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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
299/373

初級コース

 2日目15時。

 ヴェント・ブルーノ商店は2時間前の穏やかで華やかな様相は一変し、店内は若干むさくるしく、物々しい雰囲気に包まれていた。


 仮想冒険者の店企画2日目。

 予定されている“出し物”は、冒険者&体験希望者たちによる“合同大物討伐レイドバトルごっこ”である。 


 この企画には昨日のグランのCランク冒険者2パーティの他にも、新たにC~Dランクのパーティ3つが話を聞いて集まって来ていた。反面、昨日の体験希望者たちの姿はない。その為、本物の冒険者の店さながらの物々しい雰囲気に包まれているのだ。


 当初はポルト北東の平原の一部で催すつもりであったが、警備その他の都合という名目で特別にポルトの郊外の練兵場を貸してもらえることになった。

 町から少し離れた場所とは言え、竜人やグリフォンが絡む本格的レイドバトルごっこなど、都市部や都市周辺の者達から何事かと問い合わせが起きたり、場合によっては祭を混乱させる可能性がなくもない。その為、最初から訓練と分かる様に練兵場でやれとそちらを貸してもらえることになったのだ。決してエドガーに圧力を掛けた訳ではない。

 新たに集まった冒険者らにも打算があった。

 まずは普段ほとんど相手にする事のない未知の相手と実戦的な訓練ができること。

 次に現在、機能不全となっているグラン西部で仕事の芽として期待できることである。

 昨日の体験会でアデル達やディアス達が元冒険者である事は分っている。そして元冒険者が引退後、後進の育成を兼ねた冒険者の店の経営を始めることは割とよくあることで、つまりはアデルなりディアスなりが本格的に冒険者の店を始める時にすぐに所属させてもらえる可能性が高いと見ている。

 そこに加えて、練兵場の借り切りである。現在ポルトはコローナの直轄領であり、代官であるエドガー・ディオールもコローナの人間だ。そして通常なら民間にはほぼ不可能と言われる練兵場や設備の“借り切り”。祭のため兵士らの訓練が休みという事もあるが、通常、場所や設備を丸々個人が借りるという事はありえない話で、店主と施政者の繋がりを暗に察知したためである。この辺りは意外と敏感である。

 そして、おそらく丸投げの借り切りなどなく、少なくともある程度軍に責任を持つ誰かが監視し、彼らの目に留まれば儲けもの。という所だ。そして実際に彼らの目論見は大きく間違ってはいない。

 唯一違っていたと言えば、監視というか見学に現われたのは、“軍高官”などではないという部分だ。


 扱う内容、疑似依頼は3通り。初級コースとしてケンタウロス1体。こちらは単パーティであるならDランク相当だが、レイドということでEランクにも開放している。来なかったけど。

 中級コースはグリフォン4体。グランの冒険者にとっては正に未知の相手であろう。その為、双方手加減が難しく、今回はCランク以上を対象としている。

 最後に竜人だ。今回は竜化はしないという前提でCランクから受けれる様に設定してある。本来なら『竜化させてからが本番』である対竜人戦であるが、練兵場ではいささか狭すぎる。

