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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
南部興亡篇
296/373

千客万来

 新都市の門出を祝う式典は朝の9時から始まった。

 開発を優先し、最低限の機能と規模しか持たせなかった市庁舎の2回、恐らくこういうシーンを想定していたのだろう、正面の広場と向かい合う2階のテラスにエドガーらアデルの空輸業務の常連3名が並んで式辞を述べた。

 次いで来賓としてレオナールとファントーニが並び立ち、グランの解放からこの都市建造の流れ、そして今後……50年間コローナが責任を持って運営し、後にグランへと帰属することが宣言されたのち、それぞれが祝辞と共に、建設に携わった多くの者達に深い謝意と敬意を示した。レオナールのすぐ後ろにはシンプルなドレス姿の第2妃ミリアムが控え、この3者の関係を知らしめていた。


 そしてお待ちかね、新都市名の発表だ。

 新たな都市名は“ポルト”に決まった。グランの地方語で“港”を意味するらしい。この辺りレオナールとファントーニとの間で若干の紆余曲折があったようだが、流石にそんなことまで公表されることもなく、アデルもそれを知るのは後にエドガーをまた王都に送迎する時となる。

 次に都市の“領主”ではなく“代官”としてエドガーが着任する旨がレオナールの口から正式に告げられた。

 一部の者がその若さに驚きを見せたが、式典に参列、見物に来るような者は大半が都市建設に何かしら関わった者やすでに住民となった者が多く、その能力を疑問視したり大げさに驚くような者はいなかった。

 最後にエドガーがポルタの安全と更なる発展を誓い、式典は1時間強くらいで終了となった。



 関係者としてアデルとオルタが式典に参列していた中、店の者達はカフェの開店準備に励んでいた。

 2日間開放された路上に5つくらいのテーブルセットを置き、店部分の最奥に仮設の調理場、出入口に受付・カウンターを置く。

 アンナとルーナが調理場に入り、フローラとエミーが茶を注いで回る。会計はレナことレイラが担当し、各テーブルへの案内や配膳をユナとネージュ、ソフィーとヴェルノが行う。警備兼客寄せとして、訓練用の槍と2種類(訓練用と実戦用)の矢を用意した弓を持つハンナとブリュンヴィンド始め4体の王種グリフォンが配置に付く。ハンナに叩きだされるような悪質な客は叩きだした後もグリフォンズ一定距離から離れるまで空から突きながら追いかけまわすことになっている。そうなれば程なく本物の警備隊が駆けつけてくるだろう。

 ぱっと見、店員全てが華やかな女性or少女ばかりだが、その実力は国軍の新兵くらいなら2~3小隊は余裕で相手にできる面々だ。特にネージュやソフィー、ハンナは冒険者装備のままなのである程度の者ならその実力も測れるだろう。流石にカウンターにレインフォールのボスが鎮座していたり店内にフィンの元将軍が控えていると分かる者は少ない筈だ。あとはグリフォンに追いかけ回される者が出ないことを願うばかりである。


 一方その他はと言うと、ディアス、ルベル、マリエルの組とグスタフ、ベックマン、モニカ、シルヴィアの組はそれぞれで昼過ぎまで祭りを楽しむことになっている。その後、昼過ぎ――丁度この手の飲食店が暇になりがちな時間に行うイベントに参加してもらう予定だ。

 何を行うかと言えば、ディアスの提案による“模擬冒険者の店”である。『お前はいったい何を言っているんだ。』となる(実際なった)ところだが、初日は初期試験(クラス適性審査)と、合格者らのトーナメント戦。2日目にはちょっとした素材集めの依頼と模擬レイド(双方訓練武具による多人数共闘の大物の討伐)である。ちなみにレイドボス(討伐目標)は初級がケンタウロス1体、中級がグリフォン4体、上級が竜人(1体とは言っていない)となる予定なのでどんな内容になるかは察して頂きたい。

 最近、アデル同様冒険者の店経営に興味が出たらしいディアスの提案に、各方面が乗っかった結果だ。グリフォンズは丁度“親御”さんから対人戦闘の訓練を要望されていたし……ね?


