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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
298/373

来客……?

 新都市の命名と都市昇格を祝う祝典2日目、アデル達の朝は早かった。

 まずは最初にグスタフとベックマンがドルンへと帰る為の見送りがあるからだ。

 

 時刻は朝5時少し前、夏とは言えまだ日は登っておらず、ようやく薄明るくなってきたという時間帯である。

 起き出してきたのは帰国する2名とモニカ、そしてアデル、アンナ、ネージュ、ブリュンヴィンドである。

 昨日は夜遅くまで騒いでいたせいか、町にはまだ人影らしい人影はない。それでも念のため、今回翼竜がポルトへ離発着する条件として定められたグリフォンでの先導を果たすためである。

「ここ数年、このように羽根を伸ばす機会はなかったからな。楽しませてもらった。感謝するぞ。」

 グスタフがホストであるアデルと、今回のグスタフの小旅行の企画とサポートを担ったモニカとアンナに感謝を述べた。

「私からも感謝を。久しぶりにグスタフと楽しい酒が飲めた。平和を取り戻した暁には是非また来させてもらおう。」

 同様にベックマンも一歩出て、それぞれと握手を交わす。

 昨晩はある程度セーブしたとはいえ、この時間から周囲に誰もいないにもかかわらずシャキッとしているのは流石である。

「こちらこそお付き合いいただいて有難うございました。お陰様で祭りの出し物も盛り上がりました。状況が落ち着きましたら是非また。」

 アデルが答える様に両者にいい頭を下げる。

「それではまりましょう。ネージュ、分かってるな?今日は真っすぐ戻れよ?」

「ん。」

 アデルはそう言いブリュンヴィンドに乗る。今回ネージュはポルトを出た後も護衛としてグスタフたちをドルン迄送り届けることになっている。

 逆にモニカはこの後の冒険者イベントでシルヴィアを監督する為残り、帰国は明日の予定だ。

「アンナ。」

 アデルがアンナに声を掛けると、アンナも2人に別れの挨拶をし、それぞれの騎竜とネージュに【疲労軽減】の魔法を掛ける。

 全員が軽く頷いた後、ブリュンヴィンドを先頭に離陸する。その時その気配で目を覚ましたか、ディアスとルベルも裏庭に現れ、両者に会釈をした後手を振ってその離陸を見送った。



 ポルト東2キロメートルほどの所でもう一度挨拶を交わし、アデルとブリュンヴィンドは店の裏庭に戻って来る。すると、アンナからエドガーが訪ねてきていると言われ、アデルは急いで店へと戻った。

「……HA?」

 エドガーの言葉にアデルは思わず眉間に皺をよせてしまった。このタイミングで予約もなしにレオナールたちをコローナ王都へ輸送しろと言うのだ。

 エドガーの方も困惑と言うかやや恐縮気味に“依頼”した。確かに護衛と共に馬車で戻るとなると1週間はかかるだろう。来る時は街道の状況の視察も兼ねていたが、帰りはすぐにでも戻る必要があると言い出したらしい。アデルが『当初の予定はどうなってたんだ?』と尋ねると、エドガーは『当初は護衛と共に帰ると聞いていた。』と答えた。

 何かしら急いで帰る必要が“発生”したのかと尋ねるとエドガーは首を横に振る。少なくとも俺は聞いていないと。

 と、なると最初からアデル達――ヴェント・ブルーノに捻じ込むつもりだったか、或いは王宮――状況からするとマリアンヌ絡みだろう――で何か良くないことが起きたかと言う考えに至る。