 初級から順番に行われる為、気力さえあるなら掛け持ち、連戦も可能だ。

 一応、依頼票を取る所から始め、初級2パーティ、中級3パーティ、上級は全てのパーティが怖いもの見たさで参加を表明した。

 受付役のソフィーが苦笑しながら受理すると、それぞれの足で練兵場へ移動となった。



 ポルトはほぼ何もない平地に一から設計した都市である。そのお陰か練兵場はイスタの物と比べても遜色ない広さであった。ここなら“全員”伸び伸びと鍛錬できるであろう。


 まずは訓練のルールを確認する。

 武器は訓練用の武器を借りて行うこと。武器を手放した場合は無条件で離脱。その他、アデルやディアス、ルベルから宣告された者も離脱となる。

 防具は動きやすい馴染みのある物を使っても良いが、損傷に関しては店では一切の補償をしない。

 状況は先に店側が指定し、初期位置で待機を行う。それを見て参加パーティは合同10分以内に作戦を考え、行動に移った時点を以て状況開始とする。

 回復魔法、支援魔法バフの使用は可能。攻撃魔法に関しては威力を極力抑えて使うこと。

 強力な攻撃魔法を使った場合は同等以上の反撃も有り得る。

 何らかの事態が発生しアデルが中断を宣言したら即時戦闘を中止し、互いの距離を離す事。


 以上の条件を確認し、まずは1回戦の準備に移る。


 1回戦は今日初参加のC,Dランクの2パーティ vs ハンナだ。

 先にハンナに用意をさせる。特に合図はしないが、冒険者らが何らかの行動を起こした時点で状況開始だと伝え、離れた位置で待機をさせた。


 冒険者たちにはまず事前情報として“ケンタウロス”の特徴が伝えられた。これは冒険者の店で依頼を受けるなら当然に受けられるものであるからだ。

 まず警戒すべきは弓。昼間の視界は人間よりも広く、感覚も鋭敏であること。本来なら中途半端の楯では矢が貫通してくることも充分にありえること。今回は鏃を潰した訓練用の物なので貫通は難しいとは思うが。

 次に脚力。伝令の早馬ほどではないが、少なくとも騎士や騎兵が扱う“戦馬ウォーホース”よりも格段に早く、ジャンプ力も大きい。体力も当然、人間の数倍レベルで保有してる。山羊のように断崖にも強く山岳でも然程苦も無く動き回れる。

 最後に格闘能力だが、こちらは個体差が大きいものの、彼等は近接戦闘を重んじる性向が強く、各々得意の武器の腕を常に磨いている様だ。と伝えた。

 それを受けて、C,Dランクのパーティ連合がどのような策を取るだろうか?数的には9対1となるが、遮蔽物のないこの練兵場でどのように接近しどのように格闘戦に持ち込めるだろうか?


 両パーティは数分程共に作戦会議をすると行動に入った。作戦は格上であるCランクパーティが中心となって考えたようだ。

 ハンナは練兵場の対角に近い位置、120メートル程離れた位置でしゃがんで待機していたが、冒険者らが行動を始めたのを見て立ち上がった。これはある意味でハンナ側からも動きが確認が出来ていること、状況開始と受け取った事の合図でもある。


 冒険者らはそれぞれのパーティに分かれ、すぐに連携に移れる程度……20メートル弱くらいの間隔を開けて2方向から接近を開始した。弓の的を絞らせず、またどちらかに接近してくるようならすぐにもう片方が動き包囲できるというところだろう。作戦自体は悪くない。

 しかし2つのパーティの実戦経験の差が如実に結果につながる事となる。


 Cランク前衛が楯を構え、姿勢を低くして身体を隠しつつ、動きを読ませない様に速度に緩急を付けながら接近を試みたのに対し、Dランク前衛は楯を構えると、ハンナの動きに集中し、まっすぐに進む。

 楯も重装歩兵が持つような大きく強固な物ではない。大きくてもせいぜい体の半分が隠れる程度の楯である。

 訓練用の矢であるので、貫通を狙うのは難しいが……動きが単調なら対応は楽だ。

 ハンナは3つの矢を立て続けにDランク“パーティ”に射かけた。

 最初の矢には前衛で一番大きな楯を構えた《戦士ファイター》が飛来を見て反応する。どうやら余裕で反応したようだが、その楯を矢が強く叩くと遠距離からの想定外の強力な打撃と音に少し怯んだ。本来の矢と安物の楯であったらなら恐らく貫通していただろう。