 そして夜はお待ちかね。各国酒場と飲み比べ会である。



 まずは10時~13時半までのカフェタイムである。

 9時からの式典に拘わらず、10時頃にはそれなりの列がすでにできつつある中、まずはアンナの宣言の後開店された。

 アデル達の予想とは異なり開店前から出来ている列はどうやらそのアンナが目的であった様だ。恐らくはSR配達員“空色の天使”の顧客なのだろう。アンナが挨拶をして奥へと引っ込むと、レナが『ご注文はこちらから!』を声を張り上げる。そこで男どもは我に返ると、すぐに列を進め、コンセプトに反して店の奥の方へと我先に希望して着席していった。

 一方で別の国、別の大陸の茶を堪能できるという触れ込みに、当初のターゲット層も着々と増えていった。流石に貴族子女はなさそうだが、都市勃興特需で多少懐に余裕のある女性らが注文をし、折角なのでとオープンテラスへと着席すると、フローラやエミーの接待を受け、ちょっとしたお嬢様気分を味わっている。

 元はフィンの王城であるエミリアナことエミーであるが、元々オルタと同じ金髪だった髪は栗色に変色させている。やはり髪色が違うと雰囲気からガラッと変わるようでエミーを不審に見る目はない。

 そのエミーだが、オルタやアデルから『仕事をしないなら飯抜きでグランの山中に投げ込むから自分で調達しろ。』と脅され渋々ながらもしっかりと仕事をこなしている。将軍とは言え、王女としての側面も持っており、この辺りの振る舞いはやはり洗練されていた。

 アンナ目当てで店の奥、調理場付近に陣取っていた層の一部は今度はフローラやユナに目移りしたか、茶を淹れるフローラの所作に感嘆したり、ユナに軽食の注文をしたりする者が出始めている。

 また、一部の女性らから物珍しいグリフォンの近くに行きたいという声があがると、それには人族社会で一日の長があるブリュンヴィンドが上手く対応してくれていた。


 10時半を回ったところで式典に出ていたアデルとオルタが戻って来る。その頃にはすでに満席で店の外には結構な列が出来つつあった。

 2人は最初にレナと言葉を交わし、アデルはハンナ、ネージュに声を掛け、状況――不逞の輩が現れていないか、の確認をし、アンナとルーナに労いの声を掛ける。オルタも同様にエミー、ユナ、フローラへと労いやら冷やかしやらの声を掛けると、一斉に店奥に陣取る野郎どもの視線を浴びた。

「ハハ……」

 オルタが苦笑を浮かべると、そのままアデルの後を追って店の奥へと一度引っ込んだ。


 アデルとオルタは店の奥に入るとすぐにレザーアーマーを着込み店に戻る。

 そこでアデルはヴェント・ブルーノ商店の店長であると名乗ると、このカフェ企画は今日、明日共に13時半までであると店の内外に告知した。

 同時に各テーブルへ用意していたチラシを配って回った。

 チラシには祭期間中の企画のタイムスケジュール、そして普段扱っている商品などが書かれている。印刷機などと言う高度なものはない為、皆文字だけの配布ペーパーである。それらは全てティアとフローラが書き起こしたものだ。100枚ほど用意したが、もしかしたら今日の内に使いきることになりそうな雰囲気であった。

 ちなみにそれを見たレイラが苦笑しながら“製版”と“転写”の技術を教えると、2人とも、相手が相手故に口には出せなかったが、明らかに『もっと早く教えてほしかった』と言う表情をみせた。

 尤も、その技術も所謂“版画”的な物であり、所謂“かわら版”というやつである。文字を反転させて板に彫るというなかなかに難儀が作業を要するものであるのだが。


 チラシを受け取った者の反応は2パターンだ。

 店の奥側を中心にいた男たちは、飲み比べや冒険者体験の企画に興味を持ち、逆にテラス側の女性らは扱い品目――今まさに調理場で使用している魔具コンロや湯沸かし器、そしてなにより冷凍庫に興味を持つ。ヴェント・ブルーノ商店なら域内配達、設置まで承りますとの文言に多くの女性が関心を持った様だ。

