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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
306/373

あわせる。

 ポルトへと帰路。

 イスタを超えた辺りでアデル達は一度小休止を挟んだ。

 と、言うのも氷竜のままいきなりポルトに入る訳にもいかず、またこの辺りでシルヴィアを送りだした方が双方都合がよくもあったからだ。

 シルヴィアは合流時にはもっていなかったアデル達が昔使っていたものと同様の背負い袋を携えて魔法袋から出、それを抱えて東――ドルンへと戻っていった。

 形式上シルヴィアはアデル達の“捕虜”と言う扱いであるが、捕縛時アデル達に時間の余裕がなかった事もあり、モニカ預かりとして実質ドルケンの剣客となっているのが現状だ。それからすでに1年強、シルヴィアの言う通り、いずれその身柄の如何を考える必要がありそうだ。何とか都合のいい落としどころがあればよいのだが、シルヴィアの能力を考えると担保なしでの野放しは難しい。そして今思えば、シルヴィアとマリアンヌ、アデルが初めて直接関わったのは同じ日であったことを思い出した。

 シルヴィアと別れた後はブリュンヴィンドにアデルとマリア、それにネージュとアンナが直掩に付いた状態でポルト、ヴェント・ブルーノへと帰還する。


 帰還するとフローラが主導して“歓迎会”の準備が始められていた。

「あら?早かったですね。そちらがコローナの……なるほど。」

 フローラはマリアを見るとそう言葉をもらし、もう少し時間が掛かるのでとりあえず部屋で待機するか、建物の案内をするなどしておくようにとアデル達に言う。

「お昼も貰えずに追い出されて来たんだが?」

 オルタがそう言うとフローラは少々驚いた様子を見せるが、その辺りはアンナに頼んで軽めに何か用意してもらってくださいと返された。それを聞いてアンナが厨房へ向かおうとしたが、流石に長距離飛行を終えたばかりのアンナに準備させるのもと思ったが、そこはルーナがあり合わせもので用意するとアンナに休む様に伝えた。

「あー、ロゼから1人・・、余分に預かってきたんだが?」

 とアデルがティナのことも伝える。フローラはロゼールの事を知らないらしく、ロゼ?と首を傾げたが、とりあえず予定より1人増えた事は承知したようだ。

 フローラがマリアの歓迎の準備をする中、アデルはユナに耳打ちし、フィン兵たちの分の昼食を有り合わせで用意して物置へと運ぶように頼んだ。

「とりあえず先にフィン兵の方を片付けよう。ネージュ、マリアに屋敷と店舗の案内をしてやってくれ。」

 アデルはそう言うと、オルタを伴って物置のスペースへと向う。マリアは当初アデルについていきたそうなそぶりを見せたが、アデルが『同時に捕らわれて神殿で治療を受けていたフィン兵ですが、出来れば“マリアンヌ様”を目に触れさせたくないので。』と言うととりあえず納得した。自分と同様に囚われていたフィン兵が存在し、その治療をロゼールの管理で行っていたことはマリアンヌも承知している。マリアンヌにしてみれば、戦場でない場所であるなら敵味方は余り関係ないのだが、この地に於いてのフィン兵、アデル達にはそうもいかないのだろう程度のことは理解している。そのマリアンヌの腕をネージュが引くと、マリアンヌは少し驚いた表情をみせつつ、柔らかな笑みでそれに応じた。


 何か波長でもあるのか、似ても似つかないネージュとマリアだがネージュは甚くマリアを、マリアンヌを気に入っている様だ。アデルは少々疑問に思いながらも、オルタを連れ物置に移動する。

 魔法袋を開け中に向かってオルタが声を掛けると、エミリアナ、フィン兵、ティナの順に袋から出てきた。アデルがフィン兵と対面するのは初めてである。

「さて、状況確認からですが?」

 アデルがエミリアナにそう言うと、エミリアナが代表するかのように答える。

「状況は知っての通りだ。で、話は既にまとまった。袋の中は快適だが暇過ぎてな。」

 どうやら移動中、袋の中で待機している間に話をまとめた様だ。最終的な判断、承認は勿論アデルが行うつもりだがとりあえず素案としてその話を聞くことにする。


 まずは捕えられていた兵士たちだが、こちらはやはりフィンへの帰還を希望したらしい。フィンへの移送はオルタが何とかすると言う話になっており、フィン帰還に当たり、1つだけ条件を付けて帰還を許す事にしたと言う。

 その条件は『フィンに戻った後、エミリアナの生存を“仄めかす”、即ち“死亡を否定”する』ことを条件としたらしい。

 どうやら、国葬を急いだ第2王子、第3王女らに疑心暗鬼とプレッシャーを与えつつ、再起の芽を残すためだと言う。

「「再起する気でいたのかよ」」

 とアデルとオルタが少し驚くと、エミリアナは肩を竦め、何故かティナを見遣った。

「そうした方がフィン内での抗争が長引く筈だ。外にちょっかいを出す余裕が少なければ少なくなる方が“我々”にとっても都合が良いだろう?」

 との事である。確かに一理はある。実際にエミリアナが死亡したと言うことになり、フィンの対外攻勢の勢いが失われたことは各方面からの証言がある。詳しく分析すれば、第1王子派と第2王子・第3王女連合が牽制し合い、長期間フィン王都を空ける余裕がなくなっていると言うのが実情であるようだ。

 それまで後継は第1王子が有利と目されていたが、早くから支持を表明していた第2王女エミリアナの横死により、その力関係が少し崩れたとされる。その辺りの客観的な情勢ならおそらくはレイラに尋ねればより正確に聞けるだろう。そしてその内、今回帰還を希望しているのは後継者争いとは無縁の、現地――即ち、フィン北西部出身の者達である様だ。エミリアナに対する忠誠度はなくはないが、高くもない。