 しかし、戦士がそんな感想を抱いてた時には残りの2本の矢がその戦士を飛び越え、後衛2名の肩に次々と命中した。

「痛っ!」

「いってぇぇ」

 数秒のラグで二つの声が響く。すると《神官プリーステス》と《魔術師メイジ》は虚を突かれたこととその矢の威力により手に持っていた杖を落してしまう。勿論離脱条件だ。

 事態を飲み込めていない後衛らにアデルは最近覚えた初期風の精霊魔法、【拡声】により後衛2名の離脱を促す。

「武器を落した人はすぐに離脱してくださーい。治療は離れた位置で安全に行いましょう。」

 煽る様だが必要な措置だ。何故ならその瞬間にはハンナはCランクパーティに牽制の矢を放ちつつ、真直ぐにDランクパーティに突進を始めていたからである。

「「「!?」」」

 100メートル程あったはずの距離はものの数秒で“ゼロ”、むしろ“マイナス”に転じていた。接近したハンナは跳躍し前衛2名の頭上を簡単に飛び越すと、背後に回り込んで残ったもう一人後衛、こちらも《魔術師》だ。を槍で簡単に転倒させる。武器を落す必要があるので前足で武器を蹴り飛ばすと

 状況をようやく飲み込んだ後衛を『邪魔!』と一喝するとすぐに前衛2名への攻撃に移る。

 Dランクの前衛が何とか凌いでいる内にCランクパーティが救援に駆けつけた。しかしその足よりもハンナの方が何十倍も速い。

 ハンナは体重を乗せた攻撃で戦士の楯を弾き飛ばすとすぐに槍で武器を落させる。武器を落したのを確認すると、残ったもう1人の戦士には構わずその場を離脱した。

 Cランクパーティが駆けつけた時にはハンナはすでにその場から30、50、70メートルとどんどん距離を取る。90メートル程離れた位置で反転するとそこでまた仕切り直しだ。

 

 一方、離脱を宣言されたDランクの4名はそれぞれに悔しそうだったが、Cランクパーティとの“行動の違い”をルベルに指摘されていた。

店主アデルから事前に弓と脚力には気を付けろと言われただろう?あっちのパーティが前進に緩急をつけていたのは弓での頭越し攻撃への対処だ。まあ、昔弓持ちに痛い目に遭わされたんだろう。訓練でそれを知れたならお前らは運が良かったんだろうよ。」

 奇襲の為の隠密行動は勿論だが、互いに認識した状態での接近にも経験の差が大きく出、そこをハンナに見抜かれたことを指摘されると彼らは悔しそうながらも頷いていた。

「まあ、ありゃあケンタウロスの中でも特に弓に自信のある個体なんだろうけどな。」

 ルベルが呟くように漏らす。祭り前日に何度が手合わせをしたのでわかるのだろう。店の裏庭と云うある程度限られたスペースであれば、ハンナの槍の腕前はせいぜいCランクの下の方、レベルで言えば《戦士:20》程度であろう。しかしこのような開けた場合であればその力と脚力を活かしレベル25くらいの戦士と互角に打ち合えそうだ。

 そして弓の腕を見たのは初めてだが、その精度と活用法は中々だ。ほぼ等速とはいえ、100メートル近い距離で前衛の気を引く一射を放ち、立て続けに後衛の肩を狙う腕前は相当なものだ。精度を見れば《狩人:30》、Bランク上位の実力は間違いなく持っているだろう。それが一撃離脱戦法をとってくるとなると……さて、Cランクパーティ+1はどう対処するのだろうか。


 ハンナの方も意外と狡猾だった。離脱の速度を見せつけたうえで、離れた位置から矢を次々と放ち相手にプレッシャーをかけていく。今のところ前衛が上手く防ぎ、後衛も防護魔法等でダメージを抑えているが、着々と削られている状態だ。勿論、矢にも限りはある。そして今放たれているのは牽制でなく仕留めに掛かっている矢であることはCランクの者達も肌で感じていた。

 このまま撃たせ続けるのも危険だ。かといって飛び込もうにも楯役と後衛が距離を開けば後衛が狙われやすくなる。それならば――

「一気にいくぞ!アイーダ、当てなくていい。なるべく遠い位置に【火球ファイアボール】頼む。」

 前衛の《戦士》――恐らくリーダーだろう――が攻めに転じる時と判断したか、目くらまし代わりの魔法を頼む。名を呼ばれた《魔術師》は待ってましたと言わんばかりのタイミングで魔法の詠唱をし、魔法を発動させた。