 冷凍庫と言ってもせいぜい60×60×100cmほどの小型なものだ。しかし現在、これらはコローナかベルンシュタットでしか制作・販売されておらず、グラン南部に於いては入手がかなり困難なものであるのも事実で、お値段もそれなりになる。また重量もあり、いくら街道が整備されたとはいえ、ちょっと出掛けて買ってくるという訳にはいかない代物であった。しかしあれば間違いなく生活が変わるほど便利なものだ。女性陣の表情が揺らぐのが分かった。


チラシの効果を確認したアデルはそのまま店にとどまり配膳の手伝いなどをしながら店内の様子を観察した。すると今回の……少なくとも今日のこの企画の反省点を見つける。

 客の回転が悪いのだ。男性客はひたすらアンナやフローラらを眺め、近くに呼ぶために注文をし、女性らは仲間内やご近所お誘い合わせで来たのだろう、お茶を片手に話が弾みまくるようで席がなかなか空かない。

 明日や次の機会の時は事前に1組当たりの時間や追加オーダーの回数を制限する必要がありそうだ。

 元々そう言う店でない為、テーブル数も限りがある。仕方なくアデルは、20分ほどで声を掛け、茶葉を土産に席を次へと譲ってもらうことにした。

 一部不服の声が上がるものの、警備員(5体)の適切な牽制によりトラブルらしいトラブルにはならずになんとかお昼を乗り越えると、配膳、案内係を半分ずつ休ませつつ、無事に最初の企画を終わらせることが出来た。



 13時半にカフェを(強制)終了し路上へ広げたテーブルを撤去、14時には外出組も戻り、カフェ組に休憩を取らせつつの次の企画の準備に移る。

 次は言い出しっぺのディアスが中心に準備を進める。と、言ってもそれっぽい受付と掲示板を設置し、ブラーバ亭の雰囲気を再現する様な感じだ。

 受付をソフィーとマリエルが担当し、説明をアデルやオルタが、適性試験希望者の教官役をディアスとルベル、それにモニカが務めることになった。

 グスタフとベックマンは、先輩冒険者役を買って出てくれた。多分トーナメント戦の予選には紛れ込む気でいるのだろう。


 突発の企画で事前告知もせいぜい店頭と先ほどのチラシでしか行っていない為、カフェ程の客は来ないだろうと踏んでいたが、企画を始める15時になると意外にも30~40名ほどの猛者たちが訪ねてきた。その中には恐らくは面白半分、もしかしたら先輩風を吹かせて見せたい本物の冒険者パーティが2パーティ10名紛れ込んできた。しかし経験者故すぐに店主であるアデルやオルタ、それにディアスやグスタフらの実力を察したか、威勢が良かったのは最初だけだった。

 それ以外は体験希望者の様だ。概ね10代後半から20代前半といったところだろう。中にはどこで話を耳にしたか、好奇心旺盛な未成人も数名いる様だ。因みにその体験希望者の内半分は、先のカフェ企画で奥の方に陣取っていた男たちであった。分かりやすい。特別にサービスをしてあげよう。


 入り口で受付を済ませると、アデルやオルタが業務を説明しながら模擬“掲示板”を案内する。掲示板には架空の素材集めや雑用、護衛、大規模討伐レイドの依頼票を貼ってあり、冒険者の雰囲気を知ってもらう。中には“現実的リアル”な物も含まれており、本業冒険者らは頼みもしないのに依頼票を取り、受付に見せにくる実演をしていた。因みに大規模討伐は明日、訓練武器を用いて実際にやると伝えると少し強張った表情を見せてくれた。

 適性検査希望者はディアスやルベル、モニカら立ち会い、《戦士》《拳闘士》《魔術師》などに分けられ、中には《戦士:9》相当という将来有望な者もいた様だ。勿論、実際に冒険者ギルドに加盟している店ではないので飽くまで目安であり、実際の依頼は受けられないとは伝えたが、もしかしたら他の町で冒険者になる者も現れるかもしれない。


 16時には受付を締め切り、適性検査で合格、つまりは何らかのクラスのレベル1相当以上に認められたものを集め、さらにその中の希望者で商品付きの大会を行うとしたところ、30人ほどが参加を表明した。

