュ”の動向を尋ねた。


 話を振られたブラバドは少し表情を曇らせ『冒険者としては引退した』と述べた。ニュアンス的に戦場にはまだいそうな雰囲気だったので尋ねてみると、その予想通り4人とも体調が戻ればウェストン辺境伯領の将、或いは剣客として対蛮族、対フィンの前線に立つつもりでいるとのことだ。やはりマリアンヌを拉致されると言う失態が色濃く影を落としている様子で、全員、鬼気迫る表情でリベンジを誓っていたと言う。

 その様子からブラバドは悪い方向に転ばなければ良いが、と懸念した。アデルとしても南西部の戦闘がさらに激化する前に機会があれば一度、落ち付いたマリアンヌと引き合わせるべきかと思えた。

 他にもアデル達の同期やほぼ同期のパーティの動向を聞けた。

 一番華々しいのはやはりラウル達だ。エストリアの防衛で活躍し名を上げた後、エストリアの誘いを辞退しコローナ南西部の自身らの郷里へ戻ると、つい先のフィン侵攻の第2派、所謂エミリアナの弔い合戦の防衛に赴き、大きな戦果を挙げたらしい。

 一方でローザらフルールルージュも北部戦線で抜群の活躍し、“血の薔薇ブラッディローズ”の異名で敵味方から恐れられるに至ったという情報があったが、こちらは最終的に敵の反攻である包囲戦に巻き込まれた後、行方不明であるそうだ。

 北部、連邦との戦争は一旦の終結を見せており、これまで2回に亘る“捕虜交換”が行われたらしいが、正規軍で且つ貴族でありローザの義兄に当たるガストン・グノーらは身代金の支払いにより生還したものの、兵卒や冒険者らは返還・帰還には至ってないとのことである。

 

 リシアに関してはアデル達の知る情報の方が新しいが、ロゼールがベルンシュタットへ向うに当たりその後どうなるのかまでは聞いていない。

 それ以外の者達も各地の戦いで活躍し、軍に取りたてられた者、ランクを上げ王都にいる者、結局戻ってこない者などやはり平時と比べて浮き沈みは激しいらしく、同時に護衛専門といった者はあまり高ランクにはなれていない様子である。そのあたりはアデル達もCランク降格のまま凍結状態であるので他者のことをとやかくは言えない。

 ただ、アデル達にしてみれば、今日もそうなのだが、グリフォンらによる空輸による旅客事業が着々と得意先を増やしているため、今更冒険者として護衛依頼を受けなくてももっと割の良い料金、条件で仕事ができている。こちらは冒険者ギルドや店がない“ポルタ発”が条件となっているので今の所ブラーバ亭やギルドと仕事を食い合う様な事はない。

 飛び地になるが、もしポルタに冒険者ギルドが設置されたら冒険者の店も考えたが、今のポルトでは冒険者向けの仕事がないとブラバドに打ち明けると、ブラバドは苦笑を浮かべ、それ以外の事業が伸びているならわざわざギルドに首を突っ込む必要はないだろうと言う。

 実際、今のアデル達に店の業務を投げ出してまで受ける様なCランクの依頼はまずないと言っていいだろう。護衛依頼は先述の通り、ネージュが求めた荒事関係もドルケンという得意先があり、またネージュの方も、一時期と比べその熱は大分冷めてきている様子で頻度は徐々に減ってきている。

 万一、南方絡みでアデル達の出撃が必要になったとしても、恐らくは窓口はエドガーになるだろう。今のアデル達にとって冒険者ギルドは別にあっても無くても構わないという状況になっていた。

 アデルとしてもこの辺りは一度整理してもいいのかな?と3人に相談してみるが、その結論は今すぐである必要はない。既に相当遅い時間であり“依頼”の待機時間であると、近いうちに新年祭に向けての商品目録カタログ試供品サンプルを持ってまた来るとブラバドに暇乞いし、ブリュンヴィンドの待つ城へと戻った。


 城に戻ると、意外にもエドガーは既に用事を終えていた様で、いつもとは逆にエドガーが待機室で待っていた。アデルはかつて――否、形式上今も所属している冒険者の店に挨拶と情報交換をしてきていたと説明する。本来ならエドガーより先に戻るべきだったが、遅れたことに謝罪すると、エドガーもそれほど待たされてはいないと怒ったり抗議することもなく、エドガーの方も状況と指令されたことを確認も込めてアデル達に話した。

 ブリーズ3国の内、フロレンティナによって抑圧されていたイフナスとタルキーニで複数同時に“解放運動レジスタンス”が蜂起したという話だ。両国の反乱勢力同士の直接の関係の有無はコローナでは確認できていないが、タイミングからして何かしらの連携は取れているとみて間違いなさそうだとのことである。

 そしてそれに対するコローナの対応は“当面一切関知しない”という結論に至ったそうで、エドガーへの指示としては、旧ブリーズ3国に対して出来る限りの情報収集と同時に、グランのファントーニと共に国境の封鎖を強く求められたと言う。

 アデルとしては、レオナールはブリーズ3国にもっと積極的に関わっていくかと思っていたので正直意外な話であった。

 それはエドガーも同様であったようだが、受けた印象は真逆だったようだ。レオナールは無関心と言うよりはむしろお怒りであったと言う。

 元々、カンセロ奪還時に保護を求めてきた公爵家の者を立てて積極的に介入し、タルキーニに対する影響力を強めようと考えていたレオナールだが、それとは別の勢力がタルキーニで先に蜂起してしまったらしい。レオナールとしてはポルトの開港が成されてから、陸海と並行して軍を出すつもりだったようだが、それがご破算となってしまったそうだ。

 国境封鎖はある意味その報復に近いらしい。内紛であぶれる人や物をタルキーニとグランの境で完全にシャットアウトしろとのことだ。ただ国境はポルトよりも更に幾分西で、ポルトの管轄ではない。またエドガーが動員できるのはポルト内にいる治安維持軍のみで国境の封鎖となると、グランのファントーニかトルリアーニらの領分となる。その為、この後すぐ――は厳しいとして、明日にはグランディアへと赴き、“要請”の書状を渡せということらしい。

 尤も、要請の受け入れが難しいなら、コローナが代理で地域の“治安維持”を受け持つということだが、これはある種の脅しに近いもので、実際に明日にはブリーズ北部とコローナが接する国境に向けシュッドから軍を移動させることが決まっているとのことである。

 アデルは改めて、大陸南岸の安定はまだまだ先であると予感した。


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