 発生した火の球はちょうど人間がボールを投げるのと同じような速度で真っすぐにハンナを目掛けて飛んでいく。それを追い掛ける様にDランクの生き残りを含む前衛が動き出し、それに合わせて後衛も走る。

 火の球は60メートルほど飛んだところで爆発四散する。

「ぎゃあ!」

 前衛の1人、元々狙われていたDランクの戦士が短い悲鳴をあげて転倒する。後衛がそれにつまずきそうになるが、後衛の《神官》だろうか?はそれを咄嗟に飛び越え前衛に続く。

 一見無慈悲に見えるが、神官も勿論致命傷は負っていないことを確認している。であるなら優先順位は自陣前衛について行くことであるとすぐに判断したのだ。

 タイミングを読ませない接近、イレギュラー時の優先順位の判断、行動、Cランクとしてはなかなかに優秀そうなパーティだ。そう、そんな彼らが仕事にあぶれている状態であるのは非常に惜しい。と、ディアスやルベルはそう思った。彼らの行動を共に見ている、別のCランクパーティも同様の視線を送っている。

 しかし、常に格上を闘い、試行錯誤を繰り返しているのはハンナも同様だ。

 【火球ファイアボール】の射程距離はそれほど長くない。むしろ60メートルは通常の魔法を無理やり拡張して放ったものであり、それも目眩ましであろうことは察していた。

 そして目眩ましなどで注意を引いたうえで急激に機動を変え守りにくい部分へと強襲してくるという竜人らしからぬ竜人をハンナは何度も相手にしている。

 ハンナは炸裂した火炎が派手に輝き視線を遮っている間に冷静に側面へと回ると弓を横に持ち、指の股で矢を3つ番えて相手の頭上へと放つと、弓を捨て、槍と楯に持ち替えて突進を始めた。

 右斜め前上方から飛来した矢の1つを戦士が楯で弾いた瞬間には相手であるケンタウロスはいつの間にか自分の数メートル前に到着していた。

「なんだと!?」

 恐らく外側からそれを見ていた者は何故そこまで簡単に接近を許したのかと不思議に思っただろう。だがハンナにはこういう時の為の“裏技”を習得していた。

 ――何の事はない。足音を消すだけの風の精霊魔法だ。しかし、注意が炸裂音、火、矢と移らされ、楯を上に構えて防御姿勢をしていた戦士の隙をつくには充分な補助である。

 ハンナは最初の様に戦士の上を簡単に飛び越えると、すぐに後衛を荒らした。特に《魔術師》はここまで接近されると魔法も杖もあまりに取り回しが悪い。防具もそれほど強固なものは身につけておらず、あっさりと足を払われる。神官はなんとかその足払いは避けたものの、円楯による左フックを食らい2~3歩ふらつく。その程度で済んだのは先ほどの防護魔法のお陰だろうか。何とか踏みとどまったと思ったが、そこへ後ろ足の強烈な蹴りを浴びる。今日1番に痛そうな攻撃だ。神官もたまらず2メートルほどふっ飛ばされると口から何かをこぼしながら崩れ落ちた。

 後衛2名の離脱アウトが宣告されると、ハンナは敢えて5歩ほど下がる。Cランクの前衛2名も意図を汲んだが、どさくさに紛れて挟めるように移動しつつもそれに応じた。

 離脱宣告の魔術師が杖を捨て、慌てて神官の脇を抱え、引き摺って場所を離す。


 制御された武装暴れ馬 vs 気鋭の戦士2人の戦いはその後2分ほど激しい打ち合いの末、暴れ馬が勝利した。

 ギャラリーたち、そして戦った本人たちも、平原でケンタウロスの相手は思った以上に危険であると思い知った。


「ハンナもだいぶ牽制が上手くなったな。」

「やっぱり夜襲と投網に限るよね。」

 アデルがそう言うと、いつの間にか――アデルや周囲の誰にも気取られずに戻っていたネージュがそう答えを出した。

「投網か……」

 ハンナが一番聞きたくないであろう単語を聞き、アデルはその可能性を考えるのだった。



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