「オルタやハンナもいますし、カフェ企画の部分は心配ありません。15時までには戻れるでしょう?」

 話を聞き事情を察したアンナがそう申し出る。アデルは少しだけ思案したものの、結局断るのは難しいと判断すると、

「ネージュが護衛としてドルンへ向かったからな……空の護衛はブリュンヴィンドの兄弟3体だけになるがそれで良かったらすぐに準備するように伝えてくれ。」

 アデルがエドガーに言うと、エドガーは少しほっとした表情を浮かべ、

「すでに準備は出来ている筈だ。そちらの準備が出来次第庁舎前の広場まで頼む。」

 と言い残し急いで出て行ってしまった。

「もとからそのつもりだった臭いな……」

 アデルはそんな風に呟くと、アンナや起きてきていたディアスらに事情を説明し、すぐに準備をし、ブリュンヴィンドとその兄弟達を伴い、指定場所へと出向いた。


 アデル達が庁舎前の広場に着くと、事前に待機していたかほぼ間を置かずにエドガーとレオナール、そしてミリアムが警護を伴い現れた。

「……グリフォンが増えたのか?」

 4体になったグリフォンズを見てレオナールが少しだけ驚いた表情を見せたが、アデルは静かに『人族の言葉と社会を学ばせるためにしばらく預かることになりました。』とだけ答えると、すぐに輸送袋を広げて準備を進める。

「先に荷物をお預かりします。」

 アデルが言うとレオナールは『荷物らしい荷物はない。』と答え、まずは護衛に先に袋に入るように言った。

 袋に入るという慣れない行動を迫られた騎士だろう――護衛は少しぎょっとした表情を浮かべながらも指示通り、片足を袋に入れ、足が地?床?に付くのを確認し、全身をその中に沈めていく。

 同様にもう2人の護衛が袋に収まったところでレオナールはミリアムに促すと、ミリアムも少し困惑の表情を浮かべつつも、袋へと入っていった。最後にレオナールが入ろうというときにアデルは一つ確認を取る。

「当初の予定と異なるようですが、王城の報に連絡は行ってるんですか?」

「伝えてある。いつもエドガー達を送る時と同様に対処してくれれば問題ない。」

「……承知しました。」

 アデルはそう言うと、一礼してレオナールが袋に入るのを見届け、袋の口を締めた。

 昨日聞いたマリアンヌの噂に関して尋ねてみようと思ったが、アデル達の耳に入るような情報をレオナールが知らないとは考えにくい。逆にそれに絡んでエミーやオルタの方に話が飛んでも厄介かと結局聞かずにおいた。


 こちらもドルンへ向かった組と同様に、アンナに【疲労軽減】の魔法をブリュンヴィンドら4体に掛けてもらい、その場から直接離陸し北北西、コローナ王都へ直接向かう針路をとった。

 道中、例によって障害らしい障害はなく、またブリュンヴィンドの兄弟らも既に風の精霊との契約は済ませている様で、いつもと変わらぬ。むしろ若干早いペースで王都へと到着する。

 着陸の為に高度を下げた時に4体に増えたグリフォンに市部から多くの視線を集め、一部の子供たちから笑顔で手を振られたり喜ばれたりしたが、王城ではこうも行かない。

 着陸場所の関係から同時・連続の着陸が難しく、先に兄弟らを先行させたうえで最後にブリュンヴィンドが降りる。また、今回はエドガーらの送迎の時の様に接見中の待機は必要なかったが、今後来る時は待機中に世話や管理をする者が必要だと思い知らされた。グリフォンの数が増えても輸送能力自体は変わらない為、王城においては見た目と癒しを楽しむ者以外からはあまり歓迎はされなさそうな感じである。

 エドガー達の時と同様と言うことなので、着陸した庭の一角で輸送袋を広げ中を確認すると、やはりここで構わないということなので、その場で警護の騎士らから外にでる。騎士のみならず、レオナールやミリアムも行きの行程――もはや旅程だ――と比較しての所要時間、必要経費、快適度など段違いであると深く感心し、アデルに労いの言葉を掛け、報酬の受け取り方法などを伝え、城へと入っていった。