 まずは経験者組と初心者組を分けると、経験者が18名、初心者が13名となったので、まずは初心者組を2グループに分け、半端になったほうにフローラを紛れ込ませた。

 2グループから2名ずつが勝ち抜け、4人で決勝トーナメントを行うとして競わせると、初心者とは言え互いの力量を観察し、どこを攻めるかを考え2体1、3対1となるように一人ずつ蹴落としていく様はなかなかに現実的であった。

 中にはフローラにいいところを見せようと、フローラを護って見せようとしたり、逆にフローラに手加減をして打ち合ったりしようとする者が現れたが、オルタやネージュが認める剣士とそうそう渡り合えるわけもなく、フローラのいたグループは結局はフローラと《戦士:7》と認められた男性が勝ち抜けた。もう片方も《戦士:9》を始め高めに認定された男性2名が勝ち残り、トーナメント戦を行ったが、順当に《戦士:9》相当の者が優勝した。優勝賞品が“湯沸かし”の魔具だとわかると、『家族に自慢できる』と喜んで受け取った。それ以外の入賞者(決勝T進出者)には今日・明日の夜に使える“飲み比べ券”3セットが、参加賞には同1セットが配布された。

  同様に経験者組も9人×2組に分けられ、まずは予選を行った。ちなみにAグループにはグスタフ、bグループにはベックマンというとんでもない地雷が紛れ込んでいることは内緒にしてである。実力判断を誤れば当然の様に返り討ちになるだろう。本業組はアデル達と同様・・、どちらもCランクである様だが、レベルは最大で《戦士:26》。勿論、冒険者全体から見れば、中堅からやや上位と扱われるレベル帯だ。さらに、同じパーティから同じグループに組み込まれた者は2人で組んで他へと当たる作戦を取るなどしたが、やはり軍事強国ドルケンのエース格2人に適う筈もない。察するとすぐにターゲットを変え勝ち抜けを優先する。とは言え、そこは“先輩”である。最初から防戦に徹し、残り3人に減ったところで“後進”に先を譲った。

 こちらの決勝もレベル通りの結果となりレベル26、この中で唯一レベル25の壁を突破していた者が優勝した。彼らには“新人の部”と同様の賞品に加え、決勝進出者にはディアスやグスタフらから己の武器やスタイルに適したアドバイスと指導が行われた。彼らはどうやらグランの所属の様で、残念ながらディアスやグスタフの素性や実績を知らなかった様だが、何度も打ち合いながらその実力を悟ったか、熱心にその指導を受け、彼らの仲間からは少々羨ましがられたようだ。

 彼らの指導が続く中、アデルはそれ以外の本業組に話を聞いてみると、現在、グランの冒険者ギルドは機能不全に近い状態らしく、まともに稼働しているのはグランディアとグラマー、そして東部の戦禍を免れた地域のみで、西側にはカンセロ含めその手の仕事が回ってこないらしい。

 コローナによる集中的な開発が続く中、このエリアの治安のは悪くない状態だが、素材集めや街道が整備され商人たちの往来が活発になればそれなりの護衛は欲しくなるだろう。聞けばコローナ国境付近の北の森、新都市ポルトからさら西の戦火に遭ったエリアからは難民や賊に堕ちた者達の噂があるという。

 ポルタ運営の性質的にそれらにコローナ軍が向かうことは難しい。かといってグランの軍がここからさらに西の領域に軍を派遣する余力があるとは考えにくい。少なくともファントーニは自領の賊討伐に冒険者らの力を使うこともあった様であるし、本物の冒険者の店の需要が近いうちに出来るかもしれない。今のうちにエドガーたちにアピールしておくのも良さそうだ。

 その場合、増築と宿経営の従業員が必要になってくるだろうが。流石にフローラやアンナにそれら多数の生活のサポートをさせる訳にはいかない。


 18時ころには今日2つ目の“企画”も無事終了し、いよいよ夜の部の準備だ。模擬冒険者の店企画に者たちはそれぞれ得られたチケットもある。恐らくはこのまま夜の部にも居座っていくことだろう。

 アデルは今度こそ、事前に1組1時間の制限を付けて受付できる様に準備を始めるのであった。



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