 それを聞いたアデルはそれを了承し、『一両日中にはフィン南部には戻れるように手配する。』と約束した。

 一部の兵らからはフィン北部への移送を希望されたが、アデル達は原則コローナの人間であり現状でフィン北部への進入は難しく、どうしてもというならコローナ南西部のにらみ合いが続いている辺りなら可能だと伝えると、そちらを希望した。元兵士とは言え、大した装備もない女性数名だけで“秩序ある無法地帯”を縦断するのはなかなかに難儀する様だ。そんな話をこぼされたエミリアナとオルタが同時に同じような渋い表情を浮かべたのにアデルは気づいた。

 アデルは内心で、『面倒くさ』と思ったが、中途半端にレイラの手を借り、煩わせるのも良策ではないとその話を受けた。

 そして程なくユナが届けに来た彼女らの分の昼食を配ると、袋の中に戻る様に指示をする。折角外に出られたのにと兵士たちは不満そうだったが、『ここがコローナのどこであるのかを教える気はない。嫌ならこの場で追い出すが?』と言うと渋々それを受け入れた。



 問題は残りの5名、エミリアナと近衛だ。

 フィンへの即時の帰還を嫌がるエミリアナに対し、残りの4名はそれならエミリアナに付き従うと言うのである。

 エミリアナの希望としては、当面オルタの手を借りて“生存”の為の基盤を確保した後、資金などを調達し第2王子派への報復工作を行いたいと言う。今回の騒ぎの本当の首謀者が誰であるかはわからないが、その混乱に乗じ、自分の存在を消そうとした奴らに対する面子もあるというのは理解できる。恐らく同じことをされたらアデルやオルタも同様の措置を取るだろう。しかしエミリアナの場合、それは即ち第1王子への支援活動になってしまう。

 それを聞いたオルタは露骨に嫌そうな顔をする。オルタとしては昔の誼もあるのでいきなり追い出す気はないが――と前置きしたうえで、レインフォールの者として後継者争いに直接的な関与をする気はないとし、その中で候補者の中で誰がマシなのかを見極めたいとした。

 そのオルタに4人の騎士達が何かを言おうとしたが、その気配を察したエミリアナがすぐにそれを制止する。再起に名誉回復の報復にしろ、今の窮状を脱するためには彼等オルタやアデルに頭を下げるしかないのだと。

 直属の部下が目の前にいるせいなのか、今迄“エミー”が見せていた不遜さや雑さが鳴りを潜め、王女らしい冷静さと謙虚さにアデルは少し驚いた。なんだかんだと強大国の王位継承候補の1人である。個人と要人としての切り替えは見事なものである。それは恐らくマリアンヌ以上だろう。『誰が相手でも良くも悪くも誠実。』ロゼールの評価の正しさにアデルは心の中で苦笑を漏らす。


「出来る事ならその忠誠を絶対的な工作員として発揮してもらいたいところだがな。」

 おもむろにティナがそう言うと4人は顔を見合わせる。ティナさん何でそこに首を突っ込みたがるのか。策謀好きかよ……とアデルは思ったが、役には立ちそうなので黙っておく。

 エミリアナが具体的な話を要求すると、ティナは少し楽しげに答えた。

 曰く、標的である第2王子、第3王女周辺の情報収拾、再起を図る場合の拠点の選定と確保、協力者の確保等現地でしかできないことは色々あると。

 協力者の部分でエミリアナがアデルと見るが、アデルもフィンに関してはレイラ支持派なので直接的な協力は控えたいと釘をさす。

「王女の身柄が大切なのは分かるが、それらの準備無くしてフィンへ何かしらの影響を持つのは難しいだろう。また、工作も何もないところから単身で活動するのは中々ハードルが高いがな。」

 5人の様子を見ながらティナがそう言う。アデルやオルタとしては、レイラが標榜する様に、フィンの旧領と現王以前の体制の維持が望ましい。またオルタとしてはもう少し権力者の横暴を抑止できる体制を望んでいる。その事を伝えると、エミリアナは終着点はそこを目指すとしてそれまでの協力を頼みたいと頭を下げた。

 その様子を見てアデルとオルタは互いの顔を見合う。オルタも先ほどアデルが思ったことを思ったのだろう。『エミーが俺に頭を下げるとは……』と。

「とりあえずポルト内での身元と平民程度の生活の保証は引き受けましょう。ただしフィンの者であると言うのは外には秘密にしてもらいます。もし、今すぐにこの中の誰かが工作に向かうというなら、貸付と言う形である程度の資金は工面します。その辺は利率応相談、出世払い可という条件で結構です。」

 5人が息を呑むのが分かる。

「その代わりの条件として、フィンとコローナ、周辺国等の国家間の紛争には一切関与しないこと。俺ら――いや、ヴェント・ブルーノとして協力できるのは『フィン国内の紛争解決』に関することのみとします。これに関してはレインフォールは無関係でその協力等は一切ないとします。また、エミリアナ様の報復行動の結果として・・・・・第1王子派が勝った暁には、うちの支店か出張所をフィンに置くことと、2国間紛争収束後に越境の交易を認めて貰えるよう働きかけ・・・・をお願いします。」

「…………わかった。その条件を約束しよう。」

 しばらくの思案ののち、一つ大きな深呼吸をしてエミリアナはアデルに一礼した。



 マリアンヌを家に迎え入れた日、何故かフィンへの大きな足掛かりが出来上がった。


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