 その内、同様の輸送魔具が開発されたらドルケンより送られたワイバーンを使っての移動も検討されそうである。



 アデルは午後の予定に備え、休憩らしい休憩もなしにすぐにグリフォンズを伴い帰路に就いた。

 ポルトに到着したのは丁度昼を少し過ぎた頃だろうか。丁度第1部、カフェの部が入店を締め切った頃である。

 アデルはせっかくなのでとカフェの軽食メニューを依頼すると先に自分の財布から所定の料金を先払いして席に着いた。

 カフェの企画も最終盤、アデルの意図を理解したかフローラが席まで紅茶を注ぎに来る。

 アデルはフローラに留守中の問題はなかったかと尋ねると、特に問題も起こらず無事に終わりそうだと言う答えが返ってきた。流石にネージュはまだ戻ってきていない様だ。アデルはフローラに、『オルタへブリュンヴィンド達の昼食を頼む』と伝言を頼むと、アイスティーと二口ほど飲み、昼食代わりのサンドウィッチを平らげていく。

 するとそこへやってきたのは警備のハンナだ。まだテーブル等が片付けられていない為、人間と比べると3倍近い体積を持つハンナは通り抜けに苦労しながらも、アデルに報告を持ってきた様だ。

「昨晩ティアに絡んでいた奴がまた来てた。フローラに何か聞いていたようだ。」

 と言う。フローラは先ほど問題はなかったと言っていたが……そこは今日の警備隊長であるハンナの話だ。また、昨日その男を目と動作で確認したのはアデルとオルタ、ハンナである。フローラが昨日の件を知らないことを考えれば、ただのナンパの類と一蹴し、問題として認識していなかっただけという可能性もある。アデルは『ご苦労だった。ここはもういいから昼を取って少し休んでくれ。フローラに直接聞いてみる。』と、ハンナを労い、先に上がらせた。

 アデルはすぐに手でフローラに合図をして改めて傍へ呼び立てた。

「今ハンナから聞いたが、ティアに関して何か聞かれたって?」

 アデルがそう言うと、フローラもすぐに思い当たったらしく、『今日はティアさんはいないのか?』と聞かれたと言う。特に怪しい様子はなく、フローラは『単に担当が違うので、ティアさんなら夜の酒場の部からになる筈ですよ。』と答えるとすぐに引き下がったそうだ。アデルが改めて呼び出し尋ねたので何かありましたか?とフローラが少し気にする様子を見せると、アデルはその男が昨日の夜ティアに絡んでいた様子だったから。と答える。フローラは眉を寄せ懸念を見せるが、アデルが『すぐに引き下がった様なので心配ない。』と伝えると、そうなら良いのですけど。と心配を見せ、持ち場へと戻った。

(少し確認しておく必要があるな。)

 アデルはそう考えると、手早く昼食を済ませ、店の奥へと入りティアに確認をした。

「昨晩の男がまたカフェに現れてフローラに『ティアがいないか』と聞いてきたらしいが……心当たりはあるのか?」

「……かつて家に仕えていた者です。」

「その髪色でも気づかれたのか。」

 ティアの髪は本来、明るめの光沢のある栗色のものだが、今はアデルと同様の黒にしてある。雰囲気は大分変わるので店内とはいえ夜間に気付かれるとは思わなかったのだが。

「古くから仕えている方なので……」

 と歯切れ悪く答える。

「何を話した?」

「無事である事と、これまでの経緯を。」

「……なるほど。」

 当主と嫡子を殺され、家を解体され職を失った後もその子女の為に危険な脱出策を巡らせ行動に移せる様な者たちだ。捕えられ敵陣営で、助命と引き換えとは言え不相応な仕事をさせられていると聞けば何かしらの対策を取ってくる可能性が高い。それが強引なものでなければ良いのだが。

「今後も接触は図ってくるだろうな。……旧知の者というなら接触自体は禁じないが、強引な手は使わない様に釘はさしておいてくれ。店の者に害が及べばこちらも強力に対処をする。」

「……承知しました。」

 ティアはここ1年でいつになく暗い顔をして呟くように言った